オークション 8
区切りが悪く少し長めです。
罪と罰のダンジョン行きが決まり、早速簡易魔弓の実験をする事になった。
早速エレオノーレさんの弓にアタッチメントを装着する。
今回のは弓の持ち手部分、握りの下辺りに着けるらしい。
魔力を通すと魔石の少し下からヒモが出てきて、弓に巻き付いていく。
弓のしなりをできる限り阻害しない作りになっているらしく、さらに弓を持つ手をガードする様な形にもなっている様だ。
「うーんちょっとクセがあるかもしれないわねぇ」
そう言って何度か姿勢を変えて矢をつがえた。
放つまではしないが、射る時に違和感がないか確認している。
ジャックがニコニコと幸せそうにそれを見ていた。
まさに至福、という表情である。
邪魔はするまい。
弓用は剣用のアタッチメントと違い、魔石が内側に取り付けられている。
使用方法は同じで、魔石に触れて発動ワードを言うだけだ。
成る程、外側にあったら触れられないもんな。
納得。
「水よっ!」
エレオノーレさんが発動ワードを口にすると、矢が水を纏う。
矢を放てば、水が破壊力を増強した様で着地した地面を大きく抉った。
ーーードオオオオオンッ!
大きな音が轟き、木の葉が落ちる。
普通の矢の攻撃をピストルだとしたら、コレはグレネード弾くらいの差があるよ?
うわ、あれ人に当てたら粉微塵になるんでは……?
水って一番穏健な魔法だったんじゃなかったっけ?
こっわ……。
魔石自体に魔力チャージが必要ではあるものの、事前にやっておけば攻撃する際には魔力は必要ないし、呪文もいらず発動ワードだけの為速射性に優れていて、弓としては大変重宝しそうだ。
エレオノーレさんは大喜びで、奧さん絶対信仰な熊さんも大喜びした。
今夜はお礼に俺の好きなおかずを作ってくれるんだって。
嬉しいな、なんにしようかな。
「そういえばエレオノーレさんがずっと研究してたアタッチメント用の魔石はどうなりましたか?俺結構な数、削った記憶がありますけど」
「んふふふふ、そうなの。聞いて聞いて!」
頬を薔薇色に染めて嬉しそうに話しだすエレオノーレさんをジャックがそっとバックハグする。
そうしなければこちらに飛びついてきそうだったのだ。
先んじてクマさんが制してくれるならそれに越した事はない。
ざ、残念だなんて思ってないから……っ!
……ちょっとだけしか。
閑話休題。
エレオノーレさんが言うには、手作りの簡易魔石はほとんど完成しているそうだ。
えっへん、と胸を張って見せてきた魔石を鑑定する。
汎用簡易魔法シリーズ用代用魔石 赤(8/8)
汎用簡易魔法シリーズ用魔石を模して作られ
た代用品。
魔石の色によって封じ込められる属性が変わ
る。
中にはまだ魔法は込められていないが炎系の
魔法が封入できる。
魔石に触れて発動ワードを唱える事で魔力の
ない者でも使用できる。
すげぇ!ほとんどオーランドの持ってるヤツとおんなじじゃん!
作り方、魔石、魔紙、インク、全ての質を上げれば封じ込める事のできる魔法の回数が増えたり、繰り返し使える様になったりするらしいことははじめからわかっていた。
けど、それにしても約二年でここまで仕上げるのはすごいと思う。
間に色々あったにも関わらず、仕上げる執念……。
勿論ここまでいくのには色んな苦労があったはずだ。
俺が知ってるだけでも相当な数の素材を集めてあれこれ試していたもんな。
そして同時進行で魔法陣の封入されている文字も研究して、時折俺に読ませたり鑑定させたりしていた。
言語対応様々で、発動ワードのバリエーションは沢山出来たけど、どの様に記入すれば良いのかなどはエレオノーレさんに丸投げだった。
色んな魔石をカットもさせられたなぁ、後半は自分でカットできる様になったみたいだけど。
魔石の研究ができたのも、カットの練習が出来たのも単にオークの魔石のおかげだ。
市場価値が下がりまくりだったので【アイテムボックス】に入ってる分を湯水の様に研究に使っていたもんね。
一応オークはパーティ資産なので、魔石を買う形で使っていた。
……支払いはオーランドだったけど。
お肉はみんなのご飯になって、皮は換金できて、魔石はエレオノーレさんの研究になる。
あの時は大変だったけど、なんだかんだ役に立ってくれるよね。
オーク達のご冥福をお祈りします。
ナムナム。
「こっちのアタッチメントが作れたら良いのにね」
「それは無理っぽいですね。必要な素材がこの世界にないっぽいです」
作り方を調べてみたけど、コアというか、魔石を読み取る部分の素材がこちらの世界に存在しない物を使用しているらしい。
代わりになる物があれば良いのだが、鑑定でも出てこないし、再現不可って書いてある辺り、期待薄だよね。
オークション最終日。
昨日と同じくらい早く出たにも関わらず、既に八割の席が埋まっており、『三本の槍』メンバーとは別の席に案内されてしまった。
幾つかのマジックアイテムと偽物とジャンク品が競り落とされていき、時間が過ぎていく。
そんな中、鑑定不可のジャンク商品に変な物が出された。
それは直径十センチ程のガチャポンカプセルの様なもの。
名前は収納カプセル。
そのままである。
乳白色の半透明なそのカプセルは紛れもなくマジックアイテムだ。
魔力を登録させてカプセルを触れさせれば大きな物も小さく軽く持ち運べる様になる。
魔法の袋とそっくりの機能だが、封入量や利用者に制限があるらしい。
パカリと開くカプセルの中央に魔石が嵌められていて、それに触れる事で中に入っている物のリストが見れたり、取り出せたりするらしい。
登録人数は四名まで。
登録した者が自分の魔力を抜けば別の人の再登録は可能な様だ。
なんかまた、この世界っぽくないマジックアイテムだな。
これもヒメッセルトから出たらしい。
うーん…本格的にあそこのダンジョンヤバいかもしれない。
一応アダルブレヒトさんには軽く事情を伝えているけど、「他で手に入らない物が手に入るというのは強みである」としか思ってなさそうなんだよな。
心の中に心配とヤバそうな問題を封じ込め、そっと札を上げる。
小銀貨二枚と小銅貨一枚。
前日までの失敗を踏まえ、スタートの価格に小銅貨一枚乗せただけの価格である。
あえてエレオノーレさんの近くで上げた為、周りの人達はまたアイツらか、といった視線でこちらを見てくる。
今回俺達が購入した物は『解呪の宝玉』が手に入らなかった為、人気のない商品やジャンク品ばかりである。
案の定札を上げる人は少なく、小銀貨三枚で競り落とせた。
それ以外にパッとする物は無く、良いな、と思った物は鑑定証明が付いていた為、値が吊り上がり札を上げるのをやめた。
こうして長い様で短かったオークションが幕を下ろした。
ジャンク品である収納カプセルの支払いも終わり、拠点に帰る。
客室に向かおうとする『三本の槍』メンバーを呼び止めてリビングへ案内する。
勿論『飛竜の庇護』の皆も一緒である。
「良い話があるって事だったが、どんな話だ?」
「えっと、実はですね……」
訝しむパウルさんに俺が迷い人だと改めて説明して、収納カプセルを見せる。
向こうの世界で使っていたアイテムだと嘯き、収納カプセルの使い方や効果の説明をする。
一応俺の魔力を登録して実際に使用するところも見せた。
魔石に触れると中に入れたお茶のカップがリストに載っている。
何が入っているか一発でわかるのは魔法の袋より便利だと思う。
容量自体は三メートル四方ほどしか入らないが、それでも大型テントとかをいれたり、倒した魔物を入れて持ち帰ったりできるよね?と説明すると、彼らの目が輝く。
「コレを特別に大金貨一枚で販ば…」
「「「高すぎだろ」」」
「安すぎだ」
俺の声に被せる様に悲鳴をあげる『三本の槍』と鼻で笑うヤンスさん。
その言葉は真逆で。
まぁ、どっちの言葉の意味も理解できるけどね。
小銀貨三枚で競り落とした品を大金貨一枚にするのは高すぎるし、魔法の袋は大金貨六十枚以上で競り落とされていたのに、それより効果が低いとしても大金貨一枚は安すぎる。
そういう事だろう。
「では、いくらなら適性価格なんでしょうか?ヤンスさん」
「そうだな、大金貨六十枚とかじゃねぇか?」
少し芝居掛かったやり取りになったが、まあ仕方ないだろう。
俺としては大金貨一枚で全然問題ないけど、それじゃ問題があるだろうと思ったから止めてくれたんだろうし。
半分くらいはヤンスさんの趣味の様な気もしないでもないけどね。
「でもそもそも小銀貨三枚で手に入れた物だろ?」
「そうよ。原価と売値が大きく違うと信用を失うわよ?」
眉間に皺を寄せたパウルさんが交渉に乗り出す。
カトライアさんもそれに乗っかって腕を組んで怖い顔をした。
しかし、組んだ腕が胸元を強化していて、思わず視線が吸い寄せられる。
いかんいかん!コレはエレオノーレさんとは違った魔力が!
ぶんぶんと頭を振って無理矢理視線を外すと、デイジーが温度のない目でコチラを見ていた。
ひっ!俺は何もしてませんよ?!(謎の敬語)
「使い方まで丁寧に教えてもらって更に買い叩くなら別の所に売った方が良いぜキリトちゃん」
「くっそ、こっちの足元見やがって!」
「ハハッ、カトライアお姉様のご指導のおかげですよ」
「むきー!」
デイジーの極寒の視線から意識を逸らすとヤンスさん達がばちばちとやり合っていた。
槍使いの男性が歯を剥き出しにして文句を言うと、それはもう嬉しそうに返事をして、カトライアさんを怒らせている。
「でも、確かにそう言われればそれだけの価値がある物だよな。わかった。ここは大金貨五枚でどうだろう?」
物凄い貫禄で頷いたパウルさんが最初の金額の五倍を提示してきた。
が、そんな額で納得しないのがヤンスさん。
「ハッ!話にもなんねぇな。まだ使い方が一般的じゃねぇんだし、後ろ暗い貴族辺りに持っていけば魔法の袋より高額で買ってもらえるだろうな。大金貨五十五枚」
肩をクイっと上げてバカにした様に言う姿が大変様になっている。
本当になんでこんなに捻くれているのだろう?
めちゃくちゃに煽られてプルプル震えるパウルさんの後ろからイェルンさんが首を横に振る。
「持ち運びするのに魔法の袋の方が便利だろうが。十枚だ」
「ポーチにそれと分からせずに忍ばせることができんだろ?五十枚」
「私達はそんな悪意に満ちた使い方しないよ。十二枚」
打てば響く様な値切り合いに段々と胃が痛くなってきた。
別にそこまで高くしなくても良いのに。
そう思っていると大袈裟なくらいにぐらりと姿勢を崩したヤンスさんが俺の肩を引き寄せた。
「あーあー、せっかくキリトちゃんが優しさで先に声を掛けてやったのに、その優しさに漬け込んでそこまで値切るってか。かわいそーになぁ。ヨシヨシ」
ヨシヨシと言いながら俺の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜるヤンスさん。
ポーズとはいえ、それは卑怯なのでは?!
心優しい『三本の槍』メンバーにそれはズルい!
「くっそ、そういう言い方するなよな?!十五枚!」
「はー、これでもケチケチするのかよ。仕方ねぇな、四十五枚までだ。これ以上は下げねぇぞ?」
俺の肩に腕を乗せたまま大袈裟にため息を吐く。
その後ギラリと視線を投げるヤンスさんに俺は少しビビった。
「容量が小せぇだろうが。二十枚だ!」
にも関わらず、パウルさんは更に交渉を続ける。
ハンター同士の交渉マジパネェ。
「だめだだめだ。よし、キリトちゃん。それ王妃さんに売りに行こう。旅行なんかに便利だろうなぁ。(ニヤリ)」
わっるい笑顔で俺に提案するヤンスさんに、それはそれでありだな、と思ってしまう。
そんな俺の様子にパウルさんが慌てて声を荒げる。
「待て待て待て待て!キリト君はオレたちに話を持ってきてくれたんだぞ?それをヤンス、君が勝手に決めて良いことじゃあない。わかった、二十五枚でどうだ?」
「キリトちゃん、悪い事は言わねぇ、やめときな。優しさと甘やかしは別もんだ」
俺に言い聞かせる体で却下するヤンスさんエゲツネェ……。
その姿に歯噛みしたパウルさんがテーブルを叩く。
「クッソ三十枚!コレでどうだ?!もうホントにこれ以上は出せねぇよ!」
「まあ仕方ない。それくらいで手を打とうか」
その言葉を待っていた様にニマーーッと笑って答えた。
もしかしてパウルさん達が出せる金額知ってた的な?
こっわ!
でも……。
「ここ数日の行き帰り俺をスリとかから守ってくれた分、大金貨二枚分くらいは割引けませんか?」
収納カプセルを背に隠しつつヤンスさんに伺を立てると、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「かーっ!甘い!甘い甘い甘いあまーいっ!……と言いたいとこだが、今回はキリトちゃんが競り落としたヤツだからな。そんくらいなら許してやろうか」
「「「……っ!!」」」
コレはダメか?と思ったらまさかの譲歩である。
その言葉に『三本の槍』がみんな湧き立ち、ハイタッチやハグをして喜んでいる。
「ありがとうね!キリト君!」
「?!!!」
座った状態でカトライアさんに頭をむぎゅっと抱きしめられた。
顔の横で押し潰れる柔らかい“ナニカ”の感触。
一瞬で顔が熱くなるのがわかった。
「カティっ!」
「そんな風に異性に引っ付いたらだめですっ!」
「にゃははははっ」
悲鳴の様な声を上げてイェルンさんとデイジーが俺からカトライアさんをベリっとはがす。
助かった。
お姉さんなだけでなく、実家の猫に似ているカトライアさんはイェルンさんの彼女さんでなければかなり好みなのである。
あまり気軽に抱き付かないでいただきたい。
あー、まだ心臓がバクバクいっている。
ドタバタと暴れる俺達を笑いながらパウルさんが腰に付けていた革袋を丸ごと手渡してきた。
中からジャラリと溢れる大金貨。
二十八枚取り出して袋を戻す。
二十枚は【アイテムボックス】に入れ、三枚を財布にしまった。
残りの五枚をヤンスさんに差し出すと何も言わずにニンマリ笑って受け取った。
そうしてその日の夜は大盛り上がりで過ぎていった。
そういえば大金貨三十枚もあれば拠点作れたのでは?
そう思って確認したら、このオークションで良いものが手に入らなければそのお金で拠点を買う予定だった事が判明して、謝り倒した。
拠点よりも良い物を手に入れられたからと謝罪は受け取ってもらえなかった。




