169 帝都到着 3
キリが悪くて長めです。
振込手続きを終えた俺は、レジーナやクラーラ様の元に改めて向かう。
タウンハウスに俺が顔を出すと、エメリヒが出てきてすぐに客室に通され、お高いお茶が出された。
しばし待たされて当主であるヘルフリート・フォン・ヴァイツゼッカー男爵とクラーラ様、レジーナ達が顔を出す。
そうして形ばかりの挨拶を交わし、男爵から今日の来訪の目的を訊かれた。
「「…………」」
コレはあれだな?
報告してないな?
クラーラ様、ちゃんとお父さんにお話しした?
してないよね。
チラリと視線を送れば、きょとんとした後、気まずそうに視線を外したクラーラ様に、顔が引き攣る。
「お父様、わたくし、昨日説明しましたよね?」
「む?……う、うむ、デザイナーが後程来るとは確かに聞いたが……」
なぜか遠い記憶を掘り返す様に考え込んだ男爵
男爵の話を聞けば、「デザイナーが後から来る」とは言われていたらしいし、俺の名前も聞いていたらしい。
けれど『デザイナーのキリト』と『護衛してきたハンターの内の一人』が同一人物だとは言われていないし、当然繋がってはいなかったらしい。
おっけー、そういうことなら仕方ないね。
改めてデザイナーとしてご挨拶をすると、得心がいった様子。
おい、だとしてもそこの執事さんよ、あんた俺の事報告してないんかい!とシレッと後ろに突っ立っていたエメリヒを睨めば慌てて弁明を始めた。
あ、娘の話しか聞いてくれなかったの。
なら仕方ない……いや、お前は仕方ないとか言うなし。
幾つか話をして、前回使用したプレゼン資料も取り出して詳しく説明。
ついでに俺が今やっている二つの工房についても触れておく。
初めてクラーラ様の出店理由を理解したらしい男爵は、プレゼン資料を投資家の顔で読み込んでいる。
俺たちは幾つかの質問を受け、実物や素材、冬の間に話し合って描き溜めたデザイン画などを見せつつ、具体的に店のイメージを固めていく。
いくつか目星をつけていた物件の見取り図も取り出してあーしたいこーしたいと話し合う。
「これならば、帝都の貴族街の商店街にある、小物ショップを潰して店舗にすれば良かろう」
「元々、隣国から入ってくる商品を並べて売っていただけでしたものね」
サクッと場所が決まった。
店の名前はお洒落魔法服屋マジョマジョ。
今回はオーナーでは無く外部デザイナーとして協力。
オーナーはクラーラ様である。
ラブベリって付け無かった俺、偉い。
え?古い?
えーっと今はプリンセスなパラダイスだったかな?
女児向けゲームは俺、対象外なんだよ。
従姉妹のねーちゃんがハマったら強制的に参加させられるけどね。
レジーナは店長として、販売する商品をこの屋敷で作りつつ、マジョマジョの立ち上げに尽力することになった。
それが決まった時には死んだ魚の様な目をしていた。
やることはまだいっぱいあるぞー、死ぬなー。
俺、なんでだかはじめはハンターをメイン客において販売すると思っていたんだけど、クラーラ様からは貴族のご令嬢が使用する店にしたいんだって。
この間みたいな快適でおしゃれで可愛いドレスとかがメインになるらしいよ。
それならば縫製は外注した方が良いだろうということとなり、ベースの服はクラーラ様の家が使用している服飾工房、そしてブリギッテ達、それでも足りない分はその横の繋がりを使用して信用できる服飾工房に依頼する事になった。
「キリトには基本デザインさえ描いていただければ、あとはこちらのデザイナー達に任せて自由にして頂いて構いませんわ」
「下手に皇妃様のお気に入りを拘束したなど言われたく無いからな。最大限の配慮を約束しよう」
感覚としては俺監修の別メーカーって感じかな?
形式上、俺は外部デザイナーとして雇われているかたちなので、こちらも出資と協力はする。
夏に良さげな涼しい服や、アクセサリーを描いていく。
水の羽衣とか夢があって良いよね。
出来るかはわかんないけど。
場所と商品が決まれば次は店舗デザインである。
これは男爵たっての希望で、最近流行りだした店舗デザインに改装する事になった。
大きなガラス張りのショーウィンドウ。
その中に商品を美しく並べる。
そう、つまりはウチの服屋さん形式である。
貴族の店や服飾店はこぞって真似をしているらしいよ。
わかりやすく人目を惹くし、何よりも大きなガラスを使えることが一種のステイタスなのだとか。
見やすいし、街を歩くだけで楽しいから良いんじゃないかな。
今回はサービスで俺が魔法で強化ガラスを作っておこう。
お店で取り扱うのは、魔法効果付きの服、そしてちょっとしたアクセサリー型の魔道具。
店内はレディースメインではあるが、男性も使用できる服やマント、マント留めのブローチや、手袋など、魔力が使える人間には魅力的なアイテムが盛りだくさん。
親父さんが作った盾や革鎧に魔法効果を付けたものは俺達の店にそっと置いておく事にした。
不要だと言えば親父さん落ち込んじゃうかもしんないからね。
早速、クラーラ様が夏の衣装を注文していた。
日傘とかひんやりマフラーとか涼しくて良いと思うよ。
提案だけして、制作に関しては男爵家の服飾工房とレジーナにぶん投げる。
クラーラ様の前で、フリフリのフリルたっぷりな日傘と布に穴を開けるタイプのレースの日傘、あえて造花を付けたものなどを描いたら「こんなに可愛いものばかりでは選べませんわ!」とキレられた。
理不尽!
お悩みあそばしている間に冷風が出る、とか、肌を明るく見せるとかそういう効果を出せないかレジーナに相談する。
こちらの話がいち段落ついて、お茶を一杯飲み終わった頃に「決めましたわ!」と言葉が上がる。
結局、長考の末に造花のタイプを選んだご様子。
お好きにどうぞ。
その後、店の下見とブリギッテやカールハインツの店との提携契約を結ぶ為商業ギルドへ。
男爵も「ついでだから」と同行するが、単純に娘と街へのお出掛けが嬉しいだけの様だ。
先ぶれは各店と商業ギルドそれぞれに出ている。
「男爵、お待ちしておりました」
改装予定の店に向かうと、丁寧に出迎えられる。
ヴァイツゼッカー男爵だけでなく、その娘や平民らしい者を引き連れている事を油断なく見た店長は、少し顔を強張らせた。
この店の今後のことを話したいとだけ伝えられている様で緊張が見て取れる。
とはいえ、態度自体は今まで通り落ち着いて柔らかく、丁寧なままである。
応接室まで案内されて良い香りのお茶を出された。
本来はお貴族様二人だけが座り、俺とレジーナはソファーの後ろに立つつもりだったが、男爵に席を勧められた為、恐る恐る着席した。
皆がお茶に口を付けた後、男爵が
「さて、この後時間も押しているのでね。単刀直入に話をさせていただこう。この店を潰して新しく我が娘クラーラの店を建てることにした」
「…………ッそ、それは……っ?!」
長い脚を優雅に組み、ニコリと爆弾を落とすその姿はとてもクラーラ様に似ていた。
「今までよく働いてくれたねありがとう」とお礼を言っているが、実質解雇宣言である。
店長は目を白黒させながら、言葉にならない声を上げている。
俺も内心動揺して思わず立ちそうになってしまった。
「勿論娘可愛さだけの判断では無いよ。クラーラの店の推定収入がこの店の現在の売り上げの倍以上なんだ。わかるだろう?」
「で、ですが……っ!……あ、あまりに、突然の事で……他の者達もっ生活が……っ」
動揺で声が震えている。
チラリと出来るだけ顔を動かさずに男爵とクラーラ様を見れば二人ともさも当然といった表情である。
お貴族様こっわ!
隣に座るレジーナの握られた拳も震えている。
「店取り潰して新しい店にすっから君クビね?」と言われて「ハイわかりました」と答えられる人ってどれくらいいるんだろう?
俺、よっぽどでない限り皆無だと思うんだけど。
男爵は紹介状を書いてあげるからと言っているが、それ、次の仕事は自力で見つけろって言ってるって事だよね?
新しい仕事を案内したりはしないヤツだよね?
チラリと俺達を見た店長に、男爵は一つ頷く。
「彼女達は娘の共同経営者だ。無論、実績もある。娘の希望通りに服を作り、他の領地の貴族令嬢から認められているのだよ。奥の少年の話は君も聞いたことくらいあるだろう?あの画期的な服飾工房の幻の経営者だよ」
そう言いながら俺達を褒めていく男爵。
ねぇ、彼を煽るのマジやめて。
ほら、どんどん目が据わってきてるから!
「て、店員さんは引き続きそのまま働いてもらったら、い、いかがでしょうか?私たちは貴族様とのやり取りに不慣れな者ばかりですし、実際に対応してきた方がいらっしゃれば大変心強いです」
彼の視線に耐えられず、男爵に提案すると彼はクラーラ様に視線を送る。
クラーラ様的にはどうでも良さげで、斜め上の何も無い空間を見てぼんやりしている。
これはやばい。
ここで彼に恨まれたらしつこく邪魔される予感しかしない。
「聖女様と呼ばれるクラーラ様です。平民を無闇に困らせたりするのは本意ではないのではありませんか?」
「!そうね、確かにそうだわ。わたくし、彼等を困らせたくはありません。店長はレジーナですけれど、店員はそのままでも良いのではなくて、お父様」
慌てて言葉を付け足すと、『聖女』の響きにクラーラ様は反応し、継続して雇う事を了承した。
男爵もクラーラ様がそれで良いなら、と重々しく頷いた。
現店長も店長から一般職員に降格にはなるが、急に仕事を失う事は防げた。
お茶を運んでくるメイドさん達からの視線が妙にキラキラしている。
共に座っていた副店長と思しき男性はこちらに目礼をした。
なんとか彼等の生活を守る事に成功したらしい。
「では詳しい人員配置はクラーラ任せたよ。わからないことがあればいつでも聞きにおいで」
「ありがとうございますお父様」
優しい父親の顔になった男爵に笑顔で礼を言い、店内の商品をどうするのか、今この店を利用している顧客への今後の販売はどうするのか、改装はいつからするのかなど具体的な話に変わっていく。
隣国からの仕入れはこの店とは別の商会が担っていて、販売については男爵家で引き続き行うとのことだった。
建物の改装については、現在二階建てで一階が店舗、二階が店長室と倉庫になっていたのだが、縦に伸ばして三階が工房、そして四階がレジーナ他二人の住居になるそうだ。
経営者の部屋を店に作る、というのは現店長よりも待遇が良く、男爵家に信頼されている証らしく、ものすごい目でレジーナと俺を睨んでいる。
うーん、庇ったのあんまり意味がなかったかも?
ある程度店形が決まった所で俺達は店を出て、ギルドに向かう。
商業ギルドにはギルド長とブリギッテ、カールハインツが揃っていて、これまた丁寧に出迎えてくれた。
サクッと事情を説明し、なんの問題も無く提携契約は終了した。
所謂下請けだったけれど、俺が関わっている事業だから、と二つ返事で了承してくれた二人には感謝しかない。
何かお礼をと聞くと、後日で良いので拡張の話をしたいと言われる。
話を聞くと、店の見習い希望者が殺到していて、あとは俺の面接待ちなのだそう。
以前何人か自分達で雇ったら飼い犬が紛れ込んでいて、大変だったそうだ
人手を増やすためにそれぞれ隣の建物と、後ろ二軒を買い取ったんだって。
しかも上に増築までやってるらしい。
儲かってまんなー。
難産でした……
因みに現在の女児向けゲームはアイプリです。
アイドルプリンセスの略らしいですね。
私も知らない秘密の私、がキャッチフレーズ?らしいです。




