47 マチルダさんとブローチ
今日一日は休みだとの事で、例のブローチをマチルダさんに渡そうと、領事館までやってきた。
作ってから一度も使用していない、迷い人証明カードを提示して、マチルダさんが居るか問い合わせる。
少し待っている様に言われて、待合スペースで座って待っていると、マチルダさんが奥から顔を出した。
相変わらず、真っ白な髪と細い手足が仙人のようだ。
受付嬢に話を聞いて、俺を見つけると笑顔になりながらこちらに駆け寄ってくる。
まるでお婆ちゃんが孫を見つけた時の様子だ。
「おおキリト!無事じゃったか!あれっきり音沙汰も無いもんで、何処かの悪い奴らに騙されたのではと心配しておったのよ!」
「ご報告が遅れて、申し訳ありません。無事ハンターパーティに登録できて、初クエストから帰ってきたところです」
蕩けるような上品な笑顔に、マチルダさんは貴族のお嬢さんだったんだなぁ、と自然に思う。
それ以外は、孫が大好きなおばあちゃんそのものなんだけどね。
俺は立ったままのマチルダさんを席に座らせて、向かいに腰掛け直すと、聞かれることにただただ答え続けた。
ハンター仲間から虐められたり、除け者にされていないか、困っている事はないか、お金は足りているか、風邪をひいたり身体を壊していないか、などなど。
微に入り細を穿つ様に、事細かに聞いてくる。
そんなに心配掛けてたんだなぁ、今後は小まめに顔を出そうかな。
マチルダさんの質問攻撃が一区切りついたので、お土産のブローチを渡した。
綺麗な緑色の布張りの小箱で、蓋を開けると蝶が羽根を広げた意匠のブローチが入っている。
繊細な金細工に、青と緑のグラデーションになった薄く削られた石が入っていて、とっても綺麗だ。
凛としているマチルダさんに、ピッタリだと思う。
「『この蝶々のブローチは、マジックアイテムで、身に付けた者の不幸をひとつだけ防いで、幸せを運んでくれるらしいです。他の方々には、ただのアクセサリーって事にしておいてください』」
他の人が理解できないように、あえて意識的に彼方の言葉で説明する。
返事がないのでマチルダさんを見ると、ブローチを見つめながらボロボロと大粒の涙を溢していた。
「ま、まちるださんっ?!」
「「「「「「!?」」」」」」
予想外の姿に思わず声が裏返る。
マチルダさんは唇を強く噛んで、小さく震えている。
慌ててハンカチを取り出して側に走った。
遠くで騒つく声がするが、気にしていられない。
マチルダさんの足元にひざまずいて、両手を握る。
「『どうしたんですか?体調でも悪いんですか?』」
「『馬……鹿だねっ!っく……あん、たの、気持ちが……っふ……っ嬉しいからにっ、決まっているじゃないか!』」
俺のハンカチを受け取りながら頭を叩かれる。
心配したのに怒られるとか……切ない。
それでも悲しくなったわけではない様なので一安心だ。
しばらく泣いていたマチルダさんも落ち着いて、ブローチを手に取る。
壊さない様にそっと大切に触れている姿がとても美しくて、いつかこれを絵に描こうと思った。
周りは未だ騒ついていて、所々聞こえた単語を繋ぎ合わせると「あの鬼婆が泣くだと?!一体何をした?!」といった様な内容だった。
聞こえなかったことにしたい。
その後は幾つかクエスト中の話や、世間話をしてお暇する事にした。
大切にするよ、と胸に付けたブローチを撫でながら笑うマチルダさんに見送られ、商人街に向かう。
少なくなった備品の買い足しをしながら防具屋オリハルコンを目指す。
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