間話 ◯視点 エデルトルート【女神の愛子・2】
急に呼び出されてやって来た少年の顔色は悪い。
孤児の目を回復させたのは貴方でしょうと指摘した途端に浮かぶ動揺の表情に、エデルトルートは賭けの勝利を確信する。
皇帝であるコンラートに跪かれ狼狽える姿は平民そのものだった。
出来るかわからないとしきりに訴えるキリト。
(わかっています。わかっているのですがそれでも縋りたいのです)
唇を強く噛んで感情を揺らさぬ様努めると、全力で頼み込む。
幾度かのやり取りの後、今回限り、他には絶対漏らさないと神殿契約してくれと折れたキリトに皆安堵した。
言葉を翻される前にと、急ぎ書類を作る。
“今回限り”の文言を“無闇に依頼しない”に書き換え、今後も依頼できる様にすれば、すぐに気付いたらしく指摘が入った。
それを煙に巻き、今後も頼るつもりだと匂わせる。
善性の塊である彼は簡単に頷いた。
(こういう良くない貴族だっているのです。気をつけて下さいませ)
エデルトルートは口に出さずに心の中で謝罪した。
書類の封印が終わるや否や、騎士に連れられて神殿長がやってきた。
エデルトルートはこの神殿長を役立たずだと判断していて、契約くらいは出来るかしら、と冷たい視線を送る。
自分の力が足りなかっただけなのに「私のヒールで治らぬのは皇妃自身の天命でしょう」と言い放ったのだ。
(よりにもよってヴィルヒルリーデ様に非があると言うだなんて不敬罪で処刑してやりたいですわ)
はらわたが煮えくりかえる。
内容は羊皮紙に記載し、神殿長が見れぬようにした上で契約を行なった。
勿体ぶってアレコレ口にしていたが重要なのは最後の文言『契約』だけである。
ちなみにこれには神殿側も勝手に覗かないという契約も含まれている。
用が済んだので部屋を追い出し、更に別室でキリトが望まぬ行動を取らぬように神殿契約をさせた。
聖職者が神に誓うものなのでとても厳しい契約になる。
誓約書もこちらで用意させる為、逃げ道もない。
内容は、
・本日皇宮で手に入れた情報を口外しない、書物に残さない、言葉、文字、絵、ジェスチャー、その他他人に伝えようとしてはならない。
・先程皇妃の部屋に居た人物の情報を得ようとしてはならない。
・彼の望まぬ行動を取った時点で最大の神罰が降る。
・皇帝の赦し無くこの契約を解除してはならない。
といったもの。
偽のサインではないかしっかり三人がかりで確認する様に申し付けている。
今回無理を言って助けてもらったというのに、神殿から狙われてはいけない。
脅しかけてでもきっちり契約させるようにと騎士に言いつけた。
コンラートに押されて寝室に入ったキリトは【アイテムボックス】から一冊の本を取り出した。
魔導書らしいが、中には人体を切り開き、その臓器がどの様な働きをするのかなどが事細かに載っていた。
その内容に言いようのない恐怖が背を走る。
キリトの筆跡とは違うので本人が書いたものではないだろうが、狂気を感じる本である。
しかし、今回はそれがヴィルヒルリーデを救う手助けになるのだからとエデルトルートは目を瞑った。
何度か深呼吸をしたキリトはくるりとこちらを向いて願い出る。
「すみません、俺……いえ、私の後に続けて一緒にアルマ女神に祈りを捧げてくれませんか?多分その方がきっと女神様はお力をお貸しくださると思います」
元平民のハンターですらヴィルヒルリーデの役に立っているのに自分には何もできないと無力感に苛まれる。
そんな自分達に女神が助けてくれる様一緒に祈ってくれ、と訳のわからぬ事を言うキリト。
神に祈って何かが変わるのであれば皆祈るに決まっている。
それをしないのは祈るだけでは叶わないと知っているから。
だがキリトの目は真剣だった。
恐らく、私達にも祈るという仕事をさせる事で、見ていることしか出来ないこちらの心労を軽くさせる事が目的なのだろうとアタリを付ける。
「え、ええ、わかりました……。どうせ私達に出来ることは祈ることくらいですし……」
返事をしてわけがわからぬままキリトの口にする聖句を復唱するエデルトルート達。
聞き慣れぬ聖句と共に神々しい光が宿りはじめるキリトとヴィルヒルリーデに皆が目を見開く。
はじめは薄ら、聖句が進むにつれはっきりと優しく温かい白い光が見える様になっていった。
しかも、薄らとキリトの背後に、自分達の眼前に、女性らしき形を取る光までもが見え始めた。
(もしやあれは女神様……?)
ごくりと喉を鳴らしたのは自分か周りの者か?
そう考えつつもキリトの聖句を必死で真似る。
聖句を唱え終わると結界の様な何かが場を支配した。
時の流れが緩やかになった気がする、とエデルトルートは思う。
目の前には何かをぶつぶつと喋りながら治療を続けるキリトの背中と光続けるヴィルヒルリーデ、そしてアルマ女神。
女神の表情は母親が我が子を愛おしむかの様に、成長を喜ぶかの様にエデルトルートには見えた。
固唾を飲む、というのはこういうことを言うのだな、と頭の一部が妙に冷静に考えている。
現実逃避だと思いながらもただひたすらに治療する姿を見つめていた
だが、何かがおかしい。
(先程からずっと頭に手を翳して難しい顔をしている……)
じわりと胸に不安が湧き上がり、声を掛けようと手を伸ばしたところで低い美声が部屋に響いた。
「全知全能たる女神、アルマ女神よどうか、どうか我が皇妃を御救い下さい」
それは間違いなく皇帝の声であった。
エデルトルート達は驚愕しコンラートを見つめる。
だが、その祈りにアルマ女神が振り向いて微笑んだのを見た途端、皆の心は一つになる。
「「「我らが神アルマ女神よどうか皇妃殿下を御救い下さい」」」
皇帝に続いて女神に祈りを捧げる。
途端に神圧が増した。
エデルトルート達は治療の妨げにならぬ様小さな声で口々に祈りを捧げ続ける。
キリトはしきりにヴィルヒルリーデの頭に手を翳しぴかりぴかりと発光を繰り返していた。
長い時間が流れたが、治療は終わらない。
キリトの全身に滝の様な汗が流れていた。
髪も服も張り付き、顎からはポタポタと滴り落ちている。
頭から離れ、胸、腹部、と少しずつズレていく翳された手と白い光。
だんだんと皇妃様の頬に赤みが戻る。
それが見て取れた時、コンラートの声が一段高くなった。
そこからまだ何かしらを治療している様なキリトが顔色を悪くする。
背後に控えていた皇妃の護衛騎士がふらつく彼の背を支えた。
「すみません、以前、オ……クション、でっ、かい、解呪、の……ほぅ、玉、を……てに入れ、た……方、とれん絡、取れますか……?」
途切れ途切れで聞き取りづらいが“解呪の宝玉”という単語が聞き取れる。
視線を外さずヴィルヒルリーデの治療をしながら、まともに立つことも出来ていないキリトの言葉に部屋中の全ての人間が耳を澄ました。
「皇妃様に……虚弱の呪い……が、か掛かって……いる様でっ、私……には、解じゅ……でき、ま、せ……っ」
息も絶え絶えの声で話す内容にコンラートの全身から血の気が引いた。
「皇妃殿下に呪いが掛かっているだと?!」
「いくら掛かっても構わぬ!持ってまいれ!」
皇帝の侍従長が部屋から出て行った。
何やらまだぶつぶつと呟きながら光を纏うキリトが何事かを呟いた途端、ヴィルヒルリーデが虹色に輝いた。
それはまさに降臨している女神の輝きであり、このような緊急時だというのに皆の目を奪った。
神々しく、力強いのに儚い、奇跡の光。
「! 大丈夫ですか?!」
突然悲鳴の様な声が部屋に響く。
声の主はキリトを支えていたヴィルヒルリーデの護衛騎士。
キリトはその声すら聞こえておらずガクガクと震える身体で女神へ視線を送り、感謝を述べる。
その姿は己の身を顧みず真摯に神を敬う、正に聖職者とはかくあるべき姿にエデルトルートに思わせる。
まともに祈りもせず、自分の力不足をヴィルヒルリーデの信仰心不足だと言い捨てた様などこかの者とはまるで違う。
「アルマ女神よ、感謝申し上げる……っ!」
擦り切れそうな声で感謝したコンラート皇帝に遅れて他の者も口々に感謝を述べる。
女神は満足げな笑顔を見せてスウっと溶けるように消えた。
それを見送り力無く笑った汗だくの少年は「……で、か…ぃじゅ……ーー…だぃじょ…と……す」と聞き取れない程に小さな声で言いながら騎士の腕の中に倒れた。
意識はないが呼吸は規則正しい。
そのまま別室に運ばれてベッドに寝かされた。
部屋に付くメイドにはくれぐれも丁重に看病する様に言いつけた。
エデルトルートが寝室に戻った時には既に解呪の宝玉が持ち込まれていた。
コンラートの手によりヴィルヒルリーデが直ぐに解呪される。
キラキラと光る粒子がヴィルヒルリーデに降り注ぐ。
ぱきりと軽い音を立てて宝珠が割れた。
それと同時に、目を開くヴィルヒルリーデ。
部屋には歓声が響いた。
「わたくし、と、陛下の、ぉ……御子、は……?」
歓声に驚きながらもヴィルヒルリーデの第一声はそれだった。
コンラートはグッと喉を詰まらせ、己の最愛を胸に抱く。
「無事だとも!其方の頑張りのおかげで元気に産まれたぞ!!安心して健康を取り戻す事を優先せよ……っ!」
泣きながら皇妃様を抱きしめ続けるコンラートに面食らうヴィルヒルリーデ。
二人を見つめ、涙を浮かべる側近達。
「それも男女の双子だ!女神様と同じ双子なのだ!めでたいぞ!」
コンラートは力なく笑うヴィルヒルリーデに口付けを降らし、そっと寝かせた。
「其方はやり切ったのだ。後は乳母に任せて、とにかくしっかりと療養してくれ。時間を作って必ず毎日会いに来る」
優しく微笑んで別れの言葉を口にしたコンラートは扉に向かう。
ヴィルヒルリーデに顔が見えなくなった途端、悪鬼の形相に変わる。
扉がパタリと閉じられると同時に一言だけ指示を出した。
「やるべき事をなさねばな」
「「「ハッ!」」」
後に続いた側近と騎士は短く返事をした。
扉の前で見送ったエデルトルートだけがその姿を知っている。
その日の夜、不自然に倒れた下妃がいて、一族郎党に捕縛の手が伸びていると暗部の者から連絡が入る。
帝都にいる者は近衛騎士団が素早く捕縛し、領地に向かっていっているとの連絡が追って届いた。
(是非死よりも辛い責苦に苦しめば良い……)
暗い感情は報告書と共に竃に焼べ、一つ深呼吸をする。
それからいつも通りに微笑みを浮かべると、じっくり炊き込んで栄養を全て煮溶かしたスープをワゴンに乗せて寝室に運び込んだ。
皇子と皇女に初乳を飲ませるヴィルヒルリーデはまるで先程見た女神の様で大変に美しく尊い。
無事助かってくれて良かったとエデルトルートは何度目かの女神への感謝を呟いた。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。
やる気が出ます。
特に最近感想が増えていて、とても嬉しいです!
何というか、タイトル詐欺っぽいです。
一応霧斗のことを指しているのですが、うーん…
何か良さげなタイトルが思いついたらタイトルだけ差し替えます。
ここ数日急に気温が下がってきて衣替えがやばいです。
洗濯機が過重労働に悲鳴を上げております。
涼しく過ごしやすい秋はどこにいった!
追記
わー!またしても [日間]異世界転生/転移〔ファンタジー〕 - 連載中 で91位になれました!
皆さんのおかげです!
ありがとうございます!(五体投地)
追加の追記
[日間]異世界転生/転移〔ファンタジー〕 - 連載中 で83位になりました!
うわーん!びっくりです!
ありがとうございます!




