アルスフィアットでの仕事
謁見も報酬の支払いなども終わり、ドゥーリンさんにマンションタイプの社員寮の依頼を済ませる。
快く受け入れていくつかの話し合いを交わした。
そして一息ついた晩秋。
俺達は拠点の護衛を『三本の槍』に任せて、一路アルスフィアットに向かっていた。
遅くなってしまったが、私設孤児院の冬支度の確認の為である。
本当はもっと早くに行くつもりだったんだけど、あれこれ巻き込まれてしまった結果、こんな時期になってしまったのだ。
今回は俺一人で行くつもりだったけど、皆も一緒についてきてくれて、大変心強い。
そもそもこの移動も、オーランドが言い出してくれたおかげである。
時期を逃してしまったし、こまめに報告の手紙のやり取りをしていたので、今年は諦めるしか無いかと考えていた俺に彼が声を掛けてきた。
以前の喧嘩をかなり気にしてくれていたらしく、子供達が気掛かりだから、と全員での移動を勧めてくれたのだ。
今回は皇宮からの報酬もあるので、贅沢に馬車を借りている。
ジャックの事を鑑みて十二人乗り、六頭立ての大きな馬車である。
馬車自体はガタガタと揺れる普通の馬車だが、お手製のコイルクッションのおかげで尻は全く痛く無い。
魔法で大量生産したポケットコイルを贅沢に使用したクッションだ。
薄い板でポケットコイルを挟み、その上にたっぷりの綿を入れたクッションは振動をかなり緩和させてくれる。
本当は車体にサスペンションでも付けれたら良かったんだけど、流石に借り物を改造するわけにはいかない。
いつか自分達専用の馬車を手に入れたらリアル魔改造してやるんだ。
車体を弄れないかわりに、道中を過ごしやすくする為に色々カスタマイズアイテムを用意した。
まず一つ目はフラットアタッチメントだ。
座面と座面の間にコの字型の箱馬みたいな物を置き、マットレスを敷く。
クラーラ様の真似っこだが、この広さだとかなりくつろげる。
これは借りる予定の馬車を採寸させてもらってから、【アイテムボックス】に入っていた木材を使ってジャックが作ってくれた逸品である。
上に敷いているのは野営で使っていたマットレスを使い回している。
いつか自分達用の馬車を手に入れたら専用マットレスを作成してもいいよな。
サスペンション付きの馬車にコイルクッションプラスマットレス、中々の組み合わせだと思われる。
次が馬車専用炬燵。
これもテーブル自体はジャック作で、魔石の加工などをエレオノーレさんと俺で行った。
天板の下に発熱アタッチメントを付けて魔力を流す事で暖かい空気を排出する様になっている魔術具である。
去年から研究していたものがやっと完成したのでここでお披露目することにした。
最後が振動防止機能を付けた絨毯だ。
具合が悪くなったりした時のために実験的に作っている。
これは急ぎで作ったので安全性や効果はまだわからない。
おいおい試してみようと思っている。
結果から言うと馬車での旅は大変快適であった。
少し広い場所に停めれば料理も野営もとても簡単に出来て、改めて馬車のありがたみを理解できた。
歩けば半月の旅程を十日程に短縮でき、尚且つ体力はガッツリ残っている。
パーティ内で唯一御者ができるのがヤンスさんだけという状態だったので、一日一人操作をみっちり教えられた。
それからは交代交代で御者を行う。
ヤンスさんが珍しく横について丁寧にフォローしてくれる。
丁寧過ぎてちょっと怖い。
ちらりちらりと雪が降り始めたのは帝都を出て四日目の夕方だった。
それから降ったり止んだりを繰り返し、アルスフィアットに到着した時には雪が本格的に降り始めていた。
まだ積もるほどでは無いが、一気に冬の気配が強まった。
今回もマチルダさん家に一泊してかまい倒された。
前回のことがあったので門を抜けて真っ直ぐに領事館に向かったよ。
連絡が来たばかりで扉から飛び出てくる珍しいマチルダさんを見ることになって、ちょっと笑ってしまった。
「おかえりキリト」
「ただいま戻りました」
おかえりと言ってもらえる場所があるだけでなんだかとても安心出来る。
他の皆はマチルダさんに悪いからと、食材と薪を持って宿屋に向かった。
俺は前回同様お腹がはち切れるかと言うほどあれこれ食べさせられた。
なにくれと世話を焼かれ、あちこちで体験した話をして、驚かれたり笑われたり怒られたりしたが、これが親孝行なのかな、とちょっとだけしんみりした。
夜中のうちに塩漬け肉や季節外の野菜、フルーツ類、薪などを冬支度部屋に置いておいた。
マーサさんには何故かすぐにバレてしまったのだが、頭をひとつなでられただけだった。
なぜだ?
翌日はマチルダさんを領事館までエスコートした。
更に細く軽くなったその手に胸が締め付けられる。
かさりと乾いてひんやりするその手のひらに、どうか俺の手の熱が移りますように、と思いながらゆっくり歩いた。
空には雪雲が重くのしかかっている。
俺は嫌な予感を溢さぬよう笑顔で領事館を出た。
その後、ベンヤミンさんに挨拶して、孤児院の話を聞いたり、世間話をしたりする。
俺が来たと知って駆けつけたゴットフリート様に捕まり、クラーラ様の近況を尋問されたりもした。
可愛い可愛い姪が心配で仕方なかった様だ。
なんと彼女はゴットフリート様が五通お手紙を送って初めて一通返事を書く程度だったそうだ。
それは確かに心配になるし気になるよね。
おいおいと泣くゴツいおっさんを宥めて孤児院に向かう。
雪がちらつき始めた夕方、錆びついた呼び鈴を鳴らすと、中からバルバラが顔を出し、俺に気がつくと「キリトさんっ!」と大声で名前を呼んだ。
その途端家の中から子供達が一斉に飛び出してきて、口々に何かを言いながら俺に抱きついてきた。
しっかり食事が取れるようになった彼らは以前のガリガリな子供達ではない。
中にはもう俺より背の高い者も居るほどだ。
結果、俺は勢いに負け後ろに倒れてしまった。
「うわあぁぁああぁあぁんっ!遅いよ兄いちゃぁん!」
「おかえりなさぁい!」
「もう冬だよ!どんだけ待たせんだよ!」
倒れた俺の上に乗って子供達がわあわぁ叫ぶが、いかんせん人数が多すぎて何を言っているか聞き取れないし、何より重い。
何か出ちゃいけないモノが出てしまいそうだ。
「ギ、ギブ……」
目の前が真っ暗になり、バルバラの悲鳴が聞こえた気がした。
目が覚めたらベッドの周りに子供達がひしめき合っていて、どの顔も泣きべそだった。
口々に謝罪をしてくるのを受け止め頭を撫でていく。
そして次からは飛びつくのは一人ずつ順番にしてくれとお願いした。
ここまで慕ってくれている子供達に抱きついてくるなとは言えなかったのだ。
「わかった。兄ちゃんはへなちょこだからな」
カイの返事に皆が一斉に吹き出す。
起き上がりながら苦情を申し立てる。
「へなちょこは余計だよ」
「じゃあ……なん、なんじゃく?」
「もっと酷くなった!」
「「「あははははは」」」
カイの言葉に悲鳴をあげつつ、大分難しい言葉も覚えたな、と成長に感心した。
きっとベンヤミンさん達に色々教えてもらったんだろうな。
ありがたい事だ。
その日は念の為と、ベッドの上で子供達の話と孤児院の報告を受けるだけにして一夜を明かす。
翌日からは他のメンバーも合流して冬支度の仕上げを行う。
オーランド、ヤンスさんは建物の修繕、エレオノーレさんは防寒着の修繕や編み物、ジャックやデイジーと俺は一緒に足りない保存食を作ったり薪を作ったりして五日ほど過ごした。
修繕が終わった二人は子供達を連れて街の外で狩りを教えてくれる。
罠の作り方や子供達だけでも獲れる獲物などを教えてくれた。
獲れた後の後始末、解体なども結構丁寧に教えてくれたらしい。
魔法が使える数人がついて行っていたらしく、洗浄や穴掘りなんかを魔法でこなしてしまったのに二人は大変驚いたそうだ。
「キリトの非常識が感染してる!」とオーランドが驚愕しながら叫んだとヤンスさんが笑いながら教えてくれた。
子供達は初日こそ大騒ぎしていたが、以前と比べてとても落ち着いており、カイとテオとリーゼ、イザークを連れて帝都に戻ることに落ち着いた。
ユッテは正式に食堂の子になるらしい。
そこの家の子は食堂を継ぎたくないらしく、子供も自分の代わりに跡を継いでくれるユッテをとても歓迎しているんだとか。
ユッテ本人も嬉しそうなので、養子手続きを行い無事卒業する事になった。
「キリトお兄ちゃん、私頑張るね!新しい家族が出来たけど、孤児院のみんなも私の家族だからお休みの日は会いにくるよ!」
「うん。ユッテ自身に無理のない範囲で皆を助けてやってくれ」
ひとつ頭を撫でて、エレオノーレさんに教えてもらって作ったお守りを贈った。
鉄にあれこれ魔法素材を練り込んで作った魔鉄に魔力を込めながらこねると粘土細工さながらに弄れるのだ。
報告で俺がこちらに来たタイミングで養子手続きをすると知らされた時に思い付いて作っておいた物である。
魔法陣の形はエレオノーレさん監修だが、その下にはユッテの名前をカタカナで入れておいた。
こちらの世界では読める者はいないが、盗まれてもすぐに分かるようにする為だ。
ネックレス型なのでいつでも首にかけておける様になっている。
「このお守りにはユッテ、と別の国の言葉で書いてある。ユッテを守ってもらえる様にいっぱい女神様にお願いして作ったから持っていてもらえると嬉しいな」
「〜〜っありがとう!大事にするね!」
一瞬泣きそうな表情になった後に笑顔になってお守りをぎゅっと握るユッテ。
それを見ると作って良かったと思えた。
同じ様に他の子供達のお守りも作っておいた。
卒業していく子達に渡していこうと決めている。
更にもう一人卒業が決まっている。
エルマーは領事館の職員として正式に採用され、一人暮らし出来るようになったらしい。
しばらくは孤児院から通っても良いと話したが、自分がこの家から出るので他の孤児をどうか入れて欲しいと願い出られてしまった。
その優しさにグッと泣きそうになりつつ、了承し、街に出て数人の孤児に声を掛けた。
やはり嫌がって来ない子供も居るが、エルマー達の事がある為、素直に着いてくる。
その中に三歳位の子供がいる事に悲しくなる。
だって前回こんな小さな子居なかったじゃないか。
ゴットフリート様は何しているんだろうか。
孤児院に入ることを了承した六人を連れてきてザーラ達に託す。
暖かい部屋とパン粥に涙を流しながらお礼を言う子供達を見て胸が苦しくなった。
今回保護した子供達の情報をベンヤミンさんを通じてゴットフリート様に伝えてもらう。
ぶっちゃけこの街にもちゃんと孤児院は存在するのだ。
にも関わらずこの現状はどういうことだろうか?
そもそもどちらかの親が病んでしまった時点で詰み、というのはヤバいだろう?
感染症対策やそういったことの保護政策を見直して欲しい。
そう書いた手紙を数枚の大金貨と共に封筒に詰めてベンヤミンさんに託した。
元手がなければ身動き取れないだろうからね。
そうして、宿屋を引き払い、カイとテオとリーゼ、イザークを追加してアルスフィアットを発つ。
全員が馬車に乗り、見送りに来てくれた者達に別れを告げる。
ザーラが大粒の涙を流しながら「愛しい私達の子ども達」と一人一人抱き締めていて、とても感慨深いものがあった。
泣き笑いで手を振る子供達を眺めて、また来年も来ると約束する。
断熱の魔法と振動防止を掛けた絨毯に炬燵、という寒さ対策を施した馬車の中は快適を通り越してぬくぬくのぬくである。
なので、持ち回りでやってくる御者の仕事が大変辛かった。
行きは妙にヤンスさんが主導で御者をして、操作を皆に教えてくれるな、と思っていたら帰りはお前達に任せた!とほとんどやってくれない。
まあ、確かに行きは任せっきり頼りっきりだったから文句は言えないけどさ、寒くなるのが分かっていた上での計画的犯行だったわけだね。
納得したよ!ぶるぶる。
とはいえ御者台にも魔法の絨毯とコイルクッションは置いてあるし、同じ断熱の魔法を施した毛布も体に巻き付けてある。
吹き荒ぶ風が体温を奪うだけだ。
自分達の馬車の時は絶対に風除けのガラスを着けてやるんだから、と決意した。
そんな道中は比較的平和に過ぎて、帝都に着く頃には雪は積もっているのが当たり前になっていた。
多少の雪であれば馬達は踏みしだいて進んでくれるのだが、馬車の方がついていけない事が多い。
あまりに雪深い時は【アイテムボックス】を使って除雪をして進む。
濡れた道は轍になりやすく、車輪がはまって動けなくなる。
なので、雪を収納したあと、魔法で道の水分を調節し、必要であれば整地する。
これは【アイテムボックス】を持っている俺にしか出来ない。
他の人が御者をしていても、立ち往生すれば呼び出されるのは仕方ないけどめちゃくちゃに寒い。
収納している間は馬にひっついて暖を取る。
筋肉質なお馬さん達はとってもあったかいのだ。
快く温めてくれた馬には鬣を撫でてりんごを半分プレゼントする。
すると次からは先を争う様に俺を温めてくれる。
たまに頭にヨダレが垂れてくるけれどとても温かい。
たすかる。
そうして行きよりは少し時間をかけて帝都に戻ってきたのだった。




