報酬 1
皇妃様達と(比較的)和やかにお茶会を行っていると、チリンとベルが鳴る。
エデルトルート様が目を丸くし、皇妃様の方に振り向く。
少し硬い表情で二人が頷き合うと、入室を許可する。
ゆっくり開けられた観音開きの扉からなぜか皇帝が入ってきた。
「「?!」」
俺とブリギッテは慌てて席を立ち、跪く。
「ああ、よいよい。邪魔しているのはこちらだ。楽にせよ」
「陛下がこう仰るのだ。座るが良い」
皇帝の背後に立つ小太り側近さんが許可を出した事で、俺達はゆっくり立ち上がり、皇帝が座るのを待ってからソファーに腰掛けた。
皇帝は俺達を尻目に、皇妃様の手を握って「邪魔して悪い」と謝りつつ、「だが顔を見れて嬉しい」だの「今日は顔色が良い」だの「儚くも美しい」だの愛の言葉を羅列している。
学のある人は語彙力が豊かで褒め言葉のバリエーションが豊富だなぁ、と一区切りつくまで大人しく待つ事にした。
ーーが、一切終わりが見えない。
結構長い時間が過ぎ、皇妃様が困った様に首を傾げる。
「こほん」
「おお、そうだった。すまんな」
小太り側近さんが小さく咳をすると、皇帝はハッとしてこちらに向き直る。
だろうな、とは思っていたが、俺達の事が意識の遥か彼方へいっていたらしい。
皇帝という立場上かなり忙しいはずなのにわざわざここまで足を運んでくれたのは、やはり宝玉のお話をする為だった。
詳しい効果や使用回数、実物の観察などを経て、以前皇妃様の下着と同じ形で、献上→褒賞の流れで購入したいと話される。
大体の金額についてはヤンスさんから言われていたのでこれこれこれくらい欲しいなぁと話せば大笑いで却下された。
国宝級の宝玉にそんなみみっちい額はダメなんだそう。
「爵位か領地か授けようか?」
「い、いいえ!ご遠慮いたしますっ!」
「即答か」
愉快そうに笑う皇帝に自分の痛恨のミスに気付く。
最上位の皇帝の提案を即答で拒否してしまった。
ぶっちゃけしばらく牢に放り込まれてもおかしくないくらい失礼なことである。
慌てて領地運営とか出来ないし、申し訳ない。
運良く手に入れたダンジョンの宝物でただのハンターがそんなのもらっても嫉妬されるだけだし、嫌がらせとか言い掛かりとかもひどそう。
そのせいでそこに住んでる人達に迷惑かけるのも嫌だ、税を納めることもままならなくなる自信がある、と言い訳を捻り出した。
そんな俺を楽しそうに見ながら皇帝は頷く。
「よいよい。其方の意見は理解した。しかし、一度其方の仲間達と話してみよ。パーティ内には土地や地位が欲しい者が居るやもしれぬぞ?」
「か、寛大な御心遣い痛み入りましゅっ、あっ!」
広い心で許されて、仲間達と話し合う様指示をされる。
それにお礼を言いたかったのに、大事な所で噛んでしまうのは何でなんだ。
羞恥で顔が赤くなるのを止められない。
皇帝と皇妃様は、それについては一切触れず、マタニティウェアのデザインや、エルフシルクの靴下などで話の方向を変えてくれた。
本当にありがたい。
ついでにドドレライスデンの話を詳しく聞かれたりもした。
事情聴取というにはフレンドリーすぎてアレなんだけど、とても親身に聞いてもらえた。
因みに、例のダンジョンはまだ解禁にならないそうだ。
皇帝が「任せてくれて良い」と大変に良い笑顔で応えてくれたので、おそらくこの国の貴族名簿から名前が消えるのだろう。
名も知らぬドドレライスデンのお貴族様よ、自業自得ですので悪しからず。
宝玉のお話が終わったあとは、やはり皇妃様の妊娠のお話になる。
関連商品を納品し、つい先程まで話していたので、知らぬ存ぜぬは通じなかった。
皇妃様は三人のお子を産んでらっしゃるらしい。
上二人が皇姫で、下が皇子。
上の二人は既に嫁に出ていて、皇子だけがこのお城に残っているらしい。
三人のお子がいかに可愛らしく、皇妃様に似ていたのかを語る皇帝に、恐れ多くも先程知った事実を伝える事になる。
話の流れでぽろりと出てきたのだが、なんとこの世界、妊娠していても遠慮なく合体するのが当たり前らしい。
いや、確かに出来ないことは無いらしいけど、お腹の子や皇妃様の身体に負担が掛かり過ぎるのでやめた方が良いに決まっている。
特に妊娠初期の今は転んだだけとかのちょっとした衝撃でも流れることもあるのだ。
気をつけ過ぎるという事はないだろう。
ハグも今は良いけど、お腹が出てきたらバックハグの方が安心である。
少なくとも触れ合えないわけではないので少しは落ち着くだろう。
もとの世界の知識だとして色々話せば、皇帝は思いの外真剣にこちらの話を聞いていた。
小太り側近さんがガッツリメモをとっていたほどだ。
最初に皇妃様の命に関わる、と言ったのが大変に良かったらしい。
エデルトルート様達がキラキラとした感謝の目でこちらを見ていた。
多分なんだかんだ心配だったんだろうな。
その代わりと言ってはなんだが、アレはどうだコレはどうだと根掘り葉掘り聞かれてとても大変だった。
胃が痛いお茶会が終わり、拠点に戻る。
全員が揃う夕飯の時間に宝玉の褒賞について話すと、皆一斉に爵位も領地もいらない!と答えてきた。
だよねだよね、面倒の予感しかしないもんね。
ヤンスさんにいたっては、顔色まで悪くなっていたしね。
今日は少し寒くなってきたのでキノコ出汁を使って茶碗蒸しを作ってみた。
オーランドは何度言っても『しょっぱいプリン』と呼ぶが、大変に美味しく出来ていて、みんなおかわりをするほどだった。
とりあえず、金額が足りないのであれば金貨を積み上げてくれ、とヤンスさんが言っていたとだけ記しておこう。
「ーーというわけなんですが」
「いやーーーそ…れは……困るなぁ……」
小太り側近さんに教えられたルートでお返事を返すと、エデルトルート様の個人的なお茶会に呼ばれた。
そのお茶会には俺と小太り側近さんだけが出席している。
つまりはお話し合いの場を設けていただいた形である。
一応詳しそうなヤンスさんも呼ばれていたが、体調不良でお断りしていた。
マジで真っ青な顔色で、とても心配である。
こちらは爵位も領地も不要で、こちらが指定した金額が足りないと言うなら追加で額を増やしていただきたい、と説明する。
流石にそういうわけにはいかないという皇室側と色々相談した結果、領地、という名目で現在住んでいる土地の所有を認めてもらおうということになった。
こっそりエデルトルート先生が教えてくれたんだけど、皇室としては俺達をこの国に繋ぎ止めて置きたいらしい。
俺の環境魔素の魔法や大容量の【アイテムボックス】、エレオノーレさんやデイジーの回復魔法、オーランドの魔法剣に、ヤンスさんの麻痺魔法など、他国に行かれては損失だと思われているらしい。
そして何より皇妃様のお気に入りの服屋だというのが一番大きい気がする。
なので、ここであまり拒否し続けると心象が悪くなるかもしれないそうだ。
その解決策が、今回の拠点を領地として拝領する方法だ。
俺達の住むホームと、もう少し周りを切り拓いて手に入れた土地を俺達が生きている間だけは免税か減税をする。
そこで商売をするならその分の税金はきっちり納める。
土地を貸すことはできるが、譲渡は不可。
領地とするには狭すぎて、運営どころではないし、無理に奪う価値もない。
しかし、俺達をこの土地に縛ることは出来て、他の貴族に嫉妬される事もない、どの方向から見ても丸く収まる方法に思える。
今の六人のメンバーが死んだり、パーティが解散になって散り散りになったりするなどして全員が此処に居なくなったら建物ごと国に返上する形だ。
誰か一人でも此処に滞在するのであれば契約は続行である。
恐らく一番寿命の長いエレオノーレさんに配慮してくれての一文だろうな。
「こちらならよろしいのではないでしょうか?」
やり切った笑顔のエデルトルート様に小太り側近さんが笑顔で頷く。
一旦持ち帰り、皆の同意を得たらいつものルートを通じて希望を出す。
数日後に宝玉の献上の謁見日が指定された通知書が届いた。




