224 クラン経営 前編
太陽が照りつけ、大地を、肌を焼く。
日本の様に湿度が無いので日陰に入ればそれ程過ごしにくい事は無いが、それでも日向は暑い。
何より温室ともなれば……。
「ふーーっあっちぃ……」
暑さに文句が漏れるのも仕方ない。
滴り落ちてきた汗を首にかけたタオルで拭う。
先日までは『女神の雫』のあれこれで死ぬ程忙しかったが、店の書類や申請などがやっと一区切りついて、優秀な店舗スタッフさん達にお任せすることが出来た。
また、素材も十二分に集まり、化粧品のストックもかなりの量が用意できた為、本当に久しぶりの休暇である。
その休暇の二日目の今日、俺は拠点の温室に来ていた。
以前ドワーフ達が作った温室は、扉が全て開け放たれ、心地よい風が吹き込んでいる。
立ち上がって見回せば、『緑の手』により、大量の異国の薬草が植えられて、わっさわっさと緑の塊があちらこちらに茂っていた。
それを横目に、程よく育った木の下に置かれたベンチに腰掛ける。
【アイテムボックス】から冷えた柑橘水を取り出して一息吐いた。
薬草は花のあるものも多く、色鮮やかだ。
だが、ここにある薬草は、本来この時期に咲くものでは無いものも多数ある。
それこそが俺がここにいた理由なのだが。
実は種を蒔いて肥料と水を多めに与えてヒールを掛けることで、植物の促成栽培が出来ることがわかった。
今は俺と『緑の手』の神官カミルのみがそれを行っている。
はじめは薬草がちっとも足りなくて、俺がこっそりやっていたのだが、それが『緑の手』にバレた。
いや、即バレと言っても良いくらいすぐにバレた。
そこから問い詰められ、自白、実験、推定、確定作業と夜を徹して行われる。
結果が出るまでに三日、色々条件を変えていくつもの実験をして、予測を立て、簡単な法則性を見つけるのに十日。
新規店舗との両立はとても大変だった。
そうしてやっと現在、丁度良い塩梅を確立させて、俺はこちらでもお役御免となった。
今後は『烈風』を始め、魔力持ちのメンバーのヒールの練習台にされるらしい。
四人いる『烈風』メンバーの中で一番脳筋な剣士アヒムと弓士のフーゴが魔力が多く、魔法と回復を担当することになった。
アヒムははじめ「小難しいことは嫌だ」と逃げていたが、カミルが「クランマスターのオーランドは魔法剣士だよ」と話したら意欲的に学び出したと言っていた。
いや、オーランドの魔法剣士って魔法剣を使う剣士って意味なんだけど……?
いつか剣に炎を纏わせて戦うのだと頑張っているアヒムに現実はとても言い辛かった。
今も黙って見てる俺を許して……。
女神様にその願いが届くといいな。
既に『緑の手』はクランにも雑貨屋にも女神の雫にもなくてはならない存在になりつつある。
ギルドで請け負うクエストは基本的に常設クエストの薬草採取ばかりだが、その納品にはギルドも一目おいているほどだ。
品質が良く、納品スピードも早い。
量も多いが、採取場を荒らさず、素材の後処理も完璧。
それは各種薬店から指名依頼が入るほどである。
少し難易度の高い薬草の場合でも、『飛竜の庇護』や『三本の槍』に協力要請をして護衛を付けた状態で採取に出たりもすることが出来るというのも大きい。
クランとしてバックアップするので余計な費用も時間も掛からない。
そもそも薬草採取などはよほど量を確保するか貴重なもので無い限り利幅が少ない。
それを専門に集めるハンターというのはなかなか存在しないのだ。
「そろそろ『緑の手』をクランメンバーにランクアップすべきじゃない?」
「そうだな、クラン会議にかけてみよう」
俺の言葉に温室に入ってきたオーランドが頷いた。
今回『女神の雫』が上手くいったのは間違いなく『緑の手』のおかげだもんね。
「あれ?そういやなんでオーランドが温室に?その辺のは薬草だからつまみ食いはだめだよ?」
「食わねぇよ!オレは、お前を呼びに来たんだよ。前に言ってた孤児出身の錬金術師や魔道具師が集まったってロルフが言ってたからな」
「それはそれは、クランマスター直々にありがとうございます」
頭をこつりと小突かれ、ふざけて大仰に礼をする。
お互いに笑い合ってから会議室に向かう。
ちょっと前に偶然知ったのだが、孤児院から子供が引き取られることはそこそこあるらしい。
ハンターなどに就職して旅立つ者が多いが、養子縁組で引き取りされる者もいる。
街の中で偶然その子達……と言っても既に成人しているのだけど、と出会ってとある事実が発覚した。
孤児院に居た子供達が引き取られて行った先で働くことは良くある、というか当たり前なのだが、彼らは養子になったとしても“家族”ではなく“ただの人手”であったらしい。
実際に雇うのではなく、“家業を手伝わせる”“仕事を教える”という建前で無賃で働かせ、食事などもかなり少ない。
実子に権力、養子を実働に利用して人件費を安くあげている工房が幾つもあるらしい。
成人した者は一応キチンと雇用契約を結んでもらえるが、その様な工房だ、雇用金額はおして知るべし。
元孤児故に別の工房に行くことも叶わず、搾取され続けるしかなったらしい。
それを知ったロルフはクランに専用錬金術師、専用魔道具師はいらないか?と相談してきた。
事情を知ればそう言いたくなるのも分かるし、実際店で出す商品を外に依頼し続けるのは費用が掛かりすぎる。
俺とロルフで話し合って色々プレゼン資料を作り、クラン会議にかけて許可を得る。
この時俺は女神の雫立ち上げの書類と、薬草の促成栽培も行っており、ヤンスさんに呆れ切った目で見られてしまった。
女神の雫をなぜかやる事になったと話した時、大きな溜息と共に頭を抱えてしゃがみ込んでしまったので、なんかいつかポイっと見放されそうで怖い。
そうして色んな問題を抱えている中、満を持して元孤児院出身者にヘッドハンティングを掛けた。
工房の職員とはいえ、勿論辞めることは自由だ。
でもそれを簡単に認めはしないのが工房主達である。
団服を身に付け、声を掛けた職人と共に工房に向かう。
「辞めたところでお前達など雇ってくれるところなどあるものか!」
俺たちが声を掛けた人が「辞めたい」と口にすれば即怒鳴りつけられていた。
そうして始まる怒声と罵声と猫撫で声。
そうやって刷り込み、自信を奪い続けていたんだな、とすぐに分かる。
それもそのはず、安く安全に使える実働者が居なくなるからだ。
しおしおと凹んでいく養子の職人。
おっとこれはヤバい。
むしろ雇いたいからおいでって言われてるのに何故そこでしょげてしまうのか?
俺はビジネススマイルで彼の横にスッと割り込んだ。
「親方がそうやって言われるのも愛情からですものね。大切に育てられた職人ですしね。人一人を育てるのもお安くはありませんし、その上澄みだけを攫うのは心苦しいですね。こちらは“教育費”という事でいかがでしょうか?」
工房主に大銀貨を数枚を手のひらに押し付け握らせたら、あっさりと手のひらを返し、大喜びで彼を手放してくれた。
そうやって数件の工房に挨拶に向かう。
一部値を吊り上げようとしてくる者達もいたが、一緒についてきてくれたヤンスさんが工房を見回してコソッと耳打ちすると、途端に真っ青になって退職を認め、「教育費」も要らないと言ってきた。
どうやら何か不正を行っていたらしいが、俺が見回してもちょっとよくわからなかった。
そうやって正々堂々(?)と雇った錬金術師・魔道具師達は合計で七名。
二人ずつは拠点に居てもらい、残りの三名はキルシェの元に貸し出す事になった。
内容はキルシェ達への教育と作業の人手。
ついでにキルシェのアイディアの実現協力。
各工房で手足として働かされていた彼等はかなりその分野に詳しかったのだ。
「お久しぶりね、キリト」
「ご無沙汰しており、申し訳ございません」
ひさしぶりにクラーラ様と会って人材派遣契約を行う。
本日のクラーラ様のドレス周りには、花弁が舞っていてとても春らしい。
ドレスの柄ではなく、本当に周囲に花弁が浮いているのだ。
本物ではなく幻影らしいよ。
ドレスが動く度にパッと花弁が舞い、地面につく直前でふわりと消える。
今年の最先端技術で流行のデザインだそうだ。
舞い散る花弁が、以前俺が落書きした桜だったのも余計に春らしさを感じさせた。
背景にちょこちょこっと描いていたのを具現化させたのだそう。
すげぇな。
漫画とかで良くある美人が背負う煌めきや花もそのうち幻影で出せるんじゃない?
人材派遣、役に立つかな?
むしろ教えてもらう立場になりそうだな。
特に大きな問題もなく連携契約は完了した。
錬金術師・魔道具師達は下働き部屋に入り、毎日楽しそうに出勤している。
エレオノーレさんのために作った研究室に入り浸り、時折リーゼに叱られている者までいるがまぁ平和なので良しとしよう。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
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誠にありがとうございます。
間話 オイゲン 【噂】少し書き直しました。
お話の流れは変わりませんので、気になった方はチラ見して下さい。
あっつい夏がやっと終わりました……。
ここから急転換して寒くなるのはやめてほしいです。
しばらくはこのまま涼しいを維持して下さい、地球さん。




