179 オークション 6
「皆様、大変お待たせ致しました!お待たせし過ぎたのかもしれません!会場の熱気で私燃え上がってしまいそうです!」
音楽に合わせて持ち込まれる『解呪の宝玉』に、上のボックス席から歓声が上がる。
進行役のオースティンが一段と芝居がかった動きでそれを迎えた。
「呪われた方、また、万が一をお考えになる貴き方々!売りに出して更なる価値をつけたい商人の方!さあ、今こそ財力の見せ所です!神秘なる救いの珠!『解呪の宝玉』はこちらです!」
勢いよく腕を振って宝玉を指し示すと、再びワッと歓声が上がり、大きな拍手が鳴り響く。
どうやら貴族に大変歓迎されている様である。
俺も負けない。
負けられないのだ。
ぎゅっと札を強く握りしめた。
「それでは大金貨十五枚からスタートです!!」
一際大きな声でスタート額を告げる。
それに合わせて倍の札を勢いよく上げた。
初回の倍は提示額の倍、つまり大金貨三十枚を意味する。
大体三億円くらい、俺達の拠点が値引き無し、裏の切り拓いた土地まで購入できる額である。
「おおーっとぉ?!!なんと一般席から大金貨三十枚の提示だぁっ!これは本気度が窺えますねぇ!……はい、あちらが三十五枚!こちらが四十枚!えー、そちらは……」
煽るオースティンの声に、じりじりと上がっていく金額。
だがこれくらいは予想の内だ。
今回俺が用意できたのは、諸々のランニングコストを差し引いた大金貨二百五十枚に、ヤンスさんが貸してくれる三枚を足して二百五十三枚だ。
なんとかこの金額で落とせたら良いんだけど、と周りを見回す。
ほとんどは上のボックス席からだが、一般席からもチラホラ上がっている。
とりあえず大金貨を三枚追加しておく。
これで現在大金貨五十八枚と大銀貨十三枚だ。
前の方からパラパラと上がる札。
なんだか彼等に親近感が湧く。
「結構呪われてる人っているもんなんだね。やっぱり平民でも解呪するためにいっぱいお金稼ぐんだろうな」
「んなわけあるか。ありゃほとんど欲をかいた商人だ」
「あ、そうなんだ」
一般席から上がる札を見ながら呟けば、ヤンスさんが鼻で笑う。
ヤンスさんの指差す先、舞台に近い席から上がる数枚の札に商人魂を感じて納得する。
「そうだよね、呪われてる人なんてそんなにホイホイいないよね」
「いないわけないじゃない。ここにも何人かいるわよ」
エレオノーレさんが顎で指し示す方を見れば、深くフードを被った人が見えた。
顔は見えないはずなのに何故かこちらを睨んでいるのがとても良く解った。
え、何故?なんか俺が睨まれてない?
「呪われてる一般人はキリトちゃんがさっき一気に振り落としたからな」
「へ?」
「最初に上げてた人達は大銀貨とか小金貨を数枚提示してたのよ。それを貴方がいきなり倍とかにするから商人以外の平民は皆手を出せなくなったのよ」
「あ!」
丁寧に説明されて初めて理解した。
そっかー、そうだったのか……なんか、ごめん。
……でも、普通に競り合ったとしても俺譲るつもりなかったから結果は同じだったと思うよ?
お願いだからそんなに睨まないで……。
そうして、あちこちからチクチクと刺さる憎しみの視線を甘んじて受けつつ、競りを続けた。
何回も札を上げるのが面倒なので、お貴族様と商人たちの競り合いが落ち着いてきたあたりで大金貨一枚を追加する。
すると、何故か貴族家がまた盛り返してきて、バシバシ値段が上がっていく。
それを数度繰り返して、とうとう大金貨二百枚に突入してしまった。
既に商人達の札は上がらなくなってきている。
「やばいやばい、予算の上限が見えてきた……っ!」
「あと五十枚だとちーっと心許ないな」
「ですよねー!」
どんどんと上がっていく価格に涙目になりながら必死で札を上げ続ける。
そしてその時はついに訪れた。
高らかに響き渡る木槌の音。
湧き上がる歓声。
今回のオークションで一番高額なのだ、当然だろう。
落札価格は大金貨二百八十枚。
そう。
願い虚しく資金力の差が現れてしまったのだ。
ーーーあと一歩届かず競り負けてしまった。
「うーーーーっくやしいぃぃーーーーっ」
「まあ、今まで通り頑張ればいいだろ」
「これに関しては仕方ないわね」
「落ち込むな」
わきわきと指を動かしてやり場のない怒りを逃すと、三人がそれぞれに慰めてくれる。
ヤンスさんさえ、揶揄いもせずに慰めてくれるとかよっぽどだと思う。
前の方から大貴族と呼ばれる人が落としたと噂が流れてくる。
前の方の席は大店の商人達が多い為、情報に敏感なのだろうな。
もしかしたらその貴族の人も呪いに苦しんでたのかもしれない。
「いや、万が一のための備えだろ。じゃなかったらこんなに出し渋らずにバーンと一度に高い金出して即競り落とすわ」
ポツリと希望をこぼせばヤンスさんがトドメを刺しにくる。
オー・マイ・ゴッド…何という事でしょう……。
ん?ここでゴッドって言ったらアルマ女神の事になるのかな?それとも大上神様?
まあ、それはどうでも良いか。
それより、今回『解呪の宝玉』を競り落とせなかったから、今後も今まで通り不運と付き合うしかないのか。
日常化しているとはいえ、呪いなんて無い方が良いに決まってる。
一時は幸せを手に入れられるかもしれないと思ってしまったが故に、落胆が否めない。
深く深くため息を吐いた。
閉会となり、落札者が先行して退出する。
待ち時間に舞台では音楽が奏でられ、歌手が歌を披露していた。
あまり上手くはないが、そこそこ美人で露出度が高い為、ハンター達は大人しく席に座って聞いている。
あまりにもあからさまなお黙りおやつ。
俺達も退出の案内が来て、エレオノーレさんと一緒に席を立った。
「アレはオーランドのとおんなじなの?」
「そうですね。弓の握りの下辺りに付けるみたいです」
小声で聞いてくるエレオノーレさんに同じ声量で返す。
背後からジャックの冷たい視線が刺さってくるが、今だけは仕方ないと思う。
どうしてもって言うなら貴方の奥さんに後で質問する様に言ってくれ。
「他のやつ探しにヒメッセルトにもっかい行くのもアリだな」
そんな俺を無視して次の簡易魔法道具アタッチメントに心を飛ばすヤンスさん。
本当に皆自由である。
うう、……解呪の宝玉……はぁ。




