指名依頼 7
なんか少しではないレベルで長くなってしまいました。
二話に分けても良いくらい……。
「やあ、キリト君。どうだい?何か不足はないかい?」
「あ、シュレ様お疲れ様です。おかげ様で俺達は特に不足はないですよ。こんなに頻繁にダンジョンの奥地までこられたら護衛の皆さんから怒られませんか?」
昼食の準備をしていると、にこにこと小太り側近ことシュレ様が声を掛けてきた。
背後にはお付きの護衛と見回りのハンターが控えている。
ダンジョン内が比較的安全になってきた為、最近は状況確認と称して頻繁に潜ってきているシュレ様。
大体はお昼ご飯の時間を狙って降りてくる。
何が目的かなんて言わずともわかるよな。
本日のお昼ご飯は、この階で出る様になったデスムーアって魔物から取れた鹿肉を使っている。
確かアメリカだったかな?「鹿肉があるよ」と言えば飛んでくるみたいな逸話があったの。
ローストビーフ……ローストムーア?をメインとして、温野菜サラダと薄味野菜スープである。
ローストムーアは昨日の昼から下味をつけておいて、表面に強火で焼き目を付け、例のカエルラップでぴっちり巻いて(巻いたのはジャック)お湯に浸けておいた物だ。
鍋に入れたまま、厚めの布で巻いてゆっくり冷ます事でドリップなども無く、中の身が美しい薔薇色で、噛み締めるとじゅわっと旨味が溢れる最高の仕上がりになっている。
上に掛けるソースは以前作り置いていたグレイビーソース。
最高の組み合わせだろう。
無限に味見したくなるのを頑張って堪えた。
この料理で一番難しい所は間違いなくここだろう。
温野菜サラダは蒸し野菜を彩り良く切り分け、上から蕩けたチーズを掛けたもの。
チーズが塩気の強い物なので他の調味料は不要だ。
それでもミルクの風味の強いチーズと、ほっくりした根菜の相性は抜群で、身体がこの栄養を求めているのがわかる美味しさだ。
スープは配給される干し肉を千切ってぶっ込んでちょうど良くなる程度に調整した薄味である。
野菜が多めなのは健康のためだ。
ハンター達は「栄養?何それ美味しいの?それよか肉!酒!肴!」と言った感じで不健康まっしぐらなんだよな。
少しは野菜を食べてビタミンやらなんやら摂らねば体調を悪くするだろう。
お肌の調子にも響くしね。
その話をしたところ、エレオノーレさんやカトライアさんから野菜を使った食事のリクエストが露骨に増えた。
ちなみに俺達はそれに加えてポテトサラダと茹でソーセージも付いていて、どの料理もおかわり自由である。
「あとはシュレ様来たしデザートがいるよね。そうだな……たまごにはまだ余裕があるからプリンかフレンチトーストかどっちか作るかな?」
「どっちもどっちも!」
ボソリと呟いた俺にオーランドが涎を垂らして背後から声を上げる。
プリンは初めて作った日からオーランドの大好物だ。
デザートと聞こえたのだろう、デイジーがいそいそと近寄ってきたので作る人に確認する。
「デイジー、うちのリーダーが欲張りなんだけどどうする?」
「途中まではほぼ一緒なので両方作れますよ。でも贅沢品ですし、アウグステンブルク様以外の方はどちらか一つで良いと思いますよ」
「そっか。そうだね。じゃあそうしようか」
そう言ってメニューを小さな黒板に書き、テーブルの上に裏返して置いた。
選択肢のあるメニューの時はこうしておいて、好きな方を選んでもらう様にしているのだ。
字が読めない者も居るので絵を描いて説明を付ける事もある。
デザートは温かプリンか小ぶりのフレンチトースト。
卵と牛乳、砂糖とパンを取り出せばジャックが手際良くパンをカットしてくれる。
それを受け取り軽く水分を飛ばす。
こうする事で卵液を吸いやすくなるのだ。
デイジーがボウルに卵を高速で割り入れ、チャカチャカとかき混ぜる。
テレビで見たパティシエも真っ青な手際である。
五十人強の料理だ。
作る量も半端じゃない。
しゅぱぱぱぱと手が何本にも見えるくらい早く動かして大量のプリンやフレンチトーストを作っていく。
二人が調理をしてくれている間に竈門と蒸し器を用意していくのが俺の仕事だ。
こうやって料理だなんだとサポートをしている為、俺達は実働時間と夜の見張りの時間が短い。
見張りに至ってはオーランドとヤンスさんがまとめてやってくれているだけである。
俺達とローテーションを組まされるパーティから不満が出るが、上位パーティ全員から睨まれてぐうの音も出なくなっていた。
彼等はご飯だけがこのクエスト唯一の楽しみなのだと言って憚らない。
文句があるならお前達が、俺達に匹敵するくらいの食事を用意してから言え、と言われれば誰も何も言えなくなっていた。
何せ俺達のこの材料は数年掛けて集めた物だから、彼等には真似できない。
俺の【アイテムボックス】が時間停止な上、容量無制限だからこそ出来る荒技である。
さて、改めて食事だが、隣で保存食を配給し、ウチに支払っているパーティには食器を出してもらって、そこに料理を載せていく給食スタイル。
食器を持っていない人達はスライスした木の板だ。
稀に付くデザートに関しては選択式で、両方食べられるのはうちのパーティとシュレ様だけ。
一応シュレ様も、表向きは片方だけにしてもらっている。
このあとのお茶の時間にもう片方を紅茶と一緒に出すので結果的に両方食べれるというわけだ。
「おい、金を払っているのだから早くしろ」
「お金は皆さんから頂いていますよ。倍払っていただきましょうか?」
「ああ言えばこう言う平民だな?!」
「先日の話が理解できていない様ですね?」
例のアイツを含む『三剣の華』がセーフティルームに来るととても騒がしい。
相変わらず俺達を平民平民と騒ぐが、貴族の子である彼よりも準貴族の地位を与えられている俺達の方が一応上である。
そこの所をどう考えているのだろうか?
ムカつくのであえて量が少ないやつや切れっぱしを渡す様にしている。
「うるさいな!おい、そのデザートは美味そうだ。両方寄越せ」
「これは一人ひとつです。どちらか選んでください」
「お前では話にならんな!おい、そこの端女!お前が皿に乗せろ!」
周りに迷惑が掛からぬ様にと対応していると、コイツはデイジーに向かって“端女”と言い放った。
ぶちりと何かの切れる音がする。
許せない。
殴り掛かろうと手を伸ばしたが、別の手が奴に一瞬早く届いていた。
「誰が“端女”だと?クソガキが。キリトがこれだけ言っても理解できないのか?お前の態度は周りに迷惑だ。お前達のパーティへの支援を止めても良いんだぞ?」
「な……っ!」
ブチ切れたのは俺だけではなかったらしい。
オーランドが奴の襟首を掴んで持ち上げている。
ギリギリ爪先が着くか否かの位置まで持ち上げられていて狼狽えるクソ野郎。
俺の行き場の無い振り上げた拳の立場……。
リーダーが「パーティへの支援を止める」と口にした事により、顔色を悪くした『三剣の華』の他のメンバーが泡を食って駆け寄ってきた。
「うちのメンバーが申し訳ない!」
ばっと勢い良く頭を下げてオーランドに謝罪するのは【アイテムボックス】持ちの大柄な盾持ちの男性。
オーランドは無表情に彼を見てオッペケ野郎を放り捨てる。
頭を下げている男性の足元に不様に転がった後、勢いよく起き上がって仲間にくってかかる。
「ライムント!其方っ!」
「ヨハンネスお前は黙っていろ」
「グッーーー……」
何事か言い返そうとして他のメンバーに殴られ気絶させられる。
槍使いの男性が奴を受け取り、引きずって連れ出していった。
「ヨハンネスの無礼は自分が謝罪する。アイツや自分の分は支援を切っても構わないが、どうかパーティごと支援を切るのだけは勘弁してくれ」
深く頭を下げて訴えるライムントと呼ばれていた男性。
他の女性剣士達も同じように頭を下げる。
唯一背後に立つ赤髪の女性リーダーだけが申し訳なさそうにこちらを見るだけだ。
貴族らしいので謝るのは負けだとでも思っているのだろうか?
正直言って不快以外の何物でもない。
「リーダーだっつー割には自分のパーティメンバーの行動を指導する事も出来ない上に自分では謝ることもできないんだな?」
ハッと鼻で笑うヤンスさんに彼女は眉を顰め、改めてこちらに向き直る。
デイジーに向かって進み、深く膝を折る。
「わたくしのパーティメンバーが不適切な発言をして貴女を傷付けてしまいました。心よりお詫び申し上げます。本日・明日の食事はわたくしたちは遠慮させていただきますのでどうか心安らかにお過ごしになって」
「え?え?あ、あの……っあわっあわわ」
貴族的な謝罪にデイジーがパニックになっている。
多分それすら計画通りなのだろう。
それを見てじっと返事を待つ『三剣の華』のリーダー。
その顔には「わたくしが謝ったのだから当然許すもの」という傲慢さが透けて見える気がする。
彼女は自発的に謹慎すると言っているけど、でもそれって明後日は当たり前に食べに来ると言っている様なものだよね?
まだデイジーは許してないし、俺だってオーランドだって「許す」なんて一言も言っていない。
なのに既に許されているかの様な物言い。
謝れば何をしても許されると思っているのでは?
少しモヤモヤした気持ちを抱えてデイジーを見れば泣きそうな顔でこちらを見ている。
(迷惑を掛けた上にデイジーに心労まで掛けて……っ)
怒りに目の前が赤く染まる。
オーランドに視線を送るとひとつ頷きこのまま引導を渡してしまえ!とアイコンタクト。
しかし、オーランドはヨハンネスと呼ばれるオッペケ野郎の支援のみ切ることを宣言した。
伝わらない俺の怒り。
どうして……っ!
「既にこちらがそちらのパーティに対して貸し出しとしている毛布や炬燵に関しては使用を認めるが、これ以上のサポートはしないし、アイツへ食事は今後一切渡さない」
険しい表情のオーランドがデイジーを背に庇いながら言い放つ。
デイジーが「許す」とは言っていないし、「立っても良い」とは言っていない為、彼女は膝を折ったままである。
ここで立ち上がれば非難は免れないので立つに立てないのだろうけど、ものすごい体幹だな、と現実逃避的に考えてしまう。
「また、これ以上オレ達や周りのハンター達に迷惑をかけるのであれば『三剣の華』への支援自体を切るつもりだ。勿論貸し出している物品も全て回収させてもらう。これは他のハンターも同様だ。この食料や防寒具はオレ達が自分の為に用意した物を善意で貸しているに過ぎない。国からの支援では無いのだから今から全てをやめると言っても貴女方に苦情を申し立てる権利はないし、国からオレ達が責められる事もない」
ここにいるすべてのハンターに聞かせる様に大きな声で話していく。
何度でも言うが、この冬の時期に新鮮な食材が食べられる事、ダンジョン内で温かい料理が摂れる事、快適に過ごせる事など、余程の準備をしていなければ本来ありえない事だ。
また、上位ハンターのみとはいえ、一冬の間食料や薪類、防寒具を提供など国が計画的に用意していなければ無理中の無理な話である。
今回の様な突発的な出来事に対応出来たのは俺が冬の商売をする為に用意していたからであって、ただの偶然。
本来なら今の下位ハンター達と同じ様に寒さと空きっ腹を抱えて縮こまることしか出来なかったはずだ。
既に充分すぎるほどに俺達の恩恵にあずかっている。
「監督責任を持てないのであれば問題を起こす者や起こしそうな者をここに寄越すな。問題を起こした時点で連帯責任だ」
低い声でヤンスさんが言い添える。
『三剣の華』の様に問題を起こした後に謝れば許されると思っているなら甘い。
彼女達も彼のわがままが通れば自分も、と言うつもりだった腹の内が見え見えだった。
正直全員不可にしてしまえと俺は思っていた。
しかし、オーランドは今回の事はみせしめであるので奴だけの責任にした様だ。
少しわがままを言えば、武力で脅せば、そう思っていたであろう者達がぶるりと震えた。
「貴方方の主張は理解しました」
静かにそう言って『三剣の華』は去っていった。
主張は理解したけど納得はしてないし、それに従うとも言ってない、そう屁理屈を捏ねる姿が幻視出来たんだけど、俺の気のせいかな?
お金さえ払えば良いとか思ってない?回収する時は一気に全部やるよ?
元貴族だとか女性だとかは関係ない。
だって自分達で用意してないんだから元々の状態に戻るだけだもんね。
ヤンスさんの麻痺魔法を使って動けなくした上で、貸し出していた全てを回収させてもらう。
炬燵も炭も薪も毛布も。
それくらいは覚悟の上だよね?
剣呑な食事の配布が終わり、やっと自分達の料理を持ってタープの中に入る。
自分達の分は【アイテムボックス】に入れていたので熱々状態である。
「いやー、中々面白い見せ物だったねぇ」
「お騒がせいたしました」
タープの中から小太りの男性と数人の騎士がこちらを迎えた。
今日は寒かったので断熱マットと炬燵に入って食事を摂っていたシュレ様御一行である。
あのトラブルが発生した時点で既にタープ内でお食事中だった。
横の幕を降ろして、もう一面も断熱のために幕を張っていたので『三剣の華』にはシュレ様は見えていない。
万一シュレ様の姿が見えていたらあそこまでアイツをのさばらせたりはしなかっただろう。
いつもの様に早々に止めていたはずだ。
おそらくプリンとフレンチトーストどちらも欲しかったんだろうな。
シュレ様が入っているが、俺達も遠慮なく炬燵に入り、食事を摂り始める。
ダンジョン内でお邪魔しているのはシュレ様側だから気にするな、と言われ続けている為だ。
はじめは緊張していたが、流石にもう慣れた。
渡された塩っぱくて硬くて少ない保存食をスープに入れたり、流し込んだり、【アイテムボックス】に放り込んだりして、食事を楽しむ。
俺達のデザートは大きめのフレンチトーストに生クリームとスライスした苺、その上に苺のジャムが掛かっている。
俺の知ってる現代日本のジャムに比べると甘さ控えめだし、生クリームも言うほど甘くないあっさりとした味である。
なのでもっと甘くしたい人には蜂蜜とメープルシロップもある。
プリンはビッグサイズだ。
上にはリンゴの飾り切りがのっている。
「相変わらず美味しそうだねぇー」
シュレ様も同じデザートを食べている。
俺にはちょっと甘過ぎるのでクリームもジャムもなしで、ヨーグルトを掛けてあるが、デイジーもシュレ様もクリームを追加して蜂蜜もたふたふと掛けていた。
見てるだけで歯が痛くなりそうだ。
エレオノーレさんはメープルシロップの方が好きらしく、それなりに掛けているが、量が食べれないので途中からはジャックの口に入れている。
くそ、いちゃいちゃしてやがる。
「いやー、もうね、これ、地上の貴族の食事より豪華だよ?苺なんてこの時期絶対に食べられないからね?」
そう言ってチラリと空になったお皿に目をやるシュレ様。
はいはい、おかわりですね。
残ったフレンチトーストをカットしてグラスに入れて、上にプリンと苺とクリームを乗せて蜂蜜を掛けたパフェもどきをパパッと作って渡すと目を輝かせて受け取った。
パフェというかトライフルの方が正しいのかもしれない。
デイジーとエレオノーレさんからものすごい視線を感じるので今度の休憩時間にでも出してあげよう。
デザートを食べながら先ほどのトラブルをきっかけに、下位ハンター達がしんどい事を進言する。
どうにか月に一度でもいいので、国側でお金を負担して彼等に温かい食事を配る訳にはいかないか?
そう聞いてみたが答えは「無理」
彼等分の料金を国側が持つには高すぎる。
鍋くらいなら用意するけど、薪は今の分で限界だから自分達でどうにかしてね、だそうだ。
その辺をどうにかして、保存食をお湯に入れて自分達で作るなら良いんじゃない?との事。
うーん……。
いや、マジな話彼等の視線が痛いんだよ。
塩やヤカンすら自分達で持ってないってなんなのマジで。
ハンター稼業舐めすぎではないだろうか?
甘みの少ないさつまいもならお馬さん達用にいっぱいあるんだけど、それを蒸して放出するか……?
ボソリと考えを口にしたところヤンスさんに反対された。
この状況で無償配布などした日には毎日やれと詰め寄られるだろうと言われた。
下手したらデイジーやエレオノーレさんの身が危ない。
人質に取るなりなんなりして自分達の分を用意させようとするに違いないらしい。
難しいね。
あと、お風呂に浸かれないことが大分しんどい。
クリーン魔法で清潔にしているし、タライ風呂も二日に一回はやっているものの、それでもたっぷりの熱いお湯に肩まで浸かりたい。
やろうと思えばすぐに出来るが、悪目立ちするので駄目だそう。
そうですか。
はぁ。
ストレスたまるなぁ……。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブクマ、感想、評価、誤字報告とっても嬉しいです。
ありがとうございます。
めちゃくちゃ励みにしています。
ここから先は結構しんどい話が多くなりますが、頑張ります。
どうかお付き合いください。