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56 思わぬ落としアナ

 マヨネーズ騒動が終わり、商人達はソワソワしつつも、勉強会と装備の確認を済ませて、あとは寝るだけとなった頃見張り番のシフトを組んでいく。

 エレオノーレさんの希望で、俺とエレオノーレさんが二番目の見張り番になった。


 仮眠をとり、最初の担当だったオーランドとデイジーに起こされて引き継ぎを行った後、焚火の近くにある折り畳み椅子に座る。

 最初に探索魔法の範囲を一時的に拡げて、近くに脅威が無いか確認する。

 確認したらすぐに元の範囲に戻すけどね。

 魔力保たないし。


「で、エレオノーレさん。何か俺にお話があるんですよね?」


 安全確認が終わると、淹れてもらったコーヒーモドキを啜りつつ聞いてみる。

 基本的に、見張り番は最初か最後を選ぶエレオノーレさんが、二人体制で一番キツい真ん中の時間帯でも俺と組もうとするくらいなので、何かあるはずだ。

 エレオノーレさんはニコリと微笑むと、デイジーに聞いたわ、と小声で話し始めた。


 魔法の覚え方に始まり、呪文の仕組み、発動光の仕組みに、デイジーが神聖魔法以外の魔法を使える様になった事。

 今日の移動時間に根掘り葉掘り聞いた様だ。

 実際にやって見せてもらったのかもしれない。

 前に少し話した事があったけれど、あの時はほとんど信じてもらえなかった。

 しかし、今回はデイジーが出来てしまった。

 そう、出来てしまったのだ。

 つまり、“効果のある方法だ”と証明されたという訳だ。


「さあ、ぜぇーんぶ話してもらうわよ?」


 凄みのある笑顔で手帖を構えるエレオノーレさんに俺はガックリと肩を落とした。


 その後色々と説明をさせられたり、いろんな属性の魔力を流し込む様に言われた。

 大人しく言われるままに雷の魔力を流していると、視界の端の探索魔法に反応があった。


「エレオノーレさん!何か来ます!」


 手を離して警戒態勢を取ると、方角と距離を手短かに伝える。

 しかし、反応がある方を向いても何も見えないし聞こえない。

 探索魔法に赤いマークが現れて、現在もしっかり表示されているのに、その方向を探しても本体が見つからない。

 暗闇の中、存在を見つけられない敵がいる。

 全身の血が引く音がした。

 見えない敵はもうすぐそこだ。

 ゆっくり赤いマークが近づいてくる恐怖といったら無い。


「いたわ!」


 空を裂き、篝火を反射して鏃が光る。

 俺が探していた場所の遥か上に吸い込まれた。

 パサリ、わずかな羽音に視線を向ければそこには、フィリピン大蝙蝠みたいな、人間の子供くらいのサイズの蝙蝠が間近にいた。

 矢が飛んでいった場所から、あっという間にここまで距離を詰められたという事だろうか。


「ヒ……ッ!」


 喉の奥が引き攣り、変な声が出る。

 暗闇に灯りに照らされて浮き上がるそのデカい蝙蝠は、驚く程静かに、そして至近に存在した。

 痺れた様に動きの鈍い頭で最初に考えたのは「鑑定しなきゃ」だった。

 腕を伸ばせば触れられる程近くに居る蝙蝠型の魔物、鑑定すると『大ブレーダーマウス』と出た。

 大型の吸血蝙蝠だった。


 感情の無い赤い二つの眼がこちらを見ている。

 身動き出来ず見つめ合うーーーと、大ブレーダーマウスの首がポロリと転がる。


「ぎゃああぁっ!」

「大声を出さないっ!他の魔物が寄ってくるわよ!」


 そんな事言われても、急に目の前に子供の頭くらいの生首が飛んできたら思わず叫んじゃうって!

 なにがどうしてこうなった!


 ふと、エレオノーレさんを見るとショートソードの血糊を払っていた。

 大ブレーダーマウスの意識が俺に向いている間に、首を落としたらしい。

 今回は、エレオノーレさんが居てくれたから良かったけど、本当にヤバかった。

 俺の探索魔法は平面だから、上や下から来られると発見までに時間がかかる。

 探索魔法だけでなく、気配が読めなければ意味が無いのだ。

 盲点だった。

 探索魔法に頼り切りにならない様に気をつけないとヤバい。


 この日の見張りは、この大ブレーダーマウスが現れたぐらいで、その後はそれ程大きな問題は発生しなかった。

 俺がエレオノーレさんに質問責めにされただけだ。

 無事にジャックとヤンスさんに引き継いで眠る。

 大ブレーダーマウスは【アイテムボックス】に丸ごとポイした。

 錬金素材や武具素材、それからお薬の元になるという捨てる場所の無いお得な魔物らしい。


 翌朝はやっぱりちょっと辛い。

 その内慣れると言われたけど、細切れの睡眠時間だと寝た気がしないし、疲れが取れない気がする。

 ガタゴト揺れる馬車で良かった。

 これがバスみたいに優しい振動だったら、仕事中に寝てしまったかもしれない。


 そういえば、初日以降は盗賊達もおとなしく付いてきている。

 オーランドとヤンスさんによって、食事を抜かれているから抵抗する元気が無いだけ説も捨てきれないけどね。

 水分だけはオーランドに交渉して休憩時間の度に摂らせているが、明日辺りにはパンだけでもあげないと倒れる人も出るかもしれない。


 途中寄った街で、食料や備品を買い足しながら進む。

 自分達の食料に調味料、盗賊で使い切ってしまったロープも勿論沢山買い足した。

 それから、お勤め品のパンを盗賊達用にまとめ買いして、彼等の食事にする。

 勿論ヤンスさんがイキイキと値切りに値切っていたよ。

 廃棄寸前の物も買うからまとめてこれくらいでどうだ?と大量にお安く購入出来た。

 本当に凄い。

 真似したくないけど。


 あと、流石にパンだけだと栄養素的にも味的にも辛いので、安いチーズとお得用にツボに沢山入った安いピクルスも俺のポケットマネーでこっそり買い足しておいた。

 見つかると怒られそうだから、エレオノーレさんやヤンスさんの目を盗んで水やパンと一緒に渡した。

 ジャックには気付かれたけど、内緒にしてこっそり手伝ってくれた。


 ただ、脱走防止の為に個別に縛ったあと、全員を繋いでいるので、水浴びなんかも出来ないし、トイレなんかも稀にそのまましていたりする。

 そのため、汗やその他諸々の臭いがえげつないくらいにヤバいので、エレオノーレさんに相談して、お皿洗いに使う汚れが落ちる水球を服を着たまま通り抜けてもらったりもした。

 皮脂汚れに排泄物の汚れも全て綺麗になって、肌も服もぼろぼろなのにピカピカという変な感じになった。

 盗賊を連れて行くってお金も掛かるし問題ばっかりだな。

 ヤンスさんが殺した方が楽だって言ってた意味が分かったよ。


 いつも『俺不運』を読んでくださってありがとうございます。

 評価、ブックマーク大変嬉しいです!本当にありがとうございます。


 クリスマスをまたぐので、間話を投稿させて頂こうと思います。

 クリスマスの話はちょっとお話の流れ的にまだ無理なので、霧斗が『飛竜の庇護』と出会った時のお話をオーランド視点でやってみようと思っております。

 そういうのが苦手な方は、読まなくてもストーリー上全く問題は無いので、読み飛ばしていただいて問題はありません。

 皆様どうか良いクリスマスをお過ごしください。

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