間話 ◯視点 エデルトルート【女神の愛子・1】
唐突な三人称にチャレンジ。
これはどうしても入れたかった間話です。
エデルトルートは皇妃ヴィルヒルリーデに忠誠を誓っている。
皇妃の為ならば己の命すら賭しても良い。
しかし、そうするとその先皇妃に仕え、支えることができなくなる為、命を掛けるのは本当に最終手段だとは弁えていた。
皇妃ヴィルヒルリーデは最近一人のハンターを気に掛けていた。
それは異性としてではなく、どちらかといえば珍獣を愛でる様な興味であり、役に立つ配下といったものである。
しかしながら、悋気の強い皇帝は事あるごとに牽制をかけていくため、彼を手元に置くことは出来なかった。
仕方なく、扉のない鳥籠に最後には戻ってくる小鳥の様にしようと、ヴィルヒルリーデが奮闘するのはとても好ましい。
今まではあまり他人に興味を持つ事はなく、執着することなど無かった為だ。
ヴィルヒルリーデが“金の小鳥”と呼ぶのは迷い人のハンターである。
これまでの迷い人と比べてもかなり変わった人物であった。
この数十年であちらの世界が躍進したのかもしれないが、それにしても異常だった。
エデルトルートはその“皇妃の金の小鳥”に思いを馳せる。
大きな鏡を皮切りに、変わった下着のデザイン、そつの無い納品、新作紹介の手管。
それらはキチンと教育された者の動きだ。
こちらの知識や常識はないが、学がない訳ではないし、どちらかと言えば豊富な知識を持っていることが伺える。
一定の規則に従って動いていることが判る。
妊娠の発覚も早く的確で、妊娠中の対応も充分以上の内容だった。
そして注文内容から妊娠がバレる恐れがあると忠告されたのには驚いた。
今までその様な事を指摘された事は無かった。
とにかく裏も何もなく、ただただヴィルヒルリーデを心配して、必要だと思われる物を善意で用意しただけ。
「商人として、たくさん買ってほしいという下心です」などと惚けた事を言っていたが、本来商人ならば敵対勢力に情報を売るぞ、と脅して不要な高級品を売りつけてくる。
“商人の下心”とはそういうものである。
「本当に変わっている」
「エデルトルート様大変です!」
エデルトルートの唇が笑みの形をとった。
そこに手紙を握り締めた侍女が走り込んでくる。
躾は完璧に行った為、彼女の行動は緊急事態だとすぐに分かった。
手渡された手紙は濃厚なラブレター……を装った報告書。
何故か下妃に妊娠がバレていたという事の報告だった。
暗号を読み解いていくうちにざあっと血の気が引いた音が聞こえた。
それは最近嫁いできたばかりの下妃である。
とあるパーティで皇帝に懸想して、強引に嫁いできた娘だ。
手に入れておきたい派閥の娘だったのが大きく、皇帝はそれを了承した。
公爵家の令嬢とは思えぬほど感情的で、全てにおいて恋愛感情が行動原理の愚か者。
学業は出来たと言うが、どこまでが本当のことなのか疑わしい。
「一体どこから……?」
「厨房からだそうです。あの女の侍女やメイドが各所の男性と関係を持っている事は有名でしたが、そこで“最近殿下の食の好みが変わられた”と漏らしたらしく……」
「なんっっということを……っ!」
職務意識の低さに怒りで真っ赤に染まるエデルトルート。
すぐに下妃の侍女やメイドと関係を持つ者を洗い出し、関係をすぐに切るか、仕事を辞めるか選ばせた。
数名見張りにつけ、こそこそと会おうとする様な者は解雇させる。
更に不自然な動きを見せる者は捕縛して話を聞く。
大概は皇妃の命までは狙わず、御子を流す事が目的だったらしい。
皇宮ではよく人が消える。
下妃の侍女やメイドの数人や、その情夫が姿を眩ましても「困った事だ。人を増やしてもらわねば」で済む。
その様な中、ヴィルヒルリーデがキリトに声を掛け、画期的な化粧品の共同経営に成功する。
しかし、その処理のためエデルトルートは忙しくなった。
日に四時間程しか睡眠が取れない日々が続いた。
そうしてとうとう運命の日が訪れた。
「い、いた……いたたたたたたっ」
「皇妃殿下っ!」
とある夏の夕方、ヴィルヒルリーデが産気づいた。
これまで皇女二人、皇子一人を出産した彼女のこれまでのお産は比較的軽い。
陣痛は長いが、いざお産となった時は一時間も掛からなかった。
だから皆、油断していた。
予想と反して今回のお産は大変だった。
一晩掛けても産まれぬ難産。
早朝に赤児の泣き声が響いた時の安堵。
「いえ、お待ち下さい!もうお一方いらっしゃいます!」
そう言われた時の絶望感。
虚な瞳で、それでもなんとか二人目を産み落としたヴィルヒルリーデは泣き声を聞くと共に意識を失った。
「皇妃殿下!皇妃殿下っ!目をっ!目を開けて下さいませ!ヴィルヒルリーデさまぁっ!」
必死で声を掛けるが、真っ青な顔色はだんだんと白くなっていく。
エデルトルートの声にあわてて飛び込んだ皇帝コンラートが回復の宝玉を使用する。
傷付いた身体は癒えていくが、意識は戻らない。
ヴィルヒルリーデは臥せった。
神殿長を呼んでも回復しなかった。
この国には彼以上の回復魔法の使える者などいはしない。
しかもその理由をヴィルヒルリーデの信仰心が足りない為だと言い放つ始末だ。
首を刎ねてやりたい気持ちでいっぱいだが、そんな無駄なことに時間をかけている場合では無い。
「いえ、待って下さいませ……」
以前例のハンターの拠点に潜ませた暗部の者がもたらした報告を思い出す。
【覗き見】というスキルを持つ類い稀なる暗部のエースの齎した情報。
暴力によって潰れた眼球を摘出した少年、その瞳が実は戻っているという報告だ。
(回復の宝玉がもうひとつあった?それともーーー)
他のハンター達は所謂普通の当たり障りのない真っ当なハンターだという。
つまりそれを治療したのは例の彼ーーーキリトなのでは無いだろうか?
ならば、と一縷の望みに賭ける。
「例の彼を呼び出して!一刻も早く!」
いつも俺不運を読んでいただき誠にありがとうございます。
エデルトルート様はこの為に存在しました (メタ発言)
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とても助かっています。
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今回は前の本編の裏話的なお話です。
もう一話入ってからしばらく間話はお休みになる予定です。
本編は今まで通り週一月曜更新です。




