74 改善薬と特効薬 1
孤児院の奥に理科室の様な部屋がある。
壁や天井の修復の時に一度入ったっきりだが、普段は鍵が掛かっていて入れず、中は直射日光が入らない様に作られた大きな窓と、壁一面にある棚が目を引く。
入って右の棚はビーカーや秤、シャーレや薬研に乳鉢など沢山の道具が並んでいる。
どれもこれも古びていて、それでも汚れなどはなく、大切に使い込まれた気配を漂わせていた。
左の棚には乾燥させた植物や実、瓶詰めにされた液体や粉、明らかに虫だと分かる何かが漬けられた標本など、素材だと思われる物が飛び飛びに収められていた。
恐らく空いている棚は、もともと何か素材が入っていて、使い切られても補充が為されなかったのだろう。
うっすら埃が溜まっている。
背面側には、縦五センチ横十五センチ程の引き出しがずらりと奥まで続いている。
この引き出し全部に薬が収められているのだろうか?
「すげぇな……、ここ何の為の部屋なんだ?」
「調合室じゃよ」
院長先生はオーランドの独り言に静かにそう返すと、かちゃかちゃとビーカーや漏斗を用意し始める。
デイジーは素材やまな板などの道具を丁寧にテーブルに並べている。
作り方を教えてくれるとの事なので、メモしていくけれど、あまりにも手順が多い上に、一つ一つの作業が複雑過ぎてついていけない。
葉っぱを刻んですり潰してペースト状にしたり、何かの根を薬研で挽いて粉にしたり、石を砕いて何かの液体で煮込んで濾過したり、何かの実をサイフォンみたいなので抽出してみたり、そのどれもが同時進行で進んでいくからメモ帳はすでにぐちゃぐちゃだ。
院長先生だけでなく、デイジーも同時に作業しているから尚更だ。
小鍋二つ、すり鉢一つを管理しながら、材料の下処理を手伝っている。
しかも、魔女とかが使用しそうな吊り下げて使う、ぽってりした鉄鍋で、かなり“魔法薬感”があるので、どうしてもそちらに意識が向いてしまう。
そうして切ったり、擦ったり、混ぜたり、練ったり、混ぜたり、煮たり、混ぜたり、温度管理をしたり、面倒な工程を山の様に経て、とうとう薬は完成した。
出来上がった薬は薄らと灰色がかった青色をしており、とても人の飲む物ではなさそうに見えるが、【鑑定】すると「弛緩改善薬」と出たので、間違いなく薬なのだろう。
弛緩改善薬
弛緩病を改善させる薬。
見た目の特徴は灰色がかった青色の液体。
数年は症状を改善させ、抑える事が出来る
が、完全に治すことは出来ず、再発する。
レミツィトローネの果汁を加える事で「弛緩
病特効薬」となる。
完成すると色が透き通った赤色に変化する。
とても気になる一文だ。
「改善薬」より「特効薬」の方が良いに決まってる。
とはいえその“レミツィトローネ”が何かによるよな。
果汁って書いてあるからには果物なんだろうけど、伝説の果物とか、遠い地域のだったりレアなやつだったりしたら流石に無理だ。
慎重に薬を小瓶に注ぐ二人に聞こえない様に、隣に立っているオーランドにこっそり訊ねる。
「なぁ、なぁ、レミツィトローネって何か分かる?」
「んー?そこら辺の木になってる赤い果物だな」
ほらそこにもあるぞ、と指さされた先には風に揺れる小ぶりな木があった。
少しピンクがかったレモンが鈴生りだ。
俺の知っているレモンよりも二回りほど小さい。
説明文を読む限りレミツィトローネの絞り汁を追加するだけで「弛緩病特効薬」になるんだ。
どうせなら治せるんだから治してやりたいよな?
このまま改善薬を飲めば何年か後にまた同じ症状が現れるのだろう。
オーランドとヤンスさん、エレオノーレさんとジャックに声を掛けて廊下に出て、しゃがんで小さく輪を作り相談する。
【鑑定】で出た内容を手早く説明した。
「お世話になった方だから教えてあげたいんだ。だめかな?」
「オレは良いと思うけど、どうやって教えるつもりなんだ?」
思ってたよりも情けない声に、オーランドは笑いながら俺の肩をたたく。
しかし、ほぼ同時にヤンスさんの硬く強張った声がオーランドを遮った。
「反対だ」
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
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本当にありがとうございます。
あと二話で一章が終わりますが、メンタルがまだ立て直せません。
前にも書きました通り、ダンジョン編がスタートしますので、ダンジョンがお好きな方はお楽しみに。
これからも霧斗達のゆるい冒険をよろしくお願いします。




