報酬 3
呼び出しを受けた当日朝早く、パーティメンバー全員で正装してお城に向かう。
レンタルした馬車で指定の入り口に向かい、門番に召喚状を見せる。
馬車は御者含め専用の駐車場があるらしく、そちらに連れて行かれた。
俺達は、入城のややこしくて面倒くさい手続きを経て、待合室に案内され、待たされる。
指定された時間には俺達の他に三組ほど商人がいた。
もうひと組ハンターらしき人達もいたが、彼等は完全に萎縮していて、部屋の隅に綿埃の様に固まっている。
服装も普段着そのまま、といった感じだ。
むしろ俺もそっちに混ざりたい気分である。
だが、ヤンスさんとエレオノーレさんがそれを許さない。
「案内された席にきちんと座っておけ」と指示してくる為、ソファに肩身狭く座っている。
うー、お尻の座りが悪くてもぞもぞするよぅ。
目の前のテーブルには綺麗なティーセットが並んでいる。
流石に皇妃様やエデルトルート様に呼ばれた時の物と比べてはならない。
これは『皇宮に来た平民に出すティーセット』なのだから。
まあ、それでも充分に高級品なのだけれど。
待ち時間の為にと、メイドさんがお茶を淹れていってくれた。
皆に一脚ずつお茶を淹れて、お代わり分をティーポットに用意した後、ティーコージーを掛けて部屋を辞した。
お茶菓子は申し訳程度のクッキーが並べられている。
平民である俺達の扱いはこんなもんだろう。
逆にあまり丁寧にされすぎるとかえって怖いものがある。
さて、王侯貴族もだが、大店の商人も充分にめんどくさい。
「ハンターのくせによくそんな服を借りれたな」
「……」
商人の側仕えがギリギリ聞こえる程度の声量で嫌味を言ってくる。
彼の服は所謂型落ち品であり、最近の流行からはズレたデザインである。
おそらく自前のお金で借りられる最高位の物がそれなのだろう。
大店とはいえ、やっと皇宮と取引できる様になった様な商会の側仕えと思えばそんなもんなのかもしれない。
とりあえず彼の言葉は聞こえなかったふりをして無視を決め込む。
流石に商人本人は何も言わない。
が、彼を止める気もなさそうだった。
むしろ商人本人も同じように考えているのだろうなと思える。
その後もボソリボソリと聞こえるか聞こえないかの声量で嫌味を言われ続け、無視を繰り返す。
待ち時間の暇つぶしに喧嘩を売ってこようとしているらしいのだが、皇宮でハンター相手に喧嘩を吹っ掛けるのはとても賢いとは言えない行動だなぁ。
絶対この部屋監視されてるでしょ?
時間だけがどんどん過ぎていく。
登城時間を指定してきたくせに待たせやがって、などと怒ってはいけない。
皇帝へ献上したい者は多いのだ。
皇帝だって都度都度相手はしていられないので、指定してまとめてやらねばやっていられないだろう。
あと、貴族は平民を待たせてなんぼみたいなアレがあるらしい。
待たせることで自分達の方が上だと知らしめる的なアレね。
エデルトルート様がそんな事を言っていたし、ラノベとかにも書いてあった気がする。
その程度で怒ったりすれば、より侮られ、無知に付け込まれるらしい。
大人しく待つより他ない。
本来なら大人しく座って待つしかないが、俺達には【アイテムボックス】がある。
エレオノーレさんは本を読み出し、ジャックは嬉々としてその隣で給仕の真似事をしている。
オーランドはクロスワードを解き始め、ヤンスさんはむっつりと不満そうに目を閉じてソファーに腰掛けていた。
デイジーは医学書を読み込んでいて、不明点を紙にメモしている。
これは後から質問がいっぱいくるだろうなぁ。
俺はこの部屋のデザインをクロッキーしている。
こんな絶好の機会はないからな。
オーランドがクロスワードの用紙を取り出した瞬間、部屋にいた男共がザワついたが、無視である。
いつもご愛顧感謝します。
クロスワードの販売はございません。
大体一時間ほど経った頃、最初の商人が呼ばれた。
彼等はこちらを見て穏やかに笑い、部屋を出ていく。
彼はなんか前見たことがある気がするな。
どこだったかな?
呼ばれなかった商人が「勝ち誇りやがって」と悔しそうに溢しているが、それもまた聞かなかった事にしよう。
別に呼ばれる順番なんてどうでも良くない?
結局、俺達は一番最後に呼ばれた。
部屋に入ってから三時間は経っていたんだけど、流石に待たせ過ぎではないだろうか?
文句を言ってはいけない?
心の中くらいなら許してよ。
出していた暇つぶしアイテムを全て収納しきると、俺達は席を立った。
案内の文官に連れられて謁見の間に入る。
入ってすぐに跪く様に言われている為、扉のすぐ前で跪いた。
一呼吸の後、司会進行者と思われる男性の声が上がる。
「本日最後の献上者です。『飛竜の庇護』六名、前へ」
「「「はっ」」」
その言葉に合わせ立ち上がり、指示された位置まで進んだらまた顔を伏せて跪く。
「面をあげよ」と声を掛けられて初めて顔をあげる。
前に数回やったけど、謁見って本当何回やっても慣れない。
「本日其方達が献上したい物とは何か?」
「はっ。ドドレライスデンのダンジョン『罪と罰の塔』より出ましたマジックアイテム、『回復の宝玉』で御座います」
形式ばった口調で問われ、オーランドが代表して答える。
手元にリストも実物もあるにも関わらずわざわざ聞く意味あるんだろうか?
やっぱり形式って大事なのかな?
無駄だと思うんだけど。
「なにっ?回復の宝玉だと?」
「先のオークションで出た解呪の宝玉とやらも同じダンジョンから出たのではなかったか?」
俺たちの持ち込んだ献上品名を聞いて、同席した貴族連中がざわつく。
数名はすでに情報を手に入れていたらしく、うむうむと頷いている。
頭を大きく動かす訳にはいかないので、俺の視界に入る範囲で見回すが、視界内の貴族達は殆どこの情報を知っている様子だ。
立ち位置から考えて殆ど高位貴族だろう。
逆に彼等の後ろにいる者や、俺の視界には入らないくらいの位置に立っている貴族は下位貴族だろう。
ざわついているのがよく分かる。
うーん、高位貴族の情報網怖い……。
しばしの間ざわざわ…ざわざわ…と某漫画の様に騒めかせていたが、皇帝がスッと片手を挙げて瞬時に彼等を静める。
チラリと司会進行役に目を向ければ三人の少年文官が宝玉と鑑定書を恭しく運んでいく。
某アニメ映画の魔法使いの幼少期を思わせる金髪おかっぱの少年達だ。
鑑定書はドドレライスデンと皇宮の二箇所で鑑定した二枚である。
かなり難しい事みたいだが、鑑定書偽造の恐れもある為、皇宮側でも改めて鑑定したらしい。
その説明が進行役によってなされ、鑑定内容を聞くと大きな感嘆の溜息が彼方此方から漏れでた。
「確かに鑑定書を確認した。素晴らしい献上品であるな、褒めて遣わす。ふむ、これならば立派な褒賞をくれてやらねばならんな」
手にした鑑定書に軽く目を通し、少年文官の持つ盆へと戻した皇帝が、威厳たっぷりに口にして、鷹揚に宰相へと視線を送る。
先日の皇妃様に愛を囁いていた人と同一人物とは思えない威厳だ。
流石一国一城の主。
王者の風格、国を治める者のオーラの様なものを感じる。
だからこそあのギャップに関しては絶対口にはできないのだけど。
皇帝の言葉を受けて宰相がにこりと微笑む。
「はい陛下。こういった場合は爵位と領地を贈る事が慣例ですな」
え?!ちょっと待って!話が違うよ?!
爵位は要らないって言ったじゃん?!伝わってないの?
内心で大慌てするが、この場で急に立ち上がる訳にもいかない。
全身冷や汗ダラダラである。
こちらは内心大混乱だが、宰相と皇帝の話は勝手に進んでいく。
「ふむ、この者達はこの街の外に屋敷を建てておったはずだな」
「ええ、その通りです。陛下」
白々しい確認の言葉に宰相様が応える。
間違いなく彼方の筋書き通りに事が運んでいる。
本当に、マジで、信じてますからね?
ね?皇帝陛下〜!
お願いだからね?!
ご褒美じゃなくなっちゃうから!
俺の焦りの籠った視線に気付いたのだろう。
皇帝が小さく笑って頷く。
「大丈夫任せろ」ってことかな?
「ならば、彼等の屋敷とその周辺の土地を彼らの領地と認めよう」
「ですが彼等は平民です。いくら猫の額ほどの広さとはいえ、それでは他貴族家から不満が出ましょう」
重々しい語り口で皇帝が宣言すると、宰相が懸念を訴える。
遠回しに『平民ごときが領地を拝領するなど烏滸がましい』と言われるだろうと言っている。
え?え?すげぇ嫌な流れなんですが……っ!
「ふむ、ならば準貴族の地位も授けよう。とはいえ元はハンターである平民だからな。無理な役目などを押し付ける必要はなかろう」
「流石でございます陛下。それであれば自領内は軍事施設以外なら自由に運営出来ますし、政治には参加できない為、現貴族家や派閥に影響はない。しかしながら準貴族の為平民などから余計な手出しは受けず、彼等は自由にハンターとして生活できるという三方良しの方法にございます」
爵位が来る、と身構えて辞退する気満々だった俺は肩透かしを食らった気分だった。
宰相様の皇帝を称える風を装った説明セリフのおかげで俺達にとって不利なものではないと理解出来ました!
ありがとうございます。
あと、多分他の貴族に対する釘刺しの意味もありそうな感じ。
「無理矢理派閥に取り込もうとするなよ?」って感じかな?
余程この国は俺たちを手放したく無いようだ。
「さて、詳しいことは後程通達するとして、土地の税について説明しましょう」
呆然としている俺達に向かって宰相が話し始める。
今回の報酬なので、向こう十五年は税金免除、十六年目以降は減税対応、三十年後からは通常通りになるとの事。
十五年も払わなくて良いのはとても助かる。
しかもその後も減税とかめちゃくちゃ優しい!
草案で減税とか免税とか出てたけど、どうせ取られるんだろうなって思ってた。
今後の運営の為に完璧に免税にする訳にはいかなかったんだろうね。
次に、貴族としての責任は戦時以外特になく、政治に口を出す事や、公務を押し付けられる事はないそうだ。
戦時は軍を率いて出る必要は無い代わりに、ハンターとして必ず帝国に協力すること、戦費の一部負担(男爵家よりも低い負担額)などがあった。
それに関してはまあ、仕方ないかな、と思える範囲である。
その説明を俺達にしながらも、ちょいちょい他の貴族が余計なことをして俺達が逃げ出さない様にしろよ?と釘を指してくれている。
大変ありがたい。
そうしてなんとか謁見を終え、帰路に着く。
帰りは何故か小太り側近さんが見送ってくれた。
別れ際に指定の土地やら税金やらの詳細が載った羊皮紙を確認すると、今の敷地の倍くらいの土地が指定されている。
ほとんど森だけどね。
好きに切り拓きなさいって事だろうね。
ありがてぇ!
とりあえず指定エリアを石垣で囲んでおいた。
うーん、広いなぁ…子供達が遊べる様に公園でも作るか?
もしくは社員寮みたいなの作る?
うん、とりあえず後で考えよう。




