171 雑貨屋オープン 1
結果から言おう。
お店、大忙し。
ターゲットであるハンターは勿論、一般の客や魔道具師・薬剤師・錬金術師なんかが途切れる事なくやってくる。
店員だけでなく店長である俺もバタバタと走り回っている。
一般の客は、子育てが一区切りついたママさんバイト達のおかげだ。
最初はママさんバイト達の知り合いママさんが顔を出してくれた程度だった。
それが、オープン三日目くらいから、口コミで一気に広がった。
理由はたぶん、場所代が掛からない分、他の店より安価である事。
ママ友の横のつながりで拡散されたらしい。
買っていくのは簡単な医薬品と調味料としても使える薬草類に、交換対応可の子供服。
社員のママさん達にオープン準備中に冬はそれで稼いだ話をしたら飛びつかれて、此処でもやる事になったのだ。
サイズ別、季節別にして販売する。
サイズアウトしたり、もう雑巾にするしかない程に汚れてしまった物、季節外の物などを嫌な顔をせずに買い取ってくれ、必要なサイズの服が買えると好評で、いろんな年齢の母親がやってくる。
購入するのはボロくても綺麗で臭いのない服とくれば、客が集まるのも納得である。
季節違いの服は【アイテムボックス】に入れておけば倉庫を圧迫しないから楽だ。
ブリギッテやカールハインツのとこで出たハギレを当て布用に売りに出してみたら、良い布をこんな安値で?!とバーゲンセールのおばちゃん並に奪い合いが起こったりもした。
新入社員の刺繍練習した後の布も貴族には出せないが、市井では高額で売ることが出来た。
今までは焚き付けにしたり火炎瓶の材料にするしかなくて【アイテムボックス】のこやしとなりつつあったそれらがお金に変わり、棚ぼた感満載である。
更に、有料とはいえ、孤児院に一時的に子供を預けて買い物できるのもでかいと言われた。
手が掛かる子供を一、二時間預けている間に、家事や買い物を済ませて最後にウチで買い物をして子供を引き取れば、自分の時間を作ることも出来るとの事だった。
それは確かにわからなくも無い。
俺だって面倒を見るように言われていた妹弟を安全なところに預けて、思いっきり友達と遊べるなら喜んで預けると思う。
一時保育客が一気に増えた為、うちの店の営業時間中には二人程保育士を増員することになった。
おかげで井戸端会議(井戸無いけど)が店の前でちょこちょこ開かれている。
ママさんの情報最先端になっているらしいよ。
品揃えに関しても「こういうのが欲しい」「ああいうのが欲しい」と遠慮無く言われるので用意するのが楽で良い。
しかもとてもよく売れる。
ありがたい。
魔道具師・薬剤師・錬金術師の人達は、どうも素材の仕入れを目的にしている様だ。
近くの森で採取してきた素材をデイジーや孤児院の子供達が仕分け、下処理(不要な葉をむしったり、日陰に吊るして乾燥させたり)してくれたものを並べているのだが、それが大変に好評なのだ。
「ここのは丁寧に処理されていて安いですからね。少し足を伸ばして買いに来るだけの価値はあるのですよ」
「はあ……?そういうもんなんですか?」
「ふふふ、そういうもん、なんですよ」
帝都でも人気の錬金術師だと呼ばれるお爺さんが穏やかに笑いながら教えてくれる。
こちらの世界ではあまり見ない感じに太っている。
メガネを掛けて、白髪に口髭もあるせいで、うっかり「先生、バスケがしたいです……っ!」って言ってアゴをタプタプしたくなる見た目だ。
着ているのはポロシャツではなく、一目で高価とわかるローブだけど。
デイジーにこのお爺さんの言葉を伝えると、嬉しそうにはにかみながら「お父さんの指導のおかげですね」と言っていた。
照れ笑い、プライスレス!
とても可愛かったとだけ記しておこう。
因みに、『見習い薬師のおくすり』は孤児院長先生から危険だから、と却下された。
薬事法とかは無いらしいけど、彼等の保護者として、一薬師として安全性に欠ける薬は認められないそうだ。
その代わりに子供達が下拵えした素材を販売する事になった。
例えば必要な素材を粉にして必要分量ごとに小分けした物だったり、油漬けにした物を刻んで瓶詰めにした物だったりと、野菜コーナーのカット野菜ばりに便利な品物ばかりである。
下拵えしていると日持ちがあまりしない物が多い(刻んだ油漬けなど)けれど、そこはそれ、時間停止型の【アイテムボックス】様々だから。
必要な時に取り出して販売すれば廃棄もほとんど出ないという寸法ですよ。
あと、思い付きで簡易ポーションの『初めてキット』を作ったが、それがハンター達に妙に人気がある。
実物のポーションを買うより少しだけ安いのが良いのかもしれない。
キット内容はきっちり乾かして粉にした材料を、それぞれ一回分薬包紙に包んだ物と、ビーカーとマドラーに精製水。
小さな麻袋ひとつに収まるソレが小銀貨一枚。
パッケージに書かれた手順通りにビーカーに入れて混ぜて魔力を込めるだけ。
よっぽど変なことをしない限り失敗は無いし、簡単に作成できる。
一応薬効は自己責任です、とパッケージにも表記しているが目新しさもあるようで良く売れている。
薬草はその辺で摘める所謂雑草レベルのハーブだし、ビーカーやマドラー、精製水のボトルは魔法で作った物なのでほとんど元手は掛かっていない。
なので意外と利益率も良い商品である。
パッケージは、はじめは手書きで書いていたが、同じ内容を何度も何度も書くのが面倒くさくなった為、ハンコを作った。
薄めの紙に文章を書いて裏返し、翡翠のように柔らかい石に乗せ、その文字の接しているところ以外を五ミリほど削り取れば完成である。
勿論魔法で一発だ。
はあぁ、魔法は本当に便利ですな。
他の店が真似しようとすればビーカーを付けただけで原価の回収もままならない事になるだろう。
そのうちビーカー無しの『お手軽制作セット』も作ろうかな。
二週間程人と物の流れを確認して、大体の売れ行きを確認したら二日分くらいの在庫を倉庫に補充して、俺も皆と一緒に採取に向かう。
薬草や錬金素材となる植物をがむしゃらに採取する。
素材は必ず一、二本は残して集めるのがお約束。
あまりに見つからない場合はこっそり残されてる植物に強めのヒールを掛けておけば次回来た時にモサモサに茂っているので周りにバレないようにやっている。
「はあ……。この辺、こないだ採取したばかりなんだがなぁ……?」
「(ギクッ)」
蔓性で、香りの強い小さなラッパ型の白い花の、花だけをぷちぷちちぎりながらヤンスさんが言う。
小指の先くらいしかないその花はそれ単体ではあまり効果が無いが、簡易ポーションに混ぜると薬効が上がるとても便利な素材なのだ。
こちらを見るヤンスさんの視線が「何かしただろ?」と雄弁に語っていた。
顔が引き攣りつつも、知らん顔で採取を続けるとわざとらしい大きな溜息が聞こえる。
「あんまり不自然なことが起これば国が調査に乗り出すからな?原因が排除されたり、国益に利用されたりするから気をつけろよ?」
「……ぅす」
言外にやり過ぎるなよとしっかり釘を刺されてしまった。
だって素材が足りないんだもの。
仕方ないじゃないか。
でも、消されたり強制労働はしたく無いので自重します。
ハイ。
やっぱり畑作るべきなのかな?
店に戻ると、孤児院の子供達が加工した素材を買取り、集めた薬草を渡して加工を依頼する。
カールハインツに頼んでいた折り畳みマットレスが届くとの事なのでそのまま受け取る事にした。
対応するのはエドガーとオイゲンで、現在取引を実践で学んでいる。
今の取引先は俺の知り合いばかりなのでぼったくったり騙したりしないし、安心感がある。
あえて損しても良いから騙すやり口を見せてくれ、とお願いする事もある。
この辺りで勉強してもらえると助かるからな。
「ではこちらが納品書です」
「……確かに。お取り引きありがとうございます」
カールハインツの店の配送担当者の渡してきた書類と納品された数、自分の用意した金額を確かめ、しかつめらしい顔で応えるエドガーがとても可愛い。
配送担当者も笑いを堪えて肩と頬が震えている。
彼と目で「頑張って我慢しよう」と会話し、必死で堪える。
オイゲンが男性店員を呼び、倉庫へマットレスを運び入れ始めた。
今ではこのマットレスがダンジョンに向かうハンターの必需品になっている為、作っても作ってもすぐに売り切れてしまう人気商品だ。
逆支弁の袋が作れたらもっと小さく出来るんだけどな。
その辺はまだまだ難しい。
初めてキットは作成道具がほぼ無料で手に入る為大人気なのです。
透明度の高いビーカーを薬師見習いに売るだけでも儲けが出るし、精製水のボトルは今後の水筒としても利用できる。
本人曰く利益率の良い品物ですが、側から見ればおかしな価格な代物です。




