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23 戦闘開始


 緊張が俺を襲う。

 握る杖が手汗で滑りそうになる。

 深呼吸をしても息が浅いのがわかる。

 今までにない緊張感だ。

 うう、吐きそう……。


「来たぞ」


 チラリと暗い森の奥で何かが動いたのが見えた。

 鑑定してみたものの、失敗したらしい。

 何も浮かび上がらなかった。

 カサカサと草の揺れる音がする。

 あんなに沢山の生き物がこちらに向かってきているはずなのに、驚く程物音が小さい。


 ふと、探索魔法の地図が目に留まる。

 魔力を流しっぱなしだったそれは、異常を映していた。

 俺たちの目の前の沢山の赤丸と、一つだけ離れた赤丸。

 何処かで群と分かれたのか、別の魔物なのか。

 判別は付かないもののこれはヤバい。

 俺とエレオノーレさんの後ろからものすごい勢いで近寄ってきている。

 もう三メートルもない。


「アイススピア!」


 考えている余裕など無かった。

 確実にダメージを与えられる攻撃魔法を後方に放つ。

 そこには月を背に飛び出してきた黒い狼のような生き物がいた。

 偶然といえば偶然、運が良かったのだ。

 襲い掛かろうと跳び上がった狼と撃ち出したばかりのアイススピア。

 俺の放ったアイススピアはその狼の腹を深々と貫いていた。

 ズシンと重量感のある音を立てて、狼は地に落ちる。

 ぴしゃりと頬に何か温かい滴が飛んできた。


 それが開戦の合図になったようで、次々に同じ様な姿の狼達がこちらに襲いかかってくる。

 フレンドリファイアしない様に気をつけて、出来るだけ、群れから少し離れた個体を、アイススピアで狙い撃っていく。

 出来るのならば一撃で、無理であれば止まったところをウォーターカッターで首を落として。

 そうして日が昇り始める頃にはなんとか二十三匹の狼の群を倒す事が出来た。


 初の戦闘が終わり、ぐったりと座り込んでしまうと身体が動くことを拒否した。

 なんだろう、とてもとても疲れた。

 息をすることも億劫なくらい、疲れた。

 膝を抱えて、荒い息を繰り返す。




「お疲れ、キリト」


 ポン、と軽く肩を叩かれた。

 いつの間に来たのか、オーランドが横に居た。

 足を投げ出す様に座って、右足だけ膝立てでそこに肘を突いている。

 腹が立つくらいにイケメンだった。

 そして絵になった。

 例え、狼の血であちこち汚れていようが、ちょびっと齧られた跡があろうとも。

 たしかにイケメンだったのだ。

 ムカつくほどに。

 腹が立った途端に息が上手く吸える様になった。

 だからなんてことない風にへらりと笑って言葉を返す。


「おぅ、めっちゃ疲れた〜」


 その言葉に少し驚いた様な表情をした後、オーランドはニカッと笑って話し始める。

 とりあえず今日はここで少し休んでから出発するそうだ。

 最初に俺が倒した奴が群れのボスだったらしい。

 恐らく群を囮に、ボスが後ろから襲い掛かってから群れで蹂躙する、というのが彼らの狩りのスタイルのようだ。

 ボスを倒してしまった事で、統率が取れず、無闇矢鱈に攻撃してきた為、こちらも戦いやすかったらしい。

 狼系の魔物の群れだと普段はもっと手こずるらしい。

 今は他の三人が狼の亡骸を一箇所に纏めている所だそう。

 俺だけ休んでて申し訳ない、と立ちあがろうとすると、オーランドに腕を取られ「もう少し休んでろって」と言われた。

 魔法の使い過ぎで顔色がヤバいらしい。

 良くはわからないものの、確かにとても疲れている。


「だからさ、回復してからで良いからあの狼達を【鑑定】して欲しいんだ。多分ブラックウルフだと思うから、良さげな素材だけ持って帰りたいんだよ、牙とか」


 頼むって手を合わせてこっちを見てくるオーランド。

 頼ってくれてる様に見えるけど、これは多分俺の心配をしてくれてるんだと思う。

 揺れる緑の瞳が優しい。

 本当、どこまでお人好しなのか。


「うん。わかった。ちょっと休んだら行くよ」


 出来るだけ、普段通りに笑って返事をした。

 上手く笑えているかは、判らない。

 だけどハンターとしては慣れなくてはならないのだ。

 自分が他の生き物の命を奪ったのだ、という事に。

 だから痩せ我慢だろうが何だろうが、生き残ったのだから、笑わなくてはならないのだ。

 最初は痩せ我慢でもそのうち『日常』になるのだから。

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