悪い噂と『捧ぐ意思』 前編
春が来て、オッペケ野郎の断罪があったり、色々な後始末をしたりしてクエストが終わっても結構な期間この街に滞在することになってしまった。
信用できるハンターだということでシュレ様にかなり便利に使われてしまったらしい。
何故か色んな人に引き合わされた。
稀に他国のスパイが混ざっていて、それとなーく「なんか変な感じの人がいましたよー」と伝えておく。
大変良い笑顔でお礼を言われた。
あとオッペケ野郎はやはり侮辱罪で捕まった。
街中に響き渡るくらいの大捕物で、途中騎士の一人に怪我を負わせたり、市民に怪我や店を壊すなどの被害を与えていて、大変に騒がしかった。
仮にもAランクハンターパーティに所属していただけあり実力はそこそこあった模様。
他にも数名とんでもない噂を積極的にばら撒いていた数名のハンター達が投獄されていた。
今後保釈金が払われるまで犯罪奴隷として強制労働になるんだとか。
シュレ様が良い笑顔で「便利に使ってやりますよ」と言っていたのがとても怖かったが、胸がスッキリしたのは俺だけでは無いはずだ。
街中でたまに『白銀』に会うこともあり、「是非戻ってきて欲しい」だの「ウチのパーティに入らないか?」だの「回復だけでも」だの色々言われた。
丁重にお断り申し上げます。
『白銀』も悪いパーティでは無いし、気のいい兄ちゃん達なんだけどどうにも気遣いとか配慮というものが足りていない。
Aランクパーティってそんな奴ばっかじゃないと信じたいんだけど、どうにもかの二つのパーティの印象が強すぎて身構えてしまうな。
あと、『三剣の華』の愚痴もいろんな人からアホみたいに聞かされた。
オッペケ野郎が抜けてもいまだにかなり浮いていて、色んなパーティと摩擦があるようだ。
むしろ隠れ蓑になっていたアイツがいなくなった事で他のメンバーのヤバさが浮き彫りになったというか、目につく様になったというか……。
『白銀』メンバーはAランクのスキルを全力で掛けているのか、話を切り上げて逃げようとすると捕まえられ、いつまでも愚痴が続いてしまう。
オーランドやヤンスさんが俺を回収するまで終わらず、女性陣と俺はしばらく一人で出歩くのは禁止されてしまった。
はー……助かった……。
そういったごたごたが片付いた頃、そろそろ帝都に戻りたいと話すと、この街でダブついた素材を近隣のハンターギルドに運んだりする指名依頼を出された。
中々高額のそれを受け、あちこちの街町に寄りながらなんとか戻ってこれた。
しかし、どうやらその間にドドレライスデンでの噂がこちらにも広まっていたらしい。
ハンターギルドに顔を出しても、ヒソヒソと嫌な感じに噂されて居心地が悪い。
以前少しだけ有名になったと思っていたが、それさえも貴族の力だとか下の噂に尾ビレと背ビレがくっついてスイスイ泳いでいるようだ。
ぶっちゃけ貴族の庇護や後ろ盾って高ランクハンターになれば誰しもが大なり小なり持ってるはずなのに何で俺たちばかりが悪い事の様に言われなくてはならないのだろうか?
嫌な視線を潜り抜け、受付嬢に話せば査定室に直接案内された。
ハンター達から受け取って一度査定する為の部屋である。
余程持ち込んだ物が多くないと案内される事はなく、それを見たハンター達の間でざわめきが大きくなった。
なんかもう相手にするのも疲れちゃったな。
「はい、ではこちらで以上ですね。ありがとうございます」
帝都に渡す用の素材を全て出し、リストと照らし合わせた後、輸送料金をいただく。
リストはうちとは別枠で他のハンターが運んできていたらしい。
偽装防止対策かな?
ついでなので自分達の持つ素材も適当に売り払う。
シュシュフロッシュのお値段がとんでもない価格になり目が飛び出るかと思った。
そういえばダブついた素材の中にシュシュフロッシュはいなかった気がするな?
おや?と首を捻っていると査定室の扉が勢いよく開いた。
「あ!お帰りなさい!貴方達に急ぎの連絡があります!」
先程とは別の受付嬢が駆け込んできた。
どうやら俺達が帰ってきていると知って急いで連絡に来てくれたらしい。
彼女が言うには、俺達の悪い噂が帝都に蔓延しているとのこと。
まあ、それはなんとなく感じてたけど、彼女が走ってきてくれた理由はそれだけではなかった。
拠点の護衛を頼んでいた『捧ぐ意思』のメンバーが、噂を鵜呑みにした上に、雇っていた子供達に暴力を振るったらしい。
軽く経緯を説明してくれたが、なんとも身勝手なものだった。
春になってドドレライスデンにいたハンター達が帝都にやってきた。
そこから例の噂が広がり始め、護衛期間中に店の中に乗り込み、商品を寄越せと横暴な態度に出る。
子供の店員にそれを咎められると力いっぱいに殴りつけて怪我を負わせた。
幸い孤児院にいた院長先生がヒールを使い、医者も呼んで命に別状はないが、その子の顔はひどく腫れ上がっているそうだ。
そこまで聞いて俺は居ても立っても居られずギルドを飛び出した。
背後でオーランドが俺を呼ぶ声が聞こえてきたが、止まるという選択肢は無かった。
家に着いた時には雑貨屋は閉められていて、バイトの元ハンター達が自発的に護衛に当たっていた。
俺の顔を見るとホッとした様に相好を崩し駆け寄ってくる。
彼は丁度その現場にいたらしく、怪我をした子供ーーーオイゲンの元に案内してくれた。
移動中に詳しく事情を説明してくれたが、それは到底納得のいかないものだった。
『捧ぐ意思』のメンバーは冬の間はきちんと働いていた。
むしろ優良ハンターと言って良いレベルの仕事ぶりだったそうだ。
雪や雨が降っている寒い中でもこまめに見回りに出ていたし、バイトや社員の子供達にも声掛けをしてくれていたらしい。
数度侵入をしようとした盗賊や食い詰めた錬金術師達を捕縛しているし、その手際は特に悪く無かった。
しかし、春が来て、他のハンター達が帰ってきても俺達は帰って来ない。
そのうちにドドレライスデンでの噂が実しやかに広がり始めた。
勿論そんなはずはないと信用しない者達も沢山いたが、オークの件で納得していない、密かにやっかんでいた者達は、声高に俺達『飛竜の庇護』の事を悪く言うようになったらしい。
店の方にも難癖をつけてくる者までいたそうだ。
そして例の噂を聞いた彼等はいきなり手のひらを返したのだそうだ。
「そんな事だろうと思った!」
そう言い放ってまず彼等は見回りをやめた。
そしてあろう事が雇い主である俺達の拠点に忍び込もうとした。
しかし、拠点には鍵が掛かっているし、窓にも硬い鉄格子と雨戸が付いている。
更に彼等には話していない仕掛けなども多くあり、簡単には中に入れない様になっていた。
それを知らずに無理矢理忍び込もうとした所をバイトの元ハンターの一人に見つかり、逃げ出す。
その事をオイゲン達に話し、ハンターギルドに報告しようと話し合っている最中にそれは起きた。
「おい、この店にある金目のもんと携帯食料全部出しな」
「貴族の汚い金で手に入れたもんだろ?俺達が有効利用してやんよ」
そう言って店のドアを蹴破り踏み込んできた『捧ぐ意思』達。
店内に居た客は泡を食って逃げ出し、
店の棚に並んでいる目ぼしい物を勝手に自分達のバックパックに詰め込み出す。
金を払う気はかけらも無さそうだった。
「お前達孤児なんだってな。良かったなぁ、貴族に見初められて。そのうちお前達が売られるんだろうよ。ギャハハ」
「ああ、神官かメスガキだけならオレたちで引き取ってやってもいいぜ?」
「それより早く在庫出して来いよ!」
下卑た笑い声、言葉遣いも態度も今までの彼等とは百八十度違った。
その態度に呆然とする元ハンター達と、怯えるエドガー他バイトのおばちゃん達。
唯一動いたのはオイゲンだった。
混乱した頭で「や、やめて下さい!それは店の商品です。せめて……せめて、お金を払ってください!」そう言うと、胸ぐらを掴まれ持ち上げられた。
オイゲンは逃げようしたが、ちょっと鍛えただけの子供と、現役のハンターでは土台勝負にならない。
バタバタ暴れるオイゲンを睨みつけ、もう一度金と保存食を要求する。
「お前達は動くなよ?ババア共もだ。動いて良いのはそこのガキだけだ。さっさと金と保存食をもってこい!」
「だっ!だ、め……だっ!それっは、て、てんっちょ…の!」
「オ…オオオイゲン!オイゲン!」
締め上げられ、苦しいはずなのにエドガーを制止するオイゲン。
それが気に障ったのだろう。
オイゲンを空に放り投げ、思いっきり殴った。
これで生きていたのが奇跡である程の威力だったそうだ。
その一瞬の隙を突いて元ハンター達が防犯用に置いた武器を使い『捧ぐ意思』を無力化させた。
その後逃げ出した客が呼んでくれた衛兵達が慌ただしくやってきてその惨状を目にしたそうだ。
現場の保護や『捧ぐ意思』の確保などを変わってくれ、バイト達はオイゲンを部屋に運び込み、エドガーは孤児院長先生を呼びに走った。
「だが……。すまん、オレ達の力では命を失わせない事で精一杯だった」
そう言って部屋の扉を開いた。
ベッドには大きく腫れ上がった顔に包帯がぐるぐると巻かれ、浅い息を繰り返すオイゲン。
何故か左目にも包帯が被っており、不自然に凹んでいた。
ざぁっと血が引く音がして、心臓を掴まれた様な感覚に襲われる。
手足が勝手にぶるぶると震え始めた。
「お、ぉぃ……オイ…ゲン……?」
「……左目はもう使い物にならなかったらしい。孤児院長がヒールを掛けた後医者を呼んで摘出した」
絞り出した声だけが耳を通り抜ける。
色々説明してくれる彼の声がどこか遠くに聞こえた。
なんで?
なんで?
ナンデ?
……ナンデ?
オイゲンは何にも悪くないじゃん?
俺達の悪い噂でなんで子供達を傷付けるの?
契約してる雇い主に刃を向けるハンターってなんなの?
相手が悪ければどんな犯罪をしても許されるの?
ぐらりと世界が傾いた気がして、壁に手を付く。
「ーーーあいつらは?」
自分の声とは思えぬ低い声が口から漏れた。
「っ!あ、あいつ、らは……ギルドが連れて、行った…。今は……多分ギルドの牢に入れられている、はずだ」
バイトの元ハンターの言葉に一つ頷き、お礼を言うと部屋を出てもらった。
オイゲンはどうやら眠っているみたいだ。
繰り返される浅い息だけが部屋に響く。
起こさぬ様そっと近寄りその顔を見る。
包帯は湿布薬を抑える役割の様で、プンと薬草の匂いが鼻につく。
「ごめん……ごめんな、オイゲン。怖かったよな……痛かったよな……目まで失って……ぅ〜〜っ!」
頬を熱いモノが濡らしていく。
俺は【アイテムボックス】から医学書を取り出すと顔のページを開いた。
どこにどんな筋肉や骨、神経や血管などがあるか確認していく。
そして次のページにあるのは視神経や眼球だ。
ベッドサイドのテーブルに本を乗せ、深呼吸をする。
すぅ、深く息を吸い込み、細く、長く吐く。
三度ほど繰り返して肺の中身が全て入れ替わった様な感覚になった時、再びあの呪文を唱え始めた。
「全知全能たる女神、アルマ女神よ、我が祈りをお聞き届けられたならば、慈悲深き女神の御力を御恵み下さい……」
馬鹿のひとつ覚えかもしれないが、以前イェルンさんの治療の時に使った神に祈りを捧げて行う回復魔法の呪文を唱える。
あの時と同じくらいに切実に、そして真剣に女神の名前を呼び、祈る。
「傷付きし迷い子に、傷を癒す奇跡の御技をここに……。ーーヒール……。どうか、どうかオイゲンの目を、視力を、そして健康な生活を取り戻して下さい」
折れてしまった顔の骨が、集まって元の形に戻る様に。
以前と同じ顔に戻る様に。
表情が引き攣ったりしない様に。
足りない部分を補って修復する様に。
潰れた筋繊維や千切れた血管、失われた血、神経、魔力回路、そして何より眼球が復活する様に。
医学書と、オイゲンの顔と、環境魔素と魔力とに意識を極限まで集中する。
頭を殴られているので脳にも影響が出ているかもしれない。
俺では解らないが、女神の力でどうかそのあたりもどうか治していただきたい。
出来る限りの魔力と環境魔素を注ぎ込みどうか、どうかと祈り続ける。
次第に包帯の巻かれた顔が小さく、腫れが引いていく。
前回同様、途中から自分の手では無い、淡く光り輝くたおやかな白い御手がそれを助ける様に添えられていた。
(ああ、流石、アルマ女神。御慈悲をありがとうございます……!どうかオイゲンが元の様に生活出来る様に力を貸して下さい……っ!)
回復の宝玉の鑑定内容には“欠損を治す事ができる”と書いてあった。
きっと女神様であれば……。
そんな願いを込め祈り続け、魔力を送り続けているうちに、急に魔力が押し返される様な感覚があった。
俺の手を支えてくれていた女神の繊手が俺の頬に触れて消えていく。
それと同時に全身に鉛が入れられたかの様なずしんとくる倦怠感。
これには覚えがある。
魔力枯渇だ。
「うぅ…ぅん……?……?!て、てんちょう?!誰か!誰か来て!店長が!」
薄れゆく意識の向こうで包帯が緩みオイゲンの深い海の様な煌めく青い瞳が見えた。
(あり……が、とう……ござい、ます……アルマ女神様……)
そこで俺の意識は途切れた。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブクマ、感想、評価とても嬉しいです。
ありがとうございます。
やはり前回のお話しはざまぁではなかったようです(しょんぼり)
みなさんご意見をありがとうございます〜。
ただのトカゲの尻尾切りでした。
タイトルにざまぁと付けなくて正解でした(こっそり)
まだまだここからしんどくなりますが、頑張ります。
霧斗がいれば回復の宝玉は無くても平気かもしれません。
本人が死にそうにならない限り。
 




