87 イワトカゲ肉
昼食後、エレオノーレさんが考察した魔法科学の説明を延々と聞かされた。
「……だからね、魔石だって限りがあるんだから、使い捨てるなんて事する訳ないと思うの。一番良いのはオーランドの使っている魔石の中の魔法を使い切っちゃう事なんだけど、それはリスクが高いじゃない?だから先に魔力の補填をしてみて、それで使用回数が増えたらラッキーでしょ?それでね」
どこで息吸ってるの?と思うくらいずーっと喋ってる。
ちゃんと理解してるっぽいのはわかるんだけど、魔石の耐久値が云々とか、属性の負荷率がどうのとか、専門用語を並べられても俺、わかんないよ。
そして、結局よく分からないうちに、オーランドの魔石に魔力の補填を俺がする事になっていた。
「え?ヤだけど?!」
「魔法の研究の為なんだから早く渡しなさい!」
「だからヤだってば」
デカめの麻袋を、三つ担いで戻ってきたオーランドとジャック。
早速突したエレオノーレさんが説明すると、オーランドは断固として拒否した。
エレオノーレさんが届かない様にバンザイする様な体勢で剣を持ち上げている。
ギャンギャンと白熱する二人は放っておいて、ジャック達が持って帰った獲物を確認しよう。
そうしよう。
ジャック謂く、イワトカゲの肉がそこそこ出たので、今日の晩御飯はそれに決まった。
トカゲの肉とか不安で仕方無かったけど、【鑑定】したら、蕩けるような肉質で美味とあったので、意見をくるりと入れ替えた。
一緒に不安がっていたヤンスさんにも、美味だと書いてあったと伝えたら疑い深く俺を睨んだ。
焼いた時と煮た時で食感が大きく変わるともあって、勿論二通り作る事にした。
ヤンスさんは料理が得意ではないとの事で、竈門を作ったり、薪を用意したり、手伝ってくれる様だ。
既に皮も剥がれて、部位毎に切り分けられて、薄ピンク色をしているお肉の塊。
一つ五キロくらいあるんじゃないかな?
それが六つ。
今日は一つだけ使用して、残りは【アイテムボックス】へ。
繊細にサシが入っていて、トカゲのお肉だと言われなければ高級な豚肉と見紛う程だった。
まずは時間の掛かる煮込みから。
大体半分くらいに分けて、俺の拳の半分くらいにでっかくごろごろ切り分ける。
「でっかいなぁ!」
「食べ応え、抜群」
「いいな!」
久々に見た、ジャックの悪そうな笑顔に、親指を立てて肯定する。
良いぞもっとやれ!
ヤンスさんと二人でもっと大きくしようと画策したら、デイジーとジャックが揃って止めに来た。
これ以上大きくすると、中央に火が通りにくくなるらしい。
残念だ。
表面全部を強火で焼き締め、弱火にした後、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモをかなり大ぶりに切って放り込む。
赤ワインと塩、少しの砂糖、そしてダンジョンに来る途中で摘んできた、なんちゃってブーケガルニ。
孤児院で作り置きした、コンソメっぽいスープストックを追加して、ゆっくりことこと沸騰しない様に煮詰める。
その間に、小麦粉をじっくり炒めて、バターを足してダマにならない様にルーを作る。
塩や砂糖、水煮のトマトと、コチラにもスープストックを少し足して、ルーを伸ばしていく。
肉や野菜に火が通ってきたら、ルーを足してまたじっくりと煮込み始める。
「めちゃくちゃ手間暇掛かってるな!」
「今日は休息日ですからね」
「美味い、大事」
どう見ても美味しいとしか思えないトカゲシチューを前に、涎が止まらない。
煮込みは、できるだけ長く煮込んだ方が美味いらしいので、火の大きさにだけ注意して、焼く方を作る事にする。
農村で貰った鉄串に、一センチくらいの厚みに切ったイワトカゲの肉を、五センチ角にカットして刺していく。
最初に胡椒とハーブを振り掛ける。
アルスフィアットで購入した、そりゃあもう大変におっっっ高い胡椒をすりこぎですり潰したやつだ。
この時に塩を掛けてはいけないそうだ。
「旨味、逃げる。塩、焼く時」
ジャックが優しく、しかし強い意志の元、塩の蓋を押さえて説明してくれた。
塩を先に振ってしまうと、ドリップが出て味が台無しになってしまうらしい。
焼く直前に塩を振るのが正解みたいだ。
折角なので、以前もらった炭を使ってじっくり炭火焼きにしてみた。
時折滴る脂が、炭に落ちてジュッと音と堪らない匂いを振り撒いている。
「やっばい匂いさせてるわね……」
「腹減った〜……」
匂いに釣られてオーランドとエレオノーレさんが言い争いをやめて寄ってきた。
エレオノーレさんの手にはしっかりと簡易魔法剣が握られている。
(負けたのか、オーランド……)
煮込みは、もう少し煮込んだ方が美味しくなるとの事で、半分だけ食べる事にして、残りは今も弱火でじっくりコトコトしている。
今日食べる分だけスープ皿に注ぎ、串焼きを乗せる。
おしゃれな言い方をすればアイスフレッシュハーブティー、身も蓋もなく説明するなら水出しの薬草水を用意して今日の晩御飯は完成だ。
作っている間中、あのたまらない匂いを嗅がされていたので、期待度はMAXだ!
早速、串焼きから齧り付く。
大きめに切った肉は、豚バラのように脂身が多く、ぎゅむぎゅむっと歯を押し返す様な弾力がある。
なのに味は、脂が多い割にはさっぱりしていて、いくらでも食べられそうだった。
口一杯に頬張って、その食感と味を堪能する。
あー……っ、米が欲しーいっ!
薬草茶を一口飲んで口をリセットしたら、次は煮込みだ。
スプーンですくうと、ブラウンのとろみの付いたスープに、美しいオレンジ色の脂がキラキラと輝いている。
それを溢さぬ様に口に含めば、ワインの香りとバターのコク、そして肉の旨みがガツンと伝わってくる。
たまらないスープの味に、大きくてトロトロのトカゲ肉にも慌ててかぶりつく。
スプーンが力を入れずに沈む、大きな肉の塊が、噛むまでもなくトロトロ、ほろほろと崩れて、舌の上に旨味だけを残して消えていく。
あちらでは食べた事のない、超・高級なビーフシチューを思わせた。
こちらも脂がたっぷり出て、コッテリしているはずなのに、サラッと食べれて、無限におかわりできそうな仕上がりだった。
今日は一杯だけなんだけど。
はー、もっと食べたい……。
チラリとジャックを見ると無言で首を横に振っていた。
いつも『俺不運』を読んでくださってありがとうございます。
評価、ブックマーク本当に嬉しいです!
ありがとうございます!これからも頑張ります!
久しぶりのグルメ回でした。
トカゲのお肉はプルプルで美味しいとの噂を聞いたことがあるんですけど、実際のところどうなんでしょう?
こちらはファンタジーなので、実は生臭くてヌルヌルしてるとかの現実は無視して進む所存です。←
戦いはそろそろ佳境ですよー。




