232 冬支度
石鹸は熟成期間があるからその間に冬支度の為に大量の食材を買い込んでいこう。
秋に入って豊富な森の恵みに山の恵み、沢山の農作物が露店に並んでいる。
もうこの時期の俺たちの大量購入は風物詩になっており、ヤンスさんと二人で露店市に顔を出すと、各店からの商品アピールがすごい。
「お!大量買いのニイちゃん達!ウチのイモ買ってってくれよ!」
「ウチの葉野菜もうまいよ!」
「今年は豊作だぜ?安くしとくから全部買ってくれよ」
「ハイハイ、順番に見せてもらうから落ち着けって」
それをテンポ良く捌いて、あれこれ購入していくヤンスさん。
勿論値切るのは忘れない。
俺は荷物持ちよろしく、言われた額を取り出して商品を受け取って【アイテムボックス】に放り込むだけの簡単なお仕事だ。
穀物、肉、野菜、フルーツ、乳製品に卵、そして酒。
羊の毛や山羊の毛なんかもあるし、それの毛織物もある。
勿論毛糸も。
糸問屋で買うほどの質は無いが、地方の村とかはこれくらいの質のものを多めに買う傾向にある。
着心地よりも暖かさと量が優先なのだ。
一人に質の良いセーターを一枚編むよりも家族全員のマフラーと手袋を、という事らしい。
一通り露店市を巡り終わった。
【アイテムボックス】にはうちのクランが三冬くらい過ごせるくらいの物資が入っている。
相変わらずすごい量だなぁ。
正直去年のやその前の年の分もまだ残ってるくらいなんだよね。
裁縫ボックスとか刺繍糸とか簡単に売り切れる物じゃ無いし、フルーツや細々とした野菜、スイーツなんかは高すぎて手が出ない人が多かった。
入れっぱなしでも悪くはならないのはわかってるけど、気持ち的な問題だよね。
特に去年の冬は売らずにハンター達だけだったし。
ギルドからの支給もあったしね。
使いきれなかった物は自分たちの食事に使用しているけどそう簡単に使い切れる物では無い。
今年の冬に売るつもりだけど、なんか問題が起きたら放出するかな。
今度は露店ではなく店舗のある商店街に歩を進める。
精肉店では俺の教えた干し肉や燻製肉が大々的に売られていて、皆がわいわいと買い集めていた。
ちょっとお高いけど、冬のお楽しみに良いらしいね。
俺達は自分達で作ってお店で売っているのは他の人達に回さないとね。
あと、油脂が有料になっていた。
去年までは無料で持ち帰り自由だったが、唐揚げで大量に使うせいかな?
値段は安いとはいえこれは下の層が蝋燭作ったりするのに苦労しそうだ。
「おじさん、そこのソーセージとベーコン、あとその塩漬け肉と、シュバルツシルトブルとメッサーリントのもも肉と背肉買えるだけちょうだい」
「おう、お前たちか。ちょっと待ってろ。今年はたっぷり用意してあるからな」
自分の順番が来た時に遠慮なしで買えるだけ買わせてとお願いしたら本当に山の様に肉が積み上げられた。
ソーセージが幾ら、ベーコンが幾らと言いながらドンドンと載せていくので隙間からコインを渡してサクサク収納していく。
シュバルツシルトブルは水牛みたいな牛の魔物で、おでこのコブが盾のようになっている。
赤身が美味い魔物で、好戦的な上に突進がすごい。
ギュッとした肉質はまさに「肉食ってる!」って感じで串焼きとかにしても美味しい。
メッサーリントは赤い長毛のおとなしい気質だが、尻尾が剣のように鋭く、逃げ足が速い。
これまた牛の魔物。
サシの程よく入った肉は薄く切ってダシに潜らせて食べれば蕩ける様な肉質である。
勿論味は最高。
こっちではステーキにする事が多い肉である。
しかし、塩漬けにすると旨味がボケてしまう難点もあり、あまり長持ちしないので、冬の後半に出すと大変高く売れるお肉だ。
シュバルツシルトブルは盾、メッサーリントは剣って名前が付いているくせに性格は真逆という変わった魔物達である。
いや、たぶん見た目でつけられたんだろうけどさ。
なんとなく違和感があるよね。
勿論そのまま使うものもあるけど、ある程度は保存の為の処理をしなくてはならないので、鶏肉豚肉は今回は一旦良いや。
他の人たちも買うだろうし、特に豚肉はオーク肉のおかげでウチのクラン内ではあんまり動かないからね。
ベーコンとかは別だけど、他の肉があればそっちを使っちゃう程度には皆食べ飽きてる。
牛肉と合挽にしてハンバーグとかにして出そうかな。
今度また鶏肉メインに買いにくるね、と約束して肉屋を去った。
野菜や小麦粉などもモリモリ購入して段々と高級商店街に向かって移動していく。
他の店で買った物も、店のランクが変われば品物の品質も変わってくる。
色んな人に売れる様に品質やランクの違う物をたっぷり購入するのだ。
「こんにちはー」
「ちわーっす」
いつもの香辛料の店(以前は露店だったが、今では店舗で、卸しもやる程の大店になっている)に挨拶しながら入って、目につく物を片っ端から買えるだけ購入していった。
買い尽くさない様に店の人にお願いして売ってもらう。
俺達が買い占めたら皆が冬支度出来なくて困るからね。
「いらっしゃい、キリトさん。今年ももうこの時期が来たんですねぇ」
「ええ、お邪魔してます。また取り扱いが増えてますね」
そうやってあれも、これもと購入していると奥から会頭さんが顔を出した。
彼とは露店の時代から仲良しで、買い物に来ると必ず挨拶してくれる義理堅い人である。
現在彼に手に入れられない香辛料はないとまで言われる程のやり手でもある。
「すみません、今回は普段のとは別に、香り付けのハーブとかありませんか?石鹸に利用したいのであまり高くなりすぎなくて安定して仕入れられる物と、高価でも良いので貴族に好まれる香りが欲しいのですが……」
「そうですね、ローズマリーやミントなどはお安く一般的で安定していて尚且つ香りが良いですね。あとはこちらでしょうか?」
そう言って出したのは紫色の小さな花。
ネクタラヴェンというほの甘い蜜の入った花らしい。
特殊な加工をして干すと、花自体が甘く薫るハーブとして使えるんだとか。
香り自体はラベンダーに似ている。
ラベンダーに少しだけ蜂蜜を加えた様な甘い香り。
確かにこれなら貴族女性が喜びそうだ。
今ここにある分は去年の物で、近日中に今年分が入ってくるらしい。
それを予約して、今ある分も少しだけ購入させてもらった。
予約分は先に支払っておき、入荷次第拠点に送ってもらう事になった。
事故などで仕入れがダメになった際は手数料を引いてから返金してくれるそうだ。
一銅貨すらも返金しない店も珍しく無いんだけど、やっぱりここのお店はすごく対応が良い。
「毎度ありがとうございます。今後も引き続き宜しくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に挨拶を交わして店を後にする。
次はヤーコプの店だ。
ここは高級な食品がわんさかある。
植物オイルもいっぱい取り扱いがあるので、通常の冬支度にプラスして片っ端から購入しておく。
唐揚げ人気で油脂もいろんな魔物や動物の物が並んでいて、ついでに買っておいた。
「キリト師匠、どうしたんです?植物オイルばかりこんなに買って」
「あ、ヤーコプ!植物オイルは多分ね、このあといっぱい必要になるから多めに仕入れて欲しいんだけど……」
購入してみて香りを確かめ、癖のないオリーブオイルや菜種オイル、それから逆に香りの良い物を数点追加希望を出しておく。
勿論作ってみて、より良い物があればそちらも追加で依頼する予定だと伝えればニッカリと笑って了承してくれた。
仕入れてくれるのだから先行して情報を伝えておく。
「うまくいけば、の話になるんだけど……」
「ふむふむ、なるほど?それは早めに農園に作付依頼しておかねばなりませんな」
植物オイルを石鹸に使用する予定である事、今唐揚げで使用されて出る廃油を回収して廃油石鹸を作る予定である事、うまくいけばそれなりの数を仕入れるつもりである事などごにょごにょと耳打ちした。
廃油の処理がそうやって簡単に出来る様になれば油脂の購入量も増えるだろう。
ついでにちょっと先だけど出来上がった石鹸の使い心地をモニターして欲しいとお願いすれば早速仕入れ先に手を回してくれそうだ。
「なあ、キリトちゃん、それ聞いてねンだけど?」
一緒に話を聞いていたヤンスさんは頬を引き攣らせていた。
確かに石鹸を作るとは話したが、廃油石鹸を作るとは言ってなかった気がする。
でも石鹸を作ることに違いはないし、まあ、誤差の範囲内って事で。
痛っ!
拳が降ってきた。
ハイ、すみません。
反省します。
はい、ホウレンソウ大事です。
その後個室に移動して、廃油石鹸を作ろうと思った経緯を丁寧に説明すれば二人は大いに納得してくれたけど。
それでもやっぱり報連相をしっかりしろとの事で、みっちりお叱りを受けた。
ヤーコプの店で大量に、それはもう大量に購入させてもらった小麦粉の程々の品質の物をパン屋に預けて毎年の様に依頼してきた。
引き取り完成は来月の終わり頃。
酵母や他の商品を作ったりしないとなので小麦粉だけ先に渡している。
勿論卵や塩、牛乳なんかも後日渡す予定だ。
以前少し砂糖を入れたらふんわり柔らかくなるって聞いた事があると、世間話しておいたらいつの間にか新商品が増えていた。
ひとつ購入して味見させてもらったが、まさに高級食パン!って感じだった。
一斤が二千円とかそんくらいの。
何にも付けなくてもめちゃくちゃ美味いし、ふわふわもっちりで、ほんのり甘い。
ほんの一言しかアドバイスしてないのにここまで研究するパン職人さんすごい。
大人気になったお礼の金一封をいただいた。
ありがたやありがたや。
砂糖も一緒に渡してこの高級パンも作ってくれるようにお願いしておいた。
その後も薬屋や金物問屋、糸問屋に染め物工房、酒工房なんかを回って色々買い集めていく。
ウチの悪口を言っていた店も含め、できる限り満遍なく店を利用する。
結局妬みや嫉みは儲かったら立ち消えるのだろう。
それでもあえて質の低い物を出そうとしてきたり、間に小石などを混ぜてカサ増ししていたら、購入拒否して今後二度と利用しない様にする。
ボランティアじゃないからね。
貴方方はブラックリスト入りです。
これも商売だからね。
当面必要な物を購入し終わると、一度拠点に戻り加工の必要な荷物を置く。
ヤンスさんとジャック、エレオノーレさんが交代して、三人で近くの森に入る。
ヤンスさんは個人的にやる事があるらしいよ。
立ち枯れている木を水魔法で切り倒し、程よいサイズの輪切りにしてジャックにパス。
受け取った丸太を薪サイズに割っていく。
ジャックが割った薪からエレオノーレさんが水分を抜き、積み上げて、ある程度溜まったら【アイテムボックス】へ。
そうしたらまた程よい木を切り倒して輪切りに……と流れ作業で大量の薪を作成していった。
途中で少し休んだり、気分転換にキノコを狩ったり、栗を拾ったりもする。
イガが指に刺さったり、拾っている最中に背中に毬栗がドスっと落ちてきて刺さったり、ヘビが落ちてきたりしたが、まぁいつもの事で許容範囲である。
「何をどうしたら背中に毬栗が刺さるのかわかんないだけど……ッ」
それでも爆笑されるのは少し納得いかない。
俺だってわかんないよ。
マーガレットやコスモスの様な可憐な花がいくつか咲いていて、一緒に採取しておく。
今年の永遠に枯れぬお礼の花はこの花を模したヘアピンかブローチにしようかな。
あ、どんぐりとかと合わせて秋っぽいリースみたいにしても面白いかも。
そう思って、艶々で形の良い物や、丸くてふさふさの帽子をかぶった物を拾っていく。
楓や紅葉の様な葉っぱも拾って、イメージを広げていく。
子供の頃、そうやって拾ったどんぐりから白い芋虫がこんにちわした時には悲鳴を上げて入れていた缶を放り投げたよなぁと思い出していたら、拾ったどんぐりからぷっくりと太った白い芋虫が顔を出した。
「ぎゃぁ!」
「あはははははは」
悲鳴を上げた俺をエレオノーレさんがまた笑っている。
急に出てくるからうっかり悲鳴が出てしまっただけで、そこまで苦手じゃないから!
ホントだから!
エレオノーレさんに言い訳がましく言い募るが、ジャックに掴まって大笑いしている。
それを微笑ましげに眺めるジャックはそろそろ止めてくれても良いんだよ!
そうやって薪作りや山の幸を採取して拠点に戻ったところに、一人のハンターが転がり込んできた。
その手に受け入れ難い手紙を持ってーーー。
いつも俺不運をお読みいただきありがとうございます。
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私の命が助かります。
久しぶりに不運なお話が書けました。
毬栗、落ちてくると痛いですよね…(経験者)
足でグイッと毬栗を開いて、火箸で挟んで取るんですよ。
大きくてツルツルで上手く取れないときは手で取るんですけど、軍手をしててもこう、グサっと何故か指に針が刺さるし、屈んで拾っていると背中ドスっとね…。
平和な話がずっと続いてほしいけど不穏なお話ばかりになってしまいます。
来週はお手紙についてです。




