190 マッピング! 4
「あ、あの時の!」
入ってきたパーティの内の一人、十代くらいの獣人の女の子が声を上げてオーランドとジャックを指差した。
そして仲間達に何事かを話しながら視線を移し、俺を見つけると、一気に距離を詰めてくる。
かなり距離があったはずなのに一息でゼロ距離だった。
「君君っ!あれっ!アレだよね!隠し扉見つけてた子!絶対そう!変な動きしてたし、変わった匂いだったからあたし覚えてるよ!ねぇねぇねぇどうやってあの隠し扉見つけたの?!匂い?音?勘?何が決め手なの?教えて教えて!あとあと、そのパンとっても美味しそう!お願い!少しで良いから分けてくれない?あ、やっぱり一個頂戴?だめ?」
がしぃっと、食べかけのパンを握った俺の手を掴んで、次から次へと質問と要求を投げかけてくる。
質問というよりは心の声がダダ漏れな感じかな?
ついでに「いい匂いがするから他の食べ物も分けてくれ」とちゃっかり要求しているのが妙に憎めない。
丸い耳と独特な模様の尻尾に、短く整えられた黄色い髪に黒い模様が幾つか見えるので、おそらく豹の獣人ではないだろうか?
顔がとても小さく、大きなアーモンド型の目がアイドルっぽくて、大変に可愛らしい。
身長はそこそこ高くて、俺と同じくらい。
スレンダーで健康的なボディをしていて、手脚が細長く、陸上部の女の子を思わせる。
ふんふんと鼻息が荒く、にこにこ手を取られると好みかそうでないかなど関係なく、ドキドキする。
こちらの猫科獣人さん達は何故こんなに可愛らしくて距離感が近いのか。
うっかり撫で回してセクハラで捕まりそうだ。
頭の隅を小柄で豊満ボディな黒猫カトライアさんが横切りつつ、頑張って少女から距離を取る。
まぁ、手を取られているからそれほど離れられるわけではないのだけど。
「こらマルガッ!またそういう事して!他所様に迷惑かけちゃダメだっていつも言ってるでしょ!」
「だってイルマ、この子に聞いて隠し部屋探すコツとか教えてもらえたら嬉しいじゃん!マジックアイテム見つけられたら大儲けなんだよ?!ウハウハだよ?!」
イルマと呼ばれた魔法使いの女性が獣人少女をポカリと叩いて、俺から引き剥がす。
襟首を掴んでずりずりと引き摺った。
それに全く懲りずに言い訳をしている獣人少女の頭を押さえて強制的に下げさせ、自らもこちらに向かって頭を下げる。
後から来た他のメンバーも慣れた様子で頭を下げ、謝意を伝えてくる。
ハンター同士だとマウントの取り合いが多いはずなのに、自然に謝罪できるのがすごい。
というか手慣れている。
手慣れ過ぎだ。
多分この娘は普段からこうやって暴走しちゃうんだろうな。
せっかくなので、彼らも近くに防水布を敷いて休憩を取る事になった。
報酬を用意するから少しだけ話を聞かせてくれ、とイケメンな剣士に丁寧にお願いされ、うちのお人好しイケメン剣士、オーランドが止める間もなく了承した。
嫌そうな顔のヤンスさんに対して笑顔で頷くオーランドの対比が妙に笑える。
「君達が新たにマッピングして隠し部屋を見つけたと聞いたから、私達も自分達でマッピングする事にしたんだよ」
「へぇー」
幾つかの情報を交換して、お互いにマッピングしながら進んでいる事が分かった。
チラッと地図を見せ合うと、俺たちの知らないエリアまでマッピングされている。
どうやら彼女達は右回りで書いているらしい。
「うちはノーラがマッピング担当なんだよー」と獣人少女、もといマルガがデイジーと話し込んでいた神官の肩を抱いてこちらに押し出す。
幼く見えていたが、どうやらドワーフ少女らしく見た目通りの年齢ではない様だ。
あわあわとあわててマルガの手を退けようとする姿がコミカルで可愛らしい。
アトラさんよりは幼そう?
って事は百歳いってないかな?
ぼさっとした前髪で目が隠れているが、むしろそれが愛嬌があってかわいいのだ。
なんていうか、ぬいぐるみっぽい。
マルガはやはり豹の獣人だった。
足が速く、閉鎖されたスペースでも自由自在に走り回るんだって。
壁走りくらいはヨユーなのだそうだ。
リアル壁走りが見たすぎて、ソーセージを一本あげるから走って見せてくれないかお願いしたらあっさりと見せてくれた。
しゅたたたたっと漫画の様に壁を走り、あっという間にセーフティエリアの端まで行ってしまったマルガは、すぐに戻ってくると焼き上がったソーセージに嬉しそうに齧り付いていた。
俺がくだらないお願いをした為、あちらも言いやすくなったのだろう。
ノーラに地図を写させて欲しいとねだられた。
折角なので同じ様にこちらも写させてもらうことにする。
お互いにお目付役っぽい人、こちらはヤンスさん、あちらは槍を持っている大きな男性が付いて、どちらにも損がない様に取り計らってくれた。
俺たちがお互いの地図を写しあっている間、他のメンバーはこの階で出た魔物情報の交換や、街で売ってる便利な品物の情報を交換してくれている。
漏れ聞こえる話を聞くともなしに聞けば一階でやらかした時に結構早い段階から俺たちを観察していた様だ。
しかもよくよく聞けば、同じ宿に泊まっているらしいよ。
「女性が多いからね。高くても安全な宿にしないと」
リーダーらしいイケメン剣士が胸を張っているが、あの宿はあまり安全とも言い難い。
エレオノーレさんとデイジーから浴室に覗き穴があり、覗かれていた一件を暴露した。
一応塞ぎはしたが、穴を開けるなんて簡単なので入浴前に壁を確認する様に注意喚起する。
「は?!マジかあの助平ジジイ!許せないわ!」
大人しそうだと思っていた魔法使いの少女、イルマがブチ切れ、剣士も黒い微笑みを浮かべている。
他の女の子達も口々に文句を言っているが、かなり酷い言葉が飛び交っていて、めちゃくちゃ怖い。
とりあえず怒りが収まるまでそっとしておく方が良いだろう。
彼等はもう少しこのフロアを巡ってみるとのこと。
浴室に関しては宿に戻ったら調べてみるそうだ。
黒い笑みを浮かべて武器の手入れをする彼らが短慮に走らないことを祈ろう。
食事も情報交換も終わり、天幕や調理器具なども全て片付けてしまうと、俺達は彼らより先にセーフティエリアを出た。
写させてもらった地図と、探索魔法と、その場の情報を照らし合わせながら地図を仕上げてしまう。
残りの半分回ってみたが、やはり隠し部屋はなかった。
探索魔法に【鑑定】を使っても見付けられず、おそらくこのフロアに隠し部屋はないと判断した。
隠し部屋は早々に諦めて、ダブルホーンラビット狩りに切り替える。
オーガブレーダーマウスとセットで出てくることが多く、地味に小さい傷が増えてきた。
デイジーに回復を任せて俺は出現ポイントを地図に書き込み続ける。
もう一晩はこのフロアで過ごす予定なので、じっくり歩き回った。
おかげでダブルホーンラビットの肉も毛皮もツノも充分な数が得られた。
しかし、順風満帆とはいかないのがダンジョン攻略である。
狼やスライムだけでなく、急に蛾やヒル、ネズミ、ムカデなど様々な魔物が大量に現れはじめたのだ。
その中でも一番こたえたのは希少種と言われているシュシュフロッシュだ。
見た目は手のひらくらいの大きさの雨蛙だが、コイツの嫌なところは、気配を消して天井や壁から飛びついてくるところである。
しかもその皮膚にはじっとりとした弱毒の粘液を纏っている。
べちょりぺたりと張り付く、あのなんとも不快な濡れた感触と両生類特有の皮膚の気持ち悪さ。
吸い付く様な張り付く様な……うううううわぁぁっ!(ぞわわわわっ)
思い出しただけで怖気が走る。
魔物とはいえそれほど強くなく、床に落として踏んだり切ったりすれば倒せるし、時折口から毒を吐く程度で、それすら簡単に避けられる程度だ。
しかし、コイツは死角から気配なしに飛びついてくるし、飛びついて張り付いたコイツを引っ剥がす為には掴まなくてはならない。
それが難易度が高い。
何が言いたいかと言うと、とにかく気持ち悪いのだ!
俺は爬虫類は好きだが、両生類だけは駄目である。
画面越しに見ているのであれば可愛いと思うこともあるが、目の前に居るのは無理だ。
何より触るなんてありえない!
無理中の無理だ。
なのに。
なのにだ。
コイツは『希少種』と呼ばれる魔物でありながら何匹も何匹も現れる。
しかも何故か毎度毎度俺に飛びついてくる。
首筋や顔、手の甲など、わざわざ布で隠れていない場所に狙ったかの様に張り付いてくるんだよ!
「ぎゃーーーーーーっ!またきたー!!!!」
「うるせぇぞ少しは声を抑える努力しろ」
ぺったりと首筋に飛びついてきたシュシュフロッシュに反射的に悲鳴が上がる。
そんな俺からシュシュフロッシュを引っ剥がしてサッと首を落とすヤンスさん。
すぐに触れられた場所を洗浄魔法で洗うが、張り付かれた感覚は消えない。
うひぃぃぃっきもちわるいぃぃっ!
首の後ろをゴシゴシと擦って残った感触を消そうとするが全く消えてくれず、全身が粟立つ。
毒に関しては洗浄で消えるほどの弱さなので問題無いが、コイツらの存在が耐えられない。
何故、よりにもよって俺にだけ飛びついてくるのか。
「でもキリトのおかげで大儲けじゃない。なんだったらもう一日このフロア回って今度はシュシュフロッシュ狩りする?」
「勘弁して下さいっ!」
エレオノーレさんがにやーっと悪そうな笑顔で提案してくる。
この蛙の肝がオーク氏の睾丸と合わせると子作りに良い薬になるらしく、大変高額で売れるそうだ。
オークのだけでもある程度効果があるのだが、シュシュフロッシュの肝が入ることで子供が出来やすくなるらしく、お貴族様達に大人気らしい。
狩ること自体は簡単だが、見つけることが大変困難だとして高額で売れるし、いつだって需要過多であるらしい。
ウハウハになっている仲間達と全身に鳥肌を立てた俺。
しかもコイツのドロップアイテムはコイツの本体全てである。
首を落とされたばかりの蛙を収納しろと言われても、こんなやつアイテムボックスに入れたくない。
でも俺の仕事だろ?と楽しそうにヤンスさんに言われて泣く泣く収納している。
採れたてほやほや新鮮ピチピチの蛙の死体だよ(やけっぱち)
そんなこんなでその日はもう一度地下二階のセーフティエリアで休んで翌日地下三階に向かった。
下の階に進む階段の前には、わかりやすく観音開きの扉があり、その中央にはなぞなぞが書かれていた。
この世界では小さな子供でも解ける程度の簡単ななぞなぞで、オーランドがシュシュっと解いてしまった。
無理矢理日本風にするならば「高い所にいる生き物はなーんだ?」みたいな感じで、答えを聞けば下らない駄洒落的なものである。
罠といい問題といいこのダンジョンはちょっとこちらを馬鹿にしすぎてはいないだろうか?
キリト、不運発動。
カエルホイホイ。




