55 護衛マヨネーズ
午前中の移動は、盗賊達が抵抗して遅れが出るかもと思っていたけれど、びっくりするくらいスムーズに進んだ。
確かに、難癖をつけたり座り込んだりする盗賊は現れた。
だけど、その度に、オーランドが『オハナシ』に赴き、いくつかの物音と悲鳴が響いて、大人しくなる。
どんな『オハナシ』をしたのかは想像もしたくない。
お昼を少し過ぎて、広場に着いた。
徒歩の盗賊達が居る為遅れが出ているようだ。
その遅れも微々たるものなので気にしないで良いと、エーミールさんは笑って休憩に入った。
食事は基本別なので、俺達は順番にクロックムッシュ風ホットサンドを食べる。
農村で仕入れた新鮮なバターとチーズをたっぷり使って、自家製マヨネーズに、千切りにした葉野菜と薄切りハムを二枚挟んだボリューミーなホットサンドだ。
食パンは無いので大きめのバゲットをスライスして作っている。
素材が新鮮なので、ミルクの風味がして、最高に美味しい。
栄養もあって、立って辺りを見回しながら食べるのに便利だと、ジャックに話したら作ってくれた。
ジャック様様だよ、ホント。
しっかり焼いたパンはざくりと心地良い噛み心地で、マヨネーズが良い仕事してる、ウマ〜。
とかって食べてると、ものすごい視線を感じた。
振り返ると、エーミールさん達がすごい顔で、ジッとこっちを見てる。
正確には俺達の手元のホットサンドを、だ。
焼けたマヨネーズのたまらない匂いさせてるもんな。
でも分けてあげないよ?貴方達は自分の食べたでしょ。
気にせずバクリと噛み付くと、熱々のマヨネーズとチーズに火傷しそうになる。
はふはふと熱い息を吐き出して、噛み締めれば薄切りハムの旨味が顔を出す。
はー……っ、さいっこう……。
最後の一欠片まで美味しくいただくと、オーランドと代わる。
何処かで「あーっ!」と嘆く声が聞こえるが、無視である。
オーランドが、ジャックからクロックムッシュモドキを渡されると、エーミールさん達の視線も、そちらについて行く。
流石のオーランドも、気まずげに視線を逸らして、そっとホットサンドを身体の陰に隠して食べていた。
逆にイキイキして、商人さん達に「買うなら分けてあげるよ」と取引きを持ち掛けているのはヤンスさんだ。
旅先で食料が足りなくなる恐ろしさは解りますよね、とドス黒い笑顔で前置きをして、調理費を含めたとしても、明らかにおかしな金額を提示していた。
「オレたち商人でもそこまでやらないぞ?!」
「納得できないのであれば、買わなければ良いだけのお話ですよ」
自分のクロックムッシュを見せつけるように食べながら、笑っている。
まるで悪魔だ。
なんとか安くしたいと交渉するも、ヤンスさんに素気無く袖にされ、それでも誘惑に負けて、血涙を流しながら震える手でお金を出してきた。
そこまでされたら渡さない訳にはいかないので、俺も渋々材料を取り出した。
俺達の分のご飯なのに……ぐすん。
一口食べた彼等はマヨネーズの味に夢中になる。
チーズもバターもハムも美味しいけれど、何よりこのソースが!酸味が!まろやかさが!とグルメ漫画みたいに感想を言い合っていた。
商人らしく語彙力が豊富だ。
「このソースは一体なんだ?!」
「熊の兄ちゃん、コレは何処で手に入る?!」
口の端にマヨネーズをくっつけてジャックに群がる商人達。
自分達で作った調味料なので、どこに行っても手に入らないと困惑したジャックが言葉少なめに答えると、今度はレシピを教えてくれ!と詰め寄っている。
レシピと言われ、ジャックがチラリと俺に視線を向けた瞬間、商人全員の首がぐるりと回って俺を捉える。
その目は獲物を捕える猛禽類の目であった。
うわ、こっわ!
「え?マヨネーズの作り方?教えませんよ食中毒とか怖いですから」
「そこをどうか!どうか曲げて教えてくれ!絶対に商売にしたりしないから!」
大きな男たちに囲まれて身動きが出来ない。
農村で新鮮な卵を沢山譲ってもらったからジャックといっしょに作ったけど、マヨチートはしません。
たった一日だけど、エーミールさんは絶対に古い卵使ったり、高温多湿な所に放置してお腹を壊すと確信出来る。
「一瓶だけなら分け……売ってあげますけど作り方は秘密です」
あまりの圧に、耐えきれずそう言うと、喝采が上がった。
「分ける」と言おうとした瞬間の、ヤンスさんの視線が恐かったとだけ記しておく。
俺は小銀貨五枚を手に押し付けられ、取り出したマヨネーズの瓶を奪い取られた。
オーランドが「オレのマヨネーズがぁぁぁっ!!」とか嘆いているが、無視だ。
まだ【アイテムボックス】の中にマヨネーズは十本以上ある。
しかし、手のひらに収まるジャム瓶が一本五万円か……
複雑な気持ちで硬貨を見ていたら、ニクラスさんがそっと囁いてきた。
「この“まよねぇず”は孫が喜びそうな味でね。私だけに内緒で作り方を教えてくれたら小金貨を三枚出そう。どうかね?少年、いや、キリト氏?」
ニクラスさんは厳めしい顔付きで、額が広く中々に貫禄がある。
流石ベテラン商会員、といった風情だ。
スリムなラン◯ラルに見えてしまう。
そんな人が声を潜めて「取引だ」などと言うと、何もやましいことはしていないのに、悪い事をしている気持ちになる。
「とんでもない高値ですね」
「だろう?決して損はしない取引だと思うがね、如何だろうか?」
ニコニコと丸め込むような笑顔で可否を問う。
だが断る。
食中毒怖い。
断るったら断る。
新鮮な卵が確実に手に入らない彼等にはレシピを伝えるわけにはいかない。
「申し訳ありませんが」
申し訳なさそうな笑顔でお断りだ。
道中散々手を替え、品を替え交渉されたが、全て断った。
一人一人が、何とか自分だけでも!と隙あらばアタックしてくる。
と言うかなんで俺にばっかり交渉して来るんだよ。
ジャックも作り方知ってるのに!
お金だったり、工房の紹介だったり、お店での購入割引だったり、綺麗なお姉さんのいるお店だったり、本当良く交渉のアイディア思いつくよねそんなに。
夜は彼等がマヨネーズの使い方を聞いてきたので「生でも茹でた野菜でも、ふかしたお芋にでもつけてみて下さい。あと日持ちしないので今日中に食べ切って下さいね」と言ったら、またマヨネーズの作り方を教えてくれコールで辟易した。
エレオノーレさんとジャックがやんわりと断って、次同じ事言わせたらどうなるかわかるよな?と追い払ってくれなければ、どうなっていたかわからない。
うっかり魔法をぶちかます前に止めてくれて助かった。




