236 私設孤児院『マチルダの家』 2
情報屋のボス、ヘッダと名乗ったその優男は片膝を抱いて、机に腰掛けながら説明する。
まずは孤児や寡婦が生まれる下地について。
ここが国境前の街であることが大きな原因らしい。
ハンターや旅人、隣国へ引っ越す者、旅商人など“この街に縁の無い者”で、しかも“そこそこ金を持っている”という“格好の獲物”がひしめく街である。
その獲物を狙うアウトローな組織があるらしい。
何をどうとは言わないが、金目当てに腕力で、という事だろう。
しかもそいつらは隣の国から出張ってきているらしく、一月に一、二度程荒稼ぎしては去っていく。
女子供を不正に奴隷にするにはツテが要る。
そいつらはそのツテが無いらしく、旦那を暴行した後、金目の物だけ奪って人は放置していくそうだ。
怪我を負って動けぬ旦那と子供を抱えて生きるのは難しい。
結果、貧民街というかスラム街というか、その様な場所に流れていき、旦那は怪我が元で亡くなり、無理をした母も亡くなり、子供だけが残される。
稀に手に職を持つ母が仕事に就け、狭く汚い賃貸で細々と生きていける者達も居るが、やはり寡婦を雇ってくれる者は少ないそうだ。
情報屋の人達も隣国のその組織の所為で両親を殺されて孤児になった者も少なくはない。
そいつ等に仕返しをしたくても、相手方の方がまだまだ強いらしく、今は歯を食いしばって力を溜めている最中なのだとか。
とりあえず隣国のアウトロー達は排除決定だな。
アジトは目星が付いているらしいので詳しく教えてもらう。
後でゴットフリート様にも教えておかないとね。
後この街、というかこのアルマハルトの大体の国には病院が無く、治療のできる者は薬師と神官しか居ない。
腕の良い者は領主城に詰めていて、街には降りてこない。
また、薬草なり神聖魔法なりは料金が高く、気軽に掛かれない事も多い。
まず間違いなく平民には敷居が高い。
万が一薬師や神官に掛かって病や怪我が治ったとしても、一文無しや借金になって首が回らなくなり、最終的に子供が捨てられたり、無理が祟って親が倒れたり。
念の為金額を聞いてみて、確かに他の街に比べて多少高いが、それ程でも無い気がする。
そう言えば、ヤンスさんに「それは俺たちが稼いでいるからだ」と呆れた様に言い捨てられた。
そうして一番ヤバい原因が神殿の孤児院だ。
なんと子供の見た目や性別で引き取り拒否が横行しているのだそう。
しかも、所属しているのは三十人くらいしかいないんだって。
二十人くらいが身綺麗に整えられた女の子、そして十人くらいの奴隷と言っても良いレベルに痩せ細った男の子。
女の子も可愛らしいとか、綺麗とか、見目の良い子ばかり選ばれているらしく、孤児院長の独断で引き取り拒否なども日常的に行われているそうだ。
「ええ?百人くらいいるって聞いたんだけど、三十人?」
その情報を聞いて思わず声が漏れた。
おかしいでしょ?
三十人と百人じゃ三倍以上だよ?
そんな俺の言葉に今度はヘッダさんが目を丸くした。
彼がチラリと一人の男性に視線を向ければ、その人はこくりと頷いた。
「こりゃ、領主側も協力者かもしれねぇな。流石に領主城にはそう簡単には侵入出来ねぇからどこまでがお仲間かは知んねぇが」
「うーわー……」
「けっ!これだから神殿やら権力者ってのは」
皆で頭を抱える。
ヤンスさんに至っては、より権力者を嫌いになってしまったみたいだ。
しかも選り好みで身綺麗にしてるのが女の子だけとか嫌な予感しかしない。
ぱさりと投げ出された数枚の報告用紙を見れば、癖のある字で調査の報告が書かれている。
それぞれの食事量や身体の清め、衣類の配布量。
数人いる男の子の扱いとの差を鑑みれば何をさせられているか言わずもがなだよね。
しかも数人女の子と見紛うくらい可愛い男の子が入っていると書かれていて背筋に悪寒が走った。
他にも誰に金を握らせれば都合が良いか、潜入が容易か、などが書かれていた。
一応これを全て鵜呑みにする訳にはいかないし、自分達の目で実際に子供達を見てみたいから、今度「孤児院の経営を学びたい」とか言って覗きに行ってみよう。
大銀貨を数枚握らせれば喜んで見せてくれそうだな。
そして気になっている事が一つある。
孤児からこの情報屋が出来上がったって言ってたのに字が書けるのってすげえな?
ウチの子達も一文字も書けなかったのに。
そう思ってたら顔に出ていたみたいで、ヘッダさんが「大きな商家の子供も居たんだよ。ソイツに皆習った」と教えてくれた。
なんか報告書を出したら依頼主達は皆同じ様に疑問に思うそうだよ。
うん。
なんていうか失礼しました。
「ヘッダさん、皆さん、すげぇ助かりました。ありがとうございます」
「「「「……っ」」」」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うと情報屋の皆が表情を変えた。
嬉しそうと言うか泣きそうと言うか、そんななんとも言えない表情で唇を震わせている。
数人は足早に部屋から出て行ったりもしている。
あれかな?
次のお仕事的な?
忙しい中皆集まってくれてたんだろうな。
もう一度お礼を言って情報屋を出た。
ヤンスさんも変な顔でこっちを見てた。
「どうしたんですか?」
「んにゃ、なんでもなーい」
ヘラっと笑いながら頭の後ろで腕を組みたったかと長い足で歩いて行ってしまう。
身長差はそれほど無いはずなのになんであんなにコンパスが長いんだ?!
くそっ!
日本人体型のせいなのか?
翌日神殿の孤児院にお布施をして、孤児院を見学させてもらえないかと依頼したら簡単に要望が通った。
資料にあったお金を出せばちょろい奴を狙ってお願いした価値があるってものだ。
そうやって潜入して調べてみると、やはり人数が少ない。
絶対に百人なんていない。
十数人の女の子達(一部男の娘)は身綺麗にしていて、新品では無いものの丈夫そうで愛らしいワンピースを身に付けていた。
髪の毛も長めに伸ばされ、手入れされているのが良くわかる。
でも、そんな女の子達は、皆目が死んでいて、ぼんやりと中庭で日向ぼっこをしている。
時折通り過ぎていく男性神官にびくりと身を震わせていた。
俺の存在に気がつくと皆視線を逸らし、怯えながら数人で集まって手を握っていた。
これは物色していると勘違いされているのでは?
そう思って慌てて視線を逸らした。
「子供達はこれだけですか?」
「いえ、まだ沢山いますよ。ここには百人以上が在籍しておりますからね」
案内の男性がにこりと人の良い笑みを浮かべているが、それが口から出まかせだという事を俺は探索魔法で知っている。
この中庭にいる二十名を除けばあちこちでよろよろと働いている男の子が十名しか居ないのだ。
男の子達は隠されていたが、建物の隙間から時々見る事ができた。
彼等は誰もがガリガリで、街の孤児達よりも飢えた様に見える。
「大人一人に対して子供は何人くらいいるのですか?」
「一人で大体三十人ですね。小さな子供がいる時には乳母を雇いますが、ここ最近人数が多い為これ以上の受け入れは厳しく…」
自分の所の孤児院の為の見学だと言っているので、色々な質問が簡単にできた。
神殿の孤児院も俺が作った私設孤児院、もとい職業訓練所の存在は認知していたらしい。
もう一軒作るのだと話すと驚かれた。
話の流れで寄付しろと言われたのでそっと大銀貨を数枚渡した。
最初に渡したはずなんだけどなぁ?
アレは門番に対して要望を通す為のお金で、今のが孤児院に対しての寄付?
どうしてそのお金をさっきと同じ巾着に入れたのかな?
ん?
ある程度見学と言う名の調査が終了すれば、一旦辞去してゴットフリート様の元へ向かう。
自分の目で見て確かめた事と、ゴットフリート様が調べてわかった事を情報交換する為である。
表向きはクラーラ様の状況や何を贈るべきかなどを話す為、と偽っている。
書類上は百三名、実在は三十三名。
この三名というのが外の街のとある貴族家が「育てきれないから」と連れてきた……という設定の領地の影の者達だ。
元々各貴族家で育てきれないからと捨てられる子供を引き取って養い、影の者として育てていたらしい。
髪色や顔の作りなど貴族として生まれねば貴族として潜入する事が出来ないから、と言われていたけど、どうなのかな?って思っちゃう。
そこでそこそこの技術を手に入れた“子供達”が選出され親役の影が神殿の孤児院に預ける。
そうして、貴族としては端金、庶民としては大金、貴族の子供を育てるには到底足りないという絶妙な額を渡し、孤児院に受け入れさせたそうだ。
そこから子供達が「探検ごっこ」と称して様々な情報を盗み出し、持ち込んだ紙に記入して別の影に手渡すという危険な潜入捜査を行なった。
万が一の時は「事実を知り、外部に情報を流して助け出してもらおうと思った」と夢見がちな事を言って謝り倒す予定だそうだ。
あとは建物の中に忍んでいる大人が隙を見て彼らを助け出す算段だ。
そこで発覚したのだが、アルスフィアットの城で支払われた補助金の金額が孤児院に届いた時には半分以下になっていた。
金額が少なく表記されているのか、ほんとうに少ないのかは不明。
三日後が補助金支給日との事なのでそこに調査員をそっと紛れ込ませる予定だとか。
俺もお邪魔しようかな。
忍び込ませた子供達は二人が女の子で一人が男の子。
女の子二人は幼いが将来美人になるだろうと思われる顔つきで、男の子は兄妹という設定だ。
その為、いくらなんでも女の子二人だけを引き取ることも出来ずに三人まとめて引き取ったらしい。
その日のうちに男の子をポイっと下働き組に放り込んで、女の子達を職員達が取り合い、猫可愛がりしているようだ。
しかも「後二年もすれば……いやしかし……」と孤児院長が呟いたのを聞いたらしく、女の子達が怯えていると、男の子からの連絡が入ったとゴットフリート様が言っていた。
それはヤバい。
早く助けてあげなければ。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます
すみません、あとがき書く時間も惜しいくらいに今リアルが忙しいです
落とさないように頑張ります




