233 受け入れ難い手紙
難産でした。
それはいつもの冬支度をしている時だった。
森から帰宅して、山の幸を取り出して布巾で汚れを拭い取ったり、虫食いがないか確認して仕分けたりしている俺を烈風のマックスが探しにきた。
どうも俺宛に手紙ーーハンターの速達便が届いたらしい。
慌てて玄関ホールに向かえばソファにグッタリと座り込む一人のハンターがいた。
「君が……っは、飛竜のっ、庇護の、キリト……っか?」
「は、はい、そうです」
朦朧とした状態で誰何してくる細身のハンターに答えると、彼は震える手で手紙と受領書を差し出してきた。
依頼日は半月ほど前。
アルスフィアットからだった。
とにかく急げとの指示で、ハンターギルドの馬を乗り継ぎながらやってきたそうだ。
受領書にサインをして、そっと小銀貨と共に返した。
息も絶え絶えな彼はその冷たい塊をチラリと見て、ふへっと笑うと、二つとも胸元にしまいこみそのまま意識を失った様に寝始めた。
エレオノーレさんがアガーテ達に部屋や食事の支度を指示してくれていた。
俺はオーランドに「すぐに見た方が良い」と促され、手紙を封じた蝋を剥がす。
パーティ宛ではなく、俺個人にとなると相手が限られる。
それほどまでに急ぐ手紙とはなんだろうか?
カサリと開いた手紙を読み進めるうちに手が、足が、しまいには全身が震えだす。
手紙はマーサさんから。
気候の挨拶や定型文が続き、本題に入ってからが問題だった。
「マチルダ様がベッドから起き上がれない程に弱っていらっしゃいます。気丈にしていらっしゃる上に、貴方には絶対に連絡するなと、厳命されました。これは私の一存でお送りしております。どうか一刻も早くマチルダ様に会いに来られて下さいませ」
ざぁっと血が引く音がして、キーンと耳鳴りが鳴る。
心臓を冷たい手で鷲掴みにされている。
目で文字は読めるが、心が受け付けない。
マチルダさんが弱っているなんて受け入れたくない。
そんなわけない。
そんなのうそだ。
脳裏に浮かんでは消える乾いて細く、頼りない手のひら、弱々しい力、遅くなった歩調、震える身体ーーー。
様子のおかしな俺に、オーランドが手紙を横から顔を突っ込んで読み、表情を変えた。
「おい、ぼっとしてる場合じゃないだろ?!ハンス悪いけど馬車を一台借りてきてくれ!二人乗れれば充分だ!金はこれを使え」
「わかりました!」
胸元から取り出した皮袋をハンスに放り投げ、馬車の手配を掛ける。
ヤンスさんに旅支度を整える様に指示を出すと、手紙をエレオノーレさんに渡し、俺を引きずって食糧庫に連れて行く。
正直ここはほとんど使っていない空き部屋だ。
こんな所に連れてきてどうしようというのか?
なんだろう?
すごく身体が重たい……。
「キリト、クランメンバーの冬の間の食糧をここに出してくれ」
「……わかった」
全く動かない頭で言われた通りにあれこれと食糧を取り出して行く。
その次は調味料、薬、衣類、武器類、店で売る商品など言われるがままだった。
脳内には先程見た文字列がふわふわぐるぐるしているが、いまだに理解出来なくて、ぼんやりしてしまう。
次第に感情が乖離していく。
「オーランド!準備できたぞ!馬車ももう見えた!」
「わかった!すぐ行く!」
玄関ホールからヤンスさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
オーランドも負けず大きな声で返事をすると、俺を肩に担いで走り出した。
子供や荷物みたいに担がないで、とか、なんでそんなに急いでいるんだ、とか聞きたいことはあるけれど、そんなことをする気力が何故か湧かない。
頭の中は何かモヤが掛かったように薄ぼんやりして何も考えられない。
されるがまま、なすがままだ。
俺は馬車に放り込まれ、ヤンスさんの荷物が追って放り込まれる。
腹の上にどさどさと落ちてくる荷物が重い。
二人乗りの馬車は向かい合わせに座席があり、座面を上げると収納スペースができる様になっている様だ。
ノロノロと収納スペースに荷物を入れていく。
それが終わると、ジャックとデイジーに渡された鍋やパン、弁当などを【アイテムボックス】に収納する。
全てを収納し終わると、デイジーが俺の手を両手で包んだ。
何故だかデイジーの背後にカトライアさんがいて、デイジーの肩を抑えている。
「あ、あの……っ!わ、わたし……っ!ぃ、一緒に……」
肩に乗せられていたカトライアさんの指にグッと力が入る。
「一緒に……は行けません、が、こ、こちらでっマチルダさんが良くなるようにお祈りしておきますので……っ!」
「……?」
真っ赤で泣きそうな顔のデイジーにそう言われて不思議な気分になる。
何か心がざわざわするというか、モザイクの掛かった映画を見せられている気がした。
首を傾げると、傷付いた表情になるデイジー。
その肩をそっと抱き抱えてカトライアさんが首を横に振った。
びくりとそちらを振り返って、大きな目にいっぱい涙を溜め、拠点に向かって走り出した。
どうしたんだろうか?
後を追うべきかと思ったが、ジャックは気にした様子もなく、俺の肩を力強く叩いて意思の強いアーモンド色の瞳で俺を見た。
「?」
「無理、するな」
それだけ言うとその場を離れていった。
馬車の前にはヤンスさんとオーランドだけが立っている。
「まだ指示を出せばやってくれるが、もしかしたら錯乱するかもしれん。その時はどうにかして落ち着かせてくれ」
「わかった」
訳の分からない会話を交わす二人を座席を背もたれにしてぼんやりと馬車の中で眺めていた。
そんな俺に手紙をエレオノーレさんが手渡してくれる。
手紙を見た時すごい嫌な気分になったが、身体は自然とそれを受け取った。
「いい?気を強く持つの。貴方が取り乱したら困るのはマチルダよ」
「マチルダさんが、困る……?」
ざわざわと胸がざわつく。
それは、嫌だ。
困らせたくない。
「そう。だからシャンとしなさい!」
そう言って俺の両手に手紙をしっかり持たせると、その上からギュッと握って真剣な目で俺を見る。
こんなことしてたらジャックに怒られるよエレオノーレさん……。
そうこうしている内に馬車の戸が閉められて、走り出した。
まだ秋に入ったばかりだが、冬支度が終わっていない。
そんな時期に出かけるなんて……。
…………。
……。
「キリトちゃん生きてるか?」
「……」
二度目の休憩の後、ヤンスさんが馬車に乗ってきた。
操車は誰がしているのだろう?
表情で何を考えていたか分かったのだろう「ハンスがやっている」と一言言うと、俺の前にしゃがみ込んだ。
ヤンスさんの深い青の瞳が真剣に、慎重に俺を見ている。
虹彩まではっきりと見えるくらいに近い。
「いいか、受け入れたく無いことは分かる。だが、本当に良いのか?万が一の時近くにいなくて後悔しないのか?」
「……」
膜を一枚隔てた様な感じにヤンスさんの言葉が通り過ぎていく。
自分の身体ではないかの様に全身が重たい。
「……キリト、よく聞け。お前は看取りにいくんじゃない、見舞いに行くんだ」
「……みま、い…?」
ノロノロと視線を上げる。
「そうだ。マチルダ女史の見舞いだ。孫の様に可愛がられているお前の顔を見せて元気にしてやれ」
「マチルダさん……にかお、を、見せて、元気にする……」
グッと肩を掴まれた。
「そうだ。元気にするんだ。最悪あの呪文を使っても良いんじゃないか?」
「ーーー!」
そう伝えられてやっと心に事実が落ちた。
頭と心にぐるぐると回るだけで意味を生さなかった文字列がようやく意味を伴う。
俺は今まで何をしていたのだろう。
受け入れなければ現実にならないとでも思ったのだろうか?
あのままぐだぐだしていたら本当に間に合わずにマチルダさんと永遠に会えなくなっていたかもしれない。
そうだよ。
そんな事になったら絶対に一生後悔する!
「そう……ですよね。アルマ女神ならきっと助けてくれますよね」
「うっし、ちったーシャンとしたな?」
「はい!」
頭をぐりぐりと乱暴に撫でられる。
いい歳になっても子供扱いされるのはアレだが、少しも嫌な気分ではなかった。
それから途中の村や街で馬を借りて替えながら、馬車を飛ばしまくって十日程で俺たちはアルスフィアットに辿り着いた。
いつも俺不運を読んでいただき誠に有難う御座います。
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しかしながら今回の話はとてもとても筆が重かった……っ!
書いていて作者の方が涙が出たり気持ちが拒絶してきたり……。
かなりしんどかったです。
いやもうガチで。
ここ書いている時子供がインフルを持ち帰り家族全員罹患するという……(今は回復しています)
早く幸せで楽しいお気楽なお話が書きたいです。




