40 三度穴熊亭へ
ヒメッセルトの街に戻って、三度穴熊亭へ。
疲れたから早くお湯に浸かりたいよ。
なのにここでもまた、もう一つ風呂を作ってくれ、との難題が。
前回作った風呂が、物凄く人気が出て一つでは足りないそう。
スペースは確保済みだ、と連れて行かれた先には木を切り倒し、目隠しの塀を壊して、広げた跡がありありと残る更地だった。
前回俺が作った風呂の三倍ほどの広さがある。
まじかー……。
「女の子達がまとめて入れる様にして欲しいんだよ。みーんな入浴時間ギリギリまで入ってるからね。他の人が入れなくて困ってるんだよ」
「つまりは“回転数を上げてもっと稼ぎたい”のにそれが出来ないから“時間の掛かる人をまとめて一度で入れたい”と?」
溜息を吐いて相談する女将さんを、ニヤニヤ顔でバッサリ切るヤンスさん。
不敵に笑い、「お客さんの為だよ」と言い切る女将さん。
そして再び始まる交渉合戦。
でも作るのは俺なんだよなぁ。
ねぇ?ヤンスさん。
結果、小金貨一枚と大銀貨六枚という高額(約百六十万円!)で請負うことに。
壁に浴槽に脱衣所に扉。
うん。
蝶番難しいよぅ。
買ってきてよぅ。
浴槽はお湯が有料ということを加味して、三つに分けて、一人でも入りやすくする。
サイズを大中小にして大きい浴槽は最大三人で入れる様にする。
頑張れば最大六人で入浴出来る。
今回は趣向を変えて、岩風呂の様にしてみた。
後は、温泉宿なんかを参考にして、脱衣所に全身鏡と、髪をセットする為の鏡台を三台オマケで付けた。
全身鏡は、此方の人達の身長を加味して百七十センチくらいの大きさにして、床から十センチ高くして壁に設置する。
壁に直接発生させているので、取り外し不可である。
鏡台は、椅子に腰掛けた時に使いやすい高さに、化粧水とかを置けるテーブルを作り、正面には縦一メートル位の大きさで、鏡を付ける。
女性の入浴には必須だよね。
扇風機やドライヤーといった家電は流石に作れないし、おそらくオーバーテクノロジーだから口にしないでおこう。
そう思って作り上げたら、急に視界が狭くなり、立っていられなくなった。
クラクラする。
グラリと身体が傾いでいく。
視界の端に、覗きに来たヤンスさんが見えた気がする。
「おいおいおいっ!キリトちゃん?!大丈夫か?!ちょっ!ジャック!ジャック!すぐこっち来てくれ!」
「……!?」
何か喋りたいのに、頭の奥がジン、として目が開けられない。
皆んなの声が遠くに聞こえる……。
カラダ、ガ……オモ、イ……?
目が覚めると、とても怖い顔のエレオノーレさんが、額の濡れタオルを替えてくれている所だった。
「やっと起きたわね。問題児」
下から見ても大変麗しいお顔と、迫力の夢の果実でした。
むしろ、下から見たからこその迫力……?
「えっと……何が起きたんでしょうか?」
「あら、まだわからない?」
優美に溜息を吐くと、エレオノーレさんはベッドサイドの椅子に腰掛ける。
水差しからコップに湯冷ましを注いで渡してくれた。
乾いた身体に染み込む水を一気に飲み干した。
すぐにお代わりを入れてくれたので、もう一杯をゆっくり飲み切ると人心地ついた。
それから俺は、美しくも冷たい視線に射抜かれながら、魔力が足りなくなって倒れた事、ジャックに背負われて部屋まで運ばれた事、皆に心配を掛けまくった事、二日間目を覚さなかった事など、ツラツラと並べられる事になった。
目が覚めてすぐではあるものの、自主的に正座して拝聴するしかなかった。
「あんな規格外の鏡なんか作るからよ」
「……規格外?」
「そこからなの?」
レジーナの家に(小さいけど)鏡があったから大丈夫だと思って作ったけど、何かいけなかったのだろうか?
いや、エレオノーレさんの反応見ればヤバいことをしてしまったのだろうとは分かるけど、どう、悪かったのかが解らない。
エレオノーレさんは大袈裟に溜息を吐いて、説明を始めた。
相変わらず腕組みするとけしからんです。
はい。
まず、一メートルを超える大きくて、曇りも歪みも無い一枚鏡。
それはこの世界には存在しない物なのだそう。
十数年前に、ガラスに銀メッキする、姿をはっきり写すことのできる『銀鏡』という物が発明された。
まんま俺の想像する『鏡』だ。
それまでは、めっちゃ良く磨いた錫とかだったらしいよ。
びっくりするよね。
今では、なんとか庶民でも手に入る様になったそうだが、それでも大人の手のひら一つ分が限界だそう。
手鏡サイズね。
料金的な問題ではなく、技術的な問題で。
均一な板ガラスを作ることの出来る職人は、皇侯貴族のお抱えくらいなもので、それですら曇りが入ったり、歪みが出たりするのだとか。
そして、それに銀メッキする技術も、かなりの腕を要求されるのだとか。
エレオノーレさんが知っている範囲では、三十センチくらいの“大きな”鏡を皇帝が皇妃に贈って、貴族間で話題になったそうだ。
それくらいの技術の中、『鏡台』とかいう訳の分からない物に、規格外のサイズとクオリティの鏡を取り付け、あまつさえ、全身を写せるような大きさの鏡を俺は作ってしまったのだ。
俺にとっては当たり前のサイズなのだけれど、この世界では規格外になってしまう。
異世界の常識、とても難しい。
「……気をつけます」
「お願いだからそうして」
心底疲れました、という声音でお願いされてしまった。
その後詳しく聞くと、ヤンスさんは、俺が倒れた事と、規格外の鏡を使い、女将さんから更に小金貨二枚を巻き上げたのだとか。
が、がめつい……。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ブックマーク、評価大変嬉しく思っています。
本当にありがとうございます。
どうか霧斗達の緩めな冒険をよろしくお願いします。




