165 いざ、帝都へ 2
注意 お手洗いのお話です。苦手な方はご注意下さい。
クラーラ様を褒め讃えるお貴族様御一行(エラさん筆頭)を横目に、俺達も野営の準備を始める。
いつもは焚き火を中心にして円を描くように天幕とタープを張るが、今回はクラーラ様達を背にする形で、扇状に設営する。
既に他の騎士や使用人達も、三組に分かれて設営し始めている。
クラーラ様の休む馬車やその周辺を整える者、俺たちの様に天幕を張る者、火を起こす者、薪を集める者、料理の用意をする者、資材の管理をする者、周辺に危険がないか確かめる者……。
最終的に、中心にある馬車にクラーラ様が、それを東西南北で囲む様に俺達と騎士達が天幕を張った。
使用人やレジーナ達は、騎士達とクラーラ様の間に広がっている。
ここまで乗ってきた馬車は、ベンチの様な部品を中に足すことでフラットなふわふわもちもちのベッドになるそうだ。
アイディアもお貴族様もすげぇ。
俺たちが馬車を買うならそういう変形するシステマチックなやつが良いな。
下に箱を置いてシートを広げたらフラットになる車中泊用の後部座席みたいなのとか、折り畳みの脚を出して作業台が出てくるとか、キャンピングカーみたいに二段にして上のスペースを女性専用にするとか、夢が広がるなぁ……。
街道には魔物もほとんど出ないが、山賊・盗賊の手合いは場所を選ばずに現れる。
現に以前エーミールさん達を護衛してる時には盗賊が現れた。
彼等は根こそぎ捕まえたけど、その後別の賊が住み着いていないとは言えないし、貴族に手を出す者は少ないらしいが、皆無ではないのだ。
ただの金品目的な者達だけでは無い場合もある、と騎士の一人が教えてくれ、貴族のドロドロが垣間見えてゾッとした。
利権とか権力闘争とか後継問題とかアレコレかな……。
確かクラーラ様には男兄弟はいなくて、従兄弟には少し上の男の子がいたよね……。
ぞわりと悪寒が走り、二の腕をさすった。
ゴットフリート様がそんなことをするとは思えないが、その奥さんや息子には会ったことがないから絶対にないとは言い切れない……。
そして、ここで野営の問題が持ち上がる。
今まで触れて来なかった、御手洗ーーートイレについてである。
ここは異世界。
日本のキャンプ地の様に公衆トイレがあるわけでは無い。
ハンターであれば、背の高い草むらの一部を刈って、穴を掘り、草を目隠しにしつつ、辺りに警戒しながら用を足すのだが、貴族のお嬢様やそのメイドさん達にそれが耐えられるとは思えない。
たまーに蛇やカエルなんかも出てくるしね。
女性のハンターはその用を足す場所にあらかじめ虫除けや蛇避けを撒いていたりする事もあるくらいだ。
そこで、野営地からちょっとだけ離れていて、でもちゃんと警戒できる位置に向かう。
「壁生成!」
ニョキっと生えてくる複雑な形をした建物。
幾つかの壁が目隠しになって、一畳ほどの個室が三つ並んでいる。
所謂扉の無い公衆トイレである。
個室の中に直径五十センチ、深さ二メートル程の縦穴を魔法で掘り、その上に腰掛けられる様に穴の空いた箱を被せる様に作った。
アレだ。
呼び名は色々あるとは思うが、日本でも一昔前、二昔前には活躍していたと言う、ぽっとん便所(洋式)。
便座が出来たが、このままでは用を足す姿が丸見えである。
なので次はドア部分を作る。
ドアは蝶番を作るのがすごくすごく大変なので、カーテンにした。
閉まっていたら入ってます、開いていたら入れます、みたいな使い方をしてもらおう。
中にバネとスクリューを入れたにゅーっと伸びてくる棒(ドワーフ謹製特注品)に、一辺に連続して穴の空いた長い布を通すだけの簡単なお仕事である。
所謂、突っ張り棒とレールカーテンだね。
勿論、無断でこんな事をすればヤンスさんにしばき倒されるだろうが、今回はちゃんと予め了承を得ている。
というか、普段はこれの一人用を女性陣の為に作成しているのだ。
一応使用は二人一組でやってもらっている。
音が聞こえない位置に一人が立ち、周りを警戒、一人は用を足す。
終わり次第交代すれは終了。
男共は「周りが見えないのは不安だ」と別の場所でしているが、俺だけは探索魔法を使いながらそれを一人で使用している。
流石に他のハンター達が居る場所ではやらないが、野営地に俺達一組だけだった場合は毎回作っている。
たまに後から来たハンターパーティがギョッとした目で見るが、詮索無用だと言えば、何も言われない。
そこを立ち去る時に壁は全て元に戻し、穴は埋めてしまう為、跡を探られても全く問題はない。
ーーーと、話が逸れてしまったが、「お貴族様に移動中のトイレは辛いと思うのでお手洗いを作って良いか?」と確認して、許可をもらっているのだ。
さすがに俺も学習する。
不慣れな旅路でも衛生面についてはしっかりさせたいからね。
お手洗いの度にストレスを受けたり、病気になったりしたら大変だろうし。
あと、普段は手を洗うための水は、三人共自分の魔法で出しているし、男供は戻ってきたら俺がクリーン魔法で手を洗わせている。
普通のハンターパーティではあり得ないんだからね!とエレオノーレさんが言っていた。
そうかもしれないけど、よそはよそ、うちはうちだよ。
出来るならやらない理由はないでしょ。
衛生管理の面でも重要だよ。
しかし、今回はそうはいかない。
魔法の使えないクラーラ様達の為に俺が毎回クリーン魔法を出す訳にはいかないので、手水を作る事にした。
蓋の閉まるタンクの様なものを作り、小さなパイプを下部に取り付ける。
タンクの底はレベルを付けて、最後まで水が流れきる様にしておく。
パイプの下には石鉢(こちらも魔法でポン)を置き、受け皿とした。
後は溢れる水の処理だが、こちらは石鉢の周りを少し掘り下げ、森の方に流れていく様に水路を作る。
本来なら下に大きな空間を作って水の落ちる音が響く様にするらしいけど、ここでは不要な仕組みだろう。
タンクには俺が魔法で水をたっぷり入れた。
これで明日の朝までは保つだろう。
「よし、完璧!」
「『完璧!』じゃねぇわ。なんだこの非常識なサイズと設備は。普段のアレとは大分違うぞ、キリトちゃん?」
明らかに怒っている笑顔のヤンスさんに、頭を鷲掴みにされた。
引き摺られて連れてこられたタープの中で、小声で説明を求められ、アレコレ話していくと、大きな溜息と共にこめかみを拳でグリグリとやられる。
「いたたたたたたっ!いたっいたいっ!痛いですって!」
悲鳴を上げる俺に、ヤンスさんは座った目で訥々と話し始めた。
壁が大きすぎる事、タンクやパイプなどの複雑な機構を魔法で一発で作ってしまった事、何より貴族の前でやってしまった事など、静かに並べ上げられる。
「いい加減こっちの常識を覚えてくれ……」
「申し訳、ありません……」
長いお説教の後に、力なく言われてしまえば、いやでも罪悪感は大きくなる。
ぶっちゃけ穴熊亭や農村で作った施設よりも、小さめで(手水のタンク以外は)シンプルなつくりなので問題ないと思っていた。
貴族に攫われたり、脅されて言う事を聞かされたりしたくなければ、貴族の前では二度とこんな事をするなと言ってタープを出て行った。
今までよりもなんかかなり呆れ度が高い気がする。
このままだといつか見捨てられてしまいそうだ。
き、気を付けなくては……!
落ち込んでいく気持ちを無理矢理起こして、タープの外に出ると、女性陣がクラーラ様やメイドさん達にどうやって使用する物なのかの説明をしているところだった。
「そしてこちらが手洗い場です。これは衛生的に飲み水には使用できませんので気をつけて下さい」
「かしこまりました。それにしてもキリトさんの【アイテムボックス】はすごいのですね、この様に大きなものまで入るとは……」
タンクに関しては作ったのではなく【アイテムボックス】から取り出した設定になったらしい。
俺のやらかしをできる限り隠してくれる様だ。
ありがた申し訳ない……。
何かしらを考えている様子のメイドさんにエレオノーレさんが視線を走らせた。
「ハンターの守秘義務、お守り下さいね?」
「か、かしこまりました……!」
凄みのある美しい微笑みの圧が強い。
メイドさんは顔を青くしながらこくこくと頷いた。
そこに怖い笑顔のヤンスさんが現れ「今後もこの手洗い場を使用したければ家族にも上司にも勿論他の奴にも漏らすなよ?」と丁寧な言葉で伝えていた。
今後どこかからこの話が飛竜の庇護に来たらレジーナ達の店から手を引くし、ハンターギルドでも商業ギルドでも「約束を守らない貴族」として報告するぞ、と笑顔で脅していた。
俺ですら理解できたのだ、メイドさん達にもしっかりと伝わったらしい。
ぶんぶん頭を振る彼女達は涙目だった。
俺のせいでなんかごめん。
クラーラ様だけがにこにこ笑顔で出てきて、きょとんとしていた。
雪隠!
因みにお貴族様達のおトイレは専用のスライムが穴の底にいます。
濡らした海綿でお尻を拭いて、懐紙で拭います。
拭った懐紙はスライムさんにパス。
衛生的にはあまりにもやばい代物ですが、使用する人が決まっているので自分用の海綿が置いてあったりします。
霧斗達の拠点のおトイレに関してはまだ修正出来ていませんので、後程。
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次は、クラーラ様初めてのキャンプ飯です。




