指名依頼 4
少し長いですがキリが悪かったため一気に載せます。
微妙にご飯回から抜けきれていません。
馬車に近付く人の気配で目が覚める。
コンコン、と軽く乗り口の扉をノックされ「交代だ」と小さな声が聞こえてきた。
オーランドとヤンスさんがむくりと起き上がる。
奥ではデイジーが身だしなみを整えていた。
結局三人ずつで見張る事にしたので俺とジャックとエレオノーレさんは最後である。
布団を被り直してもう一眠りすることにした。
お母さんあと五分……むにゃ。
優雅な二度寝はすぐに終わり、ヤンスさんの容赦ないチョップで起こされた。
「キリトちゃん、今ので一回死んでんぞ?クエスト中なんだ、もう少し気を引き締めろ」
「ズビバゼン」
何の身構えもなくくらった攻撃に目を回しつつ謝る。
一応声は掛けてくれた模様。
確かに他のパーティが見張りをしていた時はこんなに弛んでなかった。
仲間が見張りをしてくれると思ったからこそ気を抜いてしまったのだろうか?
うーん、まだまだ修行が足りないな。
馬車の外に出ると既にエレオノーレさんとジャックが降りて顔を洗っていた。
エレオノーレさんが出したままの水球をお借りして俺も顔を洗い始める。
キン、と冷えた空気の中冷たい水に指を突っ込めば痛い程で、嫌でも目が覚めた。
タオルを取り出して濡れた顔や腕を拭き、サッとクリーン魔法を通して【アイテムボックス】に入れ直す。
「あ、こっちもお願い」
「わかりましたー」
エレオノーレさんが二人分のタオルを渡してくるのでどちらもクリーン魔法を通して返す。
お互いに出したり消したりするよりもどちらかが出したものを使う方が魔力も時間も短縮できて良い。
探索魔法でさっと安全を確認して、早速昨日のシチューをとろ火で煮込み始める。
火からおろしてすぐ【アイテムボックス】に入れていたので中身は温かいままだ。
冷える時に味が染み込むと言うが、おでんならともかく、シチューはこのままでいいかな。
おでんは足りない材料が多過ぎていまだに作れない。
こんにゃく、はんぺん、ちくわに練り物、あとあのお出汁は何で出来てるの?
おでんに思いを馳せながら鍋内に焦げつき防止の水流を生み出す。
「それ、スジ肉シチュー?」
「はい、そうですよ」
「うふふ、いい匂いね」
ひょこっとエレオノーレさんが鍋を覗き込んで聞いてくる。
良い匂いと言われたがまだ完成していないので無理である。
せっかく近くにいるので手伝ってもらうべく、味見の皿ではなく昨日仕込んだパン種を手渡した。
にっこり笑って渡せば、エレオノーレさんもにっこり笑って受け取りそのままジャックにリレーする。
ジャックはそんな奥さんにとろける様な笑顔を見せて、まるで騎士が姫から剣を授けられるかの様にしてボウルを受け取る。
まあ、わかっていた事だけどね。
エレオノーレさんは諦めて離れて行った。
「プレーン?」
「そうだね。何か他に欲しい素材ある?」
ボウルを覗いたジャックが確認して、追加の材料を聞く。
そのままジャックはエレオノーレさんに視線を移した。
「今日は葡萄パンが良いわ」
「レーズン」
「了解」
焚き火に薪を放り込みながら見張りをするエレオノーレさんが笑顔で答えた。
このやり取り、ぶっちゃけ最初っから本人に聞けば良い話だろって思うけど、夫婦のコミュニケーションであるらしい。
俺がエレオノーレさんに「何が良い?」って直で聞くとジャックが目を三角にしたあと、しょんぼりしてしまうのだ。
奥さんのリクエストを聞くのはいつだって自分でありたいらしい。
これを可愛いと取るか、めんどくさいと取るかは個人の自由だろう。
白み始めた空に湯気が立ち昇る。
今日は良い天気になりそうだ。
パチパチと焚き火が立てる音を聞きながらストレッチと各種素振りを行う。
エレオノーレさんやジャックも大きな音を立てない様に素振りを行っている。
一振り毎に身体の輪郭がはっきりとしてくるのがわかる。
全身に血と魔力が巡っていく。
それらは次第に熱を帯び、上着が煩わしく思えるほどになってくる。
今の時期、汗をかき過ぎれば風邪をひいてしまう。
軽く息が上がる程度で鍛錬を止め、竈門に戻る。
鍋の中身は水嵩が減り、とろりとして表面にうっすらと小さな油の玉が浮いている。
それは朝陽を反射してキラキラと輝いていて、大変に食欲を刺激する。
ワクワクしながら味見皿に少しだけ取り、こくりと一口。
丁寧に煮込まれたベーススープの味が生きていて、深いコクと旨味がぶわっと口に広がった。
野菜の甘みと香ばしい小麦の香りと豊かなバターのコク。
そして何よりオークの旨味。
オーク骨とスジ肉に僅かについた肉から滲み出る旨さは絶品というより他に無い。
自分の努力が実った感動に震えていると目の前に皿が三枚突き出された。
辿って見ればそこには仲良し夫婦が。
「出来たんでしょ?食べましょう」
「パン、焼けた」
昨日から出しっぱなしのタープとテーブルは既に準備が終わり、焼き立てのパンとカトラリーが並んでいた。
パンはホカホカと湯気を上げ、ティーコゼーを掛けられたティーポットが置かれている。
焼き立てのパンの香りにお腹が鳴った。
これはたまらんな!
早速受け取った深皿にシチューを注いでいく。
席に着こうとしたところでオーランド達が起きてきた。
「ハヨー!すげー良い匂いすんじゃん!オレ大盛りで!」
「キリトちゃんヤンスおにーさんにもよろしく〜」
笑顔で挨拶しつつ、朝ごはんを要求していく。
デイジーが水球を出して、三人が顔と手を洗い、ぱぱっと身だしなみを整える。
全員が皿とスプーンを持ってくるので給食の配膳よろしく注いでいった。
その後には『三本の槍』がいて、ヤンスさんにお金を支払ってお皿を持ってくる。
お金を受け取っているならば注ぐしかない。
ぐーぐるるーと鳴くお腹を宥めながら彼等にも配膳する。
うう、おなかすいたよう……。
「オイ、何でお前らまで並んでんだ」
「は?同じ依頼を受けたのに私達には寄越さぬというのか?」
『三本の槍』の後ろに何故か当然の様に皿を持って並んだ『三剣の華』のメンバーにヤンスさんが注意すると不満の声が上がる。
ギャイギャイと文句を言っているのは盾職の細い人だ。
あの人はなんだか嫌な貴族と同じ匂いがする。
自分が一番良い物をもらって当然だと思ってる感じ。
むしろ貰えないと損をしたと騒ぎ立てるタイプ。
この時期やクエスト中の食料の大切さが全然わかっていない気がする。
他の人達はそんなでも無いけど。
とはいえ、他の人達の手にもお皿はある。
ヤンスさんが怒ってるのはただで貰おうとしているからであって、俺としては全員分のシチューを作っているので、お金さえ払ってくれれば問題はない。
余ったら余ったで【アイテムボックス】に入れておけば後から俺達のおやつになるだけだから食べないのは一向に構わない。
でも、無料であげるなんて一言も言ってないし、他の人にも示しがつかないからそれを受け入れるつもりはないよ。
結局他のパーティメンバーもシチューを購入していった。
ごねたあの人以外は快くお金を支払ってくれたが、彼だけはお金を「恵んでやるよ」と言って渡してきたので「ありがとうございます」と受け取るだけでシチューを注いでやらなかった。
「何故食事を寄越さない?!」
「え?お恵みいただいたのですよね?食事の購入ではなく」
「なんだとぉ?!」
白々しく返すと彼はブチ切れていたが、周りの人達は爆笑していた。
何故か彼のパーティメンバーも笑っている。
ぶっちゃけ自パーティメンバーが馬鹿にされているのだから怒ってもおかしくないと思うんだけど。
それはそれとして、この人は立場をわからせてやらないと自分が一番偉いと勘違いしてしまうタイプの人だ。
あの態度で何故この食料が少ない時期のしかもクエスト中に食事を分けてもらえると思えるのか?
ちょっと理解に苦しむ。
「この食事は俺が一生懸命運んできて、作った料理なんです。冬籠りのこの時期、しかも持ち運べる量の限られるクエスト期間中に食事を分けてもらう立場を理解していますか?」
「な、なんだと?!平民の分際で!」
「今この時に平民か貴族かなんて関係あります?正当な料金を払う事も渋ったり訳の分からない理屈で偉そうになさる暇があるならご自分達で運んできた食事を取られてはいかがですか?」
こういうタイプの人に成功体験を植えつけてはならない。
最初が肝心なのだ。
心を鬼にして突き放す。
こちらは分けてあげている“上位の立場”。
あちらは分けてもらっている“下位の立場”。
それを最初にしっかり理解させねばならない。
犬に躾をする気持ちで毅然とした態度を取る。
ここで少しでも甘い対応をすれば彼はずっと居丈高に「命令」と称して寄生してくるだろうから。
「ーーーーっ!」
「まだ何か御用でも?」
一、二、三、四、五。
心の中で五秒待つが、歯軋りをしながら睨みつけるだけで、謝罪も支払いもない。
おそらく反省もしていないだろうが。
俺は溜息を一つ吐くと竈門と鍋を【アイテムボックス】に収納し自分の席に向かった。
残念ながら熱々だったシチューも焼き立てのパンも全て冷え切っていた。
あれだけ時間を使っていたのだから仕方ないけれど、本当についてない。
でもそれはここにいるメンバー全員だった。
俺を待っててくれたんだってさ。
奴のせいで冷え切った心の中はあっという間にぽかぽかに変わる。
魔法で全員の皿の中のシチューを温めて、急いで食べた。
パンは冷えていたがふわふわで十分に美味しかった。
ちなみに彼は食事も摂らずいまだにこちらを睨みつけている。
『三剣の華』のメンバーは二、三言何か話しかけていたが、とりつく島もないらしく、溜息と共に頭を振っていた。
リーダーの女性は冷たい瞳で静かに彼を見ていただけだった。
貴女方がその人をちゃんと教育してください。
はあぁっもう。
「よーーくやった!」
「頑張ったなキリト!」
馬車に乗った途端ヤンスさんとオーランドが頭を掻き回してくる。
パーティ同士の関係に問題が出てくるから怒られるかな?と思っていたがむしろ「良くやった」と褒められた。
協力と甘やかしは別物で、今回はとても正しい対応ができたらしい。
昨日の吹雪が嘘の様な晴天で、風は冷たくも心地よい。
馬車に繋ぎ直された馬達も元気いっぱいである。
夜の間にそこそこ積もった雪をいつもの様に除けながら先へと進む。
昼休憩や馬のための小休憩などの時も奴は言いがかりをつけにきたが、剣士のお姉さん達に物理的に止められて連れ戻されていった。
流石にこれ以上こちらに迷惑は掛けられないと判断した様だ。
その調子でぜひ更生させてください。
休憩時間等に炬燵用の炭を持って行ったり、温かいお茶を差し入れたりしていた為、皆かなり協力的だ。
しかも天気が良かったので予定よりも早く道程を進んでいた。
出発前に食べさせた角砂糖のおかげでお馬さん達がご機嫌だったからかもしれない。
そして、驚く事に今晩から俺たちの見張りは免除してくれるらしい。
その代わり明日も朝ごはんを作ってほしくて、出来るならもう少し安くしてくれると嬉しいそうだ。
そこら辺はオーランドとヤンスさんが交渉に当たった。
俺達もあの交渉術を覚えなくてはならないんだろうけど、二人に「キリトが交渉すると勝てるものも勝てない」と止められてしまうのだ。
仕方がないのでお任せした。
く、悔しくなんかないもんね。
見張りがある訳ではないので、夕飯と合わせて明日の朝ごはんも作っておくことにする。
沢山作りすぎても【アイテムボックス】に入れておいてあとでおやつや夜食にしても良いからね。
うちではいつも多めに作る癖がついている。
残り物はオーランドがよく小腹が空いた時に食べてるよ。
夕飯はジャックとデイジーに任せて俺は朝ごはんを作ろうと思う。
明日の朝ごはんは作る俺の独断と偏見で中華にしよう。
鶏がらスープと生姜の効いた中華風肉団子スープとなんちゃって肉まんだ。
寒いからあったかい汁物はマストだよな。
野菜をたっぷり入れて肉団子も大きめ、そして多めに入れて食べ応え抜群にしよう。
寒いからカロリーはしっかり摂らないとな。
余ったら卵を溶き入れてかき玉汁にしても美味しそうだ。
肉まんは以前レジーナがくれた惣菜パンのパン部分を柔らかいものに変え、蒸しあげたものである。
去年デイジーに協力してもらって作りあげたオリジナルレシピだ。
本物を知ってるのは俺だけなので些細な違いは気にしない。
美味ければ良いのである。
肉まんの具材はオークの挽肉と角切りにした茹で豚、玉ねぎ、干しキノコ、そしてタケノコに似た謎の野菜シュピッツシュパーゲル。
見た目はアスパラガスに似てるけど食感がタケノコの根本に似てゴリゴリしている。
味は美味しいんだけど、その食感で嫌厭されがちな不遇の野菜なんだよね。
肉まんに刻んで入れるともうほぼタケノコ。
癖がなくてコリコリした歯応えがアクセントになってめちゃくちゃうまい。
でも、エレオノーレさんはどんなに煮込んでもこの食感が残るのが嫌なんだそう。
なので今回はエレオノーレさん用のシュピッツシュパーゲル抜きも作った。
勿論夕食を作り終わったジャックがね。
肉だねを分けて作っていたら誰用なのかすぐに気が付いて「おれ、やる」と確保されてしまった。
エレオノーレさん専用の肉まんにはわかりやすい様に花びらマークの焼印を付けておいた。
え?焼き印はどこから出てきたかって?
魔法でちょちょいっと作りましたよっと。
そして作りながらふと思いついてピザまんもどきもアレンジして作ってみた。
パン生地に水の代わりにトマトジュースを入れて練り込み、ひき肉と角切りトマト、玉ねぎ、そしてチーズを入れて包む。
多分作り方は違うけど、ほんのり朱色なピザまんもどきので出来上がりだ。
ヤンスさんが気に入ってくれるかなー?
思った以上に、肉まんを包むのに時間が掛かったので、蒸すのは明日の朝にする事にして食事を摂る。
今日の夕飯は朝のシチューの残りを煮詰めて作ったグラタンと肉串にチキンコンソメスープだった。
少し焼け焦げたトロトロのチーズや、でっかいマカロニの中に入ったソースが何度も舌を焼くが、ヒールを多用して何度だって熱々に挑める。
むふふ、魔法のある異世界にきて良かった!
あつあつおいしい!
肉串もたっぷりニンニクが擦り込まれていてガツンとうまい。
女性達の串はニンニク控えめだそうだ。
他のパーティの人たちは晩御飯も匂いに釣られて覗きにきていて、ヤンスさんがニヤニヤとお金を請求していた。
肉串とスープだけの販売で、恨めしそうに熱々のグラタンを眺めて去っていく姿に少し申し訳なさを感じてしまった。
数人は素直にお金を払い、数人はお財布と相談して我慢する様だ。
相変わらず例の彼はタダで寄越すべきだの値段が高いだのごねて騒いでヤンスさんに蹴り飛ばされて仲間に引きずって連れていかれてる。
もしかしてアイツ学習しないのか……?
その晩はぬくぬくとゆっくり休め、朝早めに目が覚めた。
まだ寝ている他のみんなを起こさぬ様そっと馬車を出た。
冷たい風が頬を撫で、頭の芯まで目覚めさせる。
身体を伸ばし、ざっと身だしなみを整えてから見張りの人達に挨拶して竈門を取り出し、中で薪を組む。
鍋にお湯を入れ上に蒸し器と綺麗な布巾を設置して火をつけた。
準備が出来たら肉まん達をどんどんと入れていく。
スープは熱々のまま【アイテムボックス】に入っているので、あとは肉まんが蒸し上がるのを待つだけだ。
待っている間にストレッチと素振り。
だいぶ火が入ってきたのか肉まんの良い匂いが漂う。
見張りの『三剣の華』の人達が顔を出した。
「良い匂いがするな。もう出来上がったのか?」
「あ、いえもう少し蒸さないとですね」
匂いに釣られたのか目は蒸篭から離れない。
女性剣士が男言葉を使うのってなんかこう、倒錯的な美しさがあるよね。
往年のベルサイユの男装の麗人的な。
まぁ、あれはまた別物だけどさ。
「いつもヨハンネスが迷惑をかける」
「いえ、元貴族様なんですよね?立場の違いがすぐに理解できないのは仕方ないですよ」
そう、『三剣の華』の人達はほとんどが元貴族であるらしい。
貴族家の三男とか四男とかその辺。
女性剣士達はリーダーの女性アレクサンドラさんに剣を捧げていてそれに付いて来たんだとか。
アレクサンドラさんは見る限り高位貴族の娘さんに見えるんだけどその辺は触れてほしくないみたいだ。
槍使いの男性が唯一の平民であるらしく、彼女達の指標になっているらしい。
他のメンバーはだいぶ馴染んできた(自称)らしいのだが、あの人一人が未だ意識が貴族であった頃のままだと言う。
「私達もアレクサンドラ様も頭を悩ませているのだ」
「お疲れ様です」
溜息を吐く仕草は上流階級そのもので、多分貴女方の意識もきちんと変わりきってはおりませんよ、とは言えなかった。
あと、アレクサンドラさんはそれだけの権限があるならあの人に厳しい罰なんかを与えてくれれば良いのにね。
その後も二つ、三つ世間話をすると彼女達は見回りに戻って行った。
肉まんもピザまんもスープも好評だった。
でもヤンスさんがピザまんを五つもおかわりしたのは予想外だったよ。
「また作ってくれ」なんて言われたのは初めてだ。
ふへへ、なんかむずむずする。
そんな感じで歩いたら一週間程かかる道のりも、馬車なので四日ほどで着いた。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブクマ、感想、評価いつもありがとうございます。
日々励みに頑張ります。
誤字脱字報告めちゃくちゃ助かります。
いつもありがとうございます。
見直しているはずなのに何故こんなにも沢山間違っているのか……。
しょんぼりです。
ドドレライスデンに到着しました。
次回は例のあの人と再会します。