悪い噂と『捧ぐ意思』 後編
むぐぐ…切りどころがわからずまた長くなりました…
目が覚めたら自室のベッドの上だった。
身体がとても怠い。
腕すら動かせない。
頭もズーンと重く鈍痛もある。
その重たい頭をなんとか動かして横を見ると、テオとリーゼ、イザーク、そしてエドガーとオイゲンがベッドサイドにぎゅむっと張り付いていた。
俺の左腕にしがみつき、突っ伏して寝ている。
そうか、腕が動かせないのはこれが理由か。
その向こう、ソファーにはアガーテ達とデイジーが毛布に包まって静かに寝息を立てていた。
(心配掛けちゃったかなぁ……)
心苦しく思いながらも傷一つ残らないオイゲンの顔を見て安堵の息を漏らした。
自由になる右手でオイゲンの頭を撫で、後程神殿でアルマ女神に感謝の祈りを捧げようと考える。
供物は何が良いかな?
女神様だから甘いものやお花が良いかな?
それとも綺麗な布とかレースとか?
(なんだって良いや、あれ程慈悲深い女神様だもの。きっとなんだって受け取ってくれるよ……)
あれこれ考えているうちに睡魔に襲われ再び夢の世界へと落ちていった。
次に目を覚ました時は、翌日の昼だった。
優しく身体を揺すられてデイジーに起こされた。
「キリトさん、起きれますか?お昼ご飯、食べましょう?」
「ぅ……ぅん?」
霞掛かる思考を必死に回転させる。
たしか……オイゲンの目を治せたと思ったんだけど、もしかして夢だったオチとか無い?
そう思った瞬間、ぶわっと全身に嫌な汗が吹き出した。
「オ、オイゲンはっ?!オイゲンの目はちゃんと治ってる?!〜〜〜っ」
勢いよく身を起こしすぎて世界が揺れる。
上半身を起こすこともままならず、ぐらりと倒れる寸前でデイジーに肩を支えてもらった。
「大丈夫ですよっ!オイゲンはキチンと元気に元通りです。だから落ち着いて下さい……」
「ぅぅ……ぐぅ……」
視界がぐらんぐらんして気持ち悪い。
クッションを背中に挟んでもらいヘッドボードに寄りかかる様にして息を整える。
うう、閉じてても目がまわる……ぉぇ。
デイジーが冷やしたタオルを目元に当ててくれ、少しだけ楽になる。
その状態でMPポーションを飲みながら現状を聞く。
オークの時の事を考えて躊躇ったが、薬草臭い炭酸の抜けたコーラの様な味がした。
どうやら孤児院長先生のオリジナルレシピらしい。
まず、俺達が帰ってきてから既に三日経っているらしい。
オイゲンは無事回復。
目も元通りで、外見にも視力にも問題は一切ない。
しかし医者に一度眼球を取り出されているので、今後対外的には左目に眼帯を着けて生活することになった。
まだ完全に大丈夫とは言わないが精神的に酷く傷ついている様子も見られないらしい。
隠しているかもしれないので要経過観察だそうだ。
『捧ぐ意思』を捕えてくれたバイトの元ハンター達の中に怪我をしていた者も少なからずいたそうで、その人達はデイジーとエレオノーレさんが治療してくれていた。
その中で、彼等は治療している間に商品はちゃんと守ったよ、と報告したそうだ。
そうじゃない。
そうじゃないよ。
頼むから自分の身を守ってくれ。
お金なんてまた別のことでいくらでも稼げるんだから。
最悪お貴族様宅に訪問してでっかい鏡や下着の注文を取ってくればいくらでも補填できるんだ。
でも命は違う。
死んだ命は取り戻せない。
神々の領域だよ。
俺にはどうすることもできないんだ。
大事にしてほしい。
そして肝心の『捧ぐ意思』メンバーはハンターギルドの牢に拘束されているらしい。
俺達の意見が欲しいとの事で、現在拘留中のままなのだとか。
今の所、ギルド追放と多額の違約金、そして、オイゲンを殴った者は暴行、窃盗の罪により犯罪奴隷に落とされることが決まっているそうだ。
他のメンバーは窃盗・恐喝による罰金と強制労働。
支払い金に足りない金額分強制労働の追加だそうだ。
ここに被害者と依頼者の意見を考慮して罰の裁定をくだす予定らしい。
オイゲンは俺達に迷惑が掛からなければギルドの裁定通りで良いそうだ。
「キリトさんはどうしたいですか?」
「……とりあえず『捧ぐ意思』の、意見……を聞きたい、かな」
真っ暗な視界の中、デイジーに問われて答える。
冷たかったタオルは後から後から湧いてくる熱い水で目を冷やすことは出来なくなった。
せめてデイジーからこの顔を見られないのだけが幸いである。
数日療養して、なんとかフラつかずに歩ける様になったので『捧ぐ意思』が勾留されているギルドに向かう。
ハンターギルドには正式に抗議した。
今回バイトに居た者たちや孤児院長のおかげで最悪の事態は免れたが、下手をすればオイゲンの命が奪われていたかもしれないのだ。
そんなやつばかりでない事は俺たちが一番よくわかっている。
それでも一部そんな奴らがいて、“ギルドに紹介された”ハンターがそんな奴らだった事に受付窓口で遺憾の意を表明しておいた。
感情的にならず、淡々と事実のみを並べ上げ、とても残念だと伝える。
背後に並んでいた依頼主達が数人列から外れていったのが見えた。
ギルドからは丁寧な謝罪と「今後はこの様なことの無いように取り組む」と言う定型文と違約金を渡された。
でも、何か上滑りしている感じの謝罪で、すごくもやっとした。
改めて職員の案内で牢に案内される。
事務室横の厳重な扉から入り、地下へと向かう。
そこには二畳ほどの小さな牢が二十個程並んでいた。
いや、折れ曲がった廊下の向こうにもあればまだ増える気がする。
ちょっと多くない?とオーランドに聞けば、ハンターが酔っ払って暴れたりした時も放り込まれる事があるらしい。
そう聞けばこの数は逆に少なく思える不思議。
少し歩いた先、彼等は一人ずつ離れた牢に入れられており、着の身着のまま薄汚れた状態で力無く座り込んでいた。
ハンターギルドには現代のドラマの様に面会室など無く、牢の柵越しの面会となる。
俺達が姿を現した途端、無気力だった彼等の顔が明確な憎しみに染まった。
「お前達のせいだ!」
ガシャン!と鉄柵に勢いよく掴みかかって、開口一番そう言われた。
何がどう、俺達の所為なのだろうか?
彼等の自業自得だとしか思えないのだが、俺達がどこでそんな恨みを買ったのかわからない。
どんどん心が冷えていくのが分かる。
一人の声を皮切りに皆が柵に張り付いて喚いている。
「なんでこんな事をした?」
オーランドがギリギリ手の届かない場所に立って威圧しながら問いただす。
途端に周囲の温度が急激に下がり、重苦しくて、恐ろしい空気が場を支配した。
背後にいて、直接当てられていない俺やデイジーが震える程である。
二人が「ひっ」と喉を引き攣らせ、尻餅をついて奥に後退りながら引っ込んで行くが、他の三人はまだこちらを睨み、あれこれ喚いている。
流石前衛職、威圧程度には屈しないのか。
「ハンターの恥晒しめ!」
そう言ったのは神官で槍士の男性。
しかしその言葉はオーランドの怒りを買った。
ーーーガシャンッ!
オーランドが伸ばされた腕を蹴り上げる。
直後、鈍い音と悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
神官槍士がぶらりと垂れ下がる己の腕を見て悲鳴を上げている。
痛い痛い痛いッ!
自分の事じゃないけど、見ているだけで痛い。
「おい!罪人とはいえ傷をつけていい訳ではないからな!」
案内してくれた牢屋番が慌てた様に駆けつけてオーランドを引き離した。
彼は牢の中に入り悲鳴を上げてのたうち回る神官の腕を見ている。
どうするんだよこれ、とでも言いたげな顔が印象的だ。
ポーションなどでは簡単に治らないだろう。
そこまで見たオーランドが我にかえって謝る。
「わりぃな。ちょっと興奮しちまって。キリト、そっからあいつ治せるか?」
「やってみる」
とりあえず痛そう過ぎて見ていられない。
あんなの見てたら全身に力が入らない。
オーランドからも言われた通り、牢に近づかずヒールを飛ばす。
ひゅん、と白い光の玉が飛んでゆき、神官の腕に貼り付いた。
途端に騒ぐのをやめた神官と牢屋番がその光に釘付けになった。
そういえばオーク戦の時もヒールを飛ばしていたよなと思い出した。
傷が治ったことを確認して、驚きながらも牢屋番が中から出て扉に鍵をかけ直した。
神官は唖然とした表情で元に戻った腕を見て、動かしたり手を握って開いたりしていた。
『捧ぐ意思』のメンバーは変なモノを見る目で俺を見て怯えている。
待って、折ったのは俺じゃなくてオーランドだよね?
なんで俺が怯えられるわけ?
「まあ、ウチはこうやって怪我させたとしても自分達で責任持って治せるからさ、多少の荒事は見逃してくれよ、な?」
「う、うむむむ……」
いまだに納得できていない様な牢屋番にヤンスさんが肩を組んで何かを手渡している。
アレは所謂ワ◯ロというやつでは……?!
牢屋番はむぐむぐ言いながらそっと壁を向いた。
見ていないからどうぞお好きに、というアピールに見えるんだが大丈夫かこれ。
「さて、と。とりあえず治せば問題ないらしい……な?」
ばきばきと手の関節を鳴らして悪い笑みを浮かべるオーランドに剣士二人の表情が引き攣る。
最初に逃げ出した二人は毛布にくるまり部屋の隅でガタガタと震えてこちらを見ていた。
「で?改めて問うが、なんであんな事した?」
「お、お、お前たちがっ!ふっ不正な方法で稼いでいるからだ!」
剣士の一人が叫ぶ。
声や足が震えているが、それでもオーランドを睨み付けているのはすごい。
でも手は柵から出さないし、俺達の手脚が届かない位置に立っているのがなんとも。
リーダーである三十路の小柄な男は同意する様に強く頷いた。
「お前達はオレ達と何も変わらない実力のくせに貴族の金で拠点を手に入れたり指名依頼を入れさせたりしているんだろう?」
「事実無根だな」
こちらを見下げ果てた、と言う様な目で見て鼻で笑う。
やはりあの噂を聞いて動いたらしい。
オーランドは鼻に皺を寄せ否定する。
(いや、だとしても……)
「ハハッ噂を鵜呑みにして罪もない子供に拳を振るう事の何処に正当性があるって言うんだ。例えその噂が本当だったとして、ウチの背後に本当に貴族がいたらどうするつもりだったんだ?」
俺の気持ちをヤンスさんが代弁する。
どんな理由があるにしろコイツらが行ったのは罪のない子供や市民への暴力。
俺達への攻撃でもなく、抵抗できない者へ手を伸ばした時点で正当性など皆無に等しい。
そして、実際にはいないけど、万が一本当に誰かが背後にいたとしたら、こんな事したら何かしら理由をこじつけられて処されるよね?
なんでそんな事出来るんだろうか?
あと、どうにも自信満々のリーダーの態度が気になる。
「正当に頑張っているハンターの為だ。不正は暴かねばならないだろう?」
まるで不遇な正義のヒーローのような、演技がかった物言いでこちらを見下してくる。
なんだろうこの既視感。
「ンな事言って、ただの嫉妬だろ?お前の顔見覚えあるぜ?確かなんとかって貴族の五男だったか?パーティ申請の時に『俺様は英雄になる男だ』みたいなイテェ事言ってた奴だろ?」
「あ!あーーーー!いたなそんな奴!」
「っ!!」
ヤンスさんの声に納得するオーランドと顔を歪める『捧ぐ意思』のリーダー。
どうやらオーランド達が三本の槍に師事していた時彼等もパーティを組んで他の先輩パーティに鍛えてもらっていたらしい。
おそらく同期なのだろう。
その事実を知れば確かに『嫉妬』が引き金だと言われたら納得できる。
同じ時期にパーティを組んでいて、同じランクだったはずなのに、急に大きな拠点を持ったり、高ランクの指名依頼を受けたりしていれば嫉妬するのもわからなくもない。
まあ、だからといって関係ない子供や一般市民に暴力を振るって良い訳では絶対ないけど。
「あれだろ?お前の実家が保釈金を持ってくるとでも思ってんだろ?」
ヤンスさんの言葉にリーダーの肩がびくりと震えた。
ああ、そうか。
わかった。
こいつアイツに似てるんだ。
オッペケ野郎。
「たしかドドレライスデン出身のなんちゃらって言ってたよな?」
「え?」
「は?」
「「ああ」」
ヤンスさんの言葉に皆が反応する。
驚いたのが俺とデイジーの二人で他の三人は納得した様に頷く。
「そこまで知っていてこの扱いか?!」
勝ち誇った様に笑う『捧ぐ意思』のリーダー。
今すぐ貴族用の部屋に変えろと騒いでいる。
それを見て、にやぁ……っと嫌な笑い方をするヤンスさん。
その表情もうどこからどう見ても悪役なんですけど!
「お前ら今回の話をどこまで知っている?」
そして今回ドドレライスデンがどうして魔物溢れになったのか、そこに住む貴族達がどうなったのかが丁寧に丁寧に説明された。
話が進むにつれてどんどん顔色が悪くなっていく『捧ぐ意思』メンバー。
「悪かった!オレたちは噂に騙されただけなんだ!」
「もう二度とこんなことをしないと誓う!金だって絶対に用意する!」
「リーダーの指示に従っただけなんだ!逆らえなくて!この通りだ!許してくれ!」
さっきまでの余裕のある顔とは大違いだ。
必死に謝罪と弁明、減刑の要求をする彼等に吐き気がする。
彼等はあの行動が社会的にやってはならないことだと分かった上で“自分達は特別だからやって良い”と思って行動したことがありありと見て取れる。
それが本当に不快で、気持ち悪く、少しでも良いので距離を取りたい。
ここにくる前は俺がボコボコにして回復させてまたボコボコにしてやろうなどと思っていたけど、正直もう関わりたくない。
「醜いねぇ…」
ヤンスさんが心底嫌そうに吐き捨てる。
結局一度腕を折っただけで彼等への事情聴取は終了した。
あとはひとつだけ条件を付け、罪状通りの罰を受けてもらう。
『捧ぐ意思』のメンバーは故意に契約を破り、悪質な行動を取ったことにより、ギルド追放処分。
そしてウチとギルドに対して多額の違約金を支払わされることになった。
こちらが“契約違反”に対する罰であり、それとは別件として暴行、窃盗の罪により実行犯(『捧ぐ意思』パーティリーダー他二名)が犯罪奴隷に落とされた。
残りのメンバーは押入り強盗のみの為、罰金刑。
とはいえ違約金だけでも足がでている為、足りない金額分強制労働だそうだ。
結構な期間ひたすら無報酬で働かされるらしい。
そして最後に追加で加えてもらったのが、強制労働後の俺達への接近禁止を神殿契約してもらうことだ。
直接的にも間接的にも意思を持って近づこうとした時には激痛が走るようにしてもらった。
偶然他の街で出会ったりするのは問題ないが、俺達が居ると知っていて、その街へ向かおうとした時点で発動する。
アルマ女神による神殿契約だ。
この罰を追加してこちらに対して報復出来ぬよう対策を取った。
不確かな噂で契約を破り、いたいけな子供に手をあげる奴らなんて絶対に許せない。
しかもその原因が嫉妬だなんて本当に理解できない。
でも、何より許せないのは俺自身である。
ちょっと権力者と仲良くなったからといって調子に乗っていた気がする。
オッペケ野郎を冬の間やりこめてやった事なんてそれの最たる証明ではないのだろうか?
その結果で傷つけられるのが子供達だなんて。
軽率な行動の影響が子供達に向かうなんて。
(俺のせいでオイゲンが……)
足に力が入らずジャックに支えてもらいながら拠点に帰った俺は二日寝込んだ。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、ブックマーク、評価、感想、誤字報告いつもありがとうございます。
とでも助かっています。
なんだか最近キリが悪くて長くなりがちです……。
どうにか程よく二話に分けられたら良いのですがまだ技術が足りません。
日々暑過ぎて干からびそうな毎日が続きますが、皆さんも水分塩分休息を適度に摂ってこの夏をやり過ごして下さい。




