マッピング! 2
中学校の教室ほどの広さの部屋。
壁は切り出した石を組み合わせて作られており、表面は研磨されていない。
触れたら皮膚を傷つけそうなざらつきである。
その部屋の中央に五センチばかり高くなった場所がある。
絨毯まで敷かれていて、その中央にザ・宝箱とでも言うべき箱が置いてあった。
「相変わらずダンジョンは性格が悪いね」
「お?キリトちゃんも気付いたか」
この宝箱はダミーである。
パッと見れば箱の様に見えるが、よく見ると蓋と本体にも分かれておらず、溝が彫られただけのただの木の塊である。
部屋を【鑑定】すれば、段差の奥に本物の宝箱がある事がわかった。
しかも、ダミーに一度でも触れると本物の鍵が掛かって開かなくなるギミック付きである。
「ダミーに触ったら本物が開かなくなるとか意地悪すぎない?開けはしなくても絶対触るじゃん?普通」
「確かにな」
ギミックに気付くのが後数秒遅かったらヤンスさんが罠チェックで触っていたかもしれない。
目視チェックで蓋がダミーだと気付いて警戒していた事が幸いした。
ダミーに触れない様に話し、段差の裏に回る。
少しだけ掘り下げられて隠される様に置かれたトランクタイプの薄汚い箱。
それがここの本物の宝箱だった。
色褪せた緋色の布張りの横に細長く薄いそれは縦三十センチ、横百センチ、高さ十センチほどの大きさ。
簡単なベルトで閉められただけのそれは異常なくらい魔力が満ちている。
多分この魔力がダミーの宝箱と連動していて開けられなくする為の物なのだろう。
「キリトちゃん、これは触って大丈夫なんだよな?」
「はい、大丈夫です。俺が見る限り罠は無さそうです」
さっきの例もある為触る前に確認してくるヤンスさんに答え、他に怪しいものがないか【鑑定】を繰り返す。
結果は宝箱(罠無し)だけだった。
色々点検していたヤンスさんがベルトを外し、蓋を押し上げる。
中から出てきたのはオシャレなブーツだった。
最後の幻想とかに出てきそうな、ふくらはぎの中程くらいまであるブーツで、ゴツいベルトが三本付いている。
品の良い艶消しの黒いそれは、ソール部分に不思議な模様が彫られている。
シーフズブーツ(三年)
足音と気配を消す事の出来る魔道具。匂いは完
全には消せないが、狼系の魔物以下であれば気
付かれない程度には隠せる。
踵を打ち合わせることで機能が発動し、二度打
ち合わせることで解除できる。靴のサイズは自
動調節可能。定期的に魔力を流し込む事で効果
を延長する事ができる。現在は三年分。物理的
に破壊されればその範囲ではない。
「うわぁ……すっげ……」
これ、かなり良い物では無いだろうか?
所謂魔法武具的なやつだろう。
サイズの自動調整とかかなりチートでは?
発動条件や解除条件も簡単で、しかも魔力を注げば半永久的に使用できるんだろ?
どれくらい保つかはちょっと魔力を込めて実験しなくてはならないが、それでなくても三年は保つと保証されている。
これ、ヤンスさんが履いたら悪い事しまくるのでは?
チラリとヤンスさんを見遣れば、眉間に皺を寄せこちらを睨んでくる。
「で?このブーツは何なんだ?」
早く説明せよ、とばかりに急かされ、機能を説明する。
コレは売らずに自分達で使用するべきだろう。
そう説明すれば皆同意してくれ、着用者は勿論ヤンスさんになった。
オーランドにするか意見が割れたが、オーランドが「あまり好きになれない、正々堂々戦いたい」と言ったことで決まった。
「おお、コレすげえぞ!滑り止めも付いてて、足首に違和感も無い」
早速試し履きしたヤンスさんが新品のブーツは慣らすまで硬いはずなのにそれが無い、と喜んでいる。
黒くてゴツいブーツが全体的に浮いている様に見えるが、雰囲気はヤンスさんに似合っている。
コツ、と踵同士を打ち合わせれば、目の前にいるはずなのに全く気配を感じる事ができなくなった。
目を瞑ればどこにいるのかすらもわからない。
視界から消えた途端、目視で探す事も難しく、皆がキョロキョロと周りを見回している。
俺も目では探せないが、一応探索魔法では追える様で、部屋の中をぐるぐる走り回っているらしい。
青い点の移動スピードを見れば結構な速度で走っている。
にも関わらず足音は全く聞こえない。
床に少なからず砂利が落ちているはずなのに、それが擦れる音がしたりもしないし、風切り音なんかもしない。
もしかしたらそのへんまで含めて音を消してくれているのかもしれない。
思考の海に浸っていると、コツコツ、と思った以上に近くで音が鳴り、真横にヤンスさんの気配が立ち上る。
「やーべぇな、これ」
にんまりと嬉しそうに笑いながら片足を上げてブーツを見る。
オーランド達も感嘆の声を上げながら集まってきた。
「一瞬でも視界から外れたら視界に入るまでわからなかった!」
「だよねだよね!目の前にいても本当にいるのかわかんないくらいだった!」
皆でヤンスさんのブーツを褒め合い、隠し部屋を出る。
扉は全員が出ると自動的に閉まった。
自動ドア?なんか懐かしいな。
こちらの世界に来てもう二年以上経っているのだ。
少しだけしんみりした気持ちを頭を振って追い出した。
こちらの世界では大変な事も多いけど、楽しく過ごしているのだ。
結果オーライだろう。
地図に従い歩を進めれば、降り階段の近くにセーフティエリアがある。
そこで一度小休息をとった。
夜も更けてくる時間なのでそこで一泊する予定だったが、いかんせん人が多い。
小学校の運動場くらいの広さのある部屋に二十組くらいのハンターパーティがひしめき合っている。
水場と排泄エリアはぎゅうぎゅうである。
昼前に来た時はこれほどではなかったのだが、皆ここで一泊する計画を組んでいたのだろう。
あちらこちらで場所がどうの、天幕がこうの、と揉める声が聞こえて来る。
しかも、入口の向こうからこちらに向かってくる二組のパーティが見えた。
……更に人数が増えそうだな。
「ちょっと夜更かしして次のフロアに行きましょうか。そこのセーフティエリアで一度しっかり休んでから改めて探索した方がいいと思うわ」
「それが良さそうだな」
エレオノーレさんが声を潜めて提案し、皆が了承する。
武器防具の確認と水分と携帯食料を摂取してさっさとセーフティエリアから出た。
他にも数組のパーティが出て来たが、皆地図を持っているらしく、サクサクと進んでいく。
「地下二階のセーフティエリアも混んでないと良いけどな……」
「やめてくれよキリト。お前がそれ言ったら空いてても混むだろ?」
「まったくだ」
「二人ともひどくねぇ?」
嫌な予感に愚痴をこぼせばオーランドとヤンスさんが揶揄ってくる。
文句を言いつつ階段を降りると変わり映えのない廊下が続いていて、奥からは多数の人の気配が漂っていた。
「ほーらー」
「おおお俺のせいじゃなくね?!」
うんざりしたオーランドの声に反射的に返すが、ちょっぴりそうかもしれないと思ってしまうのが悲しい。
騒いでも仕方ないのでマッピングをしながらセーフティエリアを探す。
いつも通り左の壁に沿って探索を進める。
先に来ていたハンター達のおかげか、魔物はほとんどいなかった。
地下二階は思ったよりセーフティエリアが遠いらしく中々辿りつかない。
体感で半分程進んだ辺りでやっと見つける事ができた。
あと、一階、地下一階と隠し部屋を見つける事が出来、地下三階にもある事がわかっている。
これは各階にあると思って良いのでは?!と皆期待してあちこち確認しながら進んだ為より時間が掛かったのかもしれない。
最短ルートではなかった為、数体の魔物とエンゲージした。
この階の魔物は結構手強い。
オーランド、ヤンスさん、ジャックであれば一撃でいけるが、俺達だと二、三撃入れないと倒せない。
ダブルホーンラビットとオーガブレーダーマウスと呼ばれるツノのあるウサギと蝙蝠が出てきた時はかなり大変だった。
天井が高く、ジャックしか届かない位置にオーガブレーダーマウスが陣取り、足元をダブルボーンラビットが駆け回る。
どちらかだけに気を取られればもう一方が攻撃してきて、両方に意識を向ければ攻撃が当たらない。
正直最悪の組み合わせだと思う。
ジャックに蝙蝠を任せて他の皆でとにかくダブルホーンラビットを叩いた。
他にも狼っぽい魔物や変わったスライムなんかも出てきたりしてそこそこ苦労した。
セーフティエリアが近づくと魔物は次第に減り、一息つけた。
思っていたよりも混んでおらず、そこそこ余裕を持って天幕を張ることができたので、ここできっちりと休憩をとることにした。
食事はジャックとデイジーに任せて俺は天幕の中でマッピングの清書を始める。
最初はその場で書こうとしていたのだけれど、近くにいる他のハンターが覗き込んでくるので天幕に引っ込んだのだ。
まだ半分程しか埋まっていない地図を【アイテムボックス】に放り込むと、荷物を整理してから天幕を出た。
二人が作ってくれた食事をとりながら、隠し部屋やドロップアイテム、装備品について小声で話し合う。
この階で少しトレーニングしてから下の階に向かった方が良いかもしれないと結論着いた。
ぶっちゃけると、ダブルホーンラビットのお肉が、めちゃくちゃに美味かったのだ。
お肉もっと集めたいね、というわけである。
どうせまだ半分くらいしかマッピングできてないし、明日一日中このフロアに居るくらいは問題なさそうだよね。
既に深夜を回っているので大分疲れが出ている。
ダンジョン内なので時間はあまり関係ないだろうと、普段通り見張りが一周するまで休む事になった。
見張りの時間は、魔物よりも他のハンター達に気をつけろと言われている。
どこのパーティも周りを警戒してピリピリしていて、確かに危なそうだった。