92 戦いの後で
俺達はオオイワトカゲキングを倒した。
それは間違いない。
最終的には、誰も深刻な怪我など負っていない。
でも、今回の戦闘は失敗だった。
“偶然”、“運良く”、そんな言葉が似合う、ハンターとしては落第点の戦い方だった。
ここまでちょっと上手くいっていたから、と皆に油断があった様に思う。
もっとやれる事はあったし、ジャックの怪我は負う必要のない怪我だったはずだ。
俺達は言葉少なに部屋の調査を進め、宝箱から幾つかの箱を手に入れて、足早に安全地帯に戻ってきていた。
箱の中身を確認もせず【アイテムボックス】に放り込んで、すぐに戻ったのには訳がある。
そう、戦闘の反省もあるのだが、それよりも大きな問題が目の前に立ちはだかっていた。
“宝箱の裏側に降り階段があった”
全四階層だと聞いていた、ここ、ヒメッセルトのダンジョン。
階段がある=下の階層がある。
罠で無い限り間違いのない図式だ。
ダンジョンはそもそも成長するものらしいのだが、成長の速度はとても遅いらしく、階層が増えるのは百年単位の時間が掛かるのだそう。
つまりはこれ、異変が起きているダンジョンで、更に異変が起きている状態だ。
一つ、資源が出る低難易度ダンジョンだと思われていたダンジョンが、実はマジックアイテムの出る高難易度ダンジョンだった。
二つ、この世界とも、俺の世界とも、違う世界の物と思われるマジックアイテムが出てきた。
三つ、ダンジョンが成長していた。
一つ目はもう確定だ。
コレはギルドや近隣の街や村に報告しなくてはならない内容だ。
二つ目はまだ仮定である上に不確実だし、何よりオーランドが手放すつもりが無いので、秘匿する事が決定している。
そして三つ目。
コレは、一度確認しなくてはならないが、ほぼ間違いないだろう。
が、報告するにしても、一度五階層に降りてみないわけにはいかないだろう。
四階層のフロアボスレベルがゴロゴロ居るとは考え難いが、それでもこの階層の魔物より強いのは間違いない。
安全地帯中に重たい空気が充満する。
それだけ今回のジャックの怪我は皆の心に傷跡を残したのだ。
「……オレは、ここで、一旦引き上げて、ギルドに、任せても、良いと、思って、いる」
オーランドが辛そうに、一言一言を、絞り出す。
そうだよな、いのちだいじに、だよ。
だけど、すぐにそれに反対する声が挙がる。
「だけどそれじゃ“不確定情報”で報告褒賞は半額以下だぜ?ヤンスお兄さんは覗きに行くだけ行ったほうが良いと思うけど?」
確かに、ヤンスさんが言う事にも一理ある。
“階段がある”だけだと、それが罠であったり、デコイであったりする可能性もあって、不確定情報とされる。
階段を降りて、下の階層を確認しておけば、探索を行っていなくても、確実に階層があるので、確定情報となる。
褒賞額は、不確定情報が一だとすると、確定情報は三くらいの差がある。
その差の二部分が、調査に駆り出された別の腕利きハンターの褒賞になる為だ。
“階段降りるくらいはしてほしい”っていうギルドの希望なんだろうな。
でも、ほんとに無理っぽいなら、引き返しても褒賞がもらえるから、情報は必ず教えてねって思いも込められているのが“不確定情報への褒賞”なのだろう。
「でも、それでまたさっきみたいな事があったら……?今回は、治療が間に合ったから良かったけど、未開階層に降りるのは、私達にはリスクが高過ぎるわ」
ギュッとジャックの腕を抱き締めて、潤んだ瞳でヤンスさんを睨みつけるエレオノーレさん。
ああ、ジャックのムキムキな太い腕が、丸ごと挟まって隠れてる……どんだけぇ……っじゃなくて!
ジャックが怪我をして、ハンターをドロップアウトしかけた事が、よっぽど怖かったのだろう。
先に進む事に強い拒否感を示している。
それを見たヤンスさんは溜息を一つ吐くと、ビシッと俺を指差した。
「そこはそれ、斥候のヤンスお兄さんと、護衛のオーランドと、行った事もないエリアの地形まで分かっちゃう、変態的な魔法を持つキリトちゃんで強行偵察に行けばなんとかなるっしょ?」
「ぅ、え?!はあぁっ?!!!初耳なんですけどっ?!!」
「だぁーって今初めて言ったもん」
あまりの発言に思わず変な声が出た。
ヤンスさんはそれに悪びれもせず、頭の後ろで手を組んで、口笛まで吹いている。
いやいやいやいや、強行偵察とか危ないじゃん!
「それならなんとかなるか……?」
「キリトなら階段の途中からでも確認出来たりしそうよね?」
驚きすぎて固まっている間に、どんどん話が進んでいく。
「で、でもっ!それなら皆で行ったほうがリスク少なくないですか?!万が一怪我したりした時デイジーが居てくれたら心強いですし!ジャックもエレオノーレさんも一緒の方が安心ですよ?!」
せめて行くなら皆一緒に行こうよ!と、屁理屈を捏ねると、「じゃあちょっとだけ覗いてみましょうか」とエレオノーレさんから許可が出て全員で階下に行く事が決定した。
じゃあ止めようってなんで誰も言わないの?!!
そうして俺は嫌々ながら、ヤンスさんとチョロリと五階層に降りて、辺りを見回した。
目の前はT字路になっていて、先が見えない。
上の階層とは違って、レンガの壁が迷路の様に入り組んでいる様だ。
明かりは無いが、壁掛け松明の様に光苔が、一定の距離を空けて固まっているので、トーチの魔法一つで十分に明るい。
五階層に足を踏み入れると同時に、探索魔法に少しだけ多めに魔力を流す。
普段は半径二十五メートル程の地図が、半径五十メートル、百メートル、と広がっていく。
二百五十メートルを超えたあたりで、魔力が心許なくなってきたので、通常通りに戻した。
「ここ、四階層より広いです。半径二百五十メートルくらい探ってみましたけど、終わりが見えませんでした」
「かーなりヤバいな」
「サッサと引き返そう」
そう、小声で会話していた時だった。
目の前の光苔が急に強く光った。
「うわっ!」
暗視をかけっぱなしだった俺達は、目が眩む。
そこに一陣の風が吹く。
ーーーザシュッザシュザシュッ!
何かを引き裂く音が聞こえた、と思ったら、腕に痛みが走った。
人生で一度も味わった事のない烈しい痛みは、痛いというより熱く、鮮烈だった。
「うわあぁぁっ!」
「痛ッ!」
「くっ!」
斬られた?切られた?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛いっ!
遠くでヤンスさんとオーランドが呻く声が聞こえたが、それ以上に自分の声が煩くて、痛くて、それどころじゃない。
(しけつ……止血しないと)
右手で激しく痛む左腕を押さえる。
すっぱりと切られた傷は、骨まではいってないけれど、かなり深く、血がどくどくと溢れてくる。
痛い痛い痛い痛い痛いっ!
漫画とかラノベとかで怪我しながら技出して戦う主人公とか居るけど絶対無理!痛い!
とにかく痛い。
魔法でなんとか回復したいのに、回復も上手くいかなくて、パニックになる。
痛い熱い痛い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い痛いっ!
襲ってきた敵も、ダンジョンだという事も、全て頭から消え去り、ただただ、痛いと熱いという言葉だけがぐるぐる頭の中を駆け回る。
「……さん!キリトさんっ!」
高い、少女の声が耳を刺した。
「少しだけじっとしていてください!」
暴れる俺の腕をがっしりとした大きな手が押さえ付ける。
そこ!そこ触ると痛いんだって!
「止めろ!離してっ!痛い痛い痛いッ!!」
手足を振り回して逃げようともがくが、びくともしない。
「大丈夫ですキリトさんっ!骨までは達していません。これなら私の魔法で治せます!」
ーーーヒール!
何か、温かい光の様なモノが、腕にまとわりつく。
それが触れた途端に痛みがスゥッと引き始める。
全く痛くない訳ではないが、堪えて周りを見回す余裕が出来た。
ジャックが抱え込む様にして、俺の腕を固定して、デイジーが真剣な表情でヒールを掛けている。
ジワジワと塞がっていく傷、痛みは段々と引いてきて、傷が治る前のむず痒さを感じる程になっていた。
「お?パニックが解けたか?」
ひょこっとオーランドが覗き込んでくる。
現状を理解した途端尋常じゃない程の羞恥が襲いかかってきて、自由になった右手で顔を隠して縮こまった。
「ぉぉぉおさわがせ、しましたぁぁ……ぁぁあああ」
人生で初めての大怪我で、痛みに飲まれてパニックになった。
詳しく話を聞くと、襲ってきたのは四階層にも居た蝙蝠の上位種で、俺達三人は光に目が眩んだ隙に腕や足を切り裂かれたそうだ。
オーランドがソイツを斬り伏せ、叫ぶ俺をジャックとデイジーが押さえて治療して、ヤンスさんとエレオノーレさんが俺の声に寄ってくる魔物を牽制し続けてくれていたたらしい。
これはヤバい。
至急痛覚鈍化の魔法を開発せねば。
いつも『俺不運』を読んでくださってありがとうございます!
ちょっと長くなってしまいましたが、区切りが悪かったのでキリの良いところまでです。
ちょっぴり後ろ向きな霧斗達です。




