罪と罰の訳 1
新しくした探索魔法のおかげで、シュシュフロッシュに悩まされる事なくスムーズに探索する事ができる様になった。
以前からの探索魔法に赤丸が出てきたら魔物検索、シュシュフロッシュの場合、出てくる前に地図を拡大する。
拡大された地図に示された場所を特定して、そこに向かって氷の刃を飛ばすことで、抱きつかれる前に駆除が可能になったのだ。
「抱きつきカエルなんてもう怖くないぞ」
「……」
急に反応の変わった俺に、オーランド達が胡乱げな視線を向けてくるが、結局は何も言われなかったのでよしとする。
俺が騒がなくなり、移動スピードが上がったので“どうやっているか”には目を瞑る事にしたっぽい。
新しい戦法のおかげで比較的早くこのフロアの地図が書き上がる。
やはり、教えられた場所以外に隠し部屋はなく、下に進む扉の前に到着した。
先に進むには簡単なパズルを解かなくてはならないらしい。
四、五歳くらいの子供が遊ぶパネルに嵌めるタイプのパズルで、下に落ちているピースを扉にある枠に正しく嵌めれば開く様になっていた。
地面に落ちているピースは、つるりとした石で出来ていて、レリーフとしてダブルホーンラビットが描かれている。
念の為、枠に嵌めてみれば、扉は一定時間開きっぱなしになっていて、しばらくするとばたりと閉じて、またピースが地に落ちる。
「せっかくなんだし、下の階見に行かない?五階まで降りて、転移陣で戻りましょうよ」
「いや、このフロアでも結構危なかった。安全性を考えるならこのまま戻って上のフロアを探索するべきだ」
階段を登りたくないエレオノーレさんと安全マージンを取りたいオーランドの意見が割れた。
ジャックは当たり前にエレオノーレさん側についたし、ヤンスさんもそちら側。
俺とデイジーはオーランド側について意見が真っ二つである。
いや、普通に危なかったじゃん。
ダブルホーンヘアーとか複数匹出てこられたら絶対アウトでしょ?
そして始まる仁義なきジャンケン大会。
「「「ジャーンケーン……」」」
チョキ、チョキ、チョキ、グー、チョキ、チョキ。
勝ったのはただ一人グーを出したオーランド。
まさかの一発で決定するとは。
とりあえず、上の階に向かってレッツゴー。
階段を登って登って登る。
途中休憩を取って地下一階のセーフティエリアで一泊。
このあいだ程人は居なかったので、全員分の天幕を張ることが出来た
階段を登っている時に、人がたくさんいるダンジョンでの調理はマナー違反だと教えられたので、アイテムボックスに入っていた料理や携帯食を取り出して食事にした。
それでも周りからの視線は減らなかったけど。
「そりゃあお湯で料理を戻したり、お茶淹れたりしてたらなぁ……」
「焼きたてのパンとか出てきちゃいますし、ねぇ?」
「いいのよ。見たいやつには見せとけば。自分たちが買わないのが悪いんだから」
携帯食といってもヒメッセルトのダンジョン近くの農村で作ったヤツなのがいけなかったらしい。
フリーズドライのキューブにお湯を入れる事で、すぐにスープになるのだが、その時に良い匂いが漂う。
あと、パンもここで焼かなかったとしても、焼きたてを出したのなら一緒だと。
調理がいけないのではなく、周りに美味しい匂いを振り撒くことがいけないらしい。
ぶっちゃけ……めんどい。
この携帯食は一部の村とはいえ、売られているものだし、購入制限なども無い。
他のハンター達だって自由に購入できる物だ。
誰でも購入出来るんだから、やったっていいじゃない?
文句あるなら自分達も買うか調理したらいいんだよ。
お湯くらい簡単に沸かせるでしょ?
「あ、ここでコレ販売するのは無しですか?」
「やっても良いが、多分目をつけられるぞ?パーティの引き抜きやら、貴族のお抱えやら、強奪・強盗・夜這い、他にも面倒ごとが群れなしてやってくると思うが、本当にやるつもりか?」
「ア、ハイ。やめときます」
ダンジョン出張販売は、法的に問題はないけれど俺の平穏な生活は望めなくなる、とヤンスさんに説明されて即諦めた。
ちょっとお金儲けするチャンスかな?なんて思った俺がバカでした。
スプーンを咥えてすごすご引き下がる。
そうして、周りの視線を無視しながらなんとか食事を終え、休息を取る。
翌朝早めにセーフティエリアを出て、地上二階へ向かう。
驚いたことに、地上一階に魔物が湧いていた。
とはいえ、最弱スライム(これが正式名称)と呼ばれる、その名の通り弱々しい魔物である。
サイズも大福サイズで小さい上に動きも遅いし、何かに覆い被さって消化するだけのスライムで、街に住む子供でも踏めば倒せる程だ。
俺達が遭ったのは一匹だけだけど、他のハンター達に聞けば、何件か目撃情報が上がっているそうだ。
なんかラノベではそういう魔物をすごい数倒す事でチート能力を得られたりするけど、ここだとどうなんだろうね。
魔物が現れないと有名だった一階に、最弱とはいえ魔物が現れたことを不思議に思いつつ、二階に上がる階段を登る。
上がってすぐの場所に早速ヤツがいた。
「フロスト!」
ヤツの周りの温度を急激に下げて凍死させればポトリと壁から落ちてくる。
それを出来る限り視界に入れない様にして【アイテムボックス】に収納すれば駆除は終了だ。
他に出てくる魔物も地下とほぼ変わらず、索敵と排除をしながらサクサクとマッピングを進める。
相変わらずシュシュフロッシュはアホみたいな数出てくる。
なんでこんなに出てくるんだよ。
初日とか何処にもいなかったじゃん!
一日掛けて二階のマッピングを完成させたが、このフロアにも隠し部屋は無かった。
セーフティエリアで一晩休み、三階へ。
こちらもシュシュフロッシュだらけで辟易するよ。
良い加減にして欲しい。
そして何故かまた魔物の数が増えた。
今度はヤマアラシ的なトゲトゲの魔物である。
「げっ!ボラーレポルコスピーノだ。奴が針をこっちに向けてきたら全力で壁に貼り付け!」
ヤンスさんが物凄い嫌そうにその魔物を見ると、早口で指示を出す。
その直後、ヤマアラシの魔物がワサワサと生えている針をこちらに向けてきた。
ざわりと背中に嫌な予感が走り、言われた通りに全力で右の壁に張り付いた。
その直後、背後に風が抜けて行き、遠くの方でガガガガガガガッカランカラン……と硬いものが沢山ぶつかり合う音がした。
ボラーレなんとかを見れば、背中の針が無くなってモグラとカピバラを足した様な姿になっている。
しかし、その背中からはまたニョキニョキとあの硬い針が生え始めている。
生え揃えばまた一斉に飛ばしてくるのだろう。
「キリトちゃんっアイツが針向けてきたら向こうに向かって強い風吹かせられるか?!」
「やってみますっ!」
避けやすい様に皆でまた一塊になりつつ、次の指示を出される。
イメージは台風の風。
まともに目も開けられず、前に進めない程の強い風。
ボラなんとかヤマアラシが針をゆっくりこちらに向けてくる。
「突風!」
ーージャっ!
俺が魔法を発動させるのとヤマアラシの針が放たれるのは同時だった。
前方に向かって強い風が吹き、針ごとヤマアラシを吹き飛ばす。
「「きゃあっ!」」
前方の風に吸われる様に後方から風が吹いて、女性陣から悲鳴が上がる。
そうか、風魔法だとそういう事も起こるのか。
オーランドが風に乗って走って行き、ヤマアラシにトドメを刺した。
結構な距離を飛ばされていた様で、目を回して倒れていたらしい。
「なんでこんなとこに急にアイツが現れるんだ?」
ヤンスさんが納得出来ないといった表情で溶けて床に消えていくヤマアラシを睨みながら呟く。
今はまだそこそこ通路が広いからあのヤマアラシからの攻撃を避けれているけど、逃げ場のない狭い通路などで、この勢いで針を発射されるとマジ危ない。
全身串刺しの剣山になってしまうだろう。
今回みたいに風魔法で針を防ぎ、飛ばされた針を叩き落としてすぐに攻撃できれば、あちらにも身を守る術がない様で、比較的簡単に倒すことができるだろうが、普通はなかなか難しいのではないだろうか?
しかも、これ、一匹や二匹ではない。
念の為探索魔法の範囲を広げて確認したところ、他の魔物と同じくらいいるのだ。
この、あー…えーと、ボラーレポルコスピーノというヤマアラシの魔物が。
この急な魔物の出現はおかしい。
今のところ、地下と地上では該当階で同じ魔物が出ている。
攻略されているフロアの数が違うので、先に進めば変わってくるのだろうけれど、現時点ではほぼ同じである。
にも関わらず、急にボラーレポルコスピーノが現れた。
それも、昨日は現れなかったのに、今日の朝から突然だ。
(もしかして……)
俺は妙な確信を持ってダンジョンを鑑定する。
罪と罰の塔
地上階と地下階に分かれた塔型の高難易度ダン
ジョン。五階毎に転送部屋があり、地上一階に
戻る事が出来る。
奇数階に隠し部屋があり、一つ解放する度に魔
物の数と種類が増え、ダンジョンの難易度が上
がる様に設定されている。
増える魔物は隠し部屋を見つけた者が苦手とす
る魔物がランダムで選出される。現在地上五、
一、地下一、三階の隠し部屋が見つかってい
る。
嫌な予感ほど当たるものである。
もしかしなくても隠し部屋が開くごとに魔物の数と種類が増えて、難易度が上がるとか馬鹿なのかな?!
いや、逆か?!
逆だな?
これ程ハンターの首を絞める罠はない。
だってさ、隠し部屋には高額で有用なマジックアイテムが眠ってる可能性が高い訳じゃん?
大体みんな自分の力で乗り切れる範囲で探索してるから、よっぽど酷いのが出ない限り自分が苦手な魔物が出ても他の人が倒せれば良いし、一攫千金なんだから探さない訳は無い。
だって高額で売れるマジックアイテムを手に入れたら攻略自体意味無くなるもん。
外に出れさえすれば良いのだ。
でも、急に増えた魔物に困るのは他のフロアを探索している他のハンターである。
例えば最前線で攻略してるハンターはどうなるのだろう?
自分達のギリギリで攻略しているとこに、予定外の魔物が急に増えたら?
隠し部屋を開けた人が苦手とする魔物が、彼らも苦手とする魔物だったら?
やっば!
ヤバヤバのヤバ!
ちょっとした欲望で、洒落にならない人的被害が出るんじゃない?!
これ、絶対ギルドへの報告案件でしょ?!