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第6話 手料理

 逃げるのではなく、状況把握ということであれば屋敷の敷地内であれば自由に行動できるようだな。

 4階建ての広い屋敷。庭も広く、菜園などもできるだけのスペースがある。6人で生活するには十分すぎるだろう。

 これだけ広ければ、気づかれずに何か企み事ができるかもしれんが、相手は勇者五人。ある意味で、この空間内限定であれば自分が『怪しい行動』をしたら気づかれる可能性も高い。

 そして何よりも……


「……」


 近くに居るのは分かっている。

 常に息を殺し、気配を断ち、完全に存在を消しているつもりかもしれないが、自分を監視するように陰に潜んでいるキルルの存在。

 今も自分をジッと窺っている。


「はあはあはあはあ、ジャーくん♥」


 いや、息は殺してない。鼻息荒く興奮して、凝視というか、こちらが気づいてもお構いなしな雰囲気だ。

 いずれにせよ、軽はずみに妙な真似はできんというわけか。

 

「あっ、ジャーくん、丁度良かったわ!」

「ぬっ?」

 

 とりあえず、一通りの状況を確認したので、屋敷の中に戻ったら、エプロン姿のディヴィアスが駆け寄り、自分の手を引っ張った。


「お、おい……」

「台所に来て! 今、夕飯の支度をしてるんだけど、味見をして欲しいし~、それに人間と好みが違うかもしれないから、ジャーくんが何を食べられるかとか食べられないとか教えて欲しくて!」


 台所。確かに良い香りが漂っている。

 それなりに広々とした台所、煮込んでいると思われるスープ、それに調理テーブルには肉や魚や野菜などの多数の食材が並んでいる。

 6人分だからそれなりに……いや……待て、そうではなく。


「そなたが作ると?」

「うん。私こういうの好きで、遠征中も皆の分は私が作ってたんだ~……変かな? 女の子なのに料理好きって」

「……あ……いや、そうではないが……」


 そうだった。地上は今ではそのようになっていたのだな。

 一昔前まではむしろ女の方が料理することが多かったが、今では男が家庭に入って料理や家事全般をするのが普通なのだ。

 ただ……


「別に自分の分は作らなくて構わぬ。自分の分ぐらい自分で――――」


 そもそも勇者に大魔王たる自分が施しどころか食事を作ってもらうなどあり得ぬ話。

 もちろん毒などはないだろうが、そういうことではなく―――


「え、いやよ! だって、好きな人に手料理食べてもらいたいじゃない!」

「…………」


 本当にただの少女のように顔を赤く染めて……これが戦場に出れば武器を持たずに己の手足のみで屈強な魔族を殴り潰し、蹴り飛ばし、引き裂いて暴れる武道家というのだからな。


「あっ、でも……ジャーくんの手料理……食べてみたいかも……」


 こやつは自分が毒を入れるという心配すらしていないのだろうか?

 いかに宝玉があるとはいえ……



「ううん、それどころか、ジャーくんが料理しているところを見たいかも……エプロン姿のジャーくん……裸エプロンで……料理ができたぞ、お風呂にする? ごはんにする? それともじ・ぶ・ん? きゃ~~~~~ぶっばっ!」


「お、おい、鼻血はこの場でやめよ!」


「はっ、ご、ごめんね、ジャーくん。興奮してまたトリップしてたわ」



 何故……何故自分はこのような者たちに負けたのか……本当に悔やまれる。


「で、ジャーくんが食べられないものとかってある?」

「……基本的に人間の食事と変わらん……」

「そうなの! じゃぁ、このスープとか……どうかな? 味見してくれる?」

「……ぬぅ」


 と、小皿に注がれたスープを手渡される。

 これは魚介中心のスープだな。

 そこに野菜でアクセントを……隠し味に酒を少々……


「……ふむ……悪くはない」

「本当ッ!? キャーっやったー! やったやったやった! いえい! おっし!」


 素人の小娘なりには丁寧に下ごしらえもしていたので、まあまあ。

 しかしたったこの一言で有頂天になって飛び回ったり、拳を握って唸るとは……


「ふ~んふんふんふ~ん♪ 私ももう一回味見~……あ……これ飲んだら……ジャーくんと間接キス……きゃ~♥」


 それだけ純粋だということだ。

 それなのにどうして――――


「えへへ……ごくごく、ぺろぺろ、んっむ、んっむ……ばくっ、むしゃ、ばりぼりばりぼり!」

「ッッ!!!???」

「ん~、好きな男の子が口付けたお皿も……って、やだ私ったら! ウッカリお皿まで食べちゃったじゃないのぉ!?」


 と、次の瞬間、ディヴィアスはニコニコしながらスープを少量注いだ小皿を下品に舐め回し……丸ごと口の中に入れて嚙み砕いて飲んだ……いや……そんなもの魔族でも食わんぞ!?



「でも、ちょっと口付けたお皿がこれだけ美味しいだなんて……ジャーくんの使ったフォークとかを食べたら、私、ど、どうなっちゃうのよぉ?! え? 無敵! 最強! 大喝采! うぇへへ~~♥ もう直でキスしちゃったら一体……キャーああああ♥」


「ディ、ディヴィアス……」


「あ、ごめんね、ジャーくん。さっ、料理料理~♥ あ、そうだジャーくん。彼氏にこんなこと言うのも気が引けるけど、一応言っておくけどさ~……」


「なんだ?」


 

 そして、デレデレのディヴィアスが自分にピトリと寄り添い、耳元で……



「私たち5人とも毒とかじゃ死なないからね♥」


「………………」


「さって、料理するわよ~!」


 

 まぁ……人類最強クラスの勇者を毒でどうにかできるとは思ってはいないが、一応は釘を刺されたというわけか。

 戦場で会うより勇者に恐怖を抱くことになるとは思わなかった。

 色々とまずいな……やはり……


「……ん?」


 そのとき、妙な気配を感じた。


「ん~?」


 ディヴィアスも気づいたようだ。

 小娘たちではない。

 むしろ屋敷の外。

 まるで取り囲むように、十……二十……それに獣の気配も……



―――ドオオオオオン!!!!



 そして、結界を破ろうとする轟音。

 さらに……


「ひひひひ、どこの金持ちだ~、こんな辺境にこんなデカい屋敷まで建ててよぉ!」

「ったく、強力な結界張りやがって……ま、それだけ中のお宝が期待できそうだ」

「おらぁ、せっかく大枚叩いて購入したんだ、『スカイドラゴン』! さっさとブレスを連発して、この結界ぶちやぶれよなぁ!」

「楽しみィ~。な、姐さん、男……中に男いるかなぁ?」

「ひひひ、最近ご無沙汰だからな~、今なら股の間にアレさえ着いていればジジイ相手でも構わねえ!」

「オラァ、ぶっ殺されたくなかったら出て来いよぉ!」

「あたいら、『大盗賊団ジェノサイディ』が全てを奪いに来てやったぞォ!」


 ふむ……辺境の地……されど、平和ではないということか。

 屋敷の結界の外をグルリと取り囲む女盗賊団が、結界を破ろうとしている。

 

「は? 何あいつら……私とジャーくんの愛の巣に!」


 そして、上空にはスカイドラゴン……なかなかのレベル……アレならば結界を破れるかもしれん。



 これは好機かもしれんな。

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