間話 ◯視点 アダルブレヒト 【とあるパーティを巡る権力者達の騒乱・2】
各種証拠が用意でき、包囲網が完成した。
連絡無しでハンターギルドのギルドマスター執務室に向かう。
バタンと大きく開かれたドア。
ガブリエールの前に二人で並んで立つ。
背後には帝国騎士団がずらりと並んでいる。
「き、き、き、きゅ、急になんだというのだ!」
「お心当たりがあるのでは無いですか?」
鶏の鳴き声の様に吃り、裏返った声で虚勢を張るガブリエール。
冷たい笑顔で言い放つヒエロニムス様。
驚いたことにガブリエールは皇弟殿下だということに気付いていない。
騎士団の隊長か何かだと思っている様だ。
元貴族と言っていたが、皇族に目通りした事も行事に参加した事もないのだろうか?
ワタシが内心首を傾げている内に、ヒエロニムス様は「部屋が汚れてしまうからね」とこともなげに言い放ち、目の前の男の言葉も聞かずに拘束、連行した。
皇宮の騎士団詰所、その建物の地下にある取り調べ室は窓のない部屋だった。
隣室は物置になっていて、暗がりの中でチラリと見えた物体は犯罪者を素直にさせる道具ばかりだった。
「ではアダルブレヒト、其方はこちらだ」
「かしこまりました」
ヒエロニムス様に同行する様に言われ尋問の席に加わった。
少なくともハンターギルドに報告するための情報収集が必要だったから願ってもない事なのだが、心底ここにいたくはない。
間違いなく拷問も辞さぬ構えなのだ。
壁に拘束具が見える。
「さて、ではよろしく頼む」
「お任せ下さい」
ヒエロニムス様が部下に一言伝えると、怪しく目を光らせた男が笑みと共に答える。
まずは通常通りの尋問。
粗末な机と椅子に顔を顰めて座るガブリエール。
だが文句は出ない。
下手な事を口にして心象をこれ以上悪くしない為だろう。
「まずは事実の確認からだ」
「……はい」
想像していた以上に取り調べは大変スムーズに行われた。
隣の部屋の器具の出番は無さそうで、少しだけ安心した。
彼は抵抗もせずペラペラと聞かれた事に答えていく。
時折聞かれていない事まで追加して自己弁護に走っているが、概ね従順な態度である。
彼からすればちょっとした嫌がらせで、事を大事にしたのは『捧ぐ意思』だ。
確かにギルドマスターとして褒められた行動ではないが、かといって罪に問われるほどでもない絶妙な立ち位置を押さえていた。
「そもそも火のないところに煙は立たないのですよ。『飛竜の庇護』の普段の行いが今回顕著に現れたのでしょう。いえ、確かに困らせてやれという気持ちがなかったとは言いませんが、ここまで大事にするつもりもありませんでした」
“自分は悪くない”そう言いたいのだということは分かった。
普段なら素行を改める様にと指導されて終わる。
だがーーー。
「君の意見は理解した」
ニコ……。
ヒエロニムス様が尋問官を退けて席に着き、静かに発する。
部屋の温度が急激に下がったが、ガブリエールには分からなかったらしい。
ヒエロニムス様の言葉にわが意を得たり!と明るい表情で顔を上げた彼は、目の前に座るその人を見てたちまち顔色を悪くした。
翻ってヒエロニムス様自身は薄らと笑んでいるかの様な表情だ。
だがよく見れば笑っていないし、目は冷え切っている。
「ただ、君が手を出したのは帝都の未来にとってなくてはならない人物だったのだ」
カタリと音を立てて立ち上がったヒエロニムス様はゆっくりとガブリエールに近づく。
ワタシからは表情は見えないが、それを見るガブリエールの表情は見て取れる。
薄い黒の革手袋を付けた指先が、机を優しく撫でている。
そこまで大きな机ではないがゆったりとした足取りと、天板を滑る黒。
「皇帝陛下と皇妃殿下が目を掛け、信頼と期待を寄せていた類稀なる人物だ」
上品な艶のある黒は、机の端にきて一瞬止まった。
そしてまたゆっくりと動き出し、ガブリエールの肩に乗せられた。
びくりとその身体が跳ねる。
「それを意図的に害するという事は、皇帝陛下の考え・決定に、ひいてはこの帝国に対して弓引く事と同義」
ヒエロニムス様の声は静かに、むしろ優しさすら感じる程に柔らかだ。
だが全身を襲うこの悪寒。
ごくりと喉を鳴らしたのは誰だろうか?
たっぷりとした沈黙の後ーーー
「反逆罪だ」
ギロチンの様な言葉がストンと落とされた。
拷問現場は見ずに済んだが、別の意味で地獄の様な尋問が終わった。
ワタシは割り当てられた部屋で報告書を書く。
今回の件は帝国の思惑も強く絡んでいる。
下手な事は書けぬし、かといって漏れも許されない。
それでもなんとか書き上げて、ふうっと一息吐いたところで訪いの音が鳴る。
誰何の後、「私です」とヒエロニムス様の声が聞こえて慌てて扉に向かった。
訝しみつつ部屋の中に案内すれば彼は微笑んで問い掛けてくる。
「さて、アダルブレヒトギルドマスター、ハンターギルド本部に報告する書類は用意できたか?」
「は。今書き上がったところです」
こちらの動きを見ていたかの様なタイミングでの訪問。
いや、間違いなく監視されていたのだろうな。
スッと伸ばされたその手に書き上げたばかりの書類を手渡した。
パラパラと何事かを確認すると、最後の書類に流れる様なサインが書き足された。
それは“ヒエロニムス”のサインだったが、ワタシが“ヒエロニムス=皇弟”だと報告することを理解した上でのサインなのは間違いなかった。
帝国側からの意見として及第点だったらしく、更に「この様に進めよ」という指示書にされてしまった。
「さて、ではこちらは皇宮が責任を持って届けよう。君を帝都のギルドマスターとして推薦する旨も添えてね。一度ヒメッセルトに戻って後継を育てると良い」
先程とは違う微笑みだが、彼の目はやはり全く笑っていなかった。
ひとつふたつ当たり障りのない会話を行い、席を立つヒエロニムス様にワタシも一緒に立ち上がる。
そのまま退出するかと思いきや、何かに思い当たった様に立ち止まる。
「おっとこちらを忘れていた。貴きご夫妻からと私の前任者、後ついでに男爵家当主からだ」
ぱさりと手紙が四通手渡された。
すぐに目を通す様にと促され、一言ことわってからペーパーナイフで開封していく。
皇弟が“貴き”を枕詞に使った時点で想像していたが、皇帝陛下と皇妃殿下から、そうして皇帝の懐刀と名高いアウグステンブルク公の四男シュレースヴィヒ様、そしてなぜかヴァイツゼッカー家当主からであった。
全てに軽く目を通せば、言葉は違えど、内容は全て同じ。
“余計なことを考えずにあのパーティに融通を利かせてやれ”
男爵家からは今流行りのドレスを、我が愛する妻に贈る用意があるとまで書かれている。
各送り主の本気を感じて全身の毛穴がぶわりと開く。
「私達に二度も同じ事をさせないでいただきたい」
いつの間にか背後に立ち、うっそりと微笑むヒエロニムス様に、ワタシは言いようの無い恐怖を覚えて、急いで跪いた。
「御意」
全く、あいつらは!
一体何をしてここまで皇族に執着されているのだ!
逃げ場が全く無い。
これではワタシの繊細な心が壊れてしまうでは無いか。
そう感じながらも、ヒメッセルトを任せる者の人選や教育をどうするかフル回転で考えた。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
主人公の知らないところで苦労する大人や、暗躍するお役人さん大好き侍なのですが、上手く書けない悔しさに震えている作者です。
いいね、リアクション、ブックマーク、感想、評価、誤字報告本当にいつもありがとうございます。
特に誤用の訂正などめちゃくちゃ助かっています。
ありがとうございます(五体投地)
日々励みにお話作りに役立てさせていただいております。
拷問を入れようとしましたが、どうしても上手く表現できなかった為素直にアレコレ吐いてもらいました。
一応ずる賢い設定なので決定的な罪は犯していないので素直に話すかな、と。
痛いお話は嫌ですし……。
それはさておき、次回こそ本編でアダルブレヒト氏が頑張ります。
あと団服についても少し詳しく後書きに載せていますのでお目汚しですがご覧下さいませ……。




