174 オークション 1
春が終わり夏が来れば、待ちに待ったオークションのスタートである。
雑貨屋でかなりがっつり稼げたので、ここで絶対に『解呪の宝玉』を手に入れてやるんだ。
そうすれば幸運が約束されている。
このオークションは帝国が主催しており、三年に一度、一週間に渡って行われる。
各貴族家からの持ち出しや、職人ギルドからの逸品、ダンジョン産出品など、多数の良品逸品上級品が並ぶ。
勿論中には壊れている品や、贋作、偽物なども紛れている為、注意は必要である。
世界的に有名な催しの為、他国からも人が集まり、帝都中に人が溢れる。
多数ある宿泊施設はすでに飽和状態で、民家や馬小屋を借りている人もいる程らしい。
既に俺達の拠点にも何人も「泊めてくれ」と頼みにくる者が現れている。
断っても断っても後を絶たず、あまりにもひどい為、入り口に「宿泊お断り」と明記した立札を設置した。
近隣の家々はそれを見て立札を真似しだしたところを見れば、どれだけひどい状況だったかご理解いただけるだろう。
街壁の外、普段はスラム対策で兵士が追い払うエリアも、今では沢山の天幕が張られている。
期間限定らしいけど、明らかにスラムの住人が紛れているのは大丈夫なのだろうか?
門からはそこそこの距離がある孤児院も「庭先を貸してくれ」と言われている程である。
馬車の通れる道幅は開けなくてはならない為、左右に大きく膨らんでいるし、これからも膨らむと予想される。
とはいえ、ここの全ての人がオークションに来るわけではなく、ほとんどは付き人や使用人だ。
金持ちの参加者の身の回りの世話をする者だけでなく、オークションで競り落とした品を持ち帰る為の人員であるらしい。
なので会場自体はそこまで混まないだろうとヤンスさんが言っていた。
「悪りぃな、泊めてもらっちまって」
「いや、あんな事情なら仕方ねえよ」
「宿泊費も貰ってるしな」
パウルさんが頭を掻きながら言う。
現在、『三本の槍』のメンバーは定宿を一度引き払って、ウチに泊まっている。
なぜかと言えば、他国の貴族に部屋を譲ったのだそう。
彼等の定宿を、その貴族の使いが宿ごと貸し切るとか言い出して、他の客を追い出せと言い放ったらしい。
宿の人間がそれは無理だ、と抵抗したら無礼打ちしようとした。
その攻撃をイェルンさんが防ぎ「自分達が借りている部屋はこの宿で一番良い部屋である。それをそちらの貴人にお譲りする。それで先に泊まっていた他の客は見逃してもらえないか?」と話をつけたのだそう。
っはぁぁ〜……かっこいいなぁ……。
筋肉があればそんな漢気が手に入るのだろうか?
そんなわけで、彼らの宿代は食事無し風呂付きで、一泊一人小銀貨一枚(破格)である。
母屋の客室をそれぞれ利用してもらっている。
『三本の槍』のメンバーもオークションに参加するんだって。
その為に定宿を利用していたのにバカな貴族のせいで……。
オークションの日程は、初日に食器や絵画などの美術品、二日目三日目は宝飾品、四日目から五日目が武器防具、六日目七日目がダンジョン産出品となっている。
各日の目玉商品が幾つか表示されていて、俺が目を付けている「解呪の宝玉」は六日目に出品されるらしい。
『飛竜の庇護』も『三本の槍』も四〜七日目に参加予定である。
「なのになんで俺たちは初日からオークション会場にいるんですかね、ヤンスさん」
「掘り出し物があるかんもしんないだろ?期待してるからなキリトちゃん」
訪問着(上)を着せられた俺は、朝早くからヤンスさんに連れられてオークション会場に来ていた。
食器や絵画などの美術品という事もあって、参加者は貴族や大きな商会の会頭など、お金持ちばかりであった。
お金を持っている者同士顔見知りの様で、見慣れない俺達は不躾な視線に晒されている。
他国の人もいるのに、何故か俺達ばかりが目立っている様で、ひそひそと囁き合う声が響いている。
正直、大変居心地が悪い。
そんな視線をそよ風の様に受け流すヤンスさんが言うには、【鑑定】で掘り出し物を見つけろとのこと。
勿論代金はヤンスさん持ちで、良い値がついたらその二割をもらえる事になっている。
(にしても……)
そっと自分とヤンスさんを見比べる。
一応俺に合わせて作られたはずなのに“着られている感”が拭えない俺に対して、貸衣装屋に借りた燕尾服的なドレススーツを着たヤンスさん。
気負わずにサラッと立っているだけなのになんとも言えない自然体で大人な空気を纏っている。
そのカッコ良さ、どうやったら出るのさ?
十年経っても出来る気がしない。
明らかにVIPっぽいお貴族様な人達は恭しく個室へ案内されている。
一般客からは見上げても中を見る事が出来ない様なボックス席に行くらしい。
「あんまり見んなよ?いちゃもんつけられっから」
「うえっ、そうなんですか?」
高位貴族なのに?そんな疑問が顔に出ていたんだろう、俺以外には聞こえない小声で説明してくれる。
「ああ、こんなとこに来る貴族なんて品位のねぇ奴らばっかだからな」
「ッ!」
すごく嫌そうな顔で言われた言葉にうっかり笑いそうになってしまった。
しかもタイミング良く、いや、悪く?外国の貴族らしい人が騒がしく案内されていった。
この国の言葉とは違う言葉で前を歩く案内人に「私を誰だと思っている?!」「其方は気が利かないにも程がある!」などと暴言を吐いているけど満面の穏やかな笑顔であった。
言葉がわからないこちらの人には褒めている様に見えるのがえらくツボにハマって笑いを堪えるのが辛い。
腹筋が……ッ!死ぬっ!
普通の貴族、というとなんか語弊があるけど、VIPではない方々は普通のボックス席に入っていく。
こちらは個室ではあるものの、一般の客席から見上げれば誰がいるのか見える席である。
入り口に数人いる案内係が割り振っていて、貴族の付き人が席に案内している。
俺達は平民ハンターなので、当然オーディエンス席的な十把一絡げな席の、更に後方の端の方である。
まともに舞台が見えないレベルだ。
中に入る際に札を数枚渡された。
各コインの絵のついた札と、一から十までの数字札、「同額」「倍額」「二分の一額」という丸に棒のついた札だ。
同額が青、倍額が赤、二分の一額が黄色で染められていて、この札で競り合っていくのだそう。
最後まで札を掲げていた人が競り落とす仕組みらしい。
「計算できない人は参加出来ないですね、これ」
「そもそも金持ちで金勘定できないやつなんざいねぇよ」
「それもそっか」
沢山ある札を眺めながら呟くと鼻で笑われる。
確かにそうか、と顔を上げると周りから変なモノを見る目で見られている事に気付き、札で顔を隠して小さくなる。
しばらくすると、ジャーン!と大きな音が響き、舞台の幕が上がった。
舞台袖から一人の男が現れる。
「紳士淑女の皆様、大変お待たせ致しました!これよりオークションを開始致します。案内人はこのわたくし、オースティンが務めさせて頂きます。まずはこちら〜……」
オペラ歌手の様な大きな声で話し始める男はどうやら有名な舞台俳優らしく、周りにいた女性達から黄色い悲鳴が上がる。
そしてオークションが始まった。
舞台からはそこそこ離れていたが、キルシェの時に使った光の屈折を利用して望遠鏡みたいにして【鑑定】をしてみたら、思いの外うまくいったのだ。
目の前に商品のアップが丸く映し出され、ハッキリと見える。
競り落とせたのは、ひび割れた花瓶と、薄汚れてくすんだシンプルなティーセット、上に別の絵の描かれた名画が数点。
【鑑定】さんは大変優秀で、大体の市場価格まで表示してくれたのだ。
提示価格と表示される価格に大きな差がある時にヤンスさんに合図をするだけの簡単なお仕事である。
あとはヤンスさんが出せる額まで競り合うだけだ。
ま、殆ど札をあげる人なんていなかったけどね。
「で、この不人気な代物達が幾らに化けるんだ?」
「ええっと、こっちの花瓶が……」
会場の引き取りエリアで清算して拠点に持ち帰り、競り落とした品物を検分していく。
簡単に説明をしながらついでに修復や処理を行う。
まずはヒビの入った花瓶であるが、これを魔法で金継ぎ修復する。
なんと大銀貨一枚という驚きの価格で競り落としたこの花瓶、ひび割れた状態でも小金貨二十五枚だったのだが、金継ぎ修復する事で小金貨三十枚にまで跳ね上がった。
実は、隣の国で大変価値があるとされているシリーズの未発表作だったらしい。
底面に銘が彫り込まれていて、出す所に出せばさらに上乗せ出来るらしい。
オークショニアはそれを知らなかったのか偽物だと思ったのか、その説明はなかったのだ。
「金継ぎとか贅沢すぎねぇか?」
「使った量なんて微々たるものですし、それが一番安全で確実らしいんですよ。綺麗ですしね」
ティーセットは布で磨いても色素沈着で薄汚れていたが、この世界ではとても価値の高い白磁であり、人気工房の形良い伝統ある品だった。
オークションの説明で「汚れが落ちない」と言われていた為、誰も手を挙げなかった。
こちらは腐っても白磁のティーセットで小金貨二枚だったが、クリーン魔法でピカピカ真っ白になった今、最低でも大金貨六枚だそうだ。
そういう蒐集家の元に持ってゆけばもっと上も夢では無いだろう。
「キリトちゃんのクリーン魔法の性能ヤバすぎねぇか?」
うっとりとティーセットを眺めて呟くヤンスさんにドヤる。
「便利でしょ?」
「くれぐれも貴族の前でやるんじゃねぇぞ?」
「はーい」
あれ?なんか釘刺された気がするぞ?
気のせい?
名画に関しては、有名画家の初期作品で、上から別の絵の具で別の画家が絵を描いていた。
上に描かれた絵も上手いのだが、管理が悪く、上下で素材が違う為、バリバリ剥がれて見苦しくなっている。
これが出された時、各席から大きな溜息が漏れ出た。
折角の絵が台無しだ、とあちこちで声が上がる。
しかし、競り落としたい人もいたらしく、ヤンスさんが何度か札を上げ直していた。
そうして手に入れた作品は十二枚。
ヤンスさんの持つロヤマル金貨が全て吹っ飛んだ上に、更に足が出ている。
これが二束三文だった日には俺、殺されちゃうかもしれない。
さて、そんなバリバリの絵画、その上に塗られた絵の具素材を、皮剥の時の様に狙い撃ちして【アイテムボックス】に入れるとあら不思議、下に描かれていた超高額絵画が姿を現す。
【鑑定】さんは上に描かれていたぼろぼろの絵を最低大銀貨三十五枚、下に描かれていた絵を最低大金貨十二枚と表示していて、大体一枚小金貨二枚での落札となった。
他の絵画も似た様な感じで、競り落とした額の十倍では足りない程の儲けになる。
それを聞いたヤンスさんは狂喜乱舞。
「キリトちゃんサイコーッ!」と言って抱き着いて、頬にキスをぶっちゅーっとかましてくれやがった。
あまりの早業で、避ける事もできなかった。
全身にぞわりと鳥肌が立つ。
マジでやめてくれ。
必死で逃げ出し、粟立つ腕を擦りつつ頬を拭った。
下にあった絵はオーランドですら知っている有名画家の初期の頃の絵だったらしく、ヤンスさんが黒い笑いを浮かべながらどうやって売りつけたものか、とブツブツ呟いていた。
ヤンスさんが想定していた金額を大幅に越える儲けとなった為、報酬額が、二割から三割に上がり、解呪の宝玉を購入する際に大金貨三枚まで金額を出してくれる事になった。(貸付だけど)
有り難え!(貸付だけど!)
現金化するのは後日になるが「大金貨三枚まで貸す」と、きちんと書面も交わしてあるので安心だ。
翌日、翌々日の宝飾品も勿論ヤンスさんに駆り出された。
しかし、宝飾品は掘り出し物はあまりなく、唯一大盗賊のアジトの鍵になるというネックレスをそこそこの高額で落札するに留まった。
ちなみに、連日帰り道で落札出来なかったお貴族様に絡まれ、八つ当たりを受けている。
何故か俺に目を付けるんだよね、ああいう人達って。
ヤンスさんが対応して、周りの人が衛兵や騎士を呼んでくれたおかげでなんとか無事だった。
この辺は【幸運】のおかげなんだろうか?
いや、ヤンスさんのおかげか。




