間話 ◯視点 オイゲン 【噂】
レビューをいただきましたのでお礼の間話です。
霧斗は知らぬ子供達の裏側。
『飛竜の庇護』がアルスフィアットの孤児を連れてきて、即座にドドレライスデンへ出発した。
指名依頼という事でずっとこの拠点にいた気の良いハンター達、『三本の槍』も一緒に出て行った。
そして代わりにやってきたのは『捧ぐ意思』という男達だった。
はじめは礼儀正しいと思っていたが、言葉や態度の端々でこちらを馬鹿にして侮っている事が見て取れた。
デイジーねーちゃんのパーティである『飛竜の庇護』はお人好しの集まりであると僕は思っている。
だってわざわざ孤児である僕たちを雇う必要はないのに、積極的に雇ってくれるし、お父さんを頼る形で仕事を作って孤児院が稼げる様にしてくれる。
『捧ぐ意思』の様に見下したりしない。
感謝、という言葉じゃ表せないくらい感謝している。
アルスフィアットから来た子供達は『飛竜の庇護』というより店長にだけ心酔している様子で、デイジーねーちゃんやオーランド兄ちゃん達を蔑ろにしている気がしてどうにも気に食わなかった。
でも、「仲良くしろよ」と言われたし、最低限の礼儀は弁えていたので大きく反目する事などはなかった。
それよりも『捧ぐ意思』の対応の方が大変だった。
兄ちゃんたちが置いていった保存食をあっという間に食べ尽くした彼等は僕たちの食事に目を付けた。
自分で購入した食料を減らさぬ様、僕達がバイトさん達に食事を振る舞うタイミングで店の休憩室にやってくる様になったのだ。
急に決まった護衛の仕事だから食料が足りない、バイトに出しているのだから自分達の分もあって然るべき、などと屁理屈を捏ねて食べるのだ。
『飛竜の庇護』の兄ちゃん達が充分以上に用意していってくれたので、お金にも食材にも余裕はあるがとても気持ちの良いものでは無かった。
『捧ぐ意思』の愚痴で僕達帝都孤児院組とアルスフィアット組は大分仲良くなったと思う。
でも、アルスフィアットの子供達はなんでも出来てしまう。
必死さというか真剣さというかそういうのが僕たちとは全然違った。
正直言って悔しい。
僕たちだって兄ちゃん達にいっぱい教えてもらっていたというのに、あっという間に追いつかれてしまった。
特にイザークはなんでも一度教えてもらったら完璧に覚えてしまうのだ。
僕とエドガーは商業ギルドから派遣されたティムに必死で習ってくらいついた。
雪で照り返す月明かりでメモを読み、お互いに問題を出し合って覚えていったのだ。
そしてそんな中『捧ぐ意思』達は春が来て根も葉もない噂を鵜呑みにして馬脚を現した。
強盗に暴行、恐喝。
僕の左目はその時に奪われた。
少しは強くなったと思っていたんだけど、全く敵わなかった。
身体の大きさは力だとその時に嫌というほど感じたんだ。
痛くて熱くて痛くて痛くて悔しくて痛くて痛くて痛くて……。
お父さんに癒してもらった事も、眼球を取られた事もわからなかった。
気がついたのは暖かな光に包まれ、女神様に抱き締められたあとだった。
全身の痛みも無くなって、すーっと全てが楽になった。
キツかった包帯を無意識のうちに解いていた。
殴られた時にぶちゅりと嫌な音を立てた左目もよく見えた。
その時の光景は一生忘れないと思う。
部屋を照らす蝋燭の灯り、キラキラと光慈しみに満ちた表情の女神様。
自分を覆う優しい魔力。
実は左目を失ったという事は自覚していたけど、見える見ないはあまり意識していなかった。
それよりも痛くて痛くて、ただそれだけだった。
そこから救い出してくれた女神様に心から感謝をした。
でもそれは全て店長が治してくれたから戻ってきたものだったのだ。
目覚めた時、視界の端でぐらりと倒れていく店長が見え、慌てて飛び起きた。
僕の人生であの時ほど驚いた事は無かった。
「ょかっ……め……な、お…………」
思わず、と言ったように声を溢した店長はふにゃりと力無く笑う。
そしてそのまま倒れていく。
僕は慌てて大声で皆を呼んだ。
結果治ったものの、僕の左目は一度摘出されてしまった為、普段は眼帯をして過ごす事になった。
それに対して店長は何度も申し訳なさそうに謝る。
でも店長が謝る必要なんて無いんだ。
だって一生見えないはずの僕の目を元に戻してくれたんだ。
人目がある場所では外せないとはいえ、自分の部屋などでは外せるし、店長が眼帯に魔法陣を付けて透けて見える様に出来ないかとキルシェさんに相談している事を知っている。
ここで僕は初めてアルスフィアット組の子供達の気持ちが理解できた。
耐えがたい苦痛から掬い上げてくれた店長、キリト様ーーそう呼ぶと嫌がるから今まで通りに店長と呼んでいるーーは他のメンバーとは違った。
普通の人よりもすごい力をいっぱい持っていて、それで息をする様に人を救う。
デイジーねーちゃん達もお人好しだけど、それに輪を掛けてお人好しだ。
なのにびっくりするくらい運がない。
僕は僕に出来ることで店長、そしてそのパーティの皆の助けになる。
なりたい、ではない。
なるのだ。
そう決意してもすぐには役に立てない。
片目が隠されて見えない事でバランスも距離感も掴めないのだ。
物を取り損ねて倒したり、壊したりした。
階段を落ちそうになったのも一度や二度ではない。
仲間が隻眼になったことのある、バイトのスヴェンが特訓を手伝ってくれた。
「モノの距離は目で測るな。腕で測るんだ」
「うんっ!」
朝早く起きて、周りにはバレない様に繰り返し特訓するとだんだんと慣れくる。
なんとか眼帯を付けたままで人並みに生活する事ができる様にこれからも頑張ろうと思う。
「さて、それじゃ今日から頑張りますか」
「行ってらっしゃい」
両頬を軽く叩いてやる気を込めると、リーゼがそう言って見送ってくれた。
今日はとても重要な仕事がある。
それは今街に流れる噂に関する事だ。
僕たちを助けてくれた『飛竜の庇護』。
彼等が春から悪く言われているのは周知の事実だった。
そして今でも「相変わらず貴族の後ろ盾を良いことに好き勝手やっている」だの、「成果を盛って不正に評価を得ている」だのと噂されている。
実際にそんな話をしているのはCランク以下のハンターと売れていない商人達ばかりである。
(ぶっちゃけただの嫉妬じゃん!)
心の中で心無い噂をする者たちを罵りながら荷物を抱えて慎重に人混みを進む。
人通りの多い通りに出ると、あえてその噂をする者の近くで、人の良さそうな人物にぶつかった。
わざとらしく見えぬ様注意しながら派手に転ぶ。
手にした荷物がぶちまけられた。
薬草茶に使用する傷物のフルーツや形の悪い野菜、一部虫食いのある薬草などが通りに散らばった。
「ごめんなさいっ」
一言謝って慌てて拾い始めれば、数人の優しい住人が周りに避けて歩くよう声をかけ始める。
そのうちの一人が散らばった荷物を拾って僕に渡そうとしてギョッとした。
それはそうだろうな、と思う。
今の僕の顔には、およそ子供に不似合いな真っ黒の大きな眼帯がついている。
顔のほぼ半分を覆うその眼帯はそれだけのインパクトを秘めているのだ。
「ぉ、驚かせてごめんなさい。最近左目を無くしてしまったせいでまだ慣れていなくて……」
わざとらしくなりすぎない様に注意しながら眼帯を手で隠し、哀れっぽく言い訳を口にする。
その言葉に勘の良いものが「まさか…」と今帝都中に広がる噂と結びつける。
それは捧ぐ意思が噂を鵜呑みにして『飛竜の庇護』の経営する店に強盗に入った。
店で働くいたいけな子供に暴行を働き、その子供は左目を失った。
眼球を摘出したという医者が話したので事実として広がっている。
そんな噂を誰しもが聞いた事があるだろう。
そしてその場に現れた“最近左目を失った少年”。
噂好きな者達が気にならないわけがない。
その噂で、『飛竜の庇護』にザマみろと嘲笑う者も多いが、実際に怪我をした子供を前にその様な事が言えるわけがない。
優しくされたとしても、大きな男性に対して怯える様な様子を見せる片目の子供。
カタカタと震えながらもお礼を言う健気な子供。
噂の詳しい情報を知っているであろうその子供に、多少優しくして他の者よりも詳しい情報を知ろうとする者は少なくない。
「何があったの?」
勘付いているだろうに敢えてそう聞くのは口さがない噂が三度の飯より好きな、お喋り好きの中年女性。
その女性を見て僕は言葉に出さず「お母さん…」と口を動かした。
そしてぽろりと頬を水玉が転げ落ちる。
涙を流すのは得意だ。
大きく目を開き、瞬きをしないだけで簡単に溢れてくるから。
そしてそこにほんの少しだけ演技をこめれば、見知らぬ女性に母親を見た可哀想な子供が出来あがる。
ここで「実はね…」と話し始めるのは三流である。
話したくないけどこの人になら話せる、話して楽に なりたいという行動原理が必要なのだ。
幸運な事に、孤児院の母にはカケラも似ていないが、実母にはよく似た体型をしていた。
そろりそろりとその女性に近づき顔を覗き込む。
そしてびくりと動きを止め、やはり実母とは違うのだ、と諦めた表情を作る。
その姿に周りの人は同情的な表情を浮かべた。
「お母さんがどうしたの?」
詳しく話を聞きたい女性は言葉を被せる。
(よく言った!)
心の中でその女性を褒めて、しかし表情には出さない様に気をつける。
言おうか言うまいか躊躇い、実は自分は孤児院出身の孤児なのだと話し始めた。
貴方は実母に良く似ている、と悲しげに微笑んで。
息を飲む音がそこここから聞こえてきたが、女性から視線は離さない。
うっすらと透けて見える母の面影を探して、心の中の感情を溢していく。
大事なのは自分で思っている感情を膨らませる事だとリーゼは言っていた。
嘘はつかず、自分に都合よく事実を捻じ曲げていくのだと。
それが説得力になり、相手に“事実”だと思わせるのだと。
そこからはポツポツと自分について話し始めた。
孤児院にいたから不幸だと思ったことはない。
孤児院の母も病を得て大変だったけど今では元気になったし、今は良くしてくれたハンターの経営する店で働かせてもらっている、など。
“ハンターの経営する店”と口にした時ざわりと空気が揺れた。
皆が知りたかったのはここからだ。
僕はチラリと周りを見渡した。
「今はなんでか周りに悪く言われているけれど、そんな事は絶対にないんだよ。貴族と繋がりがあってもそれを頼ってハンターの仕事をしているところなんて見た事がないし、それどころか貴族が優遇しようかって聞いたことに対して必死で断っていたりもするんだから!」
彼等はずっと真摯に働いているんだ!と熱めに語る。
そしてその勢いで先日の出来事を丁寧に語った。
思わず感情が昂って言わなくても良いことまで言ってしまった様に。
家や店の護衛として雇われた男達。
専用の屋敷や食事に水、薪に暖炉、そして充分な報酬。
「僕らのご飯まで食べてたのに……」
それらを享受していたくせに、噂を聞いて急に手のひらを返した。
「営業している店に殴り込んできて、バイトのおじさんやおばさんに乱暴してっ!商品やぉ、お金を、よ、寄越せ…って……ッ!」
思い出しただけで怒りで全身が戦慄く。
悔しさで涙が滲む。
でもそれは周りから見れば、恐ろしい出来事を思い出して震えている様にも見えるだろう。
怒りと悔しさで湧いてきた涙をグイッと乱暴に拭うと続けて話し出す。
なんとその凶行の原因はただの嫉妬である。
同時期にハンターパーティを組んだ『飛竜の庇護』が自分達よりも先に貴族の後ろ盾を得た事に対する、上位ランクパーティに名を連ねた事に対する明らかな嫉妬。
「皆そんなことに巻き込んでごめんって何度も何度も僕に謝ってくるんだ。悪いのは兄ちゃん達じゃなくてアイツらなのに!」
怒りとやるせない悲しみで気持ちがぐちゃぐちゃだ。
その感情に出来るだけ逆らわずに、でも余計な事を言わない様に、言うべき事を忘れない様に気をつける。
貴族が上位ハンターの後ろ盾に付くのはよくある事だし、身を守る為には当然の事。
それをわざわざ悪く言うのはただの醜い嫉妬である。
そう断言すると油断なく周囲に意識を配りながらも、心の中に蟠る気持ちをどんどんと吐き出していった。
そして周りが少し引いた辺りでハッと気付いた様子を見せ、「これはその時の怪我なんだ」と明るくそして少しの悲しみを混ぜて口にした。
「変な話を聞かせてごめんなさい。拾ってくれてありがとう。僕、もういかなくちゃ」
そう言って僕はその場を逃げる様に駆け出した。
『飛竜の庇護』の事を知らないくせに悪口ばかり言う奴等は、ギルドを追放になって犯罪奴隷として働いている捧ぐ意思と同類であり唾棄すべき行いだ。
だが、それをいくら否定したとしても嫉妬の心はなくならない。
ならばそれを口にしない様に新しい噂を流せば良いのだ。
「捧ぐ意思はクソ野郎」
何も嘘は言っていない。
事実ばかりである。
多少計算しながら憐れみを誘いつつ話しただけ。
被害者の口から語られる真実、それはどれ程甘美な話題だろうか?
今話題のハンターパーティが、“悪”だと断じていた者達が実は善良な者であり、孤児達にさえ情けをかける様なお人好しな者達だった。
何も悪い事はしていないのにこの様な噂が流れるのは誰かの策略なのではないか?
そうして街の者達の口を通じて「噂の真実」が静かに拡がっていった。
僕とリーゼの計画通りである。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
ドラドラ様のレビューへのお礼間話でした。
この辺からオイゲンとリーゼの暗躍というか、裏稼業というかそんな感じに進み始めます。
そのうち勘の良いどこかの斥候が気付いて手綱を握ってくれると信じて。
次は楽しいお話とか、カールハインツとか言いましたがすみません嘘つきました!
来週の月曜日こそ楽しいお話になります。




