227 回復待ち
ふ、と意識が浮上した。
目を開けると天井が狭い。
狭いといっても四畳くらいはあるだろうか?
格子状の細い木の棒の上に布が張ってあるだけの簡易的な天井。
家や部屋と考えると粗末だが、天幕と考えるならば豪華すぎる。
(ここ、どこだ……?)
全身が鉛の様に重い。
思考も定まらず、結局そのまま目を閉じた。
次に目が覚めたのは、ほんの少しの肌寒さを感じたからだ。
布団を探そうと腕を動かしたつもりだったが、身体が言うことを聞かない。
全力で遠泳をして陸に上がった時の様に酷い倦怠感と眩暈、そして薄い吐き気が全身を覆っていた。
それとは別に、すうすうと寒さが動いている。
違和感に重たい瞼を持ち上げれば、メイドさん達が俺の身体を濡れタオルで拭ってくれているところだった。
「んなぁっ!?」
「!キリト様、お目覚めになられましたか?」
「お身体直ぐに拭きあげますので今しばらくお待ちくださいませ」
「誰かエデルトルート様へご連絡に!」
「今アンジェリーナが向かいましたわ」
悲鳴を上げた俺にメイドさん達が口々に話してくれるが、それは余計に俺を混乱させただけだった。
え?俺また転生しちゃったの?
今度は王子様的な?
いや、でも今キリトって呼ばれたし?
????
俺は身動きできぬまま、混乱したままメイドさん達に身体をピカピカに拭われたのだった。
自力で身体を動かせない為、フル介助で肌触りの良い寝巻きを着せられる。
そして、フカフカのでっかいクッションや枕をいくつも積み上げて半身を起こされた。
起こした、と言うよりは立て掛けられた、が正しい。
相変わらず身体に力は入らず、腕を持ち上げることすら出来なかった。
油断するとズルズルと横に倒れていきそうになる。
しかし、自力ではどうすることもできないという状況。
横に置かれたクッションと、それを支えてくれるメイドさんのおかげで倒れていないだけだ。
清拭が終わって程なくするとエデルトルート様が壁の布を開けて部屋に入ってくる。
そして現状を理解した。
そうだった。
俺、倒れたんだ。
お城で皇妃様の病気を治して。
そこに思い至るとぐちゃぐちゃになっていた気持ちが段々と落ち着いてくる。
全身の倦怠感と吐き気は魔力枯渇による体調不良もあるのだろう。
体調不良はすぐには治らないが、原因が分かった事によりかなり気分が軽くなった。
そして驚くことに、天井だ、部屋だと思っていたのは豪華な天蓋付きベッドだった。
カーテンが引かれているだけだった。
(いや、一人部屋サイズのベッドってなんなん?)
ベッド自体もデカいが、キングサイズだと思えばまあなんとか理解できる。
天蓋付きで、カーテンがあるのも理解できる。
皇宮だから、天蓋の中でお世話する人が動き易い様に少し天蓋自体が広くなっているのもまあ、なるほどと理解できる。
でもカーテンが引かれてる床面積が多分四畳くらいあるんじゃないかな?
そんなに広さ必要かな?
俺が皇宮設備に内心つっこんでいる間に、エデルトルート様はベッドの足元側の床に跪いていた。
他のメイドさん達もエデルトルート様の背後に控えて跪いている。
「ぅぇええええええぇぇぇっええでるとるーとしゃまあぁぁぁぁぁぁっ?!」
あまりの混乱で呂律が回らない。
それでも誰も笑わないし、動かない。
何がどうしてそうなった!
「聖人キリト様、この度は奇跡のお力をお貸し頂き誠にありがとう存じますーー」
それから始まる美辞麗句に彩られた感謝の言葉の乱舞。
口を挟む隙もなくひたすらに言葉を変えて感謝を告げられ続けるという苦行。
しかも名前の前に必ず付く『聖人』とはなんぞ?
お願いマジやめて。
そう言いたくても口も挟めないし、ずっとお礼を言い続けるエデルトルート様。
ねぇこれなんて拷問?
精神的なダメージが目眩を起こさせる。
「じ、侍女頭様……」
「キリト様はお疲れのご様子ですので……」
十分を超えた辺りでそれとなく口を挟んでくれた二人のメイドさんありがとう!
出来たら次回はもう少し早く止めてくれると嬉しいです!
「こ、これは失礼致しましたっ」
「い、いいえ、おかげで大体の事情は掴めましたので……」
俺、三日も意識がなかったんだって。
でも息はしてるし、心臓は動いてるからと、とにかく寝かせておいてくれたらしい。
勿論濡らした綿で水分を補給させたり、清拭したりと色々お世話してくれていた。
エデルトルート様の御礼の言葉の中にあったんだけど、皇妃様は俺が気を失っている間に無事目覚めたらしい。
現在は栄養のあるご飯をしっかり食べて、ちゃんと休んで、時折双子の赤ちゃんにお乳をあげるだけの生活をしているらしい。
助かって良かった。
本当に良かった。
そう思ったら、緊張の糸が切れた様で再び視界が暗転した。
その後何度か起きて、寝て、を繰り返し、魔力回復ポーションを飲まされたり、皇宮の美味しいご飯をたっぷり食べさせられたりして回復に努めた。
ポーションは孤児院長先生のレシピの様で、のたうち回る様な苦さはなかった。
相変わらず炭酸の抜けた薬臭いコーラの様な味がした。
そんな中、皇帝が公務の間を縫って現れた時には閉口せざるを得なかった。
なんせ冗談抜きで涙ながらに感謝されたもん。
「ありがとう、本当に感謝する……っ!」
ベッドの横の床に膝をついて俺の手をがっちり握る、涙と鼻水でべしょべしょになった皇帝の顔は多分一生忘れられないと思う。
ただ、今回のことを公には出来ないので、表立って報酬を用意できないらしい。
皇帝と宰相が揃って頭を下げてきたのだ。
どちらかといえば絶対に外部に漏らさぬ様に取り繕わねばならない事なのだそう。
まあ、俺の予想が当たってたら皇家の醜聞だろうしね。
よく知らないけどそれを使って扱き下ろそうとするような奴も出てくるだろう。
俺としてはむしろ公にされない方が助かるので、全く問題ない。
そう何度伝えてもなかなか頭を上げてもらえずめちゃくちゃ困った。
「何か困る事があれば、何時であろうと、何であろうと必ず力になる」
そう力強く言ってくれた。
大変にありがたいが、同時に恐れ多くもある。
皇帝にお世話してもらわねばならない事態になりません様に!
とりあえず『聖人』と呼ぶのだけはやめてもらおう。
困ったら力になるとか言ったくせに現在進行形で困らせてくるのやめてください。
「それだけはなんとか……!」とか言われても困ります。
頑張って説得を続け、前回取り成してくれたメイドさんが「本当に困っているからやめたげて」と進言してくれてやっとやめてくれた。
本当このメイドさんちょー助かる……。
ありがてぇ。
少ないが、とポケットマネーで大金貨を三桁置いて行った皇帝が退室すると壁際に控えていメイドさん達がまた近寄ってきた。
お金は金庫に入れておいてくれるんだって。
さて。
良いかモテない男諸君!
よーーく聞け!
今俺は、美しいメイドさん達にチヤホヤされている!(ドンッ!)
水が飲みたいな、と思うと可愛いメイドさんが俺の身体を起こして支えてくれ、別の美人なメイドさんが口元に水の入ったコップを差し出し笑顔で飲ませてくれる。
食事の時間には「どちらにされますかー?」と訊かれながら料理を匙で口まで運ばれる。
口の端に付けば優しく口を拭われる。
部屋は適温だが、時折扇がれて心地よい風を送られる。
一日に二度、五人掛りで全身を拭われ、服を着せ替えてもらう。
その間に交換された触り心地の良いベッドに横たえてもらう。
これが今の俺の現状だ!
ザ・メイドハーレム。
……そういう漫画とかで見てた時はさ、ウハーッたまんねぇなぁ!って思ってたけどさ、実際にやられるとね。
うん。
……恥ずかしすぎて無理。
いやもうマジな話ね?
アーンとかお口ふきふきとか……羞恥心で頭がおかしくなりそう。
頭と心を空っぽにして無心で口を動かして、さっさと終わらせるしかない。
今は身体が動かないから仕方ないと割り切るしか無いけど、良い年した大人の男が食べさせてもらうなんて絶対におかしい。
こういうのはメイドカフェとかで有料で一、二回ネタとして体験するくらいで充分です。
いや、看病でしょ?って言われるかもしんない。
でもね、なんかちょっと違うんだよ。
絶対看病じゃ無い。
体を拭く時にそっと柔らかな膨らみが押し付けられてきたり、アーンと匙を運ぶ時にうるうるの上目遣いで見つめられたりっていうのは絶対看病じゃないじゃん?
どっちかといえば商人の娘達から受けたハニトラに似た雰囲気だ。
しかも二、三口ごとに担当が変わる。
絶対おかしいでしょ?
あと、必要以上に部屋にメイドさん達がいる気がする。
俺が一度でも声を掛けたメイドさんは最前列に居るから分かりづらいけど、多分毎日別の人が来てる。
可愛い系から美人系、年下から年上まで本当にメイドの見本市かな?ってくらいに。
俺の好みがバレているのか段々年上の面倒見の良いお姉さんの比率増えている気がする。
気のせいだと思いたい。
思わせてください。
ひーーーんっ恥ずかしいよぅ!
とりあえず俺の身の回りについては一度置いておくとして。
意識が戻ってからはエデルトルート様を通じてクランには連絡をしてもらったし、腕が動く様になってからは手紙も出した。
事情が事情なのでやっぱり見舞いは許されなかった。
とりあえず生きていて、拘束されているわけではない事を伝えておいた。
「オーク討伐の時の様に頑張りすぎて倒れた」と書いたらちゃんと意図が伝わったらしい。
「神殿契約はしたのか?」とヤンスさんからのお手紙が届いた。
ヤンスさんの字は、綺麗に書ける人がわざと下手に書いたみたいな、右利きの人が左手で書いたみたいな癖のある字でわかりやすい。
オーランドは字を習い始めた園児並みで、汚すぎてまともに読めない。
エレオノーレさんは大変お美しい字を書かれる。
専用のペンがあればもっと飾った文字も書けるんだって。
カリグラフィーって言うんだっけ?
ジャックは現在練習中。
もともとは読むこともできなかったんだけど、エレオノーレさんにラブレターを贈る為だけに努力をしている。
現在小学校高学年男子くらいの字にはなっている模様。
デイジーは丸っこい癖字というか女子校生みたいな感じで、こう、女の子ぉーーーって思う。
俺は大上神様のおかげで可もなく不可もなくと言った感じ。
そんな感じの字で「ちゃんとやったよ」と返事を出した。
「わたくし、誕生祝いとして配布された手押しポンプはキリト様の発案だと父に伺いましたわ」
そう言うのはスレンダーでまつ毛バサバサのおっとり美人メイド。
どうやら無事に井戸の手押しポンプの情報は、誕生祝いとして帝国全土の鍛治ギルドに配布されたらしい。
「おかげで皇族に対しての求心力が強くなったと喜んでおりました。わたくしからお礼を伝えておく様に、と父に申しつけられましたの」
にこにこと微笑みながらお礼を伝えてくれるが、彼女の父親はどこのどなただろうか?
とりあえず手押しポンプのおかげで皇族や皇妃様個人の株というか尊敬度?忠誠心?みたいなのが増えたのなら良かったね。
よくわからんけど。
「皆が喜んでくれたなら良かったです」
ヘラっと笑って答えれば他のメイドさん達も「わたくしの父も…!」「わたくしは兄が!」と殺到して、面食らう。
最初に話しかけてくれたおっとり美人さんが手を叩き収拾をつけてくれなければ大変な事になっていただろう。
現在、鍛治職人達も活気付いていて各領地でかなり盛り上がっているらしい。
練習や試作として作った物は各鍛治工房に取り付けられているそうだ。
情報提供者として優先して品物を手に入れていた俺達を除けば、高位貴族くらいしかまだ個人所有する者は居ないらしい。
高位貴族も下手すれば順番待ちであるとか。
俺が依頼した鍛治工房では、試作して沢山作ったストックは初日に売り切れてしまったとのこと。
皇宮や皇妃様の分は別にガッツリ作っておいたのに、だ。
勿論皇妃様肝入りの女神の雫には即設置されている。
実は下着工房やうちの錬金工房(拠点内)、エイグルさんのガラス工房やクラーラ様のマジョマジョなどには俺が先行注文して、解禁前に取り付けを行った。
各地から一組ずつ筆頭鍛治工房を呼んだ上で、“取り付け方の説明会”や“取り付け体験会”と称して。
いや、どっかで練習は必要じゃん?
だからその場を提供しただけだよ。
お城や離宮で大々的にやる訳にはいかないからね。
遠方の鍛治職人達も段階的にやってきたから複数回やったよ。
作り方に関しては情報公開前なので実物をじっくり見せる程度だったけど。
お行儀良くしなければならないお貴族様のお家とは違って、情報交換をバンバンして大騒ぎしても問題ないからと大好評だった。
そういう事情もあり、普及は爆発的スピードとなったらしい。
帝都では小さな鍛治工房で街全体の、大きな鍛治工房で皇侯貴族のポンプを手分けして作成している。
多分下っ端の男爵家よりも大店の商家とかの方が取り付けは早いと思われる。
世間話としてメイドさん達は丁寧に色々教えてくれた。
皇宮承認済みのハニトラですよ、霧斗さん。
ノットモテ。
皇妃様に傾倒させる事は出来なかったので、ならばと派閥的に問題のない侍女やメイドを使って篭絡しようと画策されています。
ただ、以前商人にやられたハニトラと地球で受けた美人局などの経験の為、うっすらバレてるやーつですね。
誰に指示されたことかまではわかりませんが、これに捕まったらやばいとは理解している様です。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、感想、ブックマーク、評価すごく助かります、本当にありがとうございます。
全話で霧斗がほっておかれて感謝されてない?って思われた方が多くて、自分の力の足りなさを痛感いたしました……。
今後も頑張るのでどうか見捨てずよろしくお願いします。
ちゃんと感謝されてますよ。
ただ、回復させた後寝込む霧斗より皇妃様が大事だっただけで。




