マタニティ 2
通常のハンター業務とマタニティウェアやマタニティ下着のデザインを並行して行う為、俺はめちゃくちゃ忙しくなった。
日中はハンターとしてクエスト、夜はデザイン。
中々にハードである。
クエストに関しては近場の森で素材採取とかがメインで、そこまで負担にはならないものばかりを選んでもらっている。
ついでにハンター業の合間には冬支度も行う。
スパイスやオーク以外の肉類、複数の品質の穀物に各種野菜に果物、薬に裁縫セットに編み物セット、糸や毛糸、沢山の種類の布にボタン。
薪に炭、枯れ枝なんかはクエストの時に量産する。
毎年の事ながらだんだん効率よく動けるようになってきて、作業スピードが上がっている気がするよ。
子供から大人までの古着なんかも、相変わらず口コミで個別対応しているので気が付いたら膨大な数になっていた。
ブリギッテやカールハインツの店で練習で作らせて売れない服なども買い取っているので新品も多い。
これはまた冬の間に大いに稼げるだろう。
そんなバタバタと忙しい秋の下旬、ブリギッテに呼び出された。
「師匠!出来ましたよ!」
ふわふわの上質な毛糸の各部ウォーマーセットや、火属性の魔物である炎兎の毛で織ったフェルトのガウンなど追加で依頼していたデザインが出来上がったらしい。
出来上がったものをエデルトルート様に報告すると、皇室御用達商店主として皇妃様のお茶会に招かれた。
お茶をしながらマタニティ下着数セット見せる。
もちろん俺との間には衝立がある。
だいぶこなれてきたブリギッテが何処がどのように良いのか軽快に、だけどしっかりと丁寧に説明している。
これが終われば、衝立が外されてマタニティウェアやガウンなんかの説明をすることになる。
ついでに手作りの絵本と蜂蜜レモンとヨーグルトをそっと並べておいた。
皇妃様のお茶(温かい麦茶)が進んでいないようだったし、化粧で誤魔化しているが顔色も多分悪い。
つわりであんまり食べられないのでは無いだろうか?
「素晴らしい出来だわ……」
頬に手を当てほう、と溜息を吐く皇妃様は大変に美しく、絵になる。
触り心地も良く、締め付けが少ない上に、身体を冷やさない可愛い下着類は、妊娠後塞ぎがちだった気持ちを軽くしてくれたそうだ。
「わたくし、追加を本当に待っていたのですよ」
「申し訳ございません。情報漏洩を防ぐ為、ブリギッテ一人で作成しています為、どうしてもお待たせしてしまいます」
「いいえ、責めているわけではなくてよ」
にこりと微笑む皇妃様の背後に煌めきが見える。
まあ、皇妃様よりも後ろに立つエデルトルート様の方が心底嬉しそうなんだけど。
マタニティウェアや暖かくも軽いガウンなどは皇妃様のお身体に負担を掛けず守れるので侍女さん方に称賛された。
また、絵本はこちらの世界には無いようで、検品と称してエデルトルート様が興味津々に読んでいた。
「お腹の中にいる赤ちゃんに読み聞かせで差し上げると良いらしいですよ」
「お腹の中の御子に?」
キョトンとした表情がエデルトルート様にしてはとても珍しく、同時に少し子供っぽくて可愛らしい。
絵本と皇妃様のお腹を見比べて改めてこちらを見る。
「私もそこまで詳しいわけではありませんが、胎教的に良いらしいですよ。産まれた後も読んであげると他のお話よりも安心するとか何とか……」
アキねぇに言われたうろ覚え知識をなんとか捻り出す。
「成る程、寝物語の様な物ですね」
「ええ。産まれてからしばらくはうまく絵を見ることは出来ませんが、読んでいた人の声を聞くと大人しくなったり、よく寝てくれたりするらしいです。少し大きくなったら文字の勉強にも役立つと思いますよ」
内容は同じ様な言葉をくり返し、単純な図形が転がっていくだけだ。
大人が見てもなんだこれ?って感じがするが、これが子どもには大変ウケる。
同じ本を連続で「もういっかい!」と何度もせがまれたのは良い思い出だ。
その本を思い出しながらこちらの言葉で書いた絵本はあまり意味がある様には見えないだろう。
色数も赤、黒、黄色、青と絞ってパキッと塗り分けている。
こちらの写実的な挿絵とは違いすぎているはずだ。
それでも、簡単な言葉が繰り返されたり、すべての文字を使う様に色々考えた結果、子供向けにはとても良い絵本になったと自負している。
「そんな使い方もあるのですね」
「一応全ての文字が含まれる様に作っております。四、五歳の手習にも使用できるはずですよ」
「それは素晴らしい」
知っている内容であれば興味を持ちやすいし、勉強もさせやすいだろう。
無事生まれたら今度はお腹ぺこぺこな数え歌の仕掛け絵本も作ってみても良いかもしれない。
「こちらは?蜂蜜の瓶にレモンの輪切り?このレモンを食べるのかしら?」
「こちらの瓶の中身はとっても白いわね。ミルクかしら?でも液体では無い様な?」
平民の間では結構食べられてるヨーグルトだが、お貴族様達は初めて見る様だ。
護衛をしている騎士達も首を捻っていた。
「こちらの蜂蜜レモンは果実をそのまま齧っていただいても良いですし、果汁の混ざった蜂蜜をお湯で薄めて飲んでも美味しいですよ。蜂蜜には栄養がたっぷりと含まれていますので、皇妃様が食欲が無い様であれば、こちらをお飲みください」
目の前で自分のコップを出して中の少しシャバっとした蜂蜜を掬いとる。
少量のお湯を魔法で出してマドラーで混ぜて一口飲む。
毒などは入っていませんというアピールである。
口の中には爽やかな甘みがふわりと広がり、体の内から温まる。
俺の動きを監視していたエデルトルート様が同じ様に作り、一口だけ口に含む。
ゆっくりと口の中で転がし、しばしののちにこくりと嚥下した。
本物の毒味だ。
レモンを使っているので銀のカップは意味をなさない。
毒の知識と慣らした身体で判断するのだろう。
「問題ありません。どうぞ」
「ええ。楽しみだわ」
コップを受け取るとすぐに口を付ける。
薄く開かれた唇が大変に色っぽい。
白く、細い首筋がこくりと動くのも大変に蠱惑的である。
こんな色っぽい妊婦さんがいて良いのだろうか?
少し不安になる。
「爽やかでとても飲みやすいわ!」
「お代わりをご用意しましょう」
「ええ、おねがいね」
化粧でも隠し切れなかった頬に赤味が戻ってきている。
少しでも体調が良くなってくれたのなら幸いだ。
そのあと、ヨーグルトも試してもらい、さっぱり食べられて良いと笑顔でお褒めの言葉をいただき、こちらもお代わりをしていた。
よっぽど悪阻が酷かったんだろうな。
「あ、一つだけ注意がございます。産まれたばかりの赤ちゃんには、蜂蜜は毒になるらしいので二歳くらいまではあげちゃダメです。何が原因かは詳しくはわかんないですけど。死んでしまうことがあるので絶対におやめください」
「わかりました」
ボツリヌス菌が関係してた気がするけど、絶対説明できないから毒だと伝えておけば大丈夫だろう。
ここまで言われて大事な赤ちゃんに蜂蜜を与えることは無いはずだ。
そうして和やかにお茶会を行っていると、チリンとベルが鳴る。
そしてなぜか皇帝が入ってきた。
え?ちょ、待って?
聞いてないんですけど?!




