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172 雑貨屋オープン 2


 春の中頃(五月)になれば店も軌道に乗ってくる。

 オープン当初のバタつきや冷やかしの客も減り、ほぼほぼ利用客になった。

 たまーに通り掛かりの商人とか帝都に来たばっかりのハンターとかが恐る恐る覗きにくる程度だ。


 経営についてなんだけど早々に俺の手に負えなくなってしまったので商業ギルドに相談してお手伝いの人に来てもらった。

 所謂税理士さんとか経理代行サービスとかそんなやつ。

 有料かつ税率が少し上がってしまうが、その代わり経営がとても楽なのである。


 まず、申請・報告類に必要な書類は全て用意してもらえるし、やり方書き方を丁寧に教えてもらえる。

 また、非効率なやり方を指摘・修正してくれたり、経営に必要な知識を教えてくれる。

 おかげでオイゲン達はメキメキと実力を身につけ始めている。

 交渉なんか俺より上手いし、相場なども詳しくなっていた。

 その為、色んな商品の売値が修正されていっている。

 安くなりすぎない様、でもウチの強みが消えないギリギリのラインを狙って修正してあるので、俺が気軽に口出しできないレベルなのだ。

 まあ、儲かる分には問題ないからいっか、とお任せしている。


 ちなみに手伝いに来てくれている彼等は、出向業務中に知った情報を私的利用出来ない様に神殿契約を行っている為安心して相談できる。

 紹介された人達のうち数名はその契約をしていない人もいたけど、その人達は丁重にお断り申し上げた。

 その直後に部屋がざわついたが、なんでかはよくわからない。

 「どこにそんな情報網が?」とか「人を見る目が……?」とか聞こえた気がするが、多分何か別の事だろう。


 閑話休題。 


 そんな状況(値上がり)になっても相変わらずハンターだけではなく、薬や魔道具作りをしてる人達は買いに来る。

 ありがたい事に、これでもまだまだ安いのだ、と褒めていただけている。

 その中に一人変わった女の子の常連客が居た。


 毎度大量に買って行く割に、本人はちっとも楽しくなさそうなのである。

 ぶっちゃけ大量の素材を買っていく人たちは、その素材で作るもののことを考えている為、会計が終わる頃にはニコニコを通り越してにまにましている人が多い。

 しかし、彼女はその大量の素材を見て、ため息を吐いて悲しそうに持ち帰る。

 なのに新商品や、レア素材などを見る目は輝いている。

 具体的に何に使うものなのか、どうやって使用するのかをワクワクと尋ねてくる。

 でもいつもそれらは購入せず、普段と同じ物を購入してため息を吐きながら帰っていく。


 あまりにも不自然だ。


 今日も彼女は悲しそうな表情で買い物カゴに商品を入れていた。


「魔道具師の方、ですよね?何かお困りですか?」

「!」


 どうしても気になって、思い切って話しかけてみた。

 はじめは驚いた彼女も、疑問をぶつけてみると納得したらしく、笑いながら事情を話してくれる。


 彼女の名前はキルシェ。

 魔道具工房に勤めている十八才の見習い魔道具師だ。

 ここには工房で使用する素材を仕入れに来ているらしい。

 でも、その素材を使用するのは自分ではないので、それが悲しくていつも浮かない表情をしていたのだそうだ。


 折角なので、お茶を出して工房で作っている魔道具について話をする事にした。

 キルシェの勤める工房で作成するのは、貴族やお金持ちの商人などのお屋敷で使う掃除用や灯りの魔道具らしい。

 ラノベでお馴染みの家電魔道具っぽいね。

 他にも教会や高ランクのハンターが使う様なファンタジーな魔道具や攻撃用の魔道具を取り扱う店もあるらしいよ。

 契約・誓約書用のインクだとか、魔力をインクにすることの出来るペンだとか、魔法陣を描く為の紙だとか、設定した街を指し続けてくれるコンパスだとか、オタク特有の早口でわーっと説明してくれた。


「……い、いろんな魔道具があるんですね」

「ええ、魔道具には大いなる可能性があるのよ!」


 笑顔で言い切るキルシェは本当に魔道具が大好きらしい。

 ちなみに転移・転送なんかの魔道具は無いんだって。

 そういうものはないのか質問したら可哀想な人を見る目で見られてしまった。


「いつかわたしもみんなが驚くようなすごい魔道具を作ってみたいの!……でも、このままじゃ無理かもしれないんだけどね」


 夢を語って輝く笑顔は数秒の後に萎んだ。

 今の工房に世話になって八年、彼女はまともに魔道具の作り方を何一つ教えてもらえないのだそうだ。

 下積みが長いとしても確かに八年は長過ぎる気がしないでもない。


「でも、基本が大事なお仕事なんですよね?今はそれを教わっているとか、仕事は見て盗めとか、そういうことではないんですか?」

「それが……」


 キルシェは暗い表情で話し始める。

 そもそも、その工房に勤める事になったのは十歳の頃の事。

 両親が二人とも事故で亡くなり、父が仲良くしていた魔道具工房に何とか見習いとして弟子入りする形で保護してもらったからだそう。

 元々そこに修行に行く予定はあったが、それは十二歳になってからのはずだった。

 その時のキルシェは、基本文字を習得し、いくつかの簡単な単語を覚えたばかりだったそうだ。

 仕事で使う素材や道具が優先して教えられていたので最低限のお使いは出来たらしいが、それでも知らない単語や文章は読めなかった。


 まともに読みも書きも出来ず、計算も一桁の足し算引き算程度の状態で弟子入りしたとして、彼女に何が出来るというのだろうか。

 結果、学も後ろ盾もない彼女は、魔道具制作についてはまともに教えてもらえず、仕事は下働きばかりになる。

 お給料は見習いのうちはほぼ出ないし、工房の食事の用意も掃除もキルシェに任される。


 確かに衣食住は面倒見てもらえているが、どうしても魔道具制作には触れさせてもらえない。

 同期で入った男の子は既に制作作業を始めているし、後から入った男の子達も下処理から簡単な制作にまで携わっている。

 にも関わらず自分は素材の下処理すらさせてもらえない。

 魔道具工房に勤めているにも関わらず、文字も計算も独学、素材も、加工も独学だ。

 それが本当に正しいのかわからない。

 何故ならば実際に作らせてもらえないから。


 一番下の子達が制作作業に携わり始めたので、下処理が自分に回ってくるだろうと期待していたのに、下処理済みの商品がある此処に買い出しに行かされ、下処理さえまともに教えてもらえなかった。

 師匠や先輩の仕事を見て技を盗んではいるらしいし、端材などを使用してコッソリ練習しているけれど、わからない事を聞く事もできない。

 聞いても教えてもらえない。

 端材を使用した事がバレたら折檻が待っていた。

 彼等はどんなに頑張っても魔道具制作を教える気は無い気がする、など大小様々な愚痴が大量噴出し始めた。


 字も何となくしか読めないのでお金を貯めて本を買う事も選べない。

 そもそも見習いの給料などたかが知れている。

 別の仕事に就こうとするにもツテがない。

 彼等に都合よく使われている気がするらしい

 確かにまともに勉強ができない小学四年生がバイト先に来たと思えば納得しなくもない扱いだけど、文字くらい営業時間外に教えてあげたら良いだろうし、訊かれたら手が空いた時にでも答えてやれば良いじゃんとも思う。


 とはいえ、その工房の事情もよく知らない俺がしゃしゃり出るのも良くないだろうし、片方の話だけで決めつけるのも良くないと思う。

 前に読んだラノベでは実は相談者が手のつけられない問題児で、自分の失敗は棚上げして周りの人がひどいんだ!と訴えて、それを鵜呑みにした主人公が酷い目にあっていた。


 某神官長ではないが、全てを詳らかにしてからはじめて手を出すべき案件だろう。

 むしろそもそも手を出すべきではない案件かもしれない。


「うーん、大変なんですね……。愚痴くらいならお買い物に来た時にいくらでも聞きますから、諦めずに頑張って下さい」

「ええ、長居して変な話を聞かせてしまってごめんね。ちょっとだけスッキリしたわ。ありがとう親切な店員さん。お菓子もお茶もご馳走様でした」


 当たり障りのない返事と気休めで送り出す。

 ごめん、俺、何もできないや、強く生きて。

 いつかきっと報われる日が来るよ。

 キルシェはそんな俺の気持ちを見抜いている様な笑顔を残すと、心持ちスッキリした表情(かお)で帰っていった。


 それを見送った後、倉庫部屋の在庫管理をしていると店頭から呼び出された。


「キリトさん、すみません。わたし、これ、入れそびれてしまいました……」

「わ、お渡し忘れ?!さっきのお客様だよね?」

「ハイ……」


 ウルリケが手のひらに乗せてしょんぼりと見せてくるのは大地の雫だ。

 曇った様に不透明で、ミルキーな印象を受ける茶色の石。

 雫型なのでアーモンドにそっくりである。

 土属性の魔道具のブースターになるらしく、キルシェが毎度大量に購入していくものだ。

 蛍石を採った時に手に入れた大量の宝石の中の一つである。

 希望するサイズは極小サイズなので、一つの石を四つに割って魔法で研磨している。

 同一サイズなのが喜ばれているので、こちらもなかなか売れ筋なのだ。

 ハンターギルドに依頼して購入もしているのでこれは安定して手に入れる事が出来る。


「袋詰めしている時に、お、おとっ落としてしまったみたいでっ、ざ、在庫が、一つ、多くて……ぐすっ」


 入れ忘れの原因を震えて泣きながら報告するウルリケ。

 よりにもよって応援で入ってくれた真面目過ぎるウルリケが渡し忘れをしてしまった。

 そのせいでめちゃくちゃ自分を責めている。

 いつでも一生懸命なこの子のことだ、わざとでは無いだろう。

 正直に言いに来てくれたのだから叱る必要はない。


「大丈夫、俺が届けてくるし、代金は合っているんだろ?」

「……っは、いっ」

「じゃあ次からは気を付けような。とりあえず裏に入って気持ちを落ち着けておいで」


 ぼたぼたと涙を溢ししゃくり上げるウルリケは、まるで俺がいじめているみたいで大変居心地が悪い。

 背を摩りなんとか宥めて休憩室の椅子に座らせハンカチとリラックス効果のあるハーブティーを手渡した。

 他の店員達に視線で合図して、ウルリケの抜けた穴を補ってもらう。

 素早く全員が目配せをしあって動き出した。

 キビキビとした良い動きである。

 大変結構。


 さて、俺はお届けに向かおうかな。

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