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173 雑貨屋オープン 3


 カールハインツに仕立ててもらった訪問着(下)に着替えると渡し忘れた大地の雫を箱詰めして【アイテムボックス】に仕舞う。

 訪問着(下)はそのままの意味である。

 そこそこの品質のスーツの様な服で、同レベル、もしくはそれ以下の取引先に着ていく用らしい。

 訪問着(上)は自分より上の立場の人の所に着ていく服で、ギルド長やお貴族様と相対する際に着用する。

 この二つの訪問着は下着屋の時に一季節につき三着ずつ、計十二着作ってもらった。

 冬用の外套も三着ある。

 原価だけでもとんでもない額になるので不要だと話したら、カールハインツに身嗜みの重要性を懇々と二時間程説かれて、作らざるを得なかった。


 ちなみに、雑貨屋に立っている時は制服を着用している。

 この世界で制服は軍人か、貴族の使用人くらいしか使用しないらしいんだけど、一目で店員と分かる様に導入した。

 エドガーとオイゲンだけでなく、アガーテ達やバイトの元ハンター達とママさん達、そしてオーランド達の分まである。

 試着の際の、デイジーの初々しい愛らしさとエレオノーレさんの悩殺スタイルはエグかった……。


 デザインは某ショップっぽくなったが、男女共に青いストライプのワイシャツと黒のパンツかスカートに、こげ茶のキャスケットプラスシンプルなエプロンだ。

 俺とエドガー、オイゲンの三人は正規社員という事で、スカーフを襟に巻いている。

 男性は腰エプロンーーーギャルソンエプロンとかソムリエエプロンとか言われるアレで、女性は背中にクロスした紐があるタイプのエプロンである。

 あえてフリルなどは付けず、シンプルにした。

 それが健康的で明るく爽やかな印象で、個人的には大変満足している。


 閑話休題。

 

 着替えが終わった俺は、商業ギルドでキルシェの勤める魔道具工房の場所を聞き、菓子折りと共にお渡しに行く。

 ついでにそこの評判とか雰囲気とかを聞いてみると、昔ながらの職人気質で作る物の評判はそこそこ良いけど働く者達の評判は良くないらしい。

 特に先代が亡くなられた後からは大変よろしくないんだとか。


「気になるなら裏口側に回って、窓が開け放たれているはずなのでそっと覗いてみてはいかがですか?」

「怒られたりはしませんか?」

「あそこから見える範囲は特段秘密保持するものはありませんので大丈夫ですよ。見つかったら声を掛けたが返事がなかったので覗いたと言えば問題ありません」


 かなりグレーなやり口を教えてくれた受付嬢に、菓子折りとは別でお礼のクッキーの詰め合わせをプレゼントしておく。

 こちらの世界にはクッキー缶などないので小さめの籐の籠にぎっしり詰まって、上にハンカチが被せてあるやつだ。

 「みんなで食べて下さい」と言い置いて立ち上がると、手の空いていた女性たちが集まってきて、小さく抑えたつもりの歓喜の声が響いてきた。

 決して賄賂なんかじゃないよ。

 付け届け、というやつだよ。

 たぶん。

 商業ギルドの受付嬢の良い笑顔に見送られ、工業区域に向かった。



 そうして、二十分程歩いた所で、キルシェの勤める工房、バスティアン魔道工房に辿り着いた。

 工房の中からは怒号と何か硬いものをガンガンと叩く音や、ガリガリと削る音が響いていて、確かに「声を掛けたが返事がなかった」で通る状況だった。

 俺は受付嬢に言われた通りに窓を探すと、そっと中を覗いた。

 念の為気配を全力で消して、光の屈折を利用して向こうからこちらが見えない様に覗いている。

 某ラノベの弟子の真似だけど、これ、気配探知と併せたら斥候の仕事でも活用出来そうじゃねぇ?

 後でヤンスさんに話してみようっと。


「キルシェーッ!ここ片付けとけよ!」

「こっちもだ!」


 溜まった大鋸屑(おがくず)をあえて蹴散らかして片付けろと言う中年の男と若い青年。

 体格や顔つきが似ているので恐らく親子だと思われる。

 どちらも中肉中背、デコが広めの焦げ茶色の癖毛である。

 まともに手入れされていないバサバサボサボサの髪は、作業の邪魔になるからか、雑に一つに括って背に垂らされている。

 掃除をしに駆けてくるキルシェの顔にわざわざタオルを投げつけ、洗濯もしろと言い放つ。

 慣れているのか、顔に当たる前に片手で受け取り、箒とちりとりを脇に置いた。

 キルシェはついでに他の人の洗濯物も回収しつつ奥へ引っ込む。

 しかし、彼女が新しいタオルを持って戻ってきた時には箒もちりとりも蹴り飛ばされてあちらこちらにとんでいっていた。

 一つため息を吐いてそれを拾うと端から順にざかざか掃き集めていく。

 少し前屈みになるキルシェの胸元や突き出される形になっているお尻に不埒な視線が集まった。


 若い男の子はそう言うお年頃なので仕方ないと思うが、明らかに嫁さん子供がいるであろうおっさん連中もニヤニヤと嫌な笑い方をしながらジロジロと不躾に見ていた。

 これは、ヤバいのではないか?

 エロマンガとかにありそうな嫌な展開が頭に浮かぶ。

 しかも危険な事に、キルシェ本人はそれに全く気づいていない。

 掃除が終わり、指示された素材を準備する。

 ひとつひとつ丁寧に並べ、重さを計り、小皿に分けていく。

 準備が終わると、近くに居た暇そうなおっさんの一人に、加工の仕方を教えてくれと訴えているが、一顧だにされない。

 しかも教えない理由が、仕事が忙しくて教えられない、のではなく女だから教えない、と言っていた。

 これは多分、今後もこの状態が続くだろう。

 幸いというか何というか、()()手は出されていないらしい。

 本当の本当に時間の問題っぽいけど。


「すみませーん」


 ある程度状況が分かったところで、声を掛けながら裏口のドアを強めに叩くと、下っ端っぽいおっさんが面倒そうに顔を出した。


「こちらはバスティアン魔道工房で間違い無いでしょうか?先程こちらの女性従業員の方が買い物に来られて、当方の手違いでお渡し忘れしてしまったお品物をお届けに上がりました」

「あー?女性従業員ん〜?……あぁ、キルシェのことか。チッ!アイツ買い出しもまともに出来ねぇのかよ」


 舌打ちをした後にガラ悪く「キルシェーーぇっ!」と怒鳴って呼び出す。

 慌てて駆け寄ってきたキルシェが驚いた様に俺を見る。

 そんな彼女にお詫びと事情を説明しつつ、工房内の音が気になるので、と不自然に思われぬ様に外に連れ出した。

 不思議そうにしつつも、素直に頷き、少し離れた道の近くに移動する。


「こちらがお渡し忘れていた大地の雫です。この度は大変申し訳ございませんでした」

「いや、わたしもちゃんと確認してなかったし!ここまで届けてくれて助かったよ」


 改めて謝罪して大地の雫を手渡すと、恐縮しながらもお礼を言われる。

 こんな素直ないい子があの職人(汚いオッさん)の毒牙に掛かると思うと身震いがする。


「あの、急なお話で申し訳ないんですが……」

「ん?」


 小首をかしげるキルシェに、マジョマジョ(レジーナのとこ)に行かないか?と勧誘する。

 さっきの一連の流れを見ていて、あのままでは話していた通り絶対に仕事を教えてもらえないだろう事、「女性従業員」の言葉ですぐにキルシェの名前が出てこない事、魔法服屋ではあるがレジーナもオリハルコン(防具屋)の親父さんに鍛えられているから多少の魔道具なら作れる事を出来るだけ感情を載せない様に話していった。

 流石に性的に狙われているよ、とは言えなかった。


「でも、わたしは文字もまともに読めないし……」

「そこは俺に考えがあるよ」


 嬉しそうに話を聞いてソワソワしつつ、それでも自分は使えない人間だとしょんぼりしているキルシェに微笑む。


 ぶっちゃけマジョマジョは深刻な人手不足。

 売れてはいるが、店としての横の繋がりも、店長(レジーナ)の経験も足りない。

 なのに魔道具師を雇っても、店を乗っ取ろうと考えたり、レジーナに手を出そうとする野郎ばかりで、クラーラ様がブチ切れて片っ端からクビにしていく。

 因みに元店長はとっくのとうに辞めさせられている。

 なんでも横領していたらしく、今はお空の上か地の底かにいるらしい。


 現状レジーナとおばさん、そして副店長が経理や仕入れ外注などの経営、店頭は従姉妹と販売員だけでギリギリ回している状態だ。

 店頭に立つ人間はなんとかなっても、魔法衣装を作るのはほぼレジーナ一人なのだ。

 ベースのドレスなど出来る限りは外注していても、それを仕上げる人手が圧倒的に足りない。

 ほぼ毎日孤児院の子達にヘルプを頼む程である。

 キルシェは魔道具をとにかく作りたい。

 孤児院の子供でもやり方さえ覚えたらすぐにできる作業はあるし、何だったらもう少し難しい作業だって任せられるだろう。

 さっきの丁寧で素早い素材準備や、掃除のスピードなんかを見れば即戦力間違いなしである。


 日中はマジョマジョを手伝って、魔道具作成と販売、勿論安いが昼食と給料付き。

 夕方は孤児院に行って文字の勉強をして、孤児院にそのまま泊まる。

 翌朝はまたマジョマジョ…となかなかハードだが朝晩は孤児院で摂れるから、生活する上でほぼお金は掛からない。


 現在手持ちがないと言うのならば、孤児院での食費と教育費は必要経費で俺が出そうではないか。

 頑張れば半年後には初級の本くらいなら買って読める様になるだろう。

 何だったらわからないところは俺が訳してあげる事だって出来るし、マナーブックを引けば何か載っているかもしれない。


「こんな感じで大変だけど、どう?やってみない?」

「っやるやるやるーーーーっ!今からここ辞めてくる!」


 一も二もなく即答して、俺の返事も聞かないうちに工房に戻っていく。

 十分もしないうちに荷物を纏めたキルシェが「おせわになりましたぁぁっ!」と叫びながら飛び出してきた。

 ポカンと口を開けたままの職人達がそれを見送り、「お前なんかどこに行ってもつとまらない」「役立たずは大人しく雑用をしていろ」など聞くに堪えない暴言を吐いていた。


 キルシェはご丁寧に自分の雇用契約書を持ってきていて、そこにはやはり職人としての契約がなされていた。

 商業ギルドに持ち込み、彼女の現状を訴えると契約違反であると受付嬢達が味方になってくれた。

 相談窓口のベテランっぽいお姉様が凄みのある笑顔で「任せておいて」と言い残し奥の部屋に消える。

 あそこはギルドマスターの部屋では?


 数分後、ニコニコと素晴らしい笑顔で戻ってきたお姉様がバスティアン魔道工房に契約違反金の支払い請求と、キルシェの退職を保証する書類を持ってきた。

 チラリとドアの向こうに見えたギルドマスターがぐったりと項垂れていたんだけど何したんだろう?

 ついでに逆恨み対策でキルシェへの接近禁止令も出してくれるらしい。

 キルシェは受付嬢達の優しさに感動して、泣き崩れていた。

 お礼にクッキーに合う高級茶葉とギルドマスター用のお高めの蒸留酒を渡しておいた。

 また何か困った事があればすぐに相談してね、と笑顔で見送られた。


 こうしてマジョマジョの店員が一人増えたのだった。

 やっとレジーナ案件の回収が終わりました。←まだ終わってない。

 お次はオークション編になります。

 作者はオークション自体をまともに知らない為、なにか大きな矛盾などありましたらガッツリ突っ込んでくださいますようお願い致します。

 某ハンター漫画のGI編を見た程度の知識です。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 お~、無事キルシェさんのヘッドハンティング成功したんですね。バカな工房は今までの横暴のツケをのし付けて払う事になり、此方は磨けば光り輝く玉になる原石をスカウト完了と、誰も不幸にな…
Island(アイランド)なので、GI編なのでは…?
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