クラン経営 後編
『緑の手』が正式にクランメンバーにランクアップした。
その為カールハインツを呼び、彼等の団服を依頼する。
一度作ったからか、カールハインツ達の手際が大変に良く、『緑の手』のメンバーもノリノリで依頼していて、とても良い雰囲気だ。
俺達が着ているのがかっこよくて羨ましかったんだって!
ふへへへ。
他の研修生達に一歩先んじてクランメンバーになった彼等の顔は自信に満ちて輝いていた。
彼等はやる気に満ち溢れ、『女神の雫』で使用するものばかりではなく、ベーラツィアンの蜜やアプフェルレックヒェンなどの懐かしい素材もたっぷり集めて、雑貨屋で売る薬などの充実にも貢献している。
それに合わせて、素材を劣化させない様にする瓶やカプセルなどを例の錬金術師や魔道具師達と一緒に研究していたりもする。
あの農村の村長……今は町長みたいに【保存】のスキルを持っている人を探して協力を仰いでいるみたいだ。
そう簡単にはうまくいかないが、だからこそ諦めずに頑張る姿は素晴らしかった。
今は中の温度を一定に保つ箱が完成している。
冷やしたり温めたりは出来ないが、二十三度から二十五度くらいに保てるらしく、夏場だけではなく冬場でも変わらずに使用できるのであれば薬草の移動などに役立てるらしい。
よくわからないけど頑張って欲しいから素材は色々手伝うよ。
さて、クランもひとつ大きくなったところで、色々助けてくれる帝都の街の人達に恩返しがしたいと思う。
現在店に来てくれている街の人達はとても協力的で、悪い噂を否定してくれたり、簡単な依頼などをしてくれる様になった。
ひとつひとつの依頼は子守や迷子のペット探し、ゴミ拾いや引越しなどのお手伝いなど単純で比較的安全簡単な物ばかりだ。
内容によってはギルドを通してもらわねばならないものもあったりするが、それでもうちを利用してくれる事がとても嬉しい。
それと、直接うちとは関係ないのだけど、孤児院との関わりもだいぶ変わって来ている。
以前はできるだけ近づかない様に、ほんとにごく一部の人達がちょっと助けるだけだった。
だけど最近では、子供を一時的に預けたりしている人も増え、売るには厳しいけれどまだ使える様な物を寄付したり、何かの折りにお手伝いをしてくれたりする様になったのだ。
傷付いた建物の修繕なども安価に受けてくれたりもしている。
孤児に対する意識もだいぶ変わってきた。
前までは自分達とは“関係のない存在”で、中には“犯罪者予備軍”という見方をしている者もいた。
けれど、触れ合う事が増えた事で、ただの“普通の子供達”だと理解できたらしい。
自分達に何かあれば、自分の子供もここに来るのだと具体的に想像できたからというのも大きいかもしれない。
孤児院出身のハンター達や錬金術師達は、なんとも言えない微妙な表情でそれを見ていた。
色々思うところはあるだろうけど、他の子供達にとって良い変化なので何も言わずにいてくれる。
知らなかっただけで、皆優しいんだな、と思った。
なので何か皆の為になって、王侯貴族が喜んで取り組む、みんなの手助けになる都合の良い物はないかと考えた。
そこで思い付いたのが手押しポンプ。
それは既に鍛治職人のドワーフに依頼してある上に、設計図は皇帝を通して皇妃様に渡してある。
いや、やろうと思えばそのまま皇妃様に贈れるんだけど、そうしたら皇帝から睨まれてしまいそうだからね。
リスクヘッジは大事だよね。
製品が出来次第、うちの拠点や店と皇妃様の離宮に取り付ける。
これはご出産後に、誕生お祝いとして帝国中の鍛治工房に贈られる予定だ。
帝国内であれば制作・販売は自由。
ただし、国外への販売や持ち出しは厳禁。
そんな感じで運用してもらう。
ぶっちゃけラノベ知識ではあるが、こういう利益とか権利とかがヤバ目な代物は国に管理を任せるに限る。
下手に個人で権利を持っていると貴族やら国やらが敵に回るのだ。
なので売上から俺に対して納める使用料みたいなものを、と言われたが辞退している。
できる事なら俺に納める予定だった金額を、孤児や寡婦へのお仕事の助成金などに回して欲しいとお願いしたら驚かれた。
なので今回はお高めの褒賞を受け取っておしまい。
もうね、最近高額な数字を見過ぎて、頭が麻痺してる。
こんなんただの数字ですよ、数字。
そんなこんなで権利などは全て国に渡している。
安全を買ったと思えば安いものだ。
ほんと。
いや、まじで。
なので、他に何か役に立つ物はないかとマナーブックを見直す。
すると幾つかの魔道具の作り方が載っていて、それがどうにも気になった。
パッと見る限りとても便利そうなのにどこにも売っていない。
エレオノーレさんにそのページを見せながら聞いてみたら驚かれた。
そこに書かれていたのは、存在は知られているが、すでに製法の失われた魔道具だったからだ。
そんな失われたデータが載っている理由は、俺の【マナーブック】は何故か三百年前のデータであるから。
大まかに変わらぬ事があったとしても、細かいところは沢山変わっている。
日本の三百年前と言えば現代から江戸時代くらいの時代差がある。
そりゃ色々違うよね。
でもこの世界長寿の種族の人もいっぱいいるはずなんだけどね?
おかしいな?
そう聞けば「別の種族の技術を何でも知ってるわけないじゃない」と言われて納得した。
特に魔道具とは魔力が豊富な訳でもなく、突出した肉体的能力があるわけでも無い人間の中で発達した技術であるらしい。
長命種はあれば便利なので使用するが、無ければ無いで構わないというスタンスみたいだ。
とはいえ、失伝した日本刀の詳しい作り方がわかればどんなにお金を積んでも知りたいって思う人はいると思う。
それと同じでこの情報にはとんでもない価値があると理解する。
すぐに作れて役に立ちそうなのが、鉱石を調べる魔道具『鉱石レンズ』と『煌めく魔糸』であった。
鉱石レンズの方はハンターにあると便利だろう。
あと各種ギルドにひとつくらいあっても良いよね。
仕入れや納品、制作前の確認なんかにも便利なはずだ。
魔糸の方はブリギッテ達やレジーナに良いのでは無いだろうか?
煌めきがどの程度かはわからないけど、絶対派手好きな貴族女性に受けるものになると思う。
魔糸に関しては意外と手頃な素材を複雑な手順で煮込んで、それに絹糸を漬け込むだけなので魔力が無くとも作れる。
漬け汁?を作るのが難しくて大変な感じなんだけど、三人に製法を教えたら大喜びしていた。
作成を頼まれたキルシェが大興奮で作り、出来上がった魔糸で布を織ればなんとも魔法的な美しい布に仕上がる。
一番近いのはセロハン紙のオーロラ系だろうか?
角度によって色が変わり、キラキラと光の粒が舞う。
ほんのりと全体が発光しているように見えるし、何より薄くて軽い。
これはまた皇妃様案件かな。
女神の雫とかと協力して大々的に売りたいから一旦魔糸の作成だけ続けておいてもらう。
カールハインツもいくつか売り込み案が浮かんでいるらしく、すけべーな笑顔になっていた。
「絶対に情報を外に漏らさない様にね」
「わかっているよ」
「りょーかい」
「かしこまりました」
ニコッといい笑顔で答えられた。
これに関してはエルフシルクとかと合わせてみても面白いかもしれない。
ぴたりと張り付く煌めきドレスとか夜会にバッチリなのではないだろうか?
まぁ派手派手だから嫌がるかもしんないけど。
とりあえずおいおい皇妃様に相談だ。
ちょうど良かったので鉱石レンズについて聞いてみたら、ドワーフはその存在を知っていた。
「ハァー何百年ぶりかね?ひっさびさに聞いたわその名前。まあ、そんなもんに頼らんくても見りゃあーわかるべ?」
「デスヨネー」
あーはいはい。
ドワーフはすげーな。
でも人間はそんなことできないからね。
なんで便利なのに廃れたのか聞くと、どうも作っていた国がいきなり滅びたのが理由らしい。
大昔になんか色々あったらしいよ。
大体三百年前くらいで、修行に明け暮れていたからほとんど何にも覚えてないと言われた時は、乾いた笑しか出なかった。
兎にも角にも、この鉱石レンズは絶対に売れると思うので、ウチの錬金術師達に頼んで作ってもらう事にした。
作り方を見てもらったところ、作り自体は難しくないが、材料が高価で量が作れない、また、よくよく読むと、鉱石情報を入力する為に実物の鉱石が必要とのこと。
つまり鉱石レンズを作っただけではダメなのだそうだ。
例えば、石のデータを実際に触れさせて入力しなければならない。
ルビーに触れさせたら、ルビーだけは判定出来るようになるけど、それ以外は「登録の無い鉱石です」となるらしい。
その為、制作費がかなり高額な商品になった。
鉱石情報が少ない為、苦肉の策で、地域別にして売ってみる事にした。
とりあえずはヒメッセルト用の物を作ってもらう。
出来上がったのは五百円玉くらいの太さのタッチペンに虫眼鏡が引っ付いたような代物だ。
子供が本に当てておしゃべりするペンそっくりの持ち手に、ぴょこっとレンズが飛び出た魔道具だった。
「これを鉱石に当てたら判断してくれるって事?」
「はい、その通りです。ボタンを押して、その細くなっている方の先を当てると鉱石の名前が音声でわかります」
「音声?!」
「はい。そしてレンズに情報が表示されます」
それって録音とスピーカーがあるって事?
しかもモニターもじゃない?
驚きながら手近にあった黒い石で試してみる。
〈〈オブシディアン〉〉
魔道具からアガーテの声が響いた。
レンズには大体の鉱石の質と、魔力許容量などが表示される。
「おおお!」
思わず声が漏れる。
それに満足げな表情を見せる錬金術師達。
これどうやって音出してるの?
スピーカーっぽいとこ見当たらないんだけど?
くるくると魔道具を回してスピーカーを探す。
「それは中に内蔵されているハーピーの声帯のおかげなんです」
「ああ、あのめちゃくちゃ高かったやつ…」
タッチする場所からデータを保存しておく魔石にハーピーの声帯から取った筋繊維をほんのちょっとだけ巻きつける事で音声の呼び出しが出来るらしい。
色々詳しく教えてくれたが、難しくて何となくしかわからなかった。
とりあえずハーピーの声帯と鉱石情報用の鉱石がもっと欲しいと。
魔石はドドレライスデンの売れ残りが結構あるもんね。
見本品を持ってハンターギルドと商業ギルドにお願いしておくよ。
そうして売り出した途端、各種ギルドが店に押し掛けてきて先を争う様にまとめ購入していったらしいよ。
「マナーがなっていない!」とエドガー達が憤慨していた。
ハンターの為に売り出そうとしたら彼等まで回らなかったこの悲哀。
「大丈夫です。予定額の五割り増しで売り付けてやりました」
「今後しばらくは一般のお客様に販売する為に、ギルドへの販売は中止します」
オイゲンとテオが凄味のある笑みで言っていた。
雑貨屋の人気商品はあまりにも人気過ぎて他の店なんかも真似して類似品を作ったりしているらしいが、やはり使い勝手の上でウチには勝てないらしい。
真っ当商売最高だね!
あと夏なのでエナジーバー、エナジードリンク、塩飴、スポーツドリンク、野菜ジュースなどなど色々作って並べてみた。
クラン内ではあまり動かなくなったので、オークの肉も燻製にしたり干し肉にしたりして販売している。
通りがかりのハンター達がこぞって買っていってくれる。
そうやってあれこれしていると、帝都中に喜ばしいニュースが布告された。
ーーー双子の皇子、皇女誕生。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
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とりあえず異世界に行ったら手押しポンプですよね。
皇妃様出産しました。