163 春に向けて 4
お話の関係上とても短いです。
冬の終わりも近づき、春になったら俺はアルスフィアットを離れるので、マチルダさん、ベンヤミンさん、先生二人とその後の運営のお話をする。
お茶と簡単に摘めるお菓子と書類を並べて五人で会議だ。
「まずはお金についてはっきりさせておきたいですね。孤児院工房の口座を作って、そこに俺が一定額振り込んでいくつもりなんですが、大丈夫でしょうか?」
「はい、街からの補助金なども支給されますし、そちらの額を振り込んで頂ければ充分に生活できます」
俺の質問に、ザーラが笑顔で答えた。
ザーラとバルバラで、ある程度仕事の担当も決まってきた様である。
経理や食料、備品などの在庫管理をザーラが、料理や洗濯などはバルバラが行う様になっている。
勉強に関しては二人ともみられないとの事で、子供達と一緒に勉強中である。
ベンヤミンさんがこまめに人を送ってくれるそうだ。
勿論お給料は発生するので、そちらは俺持ち。
「途中、顔を見せるつもりではいるけど、冬前には、冬支度用のお金を別途振り込めば準備出来るよね?」
「はい、ありがたいです」
ニコリと微笑むザーラと、頭を下げてくるバルバラに支払うお給料は、ベンヤミンさんが管理してくれるそうだ。
勉強を教えてくれる教師の分も含めて、一年分の金額をベンヤミンさんに既に渡している。
万が一の使い込み防止だ。
そのほかにも、子供達の生活費を不正利用出来ないようにマチルダさんとクラーラ様(実際はベンヤミンさん)に帳簿を提出して、問題があれば俺に連絡が来るようにもした。
帳簿の付け方は今マチルダさんが教えている。
マチルダさんとベンヤミンさんには何かお礼をせねばなるまい。
本人達からは断られたけれど、折を見てお礼を贈ろうと思っている。
何が良いだろうか?
それとは別に、クロスワードや数独の増産工房として働いてもらったお給料も、一月毎に振り込んでいく。
こちらは出来高制。
孤児院で作成した数に合わせてお金を用意し、子供達には頭割りで支払う様に伝えてある。
名前を書いた貯金箱を土魔法で作り、各自贈って、それぞれキチンとお金を貯める様にと言い含めた。
円筒型で陶器製のシンプルな貯金箱だが、自分の名前の書かれたそれを胸に抱き、花が咲く様な笑顔で駆けていく子供達はとても可愛かった。
出来上がったクロスワード等の問題用紙は、ベンヤミンさんの提案で、中抜き防止に紙で包んで中が見えない様にして紐で縛り、蝋で封印する様にしている。
信じられない事に、木箱に入れても釘を打ち直したりして中抜きする者もいるらしい。
輸送に関しては、ベンヤミンさんが信用できる商会に依頼してくれるとの事で、一安心だ。
そして、めでたい事に、紙芝居で活躍した二人は、この冬の間に見習い先が決まったそうだ。
相手方がどうしても、と声を掛け、本人の意思確認の元、決定した。
他の子たちがこの先安心して職につける様、日々のおかずを増やせる様、働きに出るのだそうだ。
一人は人気の食堂。
客捌きのうまかったユッテ。
受付だけでなく、店番、席案内などそつなくこなし、花も恥じらう明るい笑顔は「ぜひともウチの看板娘に!」と言われて当然なのだろう。
俺としては変な輩に捕まらないか心配でならないが、ベンヤミンさんが後ろ盾となってくれるそうで、一安心だ。
お給料も普通の子と同じくらいもらえるそうだ。
そしてもう一人は領事館。
エルマーは雑用係だが、マチルダさんが目を光らせてくれるだろうから安心だ。
気働きの良い子で、下の子達を何かと見ていてくれる男の子だ。
領事館のおっちゃんおばちゃん達からも大変に可愛がられているらしい。
迷子の扱いはピカイチだと言われている。
二人とも見習いの内は孤児院から通うそうで、週に三日の勤務だ。
他の子供達も、何かあった時には手伝いを頼まれる事が多くなってきた。
一番多いのはギルドでの代筆仕事である。
お貴族様が少ないこの地で、読み書き計算が出来るのはかなりデカいらしい。
厄介者扱いだった孤児達が、この街で確たる地位を獲得したと言えよう。
まだまだ世間からの風当たりは強いが、それでも認めてくれる人はいる。
彼等が彼等らしく生きていける様に、少しでも手助けできたらそれで良いはずだ。
そして、春が来た。
「頑張ってな。また見に来るから。何かあったらマチルダさんに相談して俺に連絡してくれ」
「絶対にお手紙かいてね!絶対の絶対だからね!」
「おにいちゃんいかないでぇーーっ!」
泣きつく子供達の頭を撫でて、一人一人抱きしめて別れを告げる。
本当はカイを刺繍要員として連れて行こうと思ったが、バルバラ達に止められた。
今誰か一人を連れていくと他の子達が不安定になりすぎるそうだ。
皆がもう少し落ち着いてからの方が良いだろう。
子供達の不安そうな顔に後ろ髪を引かれるが、お貴族様との約束があるので残る訳にはいかない。
必ず手紙を書くと約束して孤児院を後にした。
啜り泣く声がいつまでも聞こえて、心が痛かった。
やっと春になりました!
冬編長かった!




