162 春に向けて 3
「こうしてお姫様は王子様と結婚して一生幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
「「「わああぁっ!」」」
めでたし、と言いながら紙芝居ケースの蓋を閉めると、歓声が上がった。
あちらこちらで「今回も面白かったね!」「わたしもおひめさまになりたい」等と声が上がっている。
微笑ましく、そして同時に誇らしくて、少しだけ後ろめたい。
自分が描いた紙芝居で喜んでもらえるのはとても嬉しい。
けれど紙芝居自体は俺の発案ではないのだ。
そこを褒められると、どうにも反応に困る。
そして、それを見た人は謙遜している、と受け取って、より褒めてきて、更に困る。
ここは領事館の一室。
広い会議室の様な部屋だ。
机や椅子を全て部屋から出して、床には敷物を敷いている。
俺達は、マチルダさんの提案で、週に一度、領事館の一室を借りて紙芝居をする事にした。
孤児達に、話して聞かせていたのを見たマチルダさんが、是非とも街の人間にも娯楽を、と提案してきたのが最初だ。
そして、その際の部屋の準備や片付けなどを子供達主体にやらせるように、とも言った。
どうやら孤児だけど、キチンと働けるところを街の人間に見せろ、という事らしい。
うちの子達は優秀で、街に住む人達に迷惑を掛けたりしない、という事だけではなく、今後の就職についても役立つはずであるそうだ。
一応、ウチの工房で働いてもらう予定ではあるが、やりたい仕事があったり、熱烈に求められる様な事があれば、ぜひそちらで働いてもらいたい。
彼等の未来には無限の可能性があるのだから。
その為の客寄せに、紙芝居を利用するのは確かに良い考えだった。
はじめは領事館の休憩中の職員達。
それから彼等の家族やご近所さんがだんだんと集まるようになり、とうとう一室には収まりきらなくなった。
広い部屋に変えてみたが、後ろの方の人は絵が見えなくなってしまった為、苦肉の策として回数を増やす事になった。
一日に二回、三回と増え、午前午後合わせて合計五回。
それでも足りず、週二回に増え、三回に増え最終的には予約制になってしまった。
これにはマチルダさんも驚いていた。
ここでもちびっこ勇者の冒険シリーズは大人気だった。
一日に三回に分けて同じ話を読む程だ。
流石に農村とは人数が違う。
元孤児の子供達も慣れたもので、一日に二回見ようとする者を追い返したり、子供を優先する様にお願いしたりとプロ顔負けの客捌きである。
段取り良く捌いていき、小さな子供は前の席へ、大きな大人は最後尾へ、足腰の悪い人は椅子を用意して、などくるくるとよく働く。
初日にユッテが見本を見せる様に上手く回してくれたお陰である。
頭を撫でて褒めると、撫でられ待ちで列が出来てしまった。
何故だ。
紙芝居を読むのも俺だけではなく、テオやテレーゼ、エルマーが読んでくれる。
テオはノリが良く、読む時どきで少しだけセリフが変わり、それが受けている。
ちびっこ勇者シリーズでは俺より席が早く埋まる。
テレーゼはシンデレラや白雪姫などの女の子向けの話が上手く、可愛い女の子と歳をとった魔女で声色を変えるなんていうテクニックまで使っている。
見た目も可愛いので、日本だったらアイドル声優になれそうだ。
エルマーは生真面目で、言葉は聞き取りやすく、小さい子達にも優しい。
「なんでー?」「どうしてー?」など声を掛けられると、話を止めて返事をしてしまう。
それがまた、小さい子供を持つ母親に受けて、今ではちょっとした有名人扱いである。
教育番組の歌のおにいさんかな?ってくらい小さな子供にも母親にも人気だ。
紙芝居を読まない子達は、列を捌いたり、部屋の外で軽食を販売したりしている。
紙芝居は無料だが、軽食は有料である。
お金のある人はちょくちょく購入しているようだ。
基本的にはサンドイッチやおやき、ふかし芋、果物の入った蒸しパンの様な、先に作っておいて冷めても美味しく、すぐ渡せる物ばかりだが、中々にウケがいい。
ぶっちゃけ、紙芝居を見ていない人も買いに来ている気がする。
エルマーやヴィムが店番をしていると、小さい子供には軽食のカケラや、端の方の千切れたものを口に放り込んであげたりしている。
破棄したり、自分達が食べたりする箇所なので構わないといえば構わない。
しかし、あまり頻繁にやって、子供達の癖になってしまってはいけないので、見つけ次第「メッ」と叱っている。
効果があるかは定かではない。
来年は俺がここに来れるか分からないので、食材の予算と紙芝居はしっかり用意しておこう。
シレッとヤンスさんも紛れ込んでいて、お酒やお菓子を売って儲けていた。
「場所代と材料費等は回収させてもらう」と言うと目を丸くして驚いていた。
でも、「それで良いぞ」と笑って払ってくれたのは意外だった。
絶対屁理屈こねて払わないと思っていた。
紙芝居のない日は週一のご機嫌伺いである。
クラーラ様の所に向かい、オシャレ魔法服屋の話、という体で高位貴族のお嬢様の愚痴を聞く。
「もおおおおっ!耐えられませんわ!わがまま放題なのですわ!貴方がいるから対応出来ているけれど、アレは嫌これはイヤ、あれが食べたい、これが食べたい……っ、今の時期をお考えあそばせ!」
小声で叫ぶクラーラ様。
看病の甲斐があり回復したのは良いが、季節外れの桃を食べさせたことを皮切りに、お嬢様のわがままが留まるところを知らない様だ。
多分「それは無い。時期を考えろ」と言えば済むはずなのだけど、高位貴族からのお願いは最大限叶えなくてはならない。
言えば言っただけ食べたい物が出てくる、それは彼女を調子にのせるには充分だっただろう。
因みに件の彼女は現在、目的であった氷雪蘭を見ながら優雅にお茶をしているらしい。
氷雪蘭自体は大変お気に召したらしく、毎日見ても飽きないとうっとり見つめているのだとか。
クラーラ様は“経営上の打ち合わせ”として席を外してここにいる。
息抜き大事だね。
甘いお菓子を飲み物の様に食べるクラーラ様の頭を撫でると、泣きそうな顔で笑う。
このご機嫌伺いで少しでもストレス発散してくれたら良いけれど。
クラーラ様の愚痴が終われば、わがままお嬢様のご希望の品を販売する。
めちゃくちゃ感謝された。
あと、紙芝居やご機嫌伺いが無い日には、市場での販売を行う。
食料の販売も開始した。
小麦に生鮮食品、塩漬けにしていない肉や、川魚、植物油やラードなど、多岐にわたる。
それぞれに品質の違うものを用意して、値段を変えている。
どれもこれも普段使用しているランクの物はお高くて少ししか買えないが、一つランクを下げれば沢山買える値段にしてある。
帝都では十把一絡げレベルのオーク肉も、ここでは定価以上で飛ぶ様に売れる。
食事が同じ物ばかりになり始めたこのタイミングが一番売れるのだ。
「キリトちゃん来年も絶対に来てね!待ってるからね!」
「すみません、ちょっとお約束はできないです……」
食料を売る店が少なくなってきた為、客もほとんど顔見知りである。
お得意様のおばちゃん達に声を掛けられる事も増え、販売に影響が出始めた。
そんな時も、子供達に手伝って貰えるので大変に助かっている。
日々の勉強が実を結び、高速で暗算して会計を行う子供達に大人達の方が驚いている。
そして地味に聞かれるのが薪である。
「薪ならあるよ。買う?」
「「買う!」」
「アタシにも売っとくれ!」
「こっちも買うぞ!」
おばちゃんにうっかりあると言うと、どわっと客が押し寄せた。
どうやら街中では服やお菓子よりも、お肉や薪の方が需要があるらしい。
最悪森に取りに行けば良い農村とは違い、気軽に木を切りに行けない街の人達は、薪を節約しなくてはならないようだ。
しかし、ケチケチしていては凍え死ぬ。
そのギリギリのラインを見極めて薪を買い溜め、無駄のない様に計算して使用するのだとか。
薪なら【アイテムボックス】内にまだまだ沢山あるし、最悪木さえ切れればすぐに作る事が出来る。
それからは、薪を一日数量限定で販売する事にした。
結果、晴れた日には、狩りに出るエレオノーレさん達について行って薪の量産をすることになった。
反省も学習もしていない高位貴族のお嬢様。
ちなみにイザークの姉の件は報告済みです。
子供達にも聴き取り済みで、幾つかの余罪が確認できています。
しかし、公的には裁けるほどの証拠も無く、見張りを付けることしかできていません。




