岩蠍戦
部屋はかなり大きく、バスケットコートが八面入るくらいあった。
奥には舞台の様に少し高くなった場所があり、その前に大きな岩の様な物が見える。
それは灯りが灯りきると、もぞりと身じろぎをして、窮屈に丸めていた身体を伸ばした。
岩の様に見えるゴツゴツとした甲殻が、ゆっくりとした動きで開いていく。
非常に大きな鋏は、片方だけでもジャックの一抱え程もあり、あれに挟まれれば、人間の身体なぞパチンと二つに泣き別れしてしまうだろう。
左右に大きく広げられた鋏とは別に、口元にも二本の小振りな鋏がある。
丁度俺の腕くらいの太さで、大きな鋏で倒した後に、獲物を口に運ぶのに使用するのだろう、ワサワサと細かく動いていた。
ゆら、と細長い影が落ちる。
目の前にある脅威に意識を持っていかれがちだが、蠍と言えば有名なのは尾の毒針な方だろう。
そこだけ質感が違い、つるりと硬い甲殻は、黒々としていて、釣り針の様に上に反った針が、篝火に照らされて、ぬらりと嫌な色に光った。
体の脇から生える八本の脚も石細工の様で、全体で見れば細く見えるが、それだけでも直径十五センチはあるだろう。
それらが虫らしくかさりかさりと動く様は、あまり虫が苦手ではないはずの俺ですら、おぞましいと思えるほどだ。
デイジーが言っていた様に、体高は一メートル程だが、高く掲げられた尾は二メートル近く上にあり、こちらを威嚇するかの様に、大きな鋏がガチガチと音を立てている。
岩蠍
岩の様なゴツゴツとした甲殻を持つ蟲型の魔
獣。大きな鋏は素早く重い。鋏に翻弄されて
いると尾の針が迫ってくる。甲殻は非常に硬
く生半可な攻撃であれば跳ね返す。しかし魔
法に対する防御力は皆無と言って良い程にな
い。倒す時は離れた場所から魔法で攻撃する
か、甲殻の繋ぎ目を狙い尾の針、鋏、首の順
で倒す事を推奨されている。
毒は弱く、刺されると吐気と眩暈、全身の痺
れがある。安静にしていれば一定時間で回復
する。
薄明かりに照らされた岩蠍を【鑑定】して、左右に気を配りながら説明文を読む。
見た目通り、物理攻撃にはとても強い様だ。
ヤンスさんは手早く楔を打ち込み終わり、武器に手を掛けていた。
蠍系魔物は大体何処にでもいる。
毒の強いものは種類が限られるし、岩蠍の毒はあまり強くないらしい。
それでも吐気と眩暈、全身の痺れがあるという。
蟲型は大体魔法に弱い。
そう聞いていた通りだ。
戦闘準備が整ったら、まずは俺とエレオノーレさんが攻撃魔法を撃ち込む事になっている。
エレオノーレさんが弓を構え、引く。
そこに矢は装着されていない。
「火の魔力よこの弓に番え。我の敵を討ち滅ぼし、我が願いを叶えたまえ……」
呪文を唱え始めると、盛大にキラキラと魔素が溢れて溢れていく。
それに伴い、何も無かった場所に炎の矢が現れる。
魔力の集束を感じ取ったのか、岩蠍がこちらに向かって素早く動き出した。
十メートル以上あった距離が、あっという間に詰まってくるが、誰も動揺しない。
ただ、この後の衝撃に備えている。
「炎の矢よ成すべきことを成せ!「フレアアロー!」」
詠唱が終わるのに合わせて俺も一緒に魔法を発動させる。
二本の炎の矢が、こちらに突っ込んできていた蠍の口元に真っ直ぐに飛んでいった。
ーーーゴッ!
二つの炎が捻れて鋏角に当たり、弾ける。
二メートルぐらいは離れていたのに、ここまで熱風が押し寄せてきた。
息がしづらい程の熱さに咽せつつ、打ち合わせ通りに左右に分かれ、尾の届かない距離を確保する。
俺とジャックとヤンスさんが左に、オーランドとエレオノーレさんとデイジーが右に分かれた。
焼けたエビを思わせる匂いが漂ってくるが、生憎岩蠍はまだ生きていた。
大きな鋏や尻尾をむちゃくちゃに振り回しながら、こちらからの攻撃を防ぐ。
チラリと見えた口元は黒く炭化しており、岩の様に見える甲殻が一部剥がれて、白い筋繊維が焼けて膨らんでいた。
ガチガチ、ガチガチ、鋏を鳴らしながら尾を高く高く掲げる。
ゆらりゆらりと揺れる尾が、グッと背後に引き絞られた瞬間ーー
「避けろっ!」
「っ!!」
俺が右に飛ぶのとオーランドが叫んだのはほぼ同時だった。
咄嗟の事で、うまく着地出来ずにゴロゴロと転がってしまったが、跳ね起きて確認すると、先程まで俺がいた場所には、地面を抉って蠍の尾が刺さっていた。
本当にギリギリだった。
耳の横を何かが掠めていったのはわかる。
何か、なんてアイツの尻尾以外のなんでも無いんだけど。
岩蠍が俺に集中しているところに、オーランドが背後から襲いかかる。
尻尾の付け根の、比較的柔らかそうな甲羅の継ぎ目部位に、今回購入したばかりのツーハンデッドソードを叩きつける。
ーーズドン!
大きな音と派手な土煙を上げて、オーランドの剣が尻尾を半分くらい切り落としていた。
地面に刺さったまま、ダランと下がった尻尾が痙攣を起こして、ビクビク蠢いている。
尻尾を基点にぐるりと身体を回転させて、オーランドを鋏で威嚇するが、こちらにとっては好都合だ。
オーランドは素早く距離を取って、エレオノーレさんが幾つかの魔法で牽制する。
オーランドを追って、完全に伸び切った尻尾に再度ジャックがアックスを叩きつけた事で切り落とされた。
「ーーーーーッ!!」
ガラスを引っ掻く様な耳障りな音を立てて、岩蠍がバランスを崩して転がった。
腹を上にしてうぞうぞと蠢く八本の脚が気持ち悪いが、チャンスだ。
「皆離れて!」
岩蠍だけに当てるつもりではあるが、少しでも巻き込みを防ぐために声を掛けてから地面に手を付く。
「アブソリュートゼロ!」
俺の手のひらから蠍に向かって氷の蔦が伸びていき、瞬く間に全身を氷漬けにする。
ーーパキィン……
儚く、高い音を立てて、氷が砕け散る。
キラキラと余韻を残し、全てが無くなった。
どうも俺の中の氷漬けの魔法のイメージは、砕け散るまでがセットになっているみたいで、何度やってもこうやって砕けてしまう。
今はもう諦めて、そういう魔法だと割り切って使っている。
蠍の本体が無くなったのに合わせて、尻尾も地面に吸い込まれる様にして消えた。
本体があった場所に、小瓶が二つと尻尾の針、そして背甲部分がふわりと浮き上がってきた。
それをパパッと確認したヤンスさんは全てを俺に手渡し、【アイテムボックス】に入れる様に言う。
「あ、キリトちゃんその尻尾の針触るなよ?まだ毒は生きてるからな?」
「ちょっ!!まっ?!怖い事言わないでくださいよ!」
ビクッと反応したせいで、うっかり落としてしまうところだった。
危ない、危ない。
いつも『俺不運』を読んで下さってありがとうございます。
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本当に嬉しいです!ありがとうございます!
そして、気がついたらいつの間にか、書き始めて一年経ってしまっていました。(スタートは2022年の5月14日でした)
ここまで書き続けられたのは読んでくださっている皆様のおかげです。
お話はまだまだ続きます(まだ正直頭の方です……)最後まで書き切れる様、これからも努力して参りますので、どうか温かい目で見ていてくださいませ。
ついでですが、魔物の名前が英語だったり、ドイツ語だったり、日本語だったりと統一感が無いように見えると思います。
これは、最初に発見した地域の呼び方だったり、分布的に多い場所での呼び方だったりする為です。
土地土地によって別の呼び方がある場合もありますし、ハンターの間で定着している呼び方だったりもします。
こういうのをちゃんと作品の中で説明出来ないといけないのですが、まだまだ技量が足りません……。
バトル描写も大分マシになったように思えますが、マシになっただけ。
これからも頑張ります。
次回は四階層です。