◯視点 皇妃 ヴィルヒルリーデ【可愛い小鳥は籠の中】
うららかな春の陽差しを新緑が程よく遮ってくれる。
たおやかな指先が羊皮紙をぺらりと捲った。
「ふぅ、困ったこと」
憂いを帯びた瞳は深い海の色。
長い睫毛がふさりと宝石の煌めきを隠した。
「如何いたしますか?こちらで騒ぐ者を処分しても良いのですが、本人達が望んでいないことは間違いありません」
「そうね、それでも良いけれどそれを知られてしまったら金の小鳥は逃げてしまうのではなくて?」
腹心の侍女であるエデルトルートに視線だけを送る。
彼女も同じ気持ちの様で困った様に微笑んだ。
それを見て皇妃であるヴィルヒルリーデは思考の海に沈んだ。
金の小鳥ーーーそれはとあるハンターの事だ。
ある時から急に現れたその少年は、迷い人と呼ばれるもう一つの世界から現れた人物だ。
本人曰く成人しているとのことだが、初めて会った時から全く姿が変わらない。
青年とはとても呼べぬあどけない少年であり、そして迂闊な少年である。
最初に後ろ盾についたのはマチルダだ。
彼女は有名な迷い人であった。
彼女のおかげで多数の偽物や悪意のある迷い人を処分することができたのだ。
その彼女が孫の様に可愛がる人物は最初から皇宮に報告されていた。
本人の希望でハンターとなり、地方のとあるハンター達とパーティを組んだ。
それだけなら特に問題なかったのだ。
だが、彼は普通ではなかった。
おかしなサイズの鏡を皮切りに、この国に騒動を巻き起こした。
(あの子を気に入っているので手元に置いておきたいのですけれど、男の子だから陛下が嫌がるのですよね……)
許されるのなら側近に召し上げて部屋か離宮を与えておきたいくらいに良い人材なのだ。
そうすれば今彼を悩ませる悪意から逃れられる。
守ってあげられる。
しかしそれは皇帝が絶対に許さない。
(東方の国の様に去勢して仕舞えば良いのかもしれませんが、この国では違法ですもの)
程々に自由を与えて最終的には手元に戻ってきてくれる様にするしか無い。
それにはハンターであるとか、商人であるとかいう身分は丁度良い。
鏡台に姿見などの大判の鏡を皮切りに、変わった、それでも洗練された内装デザインは、皇宮デザイナーのミヒェルをも驚かせた。
素直でミヒェルがデザインを書き換えても怒る事はなく、むしろすごいと褒め称える。
偏屈で皇宮からの要望ですら足蹴にするドワーフ達とも円滑にコミュニケーションを取り、ステンドグラスという芸術を与えたのも彼だ。
一度見せてもらったアルマ女神のステンドグラスは本当に神々しかった。
今ステンドグラスは貴族家で人気を博していて、二年先まで予約で埋まっている。
先進的な下着のデザインに、ヴァイツゼッカー令嬢の経営する変わったドレス工房のデザインにも手を掛けていた。
その類稀なるデザインセンス、幾つもの店を手掛けているにも関わらず、自分は自由に動き回る立ち回り、寡婦や孤児を雇い、利用する経営センス、そして孤児院を設立する慈悲の心。
働く者が増えれば税収も増える。
スラムに行くしか無い家族を何組も掬い上げては給料を与える。
食事には並々ならぬこだわりがある様で、食材なども大量に購入していく。
おかげで農村まで活気付いているし、食品輸入業者とも仲が良い。
そのおかげで帝都は食の都とまで呼ばれる程になり、帝都民は納税率も高く、景気も良い。
花街での下着の広まりと「カタログ」と呼ばれる新しい商法。
ガラスを全面に使用した新しい店構えは今帝都中に広がり、建築業界まで盛り上がっている。
そしてその景気に吸い寄せられて幾多の商人とハンターが集まってきているのだ。
なんと帝都の街壁を拡げる計画まで出ている。
そのほとんどが彼一人の功績だ。
店を経営するのは別の人間かもしれない。
だが、彼がいなくては起こらなかった。
そして何より一番大事なのは……。
(悪意を見抜く目、ですわね。あんなにあからさまでバレないと思っているのかしら?)
品良く、くすくすと笑う。
何故工房の面接で他国の間諜が見抜けるのかしらね、と誰にも聞こえない程度に呟いた。
こちらの世界では既に失われたと言われているスキル。
おそらく彼方の世界にはまだあるのだろう。
【鑑定】がーーー。
皇帝が他の貴族家を抑える為に後ろ盾になると宣言した。
そして準貴族の地位と土地を与えたが、それだけではまだ弱い。
これほど国に貢献した個人は珍しい。
なんとしても手元に置いておきたい。
(でも、わたくしの美貌に傾倒する事はないのよね。女性に興味が無い訳ではないみたいなんですけれど、なんと言えば良いのかしら。美術品を見ている様な目?そうね、それが一番近いと思います)
いや、皇帝がちょいちょい牽制しているので絶対に手を出せないと思っているのも間違いではないだろうけど。
自分の美しさに傾倒してくれたらとても楽だったのだが、それは出来なかった。
どこかの愚か者によりもたらされた悪意に晒されて、助けを求めるかと思えばそれはしない。
身の程を知っていると言えば良いのか、頼ってくれば簡単に囲えたものを、と憤れば良いのか。
(共同経営するのが一番早いかしら?せっかくだしお化粧品とか良いわね)
妊娠してからどうにも化粧ノリの悪くなった自分の肌に触れながらエデルトルートに便箋を用意させた。
数日後、小鳥は自分で籠を抱えてやってきた。
前話、前々話の裏話です。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
ここでやっと国側から見た霧斗を出せました。
可愛らしいお姫様に見せかけてちゃんとお貴族様らしい皇妃様を描けたかは自信がありません。
一応どちらも皇妃様です。
何にも後ろ暗いことを考えないで行動するとキャピキャピして、思い通りにしようと企むとこんな感じ、という。
二面性でもなんでも無い、ただの側面という感じです。
そういうところを含めてエデルトルート様は皇妃様に忠誠を誓っています。
化粧品を一緒に開発しようぜって持ち掛けるつもりだったらめちゃくちゃ良いものを持ってくるし、どう取り込もうかと考えてたら助けて下さいと軒下に入り込んでくる黄金の小鳥。
呆気なさすぎて皇妃様はびっくりしています。




