報酬 2
謁見日の通知書が届いてすぐ、俺達は献上の為に服を借りる手配をした。
うちの拠点で作業しているブリギッテにそれぞれサイズを測ってもらい、アガーテ達にお使いを頼む。
女性の服はブリギッテの店に、男共の服はカールハインツの店に依頼する。
本来なら貸衣装屋の仕事ではあるのだが、着用見本や練習、客の都合で仕上がったがキャンセルになった服など、既製服が複数ある事を知っている。
その日の夕方にはそれぞれの店の手空きスタッフが大量の服と共に馬車に乗ってやってきた。
「店長言われた通りお持ちしましたよー」
「キリト様、変態紳士カールハインツがまかり越しましたよ」
ほぼ同時に到着した二店のスタッフとカールハインツをブリギッテとは別の客間に案内して服を選んでいった。
男どもはカールハインツにお任せスタイルで、女性二人はあれこれドレスを当てて選んでいる。
一番に決まったのはジャックである。
ぶっちゃけ選択肢が三つしかなく、その中から一番似合うものを選んだだけだった。
大柄な騎士やハンター用に用意された軍服に似た服で、羽織る部分と前を閉じる部分が分かれていて、ボタンの位置を付け替える事で多少サイズの調整が出来るようになっている。
暗いグレーに臙脂色のパイピングが入っているだけなのだが、むしろだからこそジャックの筋肉質な体型が映えてかっこいい。
お堅そうで、強そうで、包容力の塊に見える。
実際エレオノーレさんは一目で悲鳴をあげながら抱きつき、頬擦りしたその姿勢のまま同じデザインでオーダーメイドを依頼していた。
カールハインツが引くほどの勢いだったとだけ記しておく。
次がオーランド。
こちらはもう正統派イケメンなので、本当に何を着てもめちゃくちゃ似合う。
サイズも標準的なので、持って来た服がなんでも合い、次から次へと着せ替えられて、どんどん瞳からハイライトと感情が消えていってる。
結局、布地と同色の刺繍がびっしり入った肋骨服になった。
色は暗めの臙脂色。
ぱっと見は派手なのに、オーランドが着たらそんなに違和感が無くなるのはなんでなんだろうな?
パンツは黒に近い紺色で、艶のあるロングブーツを合わせている。
左の方で分けて整えられた髪型が新鮮だが、よりオーランドの誠実さを表現している。
真面目で誠実な騎士と言った感じだ。
この姿で街を歩いたらあちこちからキャーキャー女の子が寄ってきそうだな?
そしてヤンスさん。
ヤンスさんもオーランドと同じ肋骨服なのだが、刺繍は襟元、合わせ部分、袖口のみとなっていて、よりメリハリのついたデザインである。
色は黒寄りの藍色。
代わりにパンツは薄墨色の物で、少しだけ柔らかい印象になっている。
同じデザインをオーランドが着ていたときは華やかな印象が強かったのに、ヤンスさんが着るとスタイリッシュなイメージになる。
髪はオールバックに整えられていて、恐ろしいほどに良く似合う。
動きに品があるので、まるで高位貴族のように見える。
本人はびっくりするくらい貴族嫌いだからそんな事言ったら殺されてしまうかもしれないけどね。
こちらはちょっと不良なひねくれ騎士か、気難しい王子とかそんな感じかな。
俺は以前ブリギッテに作ってもらった訪問着(上)のうちのどれかにするつもりだった。
しかし、カールハインツから折角だから、とジャックと似た軍服っぽい服を押し付けられた。
パイピングが濃いグリーンなのだが、体格が違いすぎてパッと見では同じデザインに見えないレベル。
袖は折り返しになっていて、同色の糸でびっしりと刺繍されている。
光の加減で浮かび上がるその刺繍はかなり豪奢に見えて、分不相応な気分にさせる。
その素晴らしい刺繍の上にはこれまた五百円玉くらいの中々ゴツいボタンが二つ付いている。
燻し銀に一滴金色を落とした様な色合いの地金に、細かい装飾が彫られていて、これ一個だけでもかなりのお値段がすると思われる。
「いや、これめちゃくちゃ派手ではないですか?」
「これくらいは普通ですよ。皇宮に足を踏み入れる商人としたら地味なくらいです」
本当に?
そう思うが、カールハインツがにこやかに応える圧が強くてどうしても聞き返せない。
それにこの服、サイズがぴったりなんだけど、もしかして俺用に作ってたりしないよね?
この世界的には小柄な俺にぴったりってなんかおかしい気がするんだけど。
「今回は商人としてではなく、ハンターとしてなんだけど…」
「だとしてもこれくらいは妥当ですよ」
言い訳がましくごにょごにょ抵抗していると、彼は被せ気味に笑顔で勧めてくる。
どうしてもこれが嫌だというのならこちらがありますよ、とびらっびらな成金丸出しの金ピカ衣装を差し出してくる。
それに比べればこの服は百倍マシである。
「こ、こちらで……お願い、します」
「かしこまりました」
やっといつものにっこり笑顔に戻ったが、なんでこんなに圧が強かったのだろうか?
ヤンスさんチェックを受けて合格をもらう。
オーランドにジャックと隣り合わせに並べられて、隊長と見習いにしか見えないと二人に笑われた。
種族を超えた体格差があるぞと揶揄われ、二人を追い掛けるが全く捕まらない。
ジャックと協力してなんとかオーランドを捕まえる。
罰コチョをして呼吸困難寸前までおいこんだ。
その後、三人でヤンスさんを追いかけ回す。
ドタバタと戯れ合う俺達の向こうでカールハインツが店のスタッフと共に、持って来た衣装を片付けている。
「いつもいつもブリギッテさんばかり頼りにして……。たまには私にも頼ってくださいよ」
片付けをしながらボソリとつぶやかれたカールハインツの言葉はふざけ合っていた俺達の耳には届かなかった。
さて、次は女性陣である。
二人は別室で長いこと選んでいたが、夕飯前にはなんとか無事決まったらしい。
夕飯はさっさと決まったジャックが手早く作ってくれたメンチカツである。
焼きたてパンとサラダ、スープもある。
至れり尽くせりで食べるのが楽しみだ。
あとでメンチカツバーガーにして食べようっと。
揚げたての熱々を【アイテムボックス】に封じ込め、女性達の衣装に集中する。
こういう時に雑な対応をすればその分長引く事を俺は知っているのだ。
まずはエレオノーレさん。
彼女は以前俺がデザインしたマーメイドラインのドレスを着る様だ。
確かエレオノーレさんのサイズで作らせてもらったやつだからピッタリフィットしている。
大変立派な胸部装甲も、下着と立体縫製のおかげで変なシワが入ることも無く、上向きのけしからんシルエットを誇っていた。
見本がエレオノーレさんのわがままボディ仕様なので「素敵!これ着たい!」と試着するものの、鏡を見て落胆し、注文までする人は少ないとブリギッテが嘆いていたやつだ。
もう少し平均的なサイズで製作し直してもらうしかない。
肩を出して、肘の上辺りからヒラヒラした袖に繋がるデザインで、何度も繰り返し染めて出した青のグラデーションが美しい。
ほぼ白の胸元から始まって、足首に向かって濃く青くなっている。
肩は出ているが、襟元は詰まっているし、裾も爪先が出る程度である。
その上からうっすらと透ける長いローブを着ていて、繊細なサークレットやイヤーカフを付けたその姿は、まるでエルフか人魚の女王の如し。
ハンターのする格好とは言い難いが、お城に向かえる程度にはフォーマルではあるし、元は貴族の子女である。
これくらいは許容範囲なのだろう。
ジャックはエレオノーレさんが姿を現した途端に跪き「我が女神……」と震えている。
そんなジャックの額や頬にキスを落とし、見つめ合う二人。
あっという間に二人だけの空間が出来上がる。
相変わらずお互いが好き過ぎる夫婦だ。
気を取り直して、次はデイジー。
デイジーは布地のしっかりした造りで装飾のされた神官服に似たローブだ。
艶のある銀鼠色のローブをいくつかの帯や飾り紐で彩り、魔石で出来た帯飾りで留めている。
清楚で慎ましく、しかしながら華やかな仕上がりだ。
髪型はゆるく編み込まれていて、こめかみを彩るのはいつぞやの髪飾り。
あの時はまだ痩せっぽっちでオドオドした女の子だったのに、今は小柄ながら女性らしい丸みを帯びた身体つきになり、髪も艶々、お肌もツルスベである。
そうだよな。
もう十九歳だもんね。
女の子なんて呼べなくなってるね。
少し大人っぽくなった姿にドキドキしながら、みんなと一緒に似合っていると褒める。
照れているデイジーはいつも通りに可愛かった。
せっかくなので、みんなで揃えた服を作りたい。
色々終わったら隊服みたいなのを考えてみようかな。
やばいやばいやばい
ストックががががががが…
おおおおおとしたら、ごめんなさい




