罪と罰の訳 2
セーフティエリアに入ったらすぐ皆に相談することにした。
一応念の為に空気の幕を作って声が外に漏れない様にする。
天幕を張りつつ手早く説明していった。
「……という訳なんだけど」
「マジか。シュシュフロッシュみたいな金になるやつばっかじゃないのなら困るな」
「現にボラーレポルコスピーノみたいな厄介な魔物も現れているしな」
数組のハンターパーティが休んでいるセーフティエリアの隅を陣取って、少し広めに天幕で囲んで壁を背にタープを張り、円になって座る。
円になってはいるが、他のハンター達が居る側に座っているオーランドとヤンスさんはそちらを向いている。
俺たちは二人の背中を見ながらの少し変わった話し合いだ。
ハンター同士の暗黙の了解で、こうやって話し合っている時は他人に聞かれたくない内容の相談中なので、余程のことがない限りハンター達は近寄らないんだそうだ。
「だからキリトもそういうハンターを見掛けたらちゃんと距離を取っておけよ」とオーランドに強めに注意される。
もう三年近くハンターをやっているが、この世界に不慣れなせいか、商人と兼業しているせいか、まだ知らない暗黙の了解とかルールとかが多い。
こういうの講義は無いのかと聞いたら「んなもんない。ハンターになる前に引退したおっさんや、パーティの先輩に教えられて覚えるものだ」と言われてしまった。
ラノベのそういうギルドみたいに、ギルドでこの辺をきっちり教える様にしたら良いのにな。
まぁ、一応三本の槍みたいに教導システムみたいなのはあるっぽいけど……。
「あ、ちょっとストップな。変な奴らがこっちに来てる」
「え?」
オーランドの言葉に驚く。
気にしていた探索魔法の地図に赤丸は表示されてはいなかったからだ。
だが、確かにまっすぐこちらに向かってくる白丸の一団が表示されていた。
視線を上げれば一目で厄介なのが分かるグループである。
貴族っぽい偉そうなカイゼル髭のおっさんが大量の騎士っぽい人達と、雇われたと思しきハンターを引き連れている。
ハンターの男性は俺たちの座り方を見て、なんとかおっさんを止めようとあれこれ話しかけているが、おっさんも騎士らしき人達も疎ましそうに追い払うだけで全く聞いていない。
とりあえず、彼等がぶつかる前に防音魔法は解いておこう。
「オイ、そこの。私達に協力させてやろう。貴族からの依頼だぞ?お前達の様な下賎な者達には喉から手が出る程欲しい依頼であろう?」
「カケラも欲しいとは思わねェな。こちとら忙しいンだよ。さっさと他のハンターに依頼しな」
ハンターに理由を説明されて止められている中でも、無遠慮に声を掛けてくる。
しかもその物言いの横柄さときたらとんでも無く失礼で、俺ですらカチンとくるレベルだった。
まぁ、例によって例の如くヤンスさんが苛烈にお断りしたけど。
「なな、な、ぶ、ぶぶぶ、無礼な!」
「無礼で失礼で迷惑なのはそっちな。断りの理由まで説明されても理解できない残念な頭みたいだが、本当にお前ら貴族なのか?貴族ってのは礼儀作法をきっちり仕込まれているはずなんだがな?酒樽の上にご立派に乗ってるのはカボチャか?」
鼻で笑うヤンスさんに開いた口の塞がらない自称貴族のおっさん。
後ろにいる騎士っぽい人達も、怒るより先に肩を震わせて笑っているので、人望もあまり無い様に思える。
俺だったらもう心がズタボロになっている様な返事を受けても、さらに何度か言い合いを繰り返した自称貴族のオッサン。
一を返せば五にも十にもなって返ってくるヤンスさんの暴言で、最終的には「お前らの様な無礼な奴等など不要だ!侮辱罪で死刑にしてやる!」と言い捨て、ドスドスと歩き去って行った。
残念ながらダンジョンは全てが自己責任の場所で、侮辱罪の対象外のエリアである。
以前エデルトルート様に教えられた。
俺、ちゃんと覚えてる。
こちらこそあんたらみたいなオッサンなんて願い下げだよ。
べーっ、だ。
念の為あのオッさん達が出て行ったことを確認してから改めて防音魔法を張り直して話し合いを始める。
ギルドに相談に行くにしても、鑑定スキルのことを話す訳にはいかないので、『仮説』を立ててからの報告になるらしい。
「まず、明日三階の隠し部屋さえ見つけられれば、地上も地下も一階、三階どちらでも隠し部屋が見つかっている事になるから、奇数階にあるってのは言っても問題ないな」
「そうだね。でもその情報が漏れたら今度は魔物が溢れない?」
オーランドが、こちらにチラリと視線を送って建前で言えそうな事を提案する。
奇数階にある事が分かっていれば、他のハンター達もそこに群がるし、他の隠し部屋が開けられるのは時間の問題だろう。
でも、それが開けられることによって魔物が増えてスタンピードが起こってしまったら取り返しがつかないよ?
そう返すと、ヤンスさんが首を振った。
「いや、多分隠し部屋開けたら魔物が増えるってのは信じてもらえない」
「そうね、下手したら笑われるだけになるかもしれないわね」
ダンジョンの魔物はたまに急に数が増えたり、種類が増えたりするらしい。
それだけでなく、そのフロアに出現する魔物全てをただの一ハンターが把握することなど出来ない。
ハンターギルドである程度把握していても、前述の様に急に変わる事もあるのだ。
それを口にした所で、原因が隠し部屋を開けたからだとは信じてもらえないだろうとの事。
「でも、言わないわけにはいかないですよ。流石に“見つけた人の苦手な魔物が出る”とは言えないですけど」
「だな。とりあえず言っておいてそういう考え方もあるか、程度にでも覚えておいてもらうしかないな」
先ほどの様に邪魔が入る事を危惧して、手早く相談を終わらせる。
とりあえず明日は、鑑定結果が正しいかを検証する為に、三階で隠し部屋を開けて、魔物が増えるかどうかを調べる事になった。
どんな魔物が追加されるか考えるだけで気持ちが重くなる。
頼むからまたカエル、というか両生類だけは勘弁してください。
他にも隠し部屋を開けた者がいないか、新しい魔物についてなどを周りのハンター達に確認する予定である。
「よし、やることは決まったな。じゃあ飯だ飯!」
「サンドイッチなら匂いは漏れないでしょうか?」
デイジーがそう言っているのを見て何かが引っ掛かった。
匂いって匂いの粒が空気に乗って鼻に届くんだよね?
じゃあこの防音の魔法使ってれば良くない?
例えばこれに消臭フィルターみたいな機能を載せたら解決じゃない?
ちょっと試してみようかな。
俺は手元に防臭の魔法を発動させてみた。
バスケットボールくらいの大きさの消臭フィルター機能のついた空気の膜である。
焼きたてパンをその魔法の中で【アイテムボックス】から取り出した。
「焼きたてじゃないパンもあったんですね」
「いや、焼きたてパンだよ」
俺の手元のパンを見て笑顔になるデイジーにニンマリと笑いながら応える。
これなら周りのハンターに迷惑を掛けずに調理できるし、美味しいものが食べられる!
魔法の説明をして、改めて大きく消臭魔法を張った。
なんだかんだ言って食いしん坊うちのパーティである。
新しい魔法は大歓迎された。
そして翌日、また隠し部屋で宝玉を見つける。
今回はまたギミック付きで、鍵穴が偽物だった。
これに関してはヤンスさんが速攻で気付き、他に罠やギミックが無いかダブルチェックで慎重に確認した後、後ろに隠されていた鍵穴から解錠した。
中から出てきたのは薄赤い宝玉。
その名も『爆破の宝玉』。
一回限りではあるが、どんな壁でも破壊できるんだって。
ドラ●エⅢかよ!
そしてやはり隠し部屋を開けた為、更に魔物が増えていた。
今度はヴェークローテ。
ぎゃー!またカエル!
マジやめて!
ほんとやめて!
しかも今回のは大型犬くらいの大きさのゴツゴツしたガマガエルだ。
ぬるぬるヌメヌメしたシュシュフロッシュよりは多少マシな見た目だが、攻撃がえぐい。
ビョンッ!と見た目に見合わぬ機敏さで移動して、その巨大で体当たりしてきたり、ぬめぬめした長い舌が、ものすごいスピードで伸びてきたりする。
その舌で巻き取られたら全ては終了である。
一瞬の後にあらゆる物が口の中に吸い込まれ、ごくりと丸呑みされてしまう。
動くものは全て餌だと思っているのか、瓦礫や投げナイフなどまで飲み込んでしまう。
初見の戦闘で腕を飲み込まれてしまった時には、目の前いっぱいにあるガマガエルの皮膚でパニックになってしまい、反射的に腕の周りで爆発を起こしてしまった。
もちろん自分の放つ魔法からは防御しているので俺を爆発が傷つける事はなかったし、蛙は呆気なく爆発四散した。
ーーーその破片を撒き散らして。
びたびたびたっと降り注ぐ蛙の肉片。
それが何か理解出来てしまった時にはもう全てが遅かった。
「ーーーーーーーーーーーっ?!!!!!!」
ーーーばたーん。
そこで俺の意識は途切れた。
倒れた俺をエレオノーレさんが洗浄を掛けてくれ、ジャックが運んでくれたらしいが、ダンジョンの外に出るまで俺の記憶は何も無かった。
ただただ理解したく無い現実から目を逸らし続けていただけである。




