間話 視点 秋山静花 【兄がいなくなった日】
人が亡くなった表現があります。
過激な言葉や暴力的な表現があります。
苦手な方はご遠慮下さい。
あとがきにこぼれ話を入れています。
神候補生達のその後にちょびっとだけ触れています。
その日、私ーー秋山静花は人生で感じたことの無い衝撃を受けた。
双子の妹清花と共に高校に向かって歩いている最中だった。
母親から珍しく電話が入り、何か胸騒ぎを感じて校門前でコールに応じる。
「静花、清花、落ち着いて聞いてちょうだい……っ、霧斗が……っお兄ちゃんがっじ、事故に遭って……!」
そこから先は正直ほとんど覚えていない。
真っ青になって立ち尽くしている私達に幼馴染が気付いて、先生に連絡をしてくれ、兄の元に連れて行ってくれた。
何故病院でないのか?とぼんやり思った気がするが、どうだったかわからない。
ただただ己の口から訳の分からない叫び声の様な悲鳴のような音が飛び出して、幼馴染に手を握られ、背を摩られていた。
衝撃的な姿なのでお父様だけで、と言われていたのはなんとなく覚えている。
普段勝気で泣いたりすることの無い母が膝から崩れて泣いている。
遅れてやって来た弟が「嘘だよな?!兄貴が死んだなんて嘘だろ?!」と繰り返し叫んでいて、大人の人に掴み掛かっていた気がする。
頑固で、思い込みが強くて、声の大きな父が真っ青な顔で扉から出てきた。
薄暗い部屋にはベッドが一つと錆びた鉄の匂いが溢れてきている。
その日は兄が死んだという実感がないまま家に帰った。
「「「「「この度は誠に申し訳ございません」」」」」
その日の午後、玄関に五人の男達が並んで土下座していた。
兄が死ぬ事になった原因だと言う。
家の中はいつも通り、ちょっとお兄ちゃんはお泊りに行ったのかな?って感じなのに、なんでこの人達はこんな事してるの?
「謝られても、あの子は……戻ってこないッ」
ブルブルと拳を震わせて言い切る父の目は真っ赤で、母は声も無く泣いている。
「貴方の仰る通りだ……です。どう償っても償い切れない罪を私達は犯しました」
「ただ、だからといって何もしない事は出来ない……ません」
「許してくれとは言わ……言いません」
「それでも賠償金だけは受け取っていただきたい」
「これが唯一わたし達に出来る事なのです」
土下座をしたまま何かを言う男達。
「お金なんていらない!お兄ちゃんを返して!!」
清花の悲鳴のような声があたりに響く。
その言葉は、私達家族の総意であった。
泣き崩れる母の肩を父が抱いていると弟が飛び出した。
「兄貴を押した人殺しはどいつだよ!俺が殺してやるっ!」
一番近くにいた男に体当たりをして頬を殴る。
今までまともに喧嘩をしたことも無い弟が人を殴るところを見てしまった。
普段なら弟を止めるところなのだろうが、こればっかりはむしろ弟を褒めてやりたい。
すぐに弟は大人の人たちによって男達から引き離されて宥められているが、怒鳴り続けていた。
途中からその声が涙に濡れて意味をなさなくなり、激しい慟哭に変わる。
私と清花は抱き合い気持ちを落ち着かせようとするが、ふつふつと煮えたぎる怒りがそれを許さない。
今回の事故は「過失致死」と言うのだそうだ。
悪気はないけどその人のせいで誰かを死に至らしめてしまった、ということらしい。
は?なにそれ。
コイツ等がお兄ちゃんを殺したんでしょ?
殺人犯じゃん!
人殺しじゃん!
いつだってついていないお兄ちゃん。
よく転ぶし、うん◯踏むし、鳥のうん◯降ってくるし、おっかない人に絡まれるし、楽しみにしてるイベントは大抵雨だし、目玉焼きや卵焼きはよく殻が入ってたりするけどさ!
なんで死ぬ時までこんな奴等の悪ふざけに巻き込まれて死んじゃうわけ?!
どこまで不運なの!
コイツ等だって何度も何度も謝ってるけど、あんた等が謝ったってお兄ちゃんは帰ってこないんだ!
いつも優しく髪を結ってくれるお兄ちゃん。
清花の料理を「美味しい美味しい」って、「天才だ」って言いながら食べてたお兄ちゃん。
下着を買って来てくれと土下座して頼んできたお兄ちゃん。
お兄ちゃん。
お兄ちゃん。
お兄ちゃん……っ。
その日は警察の人が取りなして奴等を帰してくれた。
女の人が母や私達に付き添い、今回の事件のあらましを説明してくれたが全く頭に入ってこない。
今回奴等は罪を全面的に認めていて、過失致死罪で有罪となるだろうと言われても、罰金刑のみで刑務所に収監されることは無いのだそうだ。
人が一人亡くなっているというのにお金だけで許されるなんておかしいでしょ?
今回遺族に多大な損害を与えているため、これを少しでも補うために賠償を尽くす民事責任があるとか、被害者ーーお兄ちゃん自身が亡くなっているため、損害賠償を請求する権利は法定相続人である遺族にあるとか言われても何一つ納得できない。
あいつ等を殺してくれないとお兄ちゃんが浮かばれないじゃない!
だって……だってお兄ちゃんは死んじゃったんだよ?!
もう、会えないんだよ?
なのにお兄ちゃんを殺した奴等がのうのうと生きて、しかも何度も私達に顔を見せるだなんて許せるわけないよね?
私何かおかしなこと言ってる?!
それからしばらくはお葬式とか裁判とか役所への届出とか、専門学校への連絡とか荷物の引き取りとかとにかく目の前に“やらねばならないこと”が積み上がっていて、何にも考えることが出来なかった。
やっと“人が一人いなくなった時の処理”が終わった時には私達は疲れ切ってまともに動くことも出来なくなっていた。
家のソファーにぐったりともたれ掛かる母、お酒で気持ちを紛らわし続ける父、壁を殴り続け何事か物騒な言葉を呟き続ける弟、ぼんやりして涙を流し続ける妹……。
そんな中通知が届いた。
賠償金の明細、死亡によって精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料、生きて働いていれば将来得られるはずだった利益、葬儀代、墓石代……。
金額はとんでもない事になっているが、そんな数字や紙や金属なんかではお兄ちゃんがいなくなった穴を塞いでなどくれない。
お兄ちゃんを返してよ……。
返して……っ!
学校からお見舞いに来てくれる人も居たが、対応する元気がない。
何をする気も起きない。
以前なら心弾む可愛い服やコスメも、映えるスイーツも、流行りの音楽だって心をすり抜けていく。
もう私達はこのまま生きたまま死んでいくのではないだろうか?
そんなことを考えた日の夜、私は夢を見た。
お兄ちゃんが変な格好をして、赤茶の髪のファンタジーなカッコしたイケメンと、金髪碧眼のひねくれたイケメンと、超絶美人のお姉さんとでっかい熊みたいな人、そしてショートボブの赤い髪の女の子に抱き付かれている所だった。
『お兄ちゃんっ!!!』
声を上げても全く届かないし、お兄ちゃんに近づくことも出来ない。
その夢はまるで映画でも見せられているかの様にただ映像を見せられているだけだった。
声だって聞こえない。
でも……お兄ちゃんが生きていて、動いて、笑っている。
それだけで、それだけで全てが救われた様に思う。
自分の願望が見せた都合のいい夢だとしても、お兄ちゃんはありがちラノベみたいに異世界に行って楽しく過ごしているんだと思えば、涙が出るくらいに嬉しい。
そして何度か映像は飛び、小麦色の髪の女の子にぶつかられたり、日々不運に襲われたり、赤い髪の女の子に夜這いを掛けられそうになったり、小麦色の髪の女の子を恋に落としたり、美人のお姉さんのおっぱいに見惚れたり、ウサ耳のお姉さんに手を撫でられたり……。
「「異世界満喫しすぎでしょうがーー!!」」
思わずツッコミを入れると目が覚めた。
あれ?なんか自分の声だけじゃなかった気がする。
隣を見れば清花も同じ様に少し怒っている様な表情で起き上がっていた。
目が合った時、通じ合った。
「「お兄ちゃんの夢、見たよね?」」
私達は慌てて部屋を飛び出した。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
今回の間話は以前けやき堂さんからリクエストいただいた物です。
ありがとうございます。
他の方からいただいたものも頑張って消化できるように色々考えていますが、期待せずにお待ちください。
あまりにもしんどいので、大上神様がそっと気を利かせて夢で霧斗の姿を見せてくれました。
ただ、切り取り方がラブコメ風なのはお茶目心です。
異世界で元気にやってるよ⭐︎テヘペロ、みたいな感じです。
一応、同じ夢を両親も弟も見てます。
この後家族全員で同じ夢を見たことがわかり、なんとか日常に戻っていきます。
こぼれ話↓
五人の神候補生はこの後人として生活し、全てを償い、人として死にます。
「人殺し」と言われることも多く、人生としては大変困難な生活が続きましたが、それでも必ず霧斗の月命日にはお墓にお参りに行くし、賠償金の支払いも続けました。
最後まで秋山家からは赦しをもらえないまま人生を終える神候補生達。
勿論、神候補としての彼らが死ぬわけではなく、あくまでも端末として使用していた仮初の肉体が寿命を終えただけで、実際には端末から元の体に意識を戻しただけです。
神に近い高位生命体としては、この“人生”はそこまで長くない期間ではありましたが、神候補生達にとっては強烈な体験になりました。
「自らの勝手で簡単に人の生命を奪ってはならない」と身をもって知った五人の神候補生達はいつか神に登った時、良き世界を作ります。
特に、霧斗にとどめをさした彼は、自らへの戒めの為に霧斗そっくりの神の使徒を作成します。
今でもその神候補生の後ろには霧斗そっくりの使徒が立ち、道を踏み外しそうになった己の上司を叱りつけていることでしょう。




