撤退 1
休息日を終え、早速隠し部屋探索兼レベル上げをしようとダンジョンに向かう。
普段から人が多いダンジョン前ではあるが,何故か普段以上にとんでもない人混みが出来ていた。
まるでイベント会場やライブ会場の最寄駅状態である。
進む事も、戻る事も叶わず、ひたすらぎゅむぎゅむ押されるだけ。
「痛ってーな!」
「おい押すなよな!」
「すみませんっこちらドワーフが居ますので…っ」
聞こえる声もなんか聞き覚えのあるものばかりだ。
どうやらダンジョン内で異変が起きている為、一般のハンターは侵入禁止だと、何故かギルド職員でも兵士でもなく、騎士に追い返されているらしい。
ぎゅむぎゅむ前からも後ろからも押されてだんだん気分が悪くなってきた。
俺の隣に居るデイジーも顔色が悪い。
エレオノーレさんはジャックが早々に肩に座らせて他の男達に触られない様に対策している。
「ちょっと道外れて横に逃げようオーランド」
「そうだな。流石にこれは身動きが取れない」
前後には全く進めないが、横に抜けるのは比較的簡単な様で、なんとか人混みを抜けることができた。
そこは少しだけ開いた窪地の様で、おそらくここで屋台を出している人達が荷物を置いている場所の様だ。
あちこちに積み上がった木箱や樽が見える。
「ぷはっ!やっとまともに息が吸える……!」
「ふはぁっはわ……つ、潰れちゃうかと、思いまし、たぁ……」
体力・防御力どちらも無い組の俺とデイジーは、開けた場所に出るとすぐにぺたりと地べたに座り込んだ。
エレオノーレさんもジャックの肩から降ろしてもらって乱れた髪や服を整えている。
高い視点で俺達をここに案内してくれたのは彼女だ。
エレオノーレさんの指示に従ってオーランドが道を切り拓き、ジャックが腕で固定してくれたおかげで、あのごった返す人の波から抜け出ることが出来たのだ。
うーん、感謝してもしきれない。
人心地がつくと周りが見える様になる。
どうやら俺達以外にも数人、ここに避難していたようだ。
置かれている木箱に腰掛け長い髪を梳いている人や、その周りで座り込んでいる具合の悪そうな人、その看病をする人の三人だ。
この人混みであれば具合も悪くなるだろう。
看病の為行使される氷魔法に目を引かれた。
そしてなによりキラキラと溢れる魔素の量に驚く。
尋常ではない量が溢れているのだ。
多分溢れた魔素だけで今使ってる魔法が三回は発動出来るだろう。
「……もったいない」
思わずポロリと言葉が溢れた。
それに髪を梳いている人がキッと反応する。
無意識のうちに溢れ出た言葉ではあったが、然程大きな声にはなっていなかったのに、聞こえてしまった様だ。
「もったいないとはどういう意味だ?体調不良者に氷魔法は無駄だと言いたいのか?」
櫛を木箱の上に置き、立ち上がってこちらに鋭い視線を放つ。
その人は線が細く、中性的な顔立ちで、長い耳を持つエルフだった。
金の長い髪に緑色の瞳、真っ白の肌。
女性だけの歌劇団で男役をやる人のような美しさと凛々しさに溢れた背の高い人。
いや、もうマジで男女どっちかわかんない。
「おい、聞いているのか?」
うっかり美人なエルフに魅入っていた俺の肩をガシっと握る。
うわぁ、近付いても美人だ……。
不快そうに寄せられた眉ですら美しい。
陶磁器の様な肌ってこういう人のためにあるんだなぁ。
「あ、いえ、体調不良に氷魔法は妥当だと思います。ただ、その溢れた魔素であと三回くらい同じ魔法が発動出来るのにもったいないな、と」
「は?」
あまりの美しさに感情がそのまま口から出てしまう。
少し呆気に取られた表情さえも絵になる。
少しだけデッサンさせてもらえないかな?
カールハインツやその父親も耽美で美しかったけど、この人達は日本人が想像する『ザ・エルフ』って感じなんだよ。
指輪にまつわる物語のエルフより、島の塔に挑むエルフに近い。
「君は、何を言っているのか分かっているのか?」
「あーーーっ!すみません!ちょっとその子変わっていて!」
怒りから困惑に変わって耳が少し下がっていく姿をジッと眺めていたら、慌てたエレオノーレさんが飛び出してきて説明してくれる。
ごめんなさい。
今ちょっと脳内保存で忙しいのでよろしくお願いします。
俺が目の前のエルフさん観察に勤しんでいる間に、エレオノーレさんとデイジーが具合の悪そうなエルフに回復魔法を掛けたりして間を取り持ってくれた様だ。
じっと見ているだけの俺から距離を取る様にして座って二人の話を聞いている。
どうやらまだ百歳ちょっとくらいの若いエルフの女性三人でパーティを組んでいるらしい。
とある事情でハーフエルフの街で生まれ育ったエルフらしく、エレオノーレさんのお祖母様と同世代なんだとか。
「アルディスの孫娘ならば私達の孫同然ではないか!」
「なんと、環境魔素とはまた突飛な……っ!」
エレオノーレさんを囲んでチヤホヤしつつ、先程の「勿体無い」発言の詳細について語り合う。
見た目だけなら同い年くらいに見えるのに、祖母と孫程の歳の差があるのが自然とわかる。
その様はあまりにも尊くて、美し過ぎて、写真かムービーが撮れたら良かったのに、とこれ程強く思ったことは無かった。
こっそりスケッチブックを取り出すべきか真剣に悩んだ程である。
いつの間にか俺の隣にジャックが来ていて、それはそれは嬉しそうにエレオノーレさんを見つめていた。
彼女達もダンジョン攻略に来ていたらしく、今日からアタックを掛けるところだったんだとか。
それが蓋を開けてみればこの大混雑である。
「本当にツイていない」
「ダンジョンの周りは私達同様、困惑したハンターや商人達が立ち尽くしている様だぞ」
「彼らが口々に噂する話によれば、なんでも隠し部屋が関係しているらしい」
三人組のエルフさん達は耳が良く、かなり遠くの音ですら拾えるみたいだ。
騎士が追い返す言葉もきっちり拾っていた。
「この領地の貴族共が隠し部屋の宝玉を独り占めするために出入りを止めさせたんじゃねーの?」
「シーーーっ!ヤンスさんしーーーっ!それ、思ってても口に出したらやばいやつですから!」
エルフさん達の言葉を聞いたヤンスさんが苛立たしそうに毒を吐く。
慌ててジャックや俺が口を塞いだが、それを煩わしそうに振り解き「ギルドに向かうぞ」と言って素早く歩き出した。
エルフさん達も体調が回復し、大分人が減って歩きやすくなった為、一緒にギルドに向かって歩き出した。
道中もエレオノーレさんが大変にちやほやされていて、ジャックが多少ヤキモキし始めていたのが面白かった。
エレオノーレさんが喜んでいるから邪魔したくないけど、自分の奥さんなのに、という気持ちの間で揺れているらしい。
多分今度はギルドがごった返しているんだろうな……。
ジャックをオーランドと一緒ににやにや眺めながら歩き、ギルドに辿り着く。
案の定ハンターで溢れていたが、幸い俺達をフィンさんが見付けてくれ、ギルドマスターの部屋に案内してくれた。
エルフさん達が名残惜しそうにエレオノーレさんと別れ、ジャックがいそいそと隣に収まる。
うむ、たいへん幸せそうであるな。
リア充め。
ギルドマスターの部屋に入るや否や、ヤンスさんがドスの効いた声で言い放つ。
「稼働中のダンジョンを閉鎖するなんて正気か?」
おそらく本日何度も聞かされたであろう言葉にギルドマスターがどんよりとした表情でこちらを見た。
その顔色はとても悪い。
土気色と言っても差し支えない程だ。
「いや、我々も必死で止めたのだよ。止めたんだがな。これ以上ゴネるのであれば反逆罪で投獄するとまで言われてしまっては……」
疲れ切った声でギルドマスターに言われれば諦めるほかない。
その上でできるだけ早く、この街から出る事を再度勧められる。
下手すると名指しで強制徴集が掛けられてしまうかもしれないそうだ。
目ぼしいハンターパーティには声掛けをして一旦この街から出る事を指示してくれているらしい。
万が一徴集が掛けられても、街から一歩でも外に出ていれば従う必要は無いそうなので、サッサと離れるのが吉だろう。
移動に必要な備品も特に足りないものは無いし、シュシュフロッシュも、この街で売るより帝都で売った方が良い値が付く。
ついでに今回のことを皇宮に告げ口してやろう。
そうだ、それがいい。
長居すればするだけリスクが増える一方だ。
この後すぐ街を出ようと話し合っていると、部屋にノックの音が響いた。
パッと身構えて扉に視線を送れば、ぴょこりと顔を出したのは顔見知りの受付嬢である。
「あ、良かったこちらに居たんですね」
そう言うとトテトテと緊張感なく歩いてきて、俺に手紙を渡す。
俺宛の手紙がハンターギルドに帝都から先程届いたばかりだそうだ。
ギルド内で情報共有されていたらしく、行き違いになったかもしれないと慌てて確認に来てくれたんだって。
ありがたや。
きっちりお礼を言って、小さな焼き菓子セットを、プレゼントする。
受付嬢は喜んで帰って行った。
宛名を確認すればブリギッテからのお手紙だった。




