指名依頼 6
※グロ注意(一応ぼかしてはいます)
部屋中に広がる鉄錆の匂い。
嫌な予感に中を覗けば、途端に酸っぱいものが込み上げてくる。
必死でそれを抑え込み、女性陣を中に入れぬ様視線で止めた。
「は?!何だこれは……っ!!?」
「ひどい……っ」
「ーーーーーッ」
そこには惨劇があった。
背中から斬られたのであろう騎士達の死体が幾つも転がり、至る所に血のシミが赤黒く残っていた。
彼等の手には剣が剥き身で握られており、おそらく仲間割れをしたのだろうと推測できる。
隅の方には少し前に斬られた者達が積み重ねられており、装備品や服装から小間使いや下位貴族達だと知れた。
彼等の肉体には一部不自然に欠損している部分があったりするがそれがどこに行ったのかなんて考えたくない。
考えたくないったら考えたくない。
「食料の為に先ずは口減ししたって訳か……」
「いや、あれは…食、材に……?…………いや、すまない、忘れてくれ……」
ヤンスさんが苦々しく吐き捨てる。
パウルさんも混乱しているのか思わず考えが口からこぼれ落ちた。
なんとも言えない嫌な気持ちが広がっていく。
短い黙祷の後、片付けを開始した。
たとえどんなに嫌な貴族だったとしても、せめてご遺体だけは家族の元に返してやりたい。
そう口にすれば皆無言で動き出した。
ジャックと女性陣は部屋の外でしばらく待機してもらう。
込み上げてくる吐き気を飲み込みながら傷だらけの遺体を収納していく。
ダンジョン内で死体は地面に吸収されるのでは?と聞くとセーフティエリアは例外らしい。
どうにもドロップ品を置いておいても消えない事が関係してるらしいが、その辺を研究する者がいない為詳しくはわからないそうだ。
オーランドやヤンスさん、イェルンさん達が散らかった天幕や備品の残骸を集めて、使える物、使えない物に分ける。
更にその使用できない物を可燃性と不燃性に分けた。
可燃性の物はこの後の焚き火の燃料になるらしい。
不燃性の使えない物は通路に放り出せばそのうち消えるのだそう。
遺体を収納し終えたら、血塗れだった床をクリーン魔法で綺麗にしていく。
ぱっと見綺麗に見えてもまだ血の匂いが漂っている気がする。
今晩泊まる場所だ。
念入りに丁寧に……。
鉛を飲んだかの様に胸が重い。
幾つか転がっている装備品はどれもこれも傷だらけ、血だらけだった。
一番装備の良い、おそらく騎士団を率いる者だったのだろう壮年の男は、うなじにナイフが深々と刺さっていた。
恨みか、一番食料を持っていたのか、もしくはそのどちらもか、俺達には判別が付かないが、隅に集められていた者達に手を掛けたのはこの人なのだろう。
死者を責めたいとは思わないが、引き金はきっとこの人な気がする。
じゃなかったらこんなグリップが埋まるくらい力一杯ナイフを振り下ろさないと思う……。
「ここの弱い魔物相手に籠城して、食料の奪い合いをするなんて……」
「多分コネだけの騎士団だったんだろうさ」
『三本の槍』メンバーがボソボソ会話している。
小さな声なのに妙に響いて耳障りに感じた。
隅から隅まできっちり清掃が終わった頃、ガヤガヤと大人数が近づいてくる。
「『白銀』と『三剣の華』の二組がこっちに来ているわよ。もう通しても大丈夫かしら?」
「掃除は終わった。エレオノーレ達も入ってきな」
中を覗かぬ様、声を掛けてきたエレオノーレさんにオーランドが答えた。
入ってきた二パーティは部屋を見渡して感嘆の声を上げる。
やっぱりあの惨状を見ていたんだな。
まぁ、彼等の仕事は露払いと先に進む事だ。
この部屋の掃除や弔いなどでは無い。
ささくれた心を何とか言いくるめる。
その晩は神官達の祈りと皆で黙祷を捧げてから食事を摂った。
決して食欲がある訳ではないが、食べねば明日の自分の身が危うい。
エナジーバーをちびちび齧り、水で流し込みながらやるせない気持ちに蓋をする。
精神的な疲れもあり、早々に休みを取った翌日、改めて地下一階の掃討に入る。
休みは取ったが眠れた訳ではない。
それでも目を閉じて横になって身体を休めただけでだいぶ楽になった。
失われた命は帰らない。
今はこれ以上の被害が出ない様に努力するしかないのだ。
シュシュフロッシュにオオイワトカゲ、偶にオオイワトカゲキング、ダブルホーンラビットとオーガブレーダーマウスはズッ友。
他にも岩蛇や虫系の魔物がわんさかいた。
一匹一匹は冷静に対処すればちゃんと倒せるのだけど、こうも次から次へと襲い掛かられてはたまらない。
風の障壁を作ることを思いつかなければ俺達にはかなり厳しい環境だったと思う。
まだ、溢れる程では無いと言われていたが、もういつ溢れてもおかしくはない程に魔物の密度が高い。
その日の夜、追加の掃討担当パーティも追い付いてきた。
どうやら地上二階フロアも片が付いたらしい。
明日からはフロア担当を決めて上下五階分を正常化させていく予定らしい。
先に進むAランクパーティはそれぞれ五階のセーフティエリアを拠点として探索と討伐を行う事になっている。
一組のBランクパーティは連絡要員として各フロアを周り、足りない資材や薬などを配分するらしい。
話を聞けば、『白銀』の後輩パーティで実力派、もうすぐAランクと目されるパーティなんだとか。
それ以外のBランクパーティは一つのフロアに三組ずつ配置される。
『三本の槍』と俺たちは地下三階の担当になった。
地下二階、地下三階のセーフティエリアでも上と同じ様な惨状だったのでかなり精神が擦り切れた。
ここの貴族達はなんなの?
同じ様な事ばっかしてる。
周りの迷惑考えて。
地下二階は任せて三階の清掃を行った。
前回と同じく黙祷を捧げた。
今回から他にもう一組のBランクパーティが配置されている。
だが、彼等は何故かあまり交流したがらない。
いや、血塗れの部屋で仲良くしましょ、とはいかないけどさ。
あと、『飛竜の庇護』と『三本の槍』がかなり親密なので間に入りづらいのもあるのではないかと思う。
教導を受けていただけあって一つのパーティと言っても過言ではないくらいだと言われた事もあるくらいだ。
地下三階は、上の階では出なかったボラーレポルコスピーノがワラワラといて、怪我人が続出している。
攻略法を説明しても、タイミングよく風魔法を使うのが難しいらしいのだ。
俺達はヤンスさんが良いタイミングを教えてくれる為、何とかなっているが、それでもオーランドやジャックも擦り傷や切り傷がジワジワと増えてきている。
無理をせずこまめに休憩をしにセーフティエリアに戻り、デイジーをはじめとして回復魔法の使用できる者達が総出で治療にあたる。
治療が終われば一息ついてまた掃討に戻る、の繰り返しである。
連絡要員として巡回に来ているハンターの判断で、たまに他の階の人達が怪我人を運び込んできたりもした。
そういった場合、一旦全員でセーフティエリアに戻る事も多い。
どうやら他のフロアにいる回復担当があまり上手でなかったり、魔力切れだったりするらしい。
まあ、一パーティに三人も回復魔法の使える人間がいるうちのパーティがおかしいのだろう。
そう言えば『白銀』のメンバーは何度か見たが、『三剣の華』は一度も見ていない。
おそらくあの回復役のリーダーがすごい技術を持っているのだろうな。
あんな綺麗な人に回復してもらったら惚れてしまうかもしれない。
自分が怪我をしてあの人に治療してもらい優しく微笑まれるのを想像しただけでドキドキが止まらなくなった。
基本は担当フロアに泊まり、七日に一度地上に出て休む。
正常化したら一階ずつ前に進む、を繰り返して何とか現在俺達は地下十五階まで進んでいた。
俺たちがいなくなったフロアにはドドレライスデンのCランクのハンターが入り、少しずつ湧く魔物を彼等のペースで掃討していく。
正直彼等に旨味は全くない。
手に入れた素材はすでにギルドでだぶついていて、売っても二束三文だし、報酬もかなり少ない。
食事と寝る場所だけは確保されているが、それも充分とは言い難い。
そして何より浅い層は寒い。
特に地下一〜三階は冷気が溜まっている。
俺達みたいに豊富な拠点アイテムなどないのだから、彼等は震えながらお互いの体温で温め合うより他にないのだ。
にも関わらず彼等はこの仕事をするしかない。
自分達の住む街を守る為……ではなく、「一冬の衣食住保証」の言葉に釣られて契約書にサインしてしまったのだから。
たとえ量が少なく、冷たく、味気なくとも食料は支給されているし、セーフティエリアでは毛布が一人一枚配られる。
薪は火を絶やさぬ程度には運び込まれているし、七日に一度は地上に戻って宿で宿泊できる。
圧倒的に彼等の想像を下回っていただけで、最低限は保証されているのだから、いくら苦情を申し立てたところで受け入れてはもらえないのだ。
後方が大変なことはさておき、俺達だってかなり大変で、その上危険と隣り合わせだ。
現在、先頭の二組が地下十五階層まで進み、俺達は十三階層担当である。
謎解きに関しては渡された地図に載っている。
変わっていた場合は先行パーティが解き明かして後続に伝達するので無駄な時間が掛からない。
代わりと言ったらあれだけど、正直かなり敵は強い。
風の障壁で一〜三匹程度に小分けしていかないとまともに戦えない程だ。
あまりにも敵が溜まってきたら、周りに声掛けをしてアブソリュートゼロで粉砕したりもするが、そう何度も使える手ではない。
何より俺が魔力切れになると風の障壁を張れる者が足りなくなってしまうし、逃げるのも難しくなる。
前面の魔物側に一枚と後方からの攻撃を防ぐ為に一枚、そして後衛である俺達自身を守る一枚の計三枚。
一度に俺一人で張れないことは無いけれど、デイジーやエレオノーレさんと手分けして張っている。
これまた魔法を使える人間が三人いるからできることだろう。
他のハンターパーティはどうやっているんだろうな?
あと、両生類の魔物がまた一種類増えたのが俺的に一番辛い。
ギフトレプディラマンダーと呼ばれるオオサンショウウオにそっくりの魔物で、ヌメヌメぬらっとした灰茶色の表皮に麻痺毒効果を持つ体液を纏っている。
この体液がかなり厄介で、気化して周りに麻痺効果のある霧を撒き散らすのだ。
小型犬くらいのサイズではあるが、俺やデイジーでも殴り殺せる程度に弱い。
だが、逃げ足は驚くほど速い。
そして獲物に対して粘着質だ。
周りをうろうろ付き纏い、攻撃は避け、逃げつつ麻痺で動けなくなったところに襲い掛かる。
単体では問題ないが、数匹が纏わりついてきているタイミングで強い魔物に出会うと最悪である。
その為見つけ次第排除しなければ苦しむのは自分達だ。
もう察してもらえたと思うが、何故か奴等の獲物に認定されるのは俺ばかり。
痺れて動けない状態で、ぺちょりと足に触れたアイツの感触がいまだに消えないのだ。
しかも、階を降る毎にだんだん大きくなってきている。
子犬のチワワサイズだったのが小柄な柴犬くらいになって来ているのだ。
恐怖以外の何物でもない。
シュシュフロッシュと同じく見つけ次第デストロイ!
あと、最初の頃と変わったのが食事事情だ。
塩辛い保存食ばかりで耐えられないと騒ぐハンター達が増えた。
原因は取れた肉を調理している俺達にあったと思うが言いっこなし。
自分達で焼けば?と言うのは簡単だが、そもそも彼等には調理器具が無い。
このダンジョンは石造りの塔なので地面に棒を刺す事も出来ないし、木の枝など落ちているわけがない。
そうなればどうやって焼くか?
焚き火の中に丸ごと放り込み、外側の焦げを剥がして食べるのだ。
そんな調理をした肉が美味いわけがない。
そりゃ食事事情が悪いと騒ぐに決まってるよな。
まあ、週に一回地上に戻れるんだからそこで買ってくれば良いんだけど、お金が無くてここにいる人たちばかりなのでそれも難しい様だ。
そうして紆余曲折の末、先行班の上位ハンター達にだけ有料で食事を振る舞う事になったのだ。
毎回精算するのは時間がかかる為、最初に大金貨を人数分もらって、このクエストでダンジョンにいる間は料理を配給する。
契約が早かろうが遅かろうが料金は均一。
大金貨は日本円で考える一千万円なので、正直かなり高額。
でも、高額に思えるかもしれないが、この寒い中毎食必ず暖かくて美味いスープと焼きたてパンが付く。
しかも素材は新鮮。
まれにデザートもつく。
別料金だが、炬燵のレンタルもある。
天幕用のマットの貸し出しも数量限定で行っている。
二日に一度希望者には別途有料(小銀貨一枚)で風呂も提供している。
衝立とタライで作った簡易風呂だけどね。
この時期に新鮮な食材を食べることが出来て、暖かく清潔に、そしてダンジョン内で少しでも快適に過ごせるのなら大金貨一枚は安い。
はじめは出し渋っていた他の高位ハンターたちも俺達や『三本の槍』の快適さに負け、随時参加していった。
わざわざ転移陣などを利用して降って来て、俺達のいるセーフティエリアまでやってくる始末である。
デイジーやジャックは料理を沢山作らなくてはならず、大変だが、皆から大好評であった。
苺をデザートで出した時には、『三剣の華』のリーダーが潤んだ瞳でお礼を言って行った程だ。
うっかり新たな扉が開きそうになったよ。
でも、下位ハンター達は先立つものがなく涙を飲んで見ているだけだ。
それがより辛く感じさせるのだろう。
稀にお肉系の魔物がいっぱい取れたら焚き火台(焼き網付き)を大銅貨二枚でレンタルしているが、焚き火台は二つしか持っていない為早い者勝ちである。
とはいえ、そうやって俺を睨まれても無理なもんは無理だもん。
本来は自分で用意すべき物でしょ。
あと、俺達回復担当者を纏めて一フロアに置いておく案が出たが、万が一そこが潰されて仕舞えば大惨事だし、各パーティが立ち行かなくなるので却下された。
その提案を出した者は自分のパーティに回復役がいない人達だった。
回復魔法を使える人はかなり少ないのだ。
また、使えても回復量が少ないのは当たり前。
俺の周りには結構いるから気付かなかったけど、確かに最初の頃にヤンスさんになんか言われた気がする。
そんな状態なので、毎回頭を下げて治してもらうのが嫌だったり面倒だったりしたのかもしれない。
都合よく利用しようとしてるのがミエミエだとAランクパーティがキレていた。
仕方ないので休憩時間などで一緒になった時に、有料(小銅貨三枚)で医学書を見せることにした。
身体の仕組みを理解することで効率よく回復させることができるようになる。
全体の底上げは大事である。
……毎回呼び出されてたらめんどいしね。
お金を払ってまで借りるのはやっぱり高位ハンターばかりだったけど。
途中何回か様子を見にシュレ様が見回りのハンターと騎士に囲まれて降りて来たが、必ず俺のところに来てデザートを食べていく。
小太りさんから分かる様に食べることが大好きな食いしん坊さんだった。
他の高位ハンターや騎士達も苦笑いでそんなシュレ様を見ていた。
これが後であれ程尾を引くとはその時の俺達は微塵も思わなかったのだ。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブクマ、感想、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、やる気が出ます。
誤字報告も大変助かります。
いつもありがとうございます。
この先も頑張ります!
案の定騎士達は仲間割れしてました。
ここの街の貴族は腐っていました。
そしてこの展開をすでに察している方々が沢山居てびっくりしてます。
私自身にグロ耐性がない為やんわりした表現ですが、苦手な方、期待されていた方には申し訳ありません。
これが私の限界です。
生温かい目で見ていただければ……。
回復魔法に関してはEP22でヤンスが「ヒールってさ、『元の状態に戻す』魔法な訳。神聖魔法だし、かなり高位の魔法だしで、使える奴もめっちゃ少ないし、魔力もゴリゴリに使うしな」とお話しておりました。
この、『元の状態に戻す』というのはこの世界の勘違いですが、高位の魔法で使えるハンターが少ないのは事実です。
デイジーみたいにパーティに参加してくれるのは孤児院出身者がほとんどです。
また、魔力も沢山使います。
……というのも語弊がありますが。
霧斗の様に環境魔素を使ったり、人体について詳しくないと非効率に魔力が使用されて、結果、微妙な治り方になってしまいます。
その為“魔力を沢山使う”という感覚になります。
デイジーやエレオノーレが治癒出来るのは医学書と霧斗の情報の補完のおかげです。
とは言え、お医者さんでも医学生でもないので程々の現代知識と医学書を見ての情報補完なので、霧斗も女神に助けてもらわないと骨折とかくらいまでしか治せません。
自力では臓器破裂とか神経修復とかは無理です。
この辺を上手く作中で表現できる様になりたいです……。
……が、がんばります。
6/25のバージョンアップで毎日ランキング通知されてなんだかとてもドキドキしてます。
このシステムしゅごい……。
癖になりそうデス。




