指名依頼 3
相変わらずのご飯回です。
野営拠点ができあがれば夕食の準備である。
幸いまだ四時を過ぎたばかりなので、結構手の込んだ料理が作れそうだ。
各パーティそれぞれお湯を沸かしたり、肉を焼くために薪を追加で拾ったりと思い思いに準備を開始した。
最低限の見張りだけ立てて、ばらばらと移動していく中、俺は薪が足りなさそうなので、道の脇に生えていた木をジャックと切り倒しに行った。
それを見た『白銀』の槍使いの人が「手伝うぜ」と手斧を持ってついてくる。
俺の腕に収まるほどの手頃な大きさの木をジャックに選んでもらい、二本程魔法でしゅぱっと切り倒して、倒れてしまう前に【アイテムボックス】へ収納。
野営地に戻って使える様に切り分けていく。
ざっくり丸太にするのは俺が魔法で、そこから薪サイズに割るのはオーランドと『白銀』の槍使いである。
丸太にした時点で軽く水分を飛ばせば結構簡単に薪割りが出来るのだ。
「うひゃー!君便利だなー」
「パーティに一人は欲しいね」
『白銀』の人達に褒められまくるが、“便利”だから“欲しい”と言われてもちょっと微妙だし、勧誘されても移る気にはなれない。
俺たちの作業に気づいたイェルンさんやパウルさんも薪割りの手伝いを始めた。
ぱかんぱかんと小気味良い音を立てて薪が割れていく。
『三剣の華』は盾持ちの身体の大きな人が手伝ってくれる様だ。
薪を邪魔にならない位置へ運んでくれる。
「すみません、ここに積んでいってもらっていいですか?」
「わかりました」
皆が和気藹々と薪割りを行っている間に俺とデイジーとエレオノーレさんはどんどんと薪から水分を抜いて程よい状態にしていく。
水分の抜けた薪はギルド職員に手伝ってもらって大体六分割して、積み直してもらう。
大体一時間程で薪割りも水分抜きも終わり、ウチが二、残りのパーティとギルド職員が一ずつになる様に割り振る。
これに異論は出なかった。
まあ、『三剣の華』から文句が出そうになりはした。
でもその瞬間、ヤンスさんに「文句があるなら自分で木を切ってくるか、金を出して買え」と言われて口をつぐんでいだ。
平和的に薪の分割が終わり、早速調理開始だ。
見る限り『白銀』や『三剣の華』はフリーズドライを試す様だね。
是非感想を聞かせて欲しいところである。
俺達もタープを出すと幕を下ろして風を遮り、その中に竈門類をいくつも並べる。
デイジーとジャックが言う通りに道具や材料を取り出していく。
材料を見る限りどうやら今日は煮込みハンバーグの様だ。
今から楽しみである。
二人が楽しそうに料理を始める横で、オーランドが最初に決まった見張りの順番を検める。
俺達は最後、早朝だった。
早くに野営を始めてしまったので、二人一組で短時間の見張りにするか、三人一組にするべきか悩んでいる。
普段の見張りに比べれば短時間なのでどちらでも問題はない。
リーダーの判断におまかせだ。
折角時間があるので、普段のジャックみたいに見張り時間に朝食も用意するべきだろうか?
それともダンジョンみたいにマナー違反なのかな?
そっとジャックに聞いてみると「問題ない」と簡潔に返ってきた。
じゃあ温まって腹持ちの良いとろみのあるスープでも作ろう。
まだまだオーク肉はアホの様にあるし、オークのスジ肉シチューでも作っておこうかな。
食事の間中煮込んでおけばトロトロのほろほろになるだろう。
俺は出来上がりの味を想像してごくりと唾を飲んだ。
大きな寸胴鍋を用意して、下茹でしておいた大量のスジ肉を取り出し切り分けて放り込んでいく。
いくつかの香味野菜を皮を剥いて丸のままこちらも放り込んでスープストックから透き通った豚骨スープをチョイス。
ジャックが沸騰させない様にじっくり長時間煮込んだこのスープを惜しげもなくぶちこんで、デイジー特製のブーケガルニをポイ。
このまましばらく沸騰させない様に注意しながら煮込んでいく。
煮込んでいる間にパン種を取り出してパンを作り始める。
丁寧に捏ねてボウルに入れると布巾を掛けて暖かい馬車の中でしばし寝かせる。
ここまで終わった段階で夕飯が出来上がった。
火を弱めて喜んでテーブルに飛んでいく。
トマト煮込みハンバーグとカボチャのポタージュ、青菜のあったかおひたし、焼きたてパンが簡易テーブルに並ぶ。
カトラリーやパン籠の並ぶテーブルはまるでレストランの様である。
良い匂いに腹の虫が鳴く。
「いただきます!」
まずはカボチャのポタージュからにしよう。
スプーンを勢いよく口元に持っていったが、途中で止める。
唇に触れた湯気で、外気温との差に火傷しそうだと気付いたからだ。
息を吹きかけ程よく冷まして少しだけ口に含んだ。
甘く熱いトロリとしたスープが喉を滑り落ち、冷えた身体を内側から温める。
はふ、熱さを逃せばふわりと優しいカボチャの香りが広がって消える。
「うー…っうまーい!」
この寒さの中であれば熱いスープだけでもご馳走である。
にも関わらず、丁寧に裏漉しされたかぼちゃのペーストを少しの塩とバター、ミルク、そして玉ねぎの甘みが味に深みを出していた。
うーんたまらーん!
「頑張って裏漉しした甲斐がありました」
「ん」
ニコニコとこちらを見ながらデイジーが言うとジャックも満足げに頷いていた。
体が温まったところで煮込みハンバーグに箸をすすめる。
ジャックの力でしっかりとこねられたハンバーグはふわっふわである。
一度強火で焼いた後に煮込んだせいだろう、ハンバーグを割ると中からたっぷりの肉汁が溢れてきた。
キラキラと焚き火やランタンの光を反射しながら煌めく肉汁とトマトソースの対比が美しい。
見てるだけ美味い!
そわそわと期待に胸を膨らませながら一口大にカットしたそれを口に含めば、ソースの爽やかな酸味が広がった。
ゆっくり歯を立てればほんの少しの弾力を伝えて簡単に噛み切れる。
じゅわりと滲み出る肉汁の旨みが爽やかなソースと混ざり渾然一体となる。
煮込んでいる為、肉にもソースの旨味がしっかり染みていてとても美味しい。
「はふ、はふ、んぐ、ハフッ」
これは止まらない。
罪深い美味さのハンバーグを、熱さを逃しながらも勢い良く胃の腑へと誘う。
時折パンを食べ、スープとお浸しで口をリセット、そしてまたハンバーグ。
無限のループで目の前の皿を空にしていく。
おかわりは各自自由に取って良いが、うちにはオーランドという欠食児童がいるのだ。
急いで食べねばおかわりが無くなってしまう。
そうして食事に夢中になっていると、タープの外側がざわざわと騒がしい。
どうやら他のパーティが料理の匂いに呼び寄せられたらしい。
「こ、これはどういう事だ?!」
「コンロに竈門にテーブルに椅子?」
「馬車にこれだけの物を乗せてきたのか?」
「肉料理にスープに焼きたてパン……(じゅるり)」
まあ、大体いつもの通りである。
慣れている『三本の槍』メンバーはいくら出せば何をどれくらい購入できるかヤンスさんに聞いている。
しかし、今回は珍しく横からデイジーが口を出している様だった。
別鍋に皆に配る用の料理を作成していた様で、ミートボールのトマトソース煮込みを指差して何やらヤンスさんに交渉している。
薪を拾った時に他のパーティの人達の食糧事情を聞いたらしい。
そのおかげでいつもよりだいぶお安い価格で購入出来たらしく、デイジーが感謝されまくっていた。
そんな『三本の槍』を見た『白銀』と『三剣の華』は己も己もと後に続き、素晴らしい稼ぎになったそうだ。
万が一誰も来なければ明日の晩御飯になるだけなので損はないという考えだったとデイジーが教えてくれた。
食後の後片付けも終わり、俺は再びスジ肉シチュー作成に戻った。
ハンバーグを食べている間に野菜は大分柔らかくなった様だ。
一度蕩けるスジ肉を取り出して寸胴鍋の中身にフルーツ牛乳を作った時の要領で魔法を掛ける。
透明だったスープは香味野菜が含まれたサラサラのスムージーの様になった。
少し味見をして、塩を足すと再びスジ肉を戻し、改めて切った具材の野菜を放り込む。
大きめにんじん玉ねぎじゃがいも。
そして葡萄酒。
これが重要である。
この葡萄酒はクラーラ様と帝都に来る道中で大量に手に入れた物なんだ。
有名な産地だったらしいが、毎年あまりが出てしまうらしく、十年分程の余剰在庫が置かれていた。
彼らは二、三年ほど熟成させた物が好みの様で、毎年そちらを飲んで、古いものはどんどん溜め込んでいるらしい。
【鑑定】先生に活躍してもらい、悪くなっている物は処分、飲める物は端金で購入させてもらった。
俺が入れるくらいのデカい樽一つで小銀貨二枚というとんでも大特価だ。
その樽を十年分、合計で三十四樽。
辛口で、どっしりとした味わいで、ガブガブ飲むというよりは“嗜む”様に味わって飲む感じで、シチューなどに利用するとめちゃくちゃに美味くなる。
追加の材料を全て入れるとこちらもまた沸騰しない様丁寧に丁寧に煮込んでいく。
中に緩やかな水流を魔法で生み出し焦げ付かぬ様に注意する。
その横でブラウンシチュー用のルーを小麦粉とバター、牛乳で作った。
これはジャックに教わって何度も作ったので完璧だ。
時折寸胴鍋のアクを取りつつ煮込み続け、ルーが出来たら投入。
若干サラサラしているが、じっくり煮込んでいくうちに水嵩が減り、とろみが付いてくるはず。
残りは見張りの時間に煮込めば良いだろう。
一旦【アイテムボックス】に収納して、馬車に戻りその日は休んだ。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、リアクション、ブクマ、感想、評価本当にありがとうございます。
めちゃくちゃ励みになっています。
ここから先も頑張ります。
やっとストックに余裕が出てまいりました。
いえ、まだ油断するとすぐに無くなってしまう程度ではありますが、「落とす落とす落とす!やばーーーーい!」という時期はなんとか乗り越えました。
会話や絡みが最低限でパカパカ先に進むだけのエリアばかりでしたのでこれからはもう少しだけ色がつけられるかもしれません。
困るとすぐにご飯回に逃げる癖はどうにかしないとな、とは思っています……。
ここら辺からちょっとずつ嫌なお話が増えていくかとは思いますが、皆さんどうぞ見捨てずお付き合い下されば幸いです。




