1 嘘…俺平凡受け?!
「嘘…俺、平凡受け…?!」
今まで俺は与えられた役割をこなしてきた。騎士の仕事、天涯孤独の身であること。全て受け入れてきたはずだった。だから、今脳に流れ込んでいる所謂前世の記憶ということも受け入れようとしていた。だが、蘇る膨大な記憶にあった『その記憶』には決して認めたくない『記憶』があったのだ。
俺を殴った同じ騎士が倒れた必死の形相で俺を揺さぶっている。
「おい、アレク?! アレク?!」
俺の名前を呼ぶ声を聞きながら思う。
「平凡受けって何だ?! おい、アレクーーー!死ぬなーーーーっ!」
それは俺が聞きたい…。
力なく言った俺は、そこで意識を失った。その瞬間、一瞬だけ俺の愛剣が光輝いた。
◇◇◇◇
『それでね、その時のワンとシャープのスチルが凄く良くてね!』
『へえ』
『あ、お兄ちゃん聞いてないでしょう!』
『聞いてるって。そのワンとシャープがキスしたんだろ?』
俺は…、いつも通り妹の好きなゲームの話を聞いていた。この話を聞くのは何回目なんだろう…、と思いながら。妹は俺の態度が気に入らないのか、鼻息荒く訴える。
『その話じゃない! もう、この話が役に立つかもしれない時に困るよ?!』
『いや、一生来ないだろそんな時は』
はぁ、とため息をつく。どうしてこんな話が将来役に立つのだというのだろう。だってこのゲームは普通のゲームじゃないのだから。
「役に立つ時が来たね、お兄ちゃん」
「―――ッ?!」
ハッと目が覚めた俺は、がばっと身体を起こし周りを見渡した。すると、抱きしめられた感触がした。
「よかった、アレク! 一生目が覚めないかと思った…っ」
「シャープ…」
聞きなれた声にほっとする。どうやらここは医務室のベットの上らしい。友人でもあり同僚の顔をまじまじと見て俺は大きく息を吐く。
「間違いない…、平凡な顔立ち…パッケージで見た顔と一緒だ…」
「ど、どうしたの? やっぱり変なところに剣が当たって意識が混乱しているんじゃ…」
俺がぶつぶつと言っていると、シャープの黒目がウロウロとしている。
「おい、起きたのか。…悪かったよ。んで、俺の事は分かるか?」
ベットのカーテンが開かれてやってきた男の髪は真っ赤に染まっており、かなりの美形だ。ここまでくると間違いない。
「ワン・ソード 35歳 攻め 攻略対象の第一王子。美形。炎属性の魔法が使える。髪は燃えるような赤色で、肩まで伸ばしている。一言でいえば傲慢でナルシスト。ソーシード騎士に所属しておりナンバー1の実力を持つ」
「お、おう…なんだ急に俺のプロフィールなんか言って…。あと攻めとか攻略対象ってなんだ」
「…知らない方が身のためだ」
記憶にあったパッケージの説明書に載っていたキャラクター紹介の文を羅列する。目の前の男の特徴と一致しており、俺は天を仰いだ。アーメン。
ワンは俺の言葉にはてなマークを浮かべている。まさかここがゲームの世界なんてちっとも分かってはいない顔だ。
「ホントに大丈夫?! 俺の事は分かる?!」
「シャープ・アルファ 28歳 受け。童顔。平凡。茶髪でウェーブがかかっている。ワン・ソードの恋人でもあり巻き込まれ体質で、ソーシード騎士に所属しておりナンバー4の実力を持つ。白魔法の使い手」
「俺のことだね?!てか、本当にどうしちゃったの?! 受けって何?!」
「…知らない方がいい」
肩を揺さぶられるが、こっちが聞きたい。言わなかったが、シャープは主人公総受けだ。自分でも何を言っているか分からないが妹が言っていた。
「自分の事は分かるのか?」
俺をどうやら頭が可笑しくなった人だと思っているのか、ワンが心配そうに聞いてくる。俺はテーブルに置いてあった鏡をみながら答えた。
「アレク・シールド 28歳」
俺は簡潔に言ってから、頭を抱えた。顔は…平凡な顔立ち。黒髪、黒目で平凡な顔立ち。今まで恋人ができたことはない。180センチで、スタイルはいい。ソーシード騎士に所属しており、ナンバー2の実力を持つ。剣術が得意。天涯孤独となった幼少期オリーブ女王に、ソーシード騎士に入れてもらい助けてもらった縁があり、女王を尊敬しており崇めている。
それが…俺、アレク・シールドのゲームのパッケージに書いてあったプロフィール…。間違いなく、俺だ。
そう、俺は……主人公の、友人ポジションのゲームキャラクター。はっきり言ってモブキャラだ。出番なんて序盤で終わって最後の主人公の結婚式に呼ばれてスチルにちょろっと出る程度の。そんなキャラクターに俺は…転生してしまった。
この、『ナイトオブナイト』というダサい名前の全年齢対象のBLゲームに!
この、俺が! しかも平凡顔で!
始めに説明すると『ナイトオブナイト』は携帯用ゲーム機で発売した全年齢BLゲームだ。美形×平凡しか存在しない世界である。アクションとシリアスとギャグのテイストが受け、BLゲームの中でも大人気となった。ストーリーとしては主人公のシャープが騎士団ソーシードで美形王子にばかりモテながら、隣国を攻めたり、国内部に切り込んでいくラブストーリーだ。
おわかりいただけただろうか。
この世界は、強制的に美形が男役、平凡が女役に回る。周りのカップルが全部そうなのだ。全く気付かなかったわけではない。例えばあまりに普通過ぎて気付かない事ってあるだろう。…それだ。
つまり、俺はもうこの世界ではもう『受け』であることが決定している。
最悪だ。悪夢と言って構わないだろう。
いつかできるだろう恋人を守るため鍛えたこの身体も、美形攻めにヤられる運命と言う事だ。まあ、全年齢だから、朝チュンなのだろうが。それでもいやだ。
「……つかぬ事を聞くが、ソーシード騎士に恋人がいない人間はいるか?」
ソーシード騎士…総勢19名からなる実力者を集めた、王国直属の騎士団の名称で俺が所属している騎士団の名前だ。全員男で、城にある寮で共同生活をしている。ちなみに、このゲームはカタカナが大好きなので、騎士呼びである。マジでダサい。
恐る恐る言った言葉にシャープはあっさりと答える。
「アレク以外は皆騎士同士で付き合ってるよ」
その瞬間、プチン、と脳の血管が切れた音がした。皆、俺以外リア充ってこと?!
「フ…フフフ…」
俺は不敵に笑みを浮かべる。ぎょっとしたシャープとワンが俺を抑え込む。
「落ち着け! 俺が出会いの場を設けてやるからっ!」
「嫌だ! どうせお前の友達美形しかいないんだろう!」
「その通りだが何を嫌がっているんだ!」
「美形だから嫌なんだっ」
…俺は結局、二人に取り押さえられ、今日は安静にするように言われた。…まあ、俺の取り乱しっぷりをみたら普通はそう思うだろう。
俺は…決めた。一生、恋人なんて作らないと。作ったってどうせ自分が受けになるんだ。今日は泣きながら寝ようと身体を丸めた所、突然枕元に置いてあった俺の愛剣が光りだした。
ぱあああああ…。
「な、なんだ?!」
俺は真っ暗な部屋に浮かぶ光の玉に驚き、臨戦態勢を作る。
だが、その光の球はあろうことか…喋った。
「アレク…アレク…」
しかもイケボだった。
驚き声も出ない光の玉はぷよぷよと浮かびながらハッキリと言った。
「キミを最強の受けにする」
―――と。
それから俺はゲームの世界で、思ってもみなかったことを経験することになる…。