罪と罰の訳 4
あのあと少し休んでからまたフロアの探索に出たんだけど、休憩中はとてもとても大変だった。
タープだけ出して横の幕を下ろしたにも関わらず、何度も何度も繰り返し例の騎士が声を掛けに来たのだ。
はじめは丁寧に断っていたオーランドも三回を超えた辺りで声も態度も悪くなっていった。
五回目になると「そこまで話したい事があるなら自分でこちらに来るべきだろう。何度も断っているのが理解できないのか?」と言ってしまい、フィンさんとヤンスさんが頭を抱えた。
どうやらそれが相手の狙いだったらしい。
貴族が直接お願いすれば断れないだろう、という浅はかな思い込みなのだそう。
結局ゾロゾロと騎士を引き連れてきて「我、貴族の遣い也ダンジョンの探索を手伝わせてやろう。ウンヌンカンヌン。忙しいと言うなら其方達が持っている宝玉の献上でも良いぞ」という捻りもなんも無い、たかりだったのでヤンスさんが辛辣に手酷く追い返した。
当然の様に宝玉の献上を要求する辺りどんだけ世の中を舐めているのだろうか?
「次にこちらに近づいてきたら敵対行動と見做して攻撃に出る」
「なんと無礼な!」
「断り続けているハンターに対してしつこく声を掛ける方が無礼で周りの迷惑だ」
貴族はブチ切れるわ、ヤンスさんは荒ぶるわで、まともに休憩も出来なかった。
それでもなんとか食事だけは摂った。
フィンさんは入り口前で購入していたピタパンの様なサンドイッチ、俺達は以前作って【アイテムボックス】に入れておいたハンバーガーだ。
食事はそれぞれ別で本当に案内だけで良いので、クエスト内容的にはとっても簡単なんだけどなぁ。
自称貴族の遣いとは本当に相性が悪い。
はぁ。
なんだかんだで休んだ気がしない“休憩”だったが、長くいた所で疲れは取れないことは分かりきっている。
食べ終わり次第すぐにセーフティエリアを出た。
地下二階は隠し部屋は無いので下り階段に向かって一直線に進む。
途中ボラーレポルコスピーノが現れてフィンさんが悲鳴を上げたり、ヴェークローテが現れて俺が悲鳴を上げたりしたくらいだ。
ボラーレポルコスピーノは風魔法とオーランドの突きで危なげなく倒せたし、ヴェークローテもフロストで動きを鈍らせて皆で攻撃すれば前回の様に呑まれることも無かった。
俺の精神衛生上もう出ないで欲しいものである。
「なんて言ってたら出てくるのは知ってたよ。知ってたけどさっ!」
沸き立つ鳥肌に腕をさすりながら声を上げる。
「でも、こんなにいっぱい出るなんて聞いてないーっ!」
地下三階に降りてすぐの広場にヴェークローテが数十匹集まっていた。
フロストを掛けても掛けても追い付かない。
隙を見てオーランド達がいない方に向かってアイスバレットを乱射。
適当に放つだけでヴェークローテに当たるので、仲間に当てない様にだけ注意する。
オーランドも大剣に炎を纏わせ、次から次へと斬り伏せていく。
フィンさんもナイフと魔法を駆使して戦っていた。
ギルマスが「自分の身くらい自分で守れる」と言っていた通り、ヴェークローテ程度であれば問題はない様だ。
「キリがっ!ねぇ…なっ!」
ズバ、ズバッと一太刀で二匹、三匹と斬っているが、あれはオーランドだからできる事である。
ヴェークローテはその名の通り、岩の様な外皮で覆われているので、俺の剣じゃ傷一つ付かない。
弱点属性のフロストで動きを鈍らせた上でのアイスバレットだからこそ、俺でもダメージを与えられているレベルの硬さ(倒せる、では無くダメージを与えられるって所で察して欲しい)。
「キリト避けろっ!」
「?!!!」
オーランドの声に反応出来たのは意識だけだった。
フロストの切れたエリアに居たヴェークローテの舌が地面スレスレに伸びてきて、俺の左脚に絡まった。
ズボンの上からでもわかる、ぬめっとした生温かい舌の感触に更に鳥肌が立つ。
その一瞬の隙に、今度はものすごい力で引き寄せられる。
軸足を引かれ、バランスを崩した。
なんとか手を付いて頭を守る事は出来たが、ザリザリっと引き摺られて足先から太ももまでをバクリと喰われる。
ぬたりとした感触と、飲み込もうと蠕動する口内に頭が真っ白になった。
我知らず悲鳴を上げて、脚から竜巻を出していた様で、ヴェークローテが内側から破裂し、破片がビシバシと吹き飛んでいく。
竜巻の方向のおかげで自分には飛んで来なかったが、その被害は周りのメンバーに及んだ。
「くぉらっ!キリトッ!いい加減にしろォッ!」
「すすすすすみません〜っ!」
頭からヴェークローテのミンチを被ったヤンスさんの怒号に、即座に謝るが、許してもらえない。
エレオノーレさんやデイジーまでもが怒りに燃えた目でこちらを睨んでいる。
いや、女性にアレは酷い事をしたと自分でもわかるけど。
それでも仕方がないじゃん!
両生類は無理なんだもん!
オークの時のアレをやれ、とヤンスさんの指示で皆が俺の後ろに下げられた。
撒き散らされた仲間の肉に、危険を感じたヴェークローテ達が遠巻きにこちらを見ている。
複数の無機質な瞳が俺を捉えた。
ぞわりと背を這う嫌悪感。
「ーーーーっ!ああぁぁあアブソソソソソソソリュートジェえロぉーーーーっ!」
悲鳴だか詠唱だか判別がつかない声で魔法を放つ。
ぶわりと辺り一面が真っ白になり、時が止まる。
一拍の後にパキィンと高い音を立てて砕け散る。
そこには霜の降りた広場と、浮かび上がってきたドロップ品だけが残されていた。
「はぅ……」
そうして俺はまた気を失ってしまったのだった。
「……ん弱者なんだ。頼りないと思うかもしれんが、これでも有能なんでね」
「いやはや、あの範囲魔法には驚かされました。しかし、あれだけの魔法を放てば意識を失ってもおかしくありませんよ」
フィンさんにオーランドが話している声で目が覚める。
どうやらカエルが嫌いすぎて倒れたことを魔力切れで倒れたと勘違いしてくれているらしい。
数フロアをサッと歩き回っただけで、フィンさんは異常事態を理解した。
そもそもシュシュフロッシュやヴェークローテ、ボラーレポルコスピーノなんて、このダンジョンには元々出ていなかったらしい。
この近くに生息もしていないし、出現数からいっても紛れ込んだ線は薄く、完全新規のダンジョンの魔物だそうだ。
あとオーガブレーダーマウスとダブルホーンラビットもセットで現れることは無かったという。
ただし、この二種類のタッグに関しては、隠し部屋と関係があるかは未定だそうだ。
少なくとも俺たちが開いた隠し部屋の数だけの新規の魔物に、おそらくもう一部屋空いているはずのボラーレポルコスピーノに関しては間違いないだろうと認めてくれた。
ただ、それから導き出される、隠し部屋を見つけた人間が苦手とする相手が増えるのでは?という仮説に関しては鼻で笑われてしまった。
グンターさんは一人で潜っていて、空と大地の魔物がタッグを組んで現れる方がきつかっただろうし、俺が嫌いな蛙系が急に二種類増えるなんてありえないだろう。
そうチラリと話してみれば、考えすぎでは無いか?とまた笑われる。
事実なのにー!
でも【鑑定】について話す訳にもいかないし、理解はしてもらえなくても、報告しておく事が大切なのだとエレオノーレさんが言う。
仕方ないよね。
更に、セーフティエリアに入るとまた「我、貴族の遣い也(以下同文)」と湧いてくる。
しかもその貴族の遣いが言うにはヴェークローテを階段前広場に集めたのは彼等らしい。
追い回されて、なんとかセーフティエリアに逃げ込んだが、出口周りに蛙が集まってしまった。
集まり過ぎてしまった。
自分達が出る事も出来ないし、他のハンターも、食料を運んでくる部下も入れず、閉じ込められる形になってしまったらしい。
そしてそこでよりにもよって「仕方ないから連れてきていた下っ端を囮にして追い払った」と言い放った。
いやそれ犯罪なのでは?
その下っ端さんは無事に逃げられたのだろうか?
階段下に集まっていたので逃げられたのだと思っておこう。
そして、その『貴族の遣い』は、こんなに大変な目に遭ったのは俺たちのせいであると主張を続ける。
その罪を償え、と謎の理論を持ち出して今まで手に入れた宝玉やマジックアイテム全てを要求してきた。
他人が手に入れたから欲しくて勝手に乗り込んできて、欲張ったけど自分達が力が足りなくて魔物に追い回された。
それでも自力で手に入れられないので、お前達が手に入れたものをすべて寄越せ、なんて音痴なガキ大将小学生でも言わなくない?
いくらなんでも無茶過ぎるし、ウザすぎる。
相変わらずヤンスさんが正論でぶった斬り、追い返してくれたが、此処にも長居は出来なかった。
一晩休む予定だったのだが、奴等が鬱陶しすぎて、仮眠を取るだけで出発する事になった。
見張りを二人に替えて一時間ずつ休み、さっさとセーフティエリアを出た。
休んでる間も何度も近寄ってくる為、魔法や矢を牽制で放ち、追い払う必要があったのだ。
そして、この『貴族の遣い』は他の階にも居やがった。
おそらく低層階上下全てのセーフティエリアに『遣い』を滞在させているのだろう。
四度目でフィンさんが寝不足の座った眼でギルド章を荒々しく突き出した。
五百円玉くらいのピンバッジで、ハンターギルドのマーク、剣と杖と盾と槍と矢が交差した複雑なマークである。
そして大声で彼等に「マナー違反だ」と通告する。
一緒にセーフティエリアにいた他のハンター達が一斉にこちらを見た。
曰く、ハンターが断り続けているのにしつこく言い寄るのはダメ、貴族だとしても許されない行為である。
これはハンターの生活、活動を阻害することにあたる。
現にあなた方のせいで、自分を含め彼等はまともに休憩を取ることも出来ていない。
これではいつ命を落としてもおかしくない。
この件に関しては自分からギルドマスターに正式に報告し、記録を残した抗議をさせてもらう、と宣誓したのだ。
その言葉に『貴族の遣い』は震え上がる。
そりゃあそうだろう。
自分のせいで主の名を貶め、貴族としての弱点を作る事になりかねないのだ。
ふぁー!かっちょいー!
頼りになるー!
フィンさんサイコー!
俺たちはフィンさんの後ろで小さく拍手を贈った。
ぶっちゃけもう眠すぎて探索出来る状態では無いのだ。
良いぞもっとやれ!
「いやいや、他のメンバーが勧誘してたなんて知りませんでしたので!この後すぐ周りの遣いの者達に連絡して撤退させます。ですので早まらないでいただきたい!」
『貴族の遣い』達は顔を青くして脱兎の如く逃げ出した。
フィンさんのおかげで、その晩は静かに寝ることが出来たとだけ記しておこう。